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魔獣美容師の日常  作者: 星咲 美夜
二匹目:狼
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遙とリズ

今日は定休日。それでもリズは店の様子を見に来た。といっても、通りを挟んだ店の前にある喫茶店から見ているのだが。


定休日やリズの休日の時に遙はリズの手におえない犬達の相手を、一人でやっているらしい。遠くからでも、遙が難なく仕事をしているのがわかる。


こういう時の遙は、とてもかっこよくリズの目に映る。実際、遙の見た目は確かに良いのだけど、普段の姿がまぁ、残念だから余計に。


「ああいう風に、あたしも出来たらいいのになぁ・・・」

「まーた、リズは遙さんのこと見にきたの?いつも一緒に仕事してるってのに、はい、これ紅茶」


窓の外を見ていたリズに、頼んだ紅茶を持って話しかけてきたのは、この喫茶店でアルバイトをしているリズの友人。うさ耳をピコピコと動かし、灰色の髪を持つ。彼女はレナ。

レナの見た目はうさ耳を着けた人間のようではあるが、尻尾もあるその見た目から判るように、彼女は人間ではない。


「別にいいでしょ?休日にあたしが何をしてたって、それに、こういう時じゃないと、落ち着いてオーナーがトリミングしてるところが見られないのよ」

「それはそうなんだろうけど、それじゃまるでストーカーよ?」

「ただでさえ、あの店はあたしとオーナーしかいないのよ?オーナーに何かあっても、従業員のあたしが困るわ」

「それはもう仕方ないね」


今日は平日なので喫茶店も比較的、暇なようだ。実際に今、この店の客はリズしかいない。レナとリズの会話を、カウンターにいるマスターの(ゆたか)も笑って聞いている。マスターといっても普通にイメージするようなおじさんとかじゃない。芥子色(からしいろ)の髪の、いつも穏やかな笑顔の青年だ。


「リズちゃん、誰か友達とかで来てくれる人はいないのかい?」

「マスター、例え来たとしても、それを雇うかを決めるのはオーナーですよ?」

「確かにそれは遙の判断に委ねるしかないね」


机に突っ伏して、リズは再び窓の外を見る。


「リズは、なんか誰か良い男性(ひと)を見つけないと、本当に遙さんのストーカーになっちゃいそうで怖いわ」

「別にそういうつもりじゃないし、そういうなら良い男性(ひと)をレナ、紹介してよー」

「あたしの、どうしようもないチャラ男の従兄弟で良ければ紹介するけど?」

「レナの従兄弟もウサギじゃないの」

「何よ、嫌なら最初から『人間の』って言えばいいのに」

「まぁ、今では魔物と人間が結婚とかは珍しくないしね」


それでもレナは従兄弟はさすがにないかなと言って笑っている。本気で紹介されてもリズは困るけど。


「それに、あたしは恋愛に興味はないし、この業界で出会いなんて、たかが知れてるわ」

「少しは興味を持とうよ、あ、獣医とかお金ありそうだけど?」

「それならまだ人間の医者とかの方がきっといいわ」


カウンターに頬杖をついてレナは笑って、リズの話を興味深そうに聞いている。


「最近のペット業界は人気って聞くけれど、トリマーとかってお給料良さそうよね」

「人気だけど、お給料は少ない方」

「そうなの?」

「意外ともらってないのよ、人気のわりには」


目の前の紅茶を飲み、リズは立ち上がる。


「そろそろ、帰るわ」

「そう、今度は遙さんを見にじゃなくて、普通に(ここ)に来てね、リズ」

「はいはい」


紅茶の代金の支払いをして、リズは喫茶店を出た。



家に帰り、部屋でリズは寝転がる。考えるのは先程、レナと話していたこと。


「うーん・・・誰かいい男性(ひと)ねぇ・・・」


リズは産まれてから、誰かと付き合ったことが一度もない。だから誰かと付き合うとか、正直な話、想像が出来ないし、興味もない。


「むぅ・・・」


興味がないことに興味を持てと言われても、正直困る。だって本当にリズには興味がないのだから。


他人の恋愛事情ほど、くだらないモノはないとリズは思う。大体、それを聞いたところで所詮、他人は他人。

全く、恋ばなの何が楽しいんだか。リズにはそれが理解出来ない。


一応、そういうことの流れで話を振られれば、なんとなくで答えを返しはするが、自分ではどうでもいいし、その答えが本心って訳でもない。上っ面だけの本当に中身のない答えなのだ。


「まぁ、いいか」


このまま考えてると頭が痛くなるので、リズは考えるのを諦めた。



夕方。仕事を終えた遙は、店の前の通りを挟んだところにある喫茶店に入る。


「いらっしゃい、遙」


特に返事をすることもなく、遙はカウンター席の奥に座る。


「今日も(ここ)に彼女が来てたよ、遙」

「リズが?」

「勉強熱心っていうか向上心があるんだな、あの子」

「だからこそ(うち)に置いてる、あ、コーヒーを一つ」

「砂糖とミルクは?」

「いらない」


注文をして、遙は退屈そうにしている。優は学生時代からの数少ない遙の友人。


「遙、もう少し従業員(ひと)がいてもいいんじゃないか?」

「・・・そこまでまだ俺は他人(ひと)の面倒を見きれない」

「あんまり彼女を心配させるなよ?今の彼女には遙しかいないんだし」

「それは、わかってる・・・つもり」


それなら別にいいと優は遙にコーヒーの入ったカップを出す。


「でも、実際はそれだけが理由じゃないんだろ?遙」

「何が言いたい」

「意外と遙もわかりやすいよ」


遙は一口コーヒーを飲んでから、静かに口を開いた。


「たまたま従業員募集で来て、雇おうと判断出来たのが、今はリズだけだったってだけだ」

「ふーん、そういうことにしておくよ」

「なんだよ、優、その言い方は」

「別に」


相変わらず遙は素直じゃないな、と優は笑いながら食器を片付けたりしている。

遙はその優の言葉に、意味がわからないというような態度を示した。



リズは学校の後輩なので、どういう人物なのか、遙は少しだけ知っていたし、若干だが気にはなっていた。在学中に話したことはないが。


リズは目標を定めたら、とことん努力をする。ただ、本人は努力していることを隠しているつもりでも、それが隠しきれてないのだが。


遙はそのリズの努力を知っている故に、それを無駄にさせたくないと今に至る。


「リズちゃんも大変だね、遙みたいなのと一緒に仕事をするなんて」

「この店を選んだのはリズ本人だし、それに悪かったな、俺がこんなんで」

「きっと他の奴も遙に同じことを言うだろうな」



リズが夕飯の買い物の帰りに歩いていると、ちょうど喫茶店から遙が出てきた。遙もリズに気が付いた。


「あれ?オーナー、珍しいですね?」


特に遙から返事がくる訳ではないが。それでもリズは話を続ける。


「お仕事、終わったんですね」

「あぁ・・・リズは買い物帰りか、家まで送るか?」

「家まではもう少しですし、大丈夫です」

「従業員の代わりはその辺にいくらでもいるが、今はリズに何かあったら俺が困る」


遙のその言葉の前半がなければ、きっと女子はグッとくるのだろう。だから、遙は独り身なんだとリズは思うが言わない。言ってやりたいけども、切実に。


「そんな心配しなくても大丈夫ですから、じゃあまた明日」

「あぁ」


リズの後ろ姿を見送って、遙は一人で誰に言うでもなく、呟く。


「また明日、か」

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