表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔獣美容師の日常  作者: 星咲 美夜
二匹目:狼
6/48

黒銀の狼

朝。相変わらずリズは、早くに店に来る。遙も色々と準備があるのは、わかっているのだが。


「もう少し、のんびりとすればいいのになぁ、あの嬢ちゃんも」

「なんで出てきた、フェンリル」

「いちいちお前さんに許可を貰わないと、(わし)は出ちゃいかんのか?」

「飼い主の命令は絶対じゃなかったのか」


開けていた窓を閉め、遙は自分の後ろにいた声の主に目を向ける。

そこにいたのは黒銀の毛、左目が金色で右目が銀色の大きな狼。星のチャームが付いた紫色の首輪をしている。


「確かに名目上、儂の飼い主はお前さんだ、だが儂に名を与えたのは違うだろう?」

「それなら、名付け親のところに行けばよかったじゃないか」

「さすがに息子達と一緒はなぁ・・・親離れしてもらわないと」


遙の言葉にフェンリルはため息をつく。この狼は紆余曲折を経て、遙のところに居ついている。

この狼の名付け親曰く、名前は北欧神話に出てくる魔狼(まろう)だとか。それだからか、フェンリルの息子達にも、同じように北欧神話に出てくる魔狼の名前が付けられたらしい。


「もう一度聞く、なんで出てきた」

「腹が減った」

「朝から人を喰いに行く気か」

「何も今は喰うのは人じゃなくても平気だ、心配しなくても、息子達のところの名付け親の嬢ちゃんに呼ばれているだけだ」


フェンリルはやれやれといった感じで、玄関の方に歩いていく。


「まぁすぐに帰るさ」

「そうかよ」


フェンリルは狼の姿から人に姿を変える。見た目は初老の男だ。


「これなら、歩いていても違和感はないだろう?行ってくるよ」


遙は特に返事をせずに、フェンリルが出ていくのを見送った。



  ○o。. ○o。.



遙は色々と支度を済ませ、階下に降りる。店の休憩室とリビングは階段で繋がっている。


「あ、おはようございます、オーナー」

「あぁ、おはよう」


遙に気付いたリズが、元気よく挨拶するが、遙は素っ気なく返す。


「オーナー、今日はどこかに行ったんじゃなかったんですね」

「なんでリズはそう思った」

「裏のドアが開く音がしたので」


あの狼は、もう少し静かに行動出来ないのかと遙は思ったが、気のせいだろとリズに言った。そのリズは不思議そうに首をかしげていたが。



  ○o。. ○o。.



トリミング室の掃除を終えたリズは、今日の予約が午後だけなのを確認済みだったのか、店の中の掃除をしている。


一応、少しだけではあるが、この店でも、フードやおやつ、ちょっとしたお手入れ用品なども売っている。

それらをリズは少しずつ棚から降ろし(直接、床に置くことはしてないが)、棚を綺麗に拭き、商品を別の綺麗なタオルで拭いてから元の棚に戻す。遙はその時に気付いたのだが、リズは商品を元の棚に戻す時に、客から商品が綺麗に見えるように戻すのだ。


そういうことを、リズは無自覚で自然にやっているっていうのだから、遙は少しだけ驚いた。遙はカウンターで、電卓を左手で数字で打ちながら記帳をしていた。要するに、遙自身も若干、暇。


その時、ドアについたベルがカランコロンと鳴り、一人の女性が入ってきた。


「いらっしゃいませ、どうされました?」

「あの・・・実は・・・」


女性がドアの外を指差す。遙とリズが見ると、そこにはずぶ濡れになった、出掛けたはずの一匹の黒銀の毛の狼、フェンリルがいた。


「うわーっ、大きい犬ですね、どうしたんですか?」


犬じゃなくて狼だと、遙は言いたかったが、リズはそのまま話をすすめてしまっていたので、黙っていることにした。


「さっき、子供が用水路に落ちてしまって、このワンちゃんが助けてくれたんです」


その後、そのフェンリルが助けた子供は、病院に連れていかれたが怪我もなく、周りはずぶ濡れになったフェンリルをどうしようかと思って、この店に連れてきたらしい。


「首輪をつけてるみたいですけど」

「どこのワンちゃんか、わたしも知らなくて」


正直、遙はフェンリルのことは(ごく一部を除いて)周りに伏せている為、言い出せない。

困ったような女性に、リズもどうしようか迷っているらしい。助けを求めるように遙を見ている。


「オーナー、この犬、シャンプーした方がいいでしょうか?」

「飼い主がわからないなら、どうしようもないが」

「あの、料金はわたしが払いますので」


なんで、見ず知らずの犬(狼だが)のシャンプー代を彼女が払おうと思ったのかは、さておき。


「なら、リズ」

「はい、じゃあ今すぐ準備します」



  ○o。. ○o。.



遙はリズに自分の道具を持ってくるよう頼み、フェンリルをそのままシャンプー台に放り込む。


「厄介なことにしてくれたな」

「すまない、さすがに見過ごす訳にはいかなくてな」


すぐに遙の道具を持って、リズが戻ってきたので、フェンリルも黙る。


「オーナー、道具、ここに置いておきます、そんで変わります」

「あぁ、悪い」


エプロンをつけたリズが、フェンリルをシャワーのお湯で流していく。


「リズ、洗い終わったら呼んでくれ、手伝う」

「はーい」


遙がトリミング室を出ると、ちょうど一人の青年が店に入ってきた。栗色の髪のその青年は、遙の(数少ない)学生時代の友人の一人。


「よぉ、遙、久しぶり」

「なんだ護か、どうした」

「なんだってなんだよ」


遙の態度に関しては相変わらずなので、護や(ゆたか)は笑って終わるが。


「さっき、子供が用水路に落とされたっていうの?で、近くまで来たんだよ」

「落ちた、じゃなかったのか」

「まぁ、それで遙のところの狼が、その子供を助けたって聞いたんだ」

「それで?」

「遙のことだから、話がややこしくなってるだろうと、俺が来たってだけだが」

「そうか、それはありがたい」


護は度々、こういうことがあると、フェンリルの飼い主の代理をしてくれる。そうなっている理由は、今は触れないけども。


「それで、用水路に落とされたっていうのはどういうことだ?」

「それがな、ただ単に子供が道を広がって登校してたのが、邪魔で突き落としたっていう身勝手な話でな」


あまりに突然の出来事だったが、近くの住人達が犯人を取り押さえ、落とされた子供をフェンリルが助けたらしい。


「その用水路は大人にしてみれば、浅い方だったんだけどさ」

「なるほどな」


それだけ聞いた遙は、フェンリルのシャンプー代とかをどうするか、考えているようだ。


「護、どれくらい時間ある?」

「んー、まぁフェンリルのシャンプーが終わるくらいまでは」

「そうか」


話が終わると同時にドアが開き、リズが顔を出した。


「オーナー、シャンプー終わり・・・あ、もしかして飼い主さんですか?」

「えっと、まぁ、そんなところか」

「悪いな、少しだけ待っててくれ」

「あぁ、いいよ」


護は笑って、遙達がトリミング室に入って行くのを見ていた。



  ○o。. ○o。.



台に乗せられたフェンリルは、大人しく、遙とリズにされるがまま、乾かされている。


「いやぁ、大人しくていい子ですねー、この子」

「そうか?」


遙は黙々と乾かしているが、リズは話ながら作業をしている。リズの場合は、相手が魔物だろうと、言葉の通じない動物だろうと、いつも何かを話しながらだが。


綺麗に乾かし終わると、フェンリルは台から飛び降りる。


「えっと、オーナー」

「なんだ?」

「あの人ってオーナーの知り合いなんですか?」

「学生の時の友人」

「え、ウソ、友達いたんだ」


余計なお世話だと遙は思うが、フェンリルを連れてトリミング室から出る。それにリズもついてくる。


「護、おまたせ」

「おぉ、綺麗になったじゃん、よかったなフェンリル」


護の言葉に、フェンリルは尻尾を振って答えた。そして、ちょうどフェンリルを連れてきた女性が、店に入ってくる。


「あの、このワンちゃんの飼い主さんでしょうか?」

「ええと、まぁそんな感じです」

「ウチの娘をその子が助けてくれまして」

「そうでしたか」


その様子を見て、女性がフェンリルのシャンプー代を払おうとしていた理由もわかった。

それについても、護が遙の代わりに話をしてくれている。


「それでは、本当にありがとうございました」

「いえいえ」


話は終わったのか、護は笑って女性を見送る。


「さて、フェンリル、アイツも待ってるみたいだし、行くか」

「フェンリルっていうんですか、その犬」

「あ、コイツは犬じゃなくて狼だよ」

「・・・え?狼?」


護の言葉に、リズはフェンリルを二度見する。


「なんだ、遙はその子に話をしてなかったのか」

「忘れてた、で、もう行くんだろう?」

「あぁ、悪いな」

「別に構わない」


遙とリズは店を出るフェンリルと護を見送る。


「あの人、格好いいですよねー」

「確か、護は彼女持ちだったはず」

「あー、やっぱりいますよね」


遙の言葉に、リズは少しだけ残念そうにため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ