遙とリズ
今日は定休日。それでもリズは店の様子を見に来た。といっても、通りを挟んだ店の前にある喫茶店から見ているのだが。
定休日やリズの休日の時に遙はリズの手におえない犬達の相手を、一人でやっているらしい。遠くからでも、遙が難なく仕事をしているのがわかる。
こういう時の遙は、とてもかっこよくリズの目に映る。実際、遙の見た目は確かに良いのだけど、普段の姿がまぁ、残念だから余計に。
「ああいう風に、あたしも出来たらいいのになぁ・・・」
「まーた、リズは遙さんのこと見にきたの?いつも一緒に仕事してるってのに、はい、これ紅茶」
窓の外を見ていたリズに、頼んだ紅茶を持って話しかけてきたのは、この喫茶店でアルバイトをしているリズの友人。うさ耳をピコピコと動かし、灰色の髪を持つ。彼女はレナ。
レナの見た目はうさ耳を着けた人間のようではあるが、尻尾もあるその見た目から判るように、彼女は人間ではない。
「別にいいでしょ?休日にあたしが何をしてたって、それに、こういう時じゃないと、落ち着いてオーナーがトリミングしてるところが見られないのよ」
「それはそうなんだろうけど、それじゃまるでストーカーよ?」
「ただでさえ、あの店はあたしとオーナーしかいないのよ?オーナーに何かあっても、従業員のあたしが困るわ」
「それはもう仕方ないね」
今日は平日なので喫茶店も比較的、暇なようだ。実際に今、この店の客はリズしかいない。レナとリズの会話を、カウンターにいるマスターの優も笑って聞いている。マスターといっても普通にイメージするようなおじさんとかじゃない。芥子色の髪の、いつも穏やかな笑顔の青年だ。
「リズちゃん、誰か友達とかで来てくれる人はいないのかい?」
「マスター、例え来たとしても、それを雇うかを決めるのはオーナーですよ?」
「確かにそれは遙の判断に委ねるしかないね」
机に突っ伏して、リズは再び窓の外を見る。
「リズは、なんか誰か良い男性を見つけないと、本当に遙さんのストーカーになっちゃいそうで怖いわ」
「別にそういうつもりじゃないし、そういうなら良い男性をレナ、紹介してよー」
「あたしの、どうしようもないチャラ男の従兄弟で良ければ紹介するけど?」
「レナの従兄弟もウサギじゃないの」
「何よ、嫌なら最初から『人間の』って言えばいいのに」
「まぁ、今では魔物と人間が結婚とかは珍しくないしね」
それでもレナは従兄弟はさすがにないかなと言って笑っている。本気で紹介されてもリズは困るけど。
「それに、あたしは恋愛に興味はないし、この業界で出会いなんて、たかが知れてるわ」
「少しは興味を持とうよ、あ、獣医とかお金ありそうだけど?」
「それならまだ人間の医者とかの方がきっといいわ」
カウンターに頬杖をついてレナは笑って、リズの話を興味深そうに聞いている。
「最近のペット業界は人気って聞くけれど、トリマーとかってお給料良さそうよね」
「人気だけど、お給料は少ない方」
「そうなの?」
「意外ともらってないのよ、人気のわりには」
目の前の紅茶を飲み、リズは立ち上がる。
「そろそろ、帰るわ」
「そう、今度は遙さんを見にじゃなくて、普通に店に来てね、リズ」
「はいはい」
紅茶の代金の支払いをして、リズは喫茶店を出た。
家に帰り、部屋でリズは寝転がる。考えるのは先程、レナと話していたこと。
「うーん・・・誰かいい男性ねぇ・・・」
リズは産まれてから、誰かと付き合ったことが一度もない。だから誰かと付き合うとか、正直な話、想像が出来ないし、興味もない。
「むぅ・・・」
興味がないことに興味を持てと言われても、正直困る。だって本当にリズには興味がないのだから。
他人の恋愛事情ほど、くだらないモノはないとリズは思う。大体、それを聞いたところで所詮、他人は他人。
全く、恋ばなの何が楽しいんだか。リズにはそれが理解出来ない。
一応、そういうことの流れで話を振られれば、なんとなくで答えを返しはするが、自分ではどうでもいいし、その答えが本心って訳でもない。上っ面だけの本当に中身のない答えなのだ。
「まぁ、いいか」
このまま考えてると頭が痛くなるので、リズは考えるのを諦めた。
夕方。仕事を終えた遙は、店の前の通りを挟んだところにある喫茶店に入る。
「いらっしゃい、遙」
特に返事をすることもなく、遙はカウンター席の奥に座る。
「今日も店に彼女が来てたよ、遙」
「リズが?」
「勉強熱心っていうか向上心があるんだな、あの子」
「だからこそ店に置いてる、あ、コーヒーを一つ」
「砂糖とミルクは?」
「いらない」
注文をして、遙は退屈そうにしている。優は学生時代からの数少ない遙の友人。
「遙、もう少し従業員がいてもいいんじゃないか?」
「・・・そこまでまだ俺は他人の面倒を見きれない」
「あんまり彼女を心配させるなよ?今の彼女には遙しかいないんだし」
「それは、わかってる・・・つもり」
それなら別にいいと優は遙にコーヒーの入ったカップを出す。
「でも、実際はそれだけが理由じゃないんだろ?遙」
「何が言いたい」
「意外と遙もわかりやすいよ」
遙は一口コーヒーを飲んでから、静かに口を開いた。
「たまたま従業員募集で来て、雇おうと判断出来たのが、今はリズだけだったってだけだ」
「ふーん、そういうことにしておくよ」
「なんだよ、優、その言い方は」
「別に」
相変わらず遙は素直じゃないな、と優は笑いながら食器を片付けたりしている。
遙はその優の言葉に、意味がわからないというような態度を示した。
リズは学校の後輩なので、どういう人物なのか、遙は少しだけ知っていたし、若干だが気にはなっていた。在学中に話したことはないが。
リズは目標を定めたら、とことん努力をする。ただ、本人は努力していることを隠しているつもりでも、それが隠しきれてないのだが。
遙はそのリズの努力を知っている故に、それを無駄にさせたくないと今に至る。
「リズちゃんも大変だね、遙みたいなのと一緒に仕事をするなんて」
「この店を選んだのはリズ本人だし、それに悪かったな、俺がこんなんで」
「きっと他の奴も遙に同じことを言うだろうな」
リズが夕飯の買い物の帰りに歩いていると、ちょうど喫茶店から遙が出てきた。遙もリズに気が付いた。
「あれ?オーナー、珍しいですね?」
特に遙から返事がくる訳ではないが。それでもリズは話を続ける。
「お仕事、終わったんですね」
「あぁ・・・リズは買い物帰りか、家まで送るか?」
「家まではもう少しですし、大丈夫です」
「従業員の代わりはその辺にいくらでもいるが、今はリズに何かあったら俺が困る」
遙のその言葉の前半がなければ、きっと女子はグッとくるのだろう。だから、遙は独り身なんだとリズは思うが言わない。言ってやりたいけども、切実に。
「そんな心配しなくても大丈夫ですから、じゃあまた明日」
「あぁ」
リズの後ろ姿を見送って、遙は一人で誰に言うでもなく、呟く。
「また明日、か」