犬神と管狐
結局のところ遙は一日中、二日酔いの頭痛に悩まされていたようなので、仕事どころじゃない状態だった。なんとかリズは一日の仕事を早めに切り上げて、店の向かいにある喫茶店に入る。
「いらっしゃい、リズちゃん」
そこにはいつもと変わらない、穏やかな笑みを浮かべた優がいた。
「あれ、マスターは二日酔いとかじゃないんですね」
「だって僕は昨日、二日酔いになるほど飲んでないし・・・ってなんでリズちゃんが知ってるの?」
「オーナーから聞いたんです」
「あ、もしかして遙は二日酔いでぐったりしてたのかい?」
「ええ、しばらくの間は」
カウンターの席が空いていたので、そこにリズは座る。ティーカップなどを用意しながら、優は「遙は本当にお酒に弱いなぁ」と笑っていた。
「マスター、こっちは笑い事じゃないんですよぉ」
「あはは、ごめんごめん」
「もぅ・・・それで、マスター達はお酒強いんですか?」
「んー・・・どうなんだろうね?僕は普通だとは思うんだけど」
優は今も普通に過ごしているみたいなので、本当にただ遙が弱いだけのようだ。
「まだ遙はリズちゃんが介抱してくれるからいいけどね」
「えっと、あたしとしては良くないんですけど、どういう事ですか?」
「僕なんか一人だし、出雲が介抱してくれるとは限らないし」
「あー・・・そういうことですかー・・・」
優くらいなら彼女の一人はいそうな気がするのだが。周りが遙とかみたいなのだから、それは無理か。
「っていうか、マスターもオーナーがお酒に弱いの知ってるんだったら、ああいう風になる前に止めてくださいよ」
「実際に僕も護も、遙があそこまで弱いとは思ってなくて」
それでも酔い潰れるまで飲ませるのはいかがかと。リズとしては何としても、止めてほしかった。
「別に無理には飲ませてないよ?だって僕達が気付いた時にはもう、遙はかなり酔ってたから」
本当に遙は仕事以外の時は、ダメ人間のようです。本人がこの場にいないので何とも言えないけど、もう少ししっかりしてください。マジで、冗談抜きに。
「まぁ、遙には僕からも言っておくからさ、はい、いつもの紅茶ね」
「・・・ありがとうございます」
この人達は、ちゃんとしてるんだかしてないんだか、リズにはよくわからない。と言うか、優が言っても遙は聞かない気がする。
「遙も人間だしね、たまにはこういう事もあるよ」
「そんなに、ストレスが溜まってたんですか?あの人は」
「色々あるからね、遙は」
リズの知らないところで、遙は色々とあるんだなと、リズはそう思う事にした。
○o。. ○o。.
翌日。今日の遙は、昨日とは違う意味で頭が痛かった。
「リズ・・・コイツをどこで拾ってきた?」
「えっと、昨日の帰りに・・・いつの間にか、この子がいました」
リズが出勤した時に抱えていた犬。仔犬という感じではないが、小さい犬。見た目はやっぱり普通の犬。
「それ、飼うつもりなのか?」
「そのつもりはないんです、なんでか解らないんですけど、店までついてきちゃって」
遙の質問にリズは首を横に振って答える。正直な話、リズはケット・シーだけで世話は手一杯のようだ。そしてリズがケット・シーに聞いたところ、この犬も犬神らしい。
「憑かれたっていうよりかは、懐かれたんだろうな」
「ええぇーっ?」
リズは困惑しているが、当の犬神は遙達の気持ちを知ってか知らずか、嬉しそうに尻尾を振っている。
「一応、ゲージに入れておくかしておけ」
「え、いいんですか?」
「俺がとりあえず護に連絡しておくから」
「すみません、オーナー」
遙は気にするなとスマートフォンをポケットから出して弄り始めたので、リズは犬神を抱えたままトリミング室に連れていく。
しばらくして、護が店に来た。のだが、何かまた生き物を連れている。遙は一瞬だけ嫌な予感がした。
「・・・護」
「あ、コイツはしぃから借りた奴だから気にしなくていい、コイツの名前は『いずな』っていうらしい」
「そうだったのか、って貸し借りが出来るのか」
遙の目線に気付いたのか、護は慌てて遙の言葉を聞く前に、遙の考えを否定する。
護の首にくるりとマフラーのように巻き付くようにいた、細長い体型の真っ白い狐。優のところの出雲とは、また違う。
「それで、その狐は何なんだ?」
「管狐、本当は筒なんかに入れて持ち運びするんだけど」
「なんでまた」
「管狐も式神みたいに使えるから、俺が不安だって言うなら、いずなを連れていけってアイツが貸してくれたんだ」
この間の犬神の事で、シオンも少しは考えたらしい。そして彼女が出した結論が、管狐を護に貸すことだったようだ。
「アイツが言うにはさ、最近の犬神は自分が犬神だと自覚してないんだと」
「質が悪いな、それは」
どうも、彼女はこの間の犬神の相手をしながら、そういう事を見ていたらしい。犬神本人に自覚がないから、いつの間にか拾った人間が霊障にあう事が多発していると、護には言っていたようだ。
「だから、リズさんが拾ったのも『もしかすると、自分が犬神だって自覚してないのかもね』だってさ」
「なんでまたそういう犬神が出てきたんだか」
「さぁな、でもそれは放っておけないしな」
「その度に護と彼女の知り合いは動員されるんだろ?ご苦労様」
リズは現在、トリミング中。手の空いている遙がゲージに入れられていた犬神を連れてくる。
「なんか、凄い人懐こい感じはするな」
「こう見ると、普通の犬と変わらないよな」
本当に人間が好きなのかはわからないが、護に対しても犬神は嬉しそうに尻尾を振っていた。
「それにしても最近、犬神が捨てられてる(?)の多くないか?」
「単なる偶然なんだとは思うんだけど、やっぱり気になるか?」
「その『偶然』にしては多すぎるんじゃないか?」
「そもそも犬神っていうのは、犬神憑きの人間が結婚することで増えるはずなんだけどな」
「原因はわからないのか」
「こっちでちゃんとそれは調べてるよ」
これから護も仕事だと言うので、犬神と管狐を連れて店を出ていった。
○o。. ○o。.
少ししてからリズが店に顔を出す。きっと、カットの確認と(リズのことだから)犬神について聞きたいのだろう。
「オーナー、カット終わりましたー」
「わかった、すぐにそっちに行く」
椅子から立ち上がって、遙はトリミング室に入った。
「あの子ってどうなるんですかね?」
「さぁな、きっと犬神憑きの家で欲しがるところがあれば、そこに引き取られるんじゃないか」
「確か、犬神は家に憑くんでしたっけ?」
「らしいな、あとは式神として使うみたいだが」
リズから借りたコームで毛を起こしながら確認をしている遙の横で、リズはその様子を伺いながら気になった事を聞いていく。でも、ちゃんと目線は遙の手元とか犬の方を見てる。
「オーナー、式神って何なんですかね?」
「式神っていうのは数式とかと同じで、その式の仕組みとか行程を理解していれば、誰でも使えるとは聞いたことがある」
「へぇー、じゃあ、あたしでも頑張れば使えるんですかね?」
「リズじゃ無理」
「うわぁ、何気に酷い事をさらっと、しかもキッパリと言った」
リズの反応に遙はクスッと笑ったが、その後は何事もなかったようにカットの確認をしていた。そして特に、カットに問題とか気になったところはなかったらしい。これで大丈夫だろうとコームをリズに返して、遙はカルテを持ってトリミング室を出た。
「そういや、フェンリルもそういう風な感じになってるんだっけか」
カウンターの上にある、電話の子機を取って遙は、ふとそんな事を思い出した。




