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魔獣美容師の日常  作者: 星咲 美夜
九匹目:火車
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赤と黒

ケット・シーの頑張り(?)もあってなのか、向かいのマンションはそれほど燃え広がることなく消火された。


「いやぁ、よかったねぇー、それほど被害がなくて」

「うにゃあー・・・久しぶりにちゃんとした魔法を使ったから、疲れちゃったのにゃあー・・・」


ベランダで向かいのマンションを見ていたリズがリビングに目を向けると、ケット・シーがクッションの上で伸びていた。この状態のケット・シーならシャンプーも楽に出来そうだとリズは思うが、さすがに今日はやるつもりはないけど。


洗面器を風呂場に戻し、キッチンで猫用ミルクをマグカップに入れて、伸びてるケット・シーの目の前に置く。


「まあ、とりあえず、お疲れ様」

「うにゃー・・・ありがとにゃのにゃ」

「あ、オーナーからメール来てる」


テーブルの上に置いてあったスマートフォンを確認すると、遙からの着信があった。


『家、大丈夫か?』


この一文だけだったが、遙はリズが心配になったらしい。向かいのマンションの事ではあるが、方向だけで、もしかするとと思ったようだ。


「一応、返事しとかないとなー」

「そういえば、こっちの近くまで遙が来てたのが見えたのにゃ」

「向かいとはいえ、火事があったのは近いもん・・・そりゃあオーナーも心配になるわよね」


遙に返信をして、スマートフォンをテーブルに放り出し、リズはリビングに寝転がる。その横にいたケット・シーは、何かを訴えるようにリズに視線を送るが、リズには通じてなかった。


「ジッとこっち見てるけど、どうしたの?」

「リズ・・・お腹が空いたのにゃあ」

「え?・・・あ、火事の騒ぎでご飯がまだだったね」


慌ててリズはキッチンに向かって、夕食の準備を始めた。



  ○o。. ○o。.



家の前で遙は周りを確認してからフェンリルを喚ぶ。


「おい、何か気になったことは?」

「何も、儂が行かなくても葬儀屋のお嬢さんがあそこにいたぞ?」

「・・・そうか」

「今日は儂に『行け』とは言わないんだな」

「行きたいのか?」

「いや?お前さんが『行け』と言うのなら行くが」


それなら別にいいと遙はドアを開けて中に入っていく。フェンリルは遙の後に続く。全く、素直じゃないんだからと思いながらも。


テレビをつけると、先程の火事で犯人が捕まったと報道されていた。


「捕まったのか」

「な?別に儂が行かなくてもよかっただろう?」

「なんでそれを得意気に話す」


遙の言葉にフェンリルの尻尾は下がっていて、しょんぼりしている。


「で、いつまでお前は出てる気だ?」

「はいはい、もう儂は戻るさ」

「なんでいつも仕方なさそうなんだ」


フェンリルはそのまま遙の影の中に戻っていった。



  ○o。. ○o。.



翌日。リズは店の掃除をしていた。放火魔は捕まったということで、一安心である。

通りを喪服を着た女性、リンがリズのところに向かって歩いてくるのが見えた。


「あ、リンさん、おはようございます」

「おはようございます」

「今日はどうしたんですか?」

「この辺りにいるらしい、黒猫の飼い主さんを探してるのよ」

「この辺りにいる黒猫・・・?もしかして、ケット・シーのことですか?」


この辺りのペット事情はリズも知っているし、当てはまりそうなのはケット・シーしかいない。

リンが言うには、昨日ケット・シーが助けた男性が、ケット・シーの飼い主にお礼がしたいと探しているのだという。


「あー、あのケット・シーはまだ行くところがないんですよね」

「それであなたのところにいるのね?」

「でも、あたしが飼い主って訳じゃないですし」


困ったようなリズの言葉に、リンはただ微笑んでいる。


「一応、飼い主(仮)ってことなのだから、お礼は受け取っておくといいわ」

「(仮)でいいんでしょうか?」

「大丈夫よ、もし何か心配なら、アタシが仲介役になるし」


そう言ってリンはリズの仕事の邪魔になるからと、笑顔でどこかへ行ってしまった。


店の中に戻ると、ちょうど遙が上から降りてくる音がした。先程のリンとの会話のことを話すと、興味はなさそうだったが「それは良かったじゃないか」とボソッと言った。


「他人事みたいですね」

「事実、俺には関係ないじゃないか」

「そうですね」

「リズは俺の返事に何を期待してたんだ」


特に何かをリズは期待していた訳ではないのだが、遙の反応になんとなくムカついた。


「なんでオーナーは、いつもそうなんですかねー?」

「何が」

「何でもないですっ」


プイッとトリミング室に入っていくリズを、小首をかしげて遙は見ていた。


「お前さん、もう少し他人に興味を持った方がいいんじゃないのか?」

「こうなってるのは、誰のせいだと思ってるんだ・・・それにまた勝手に出てきやがって」

「だが、そうなるのをわかった上で儂を受け入れたのは、お前さんだろ?」


遙の足元。中途半端にフェンリルが上半身だけを影から出している。その体勢は苦しくないのだろうか。


「それに他人に興味というよりは、乙女心を知った方が、か?」

「うるさい、余計なお世話だ」


遙に睨まれ、大人しくフェンリルは影の中に引っ込む。わざわざ遙を茶化しに出てきたのか。


「全く、この狼は何がしたいんだか」


遙は小さくため息をついた後、自分の仕事を始めた。



  ○o。. ○o。.



仕事が終わり、リズが店を出ると店の前にはリンがいた。朝とは違って、その服装は喪服ではなく、赤いワンピースに黒いカーディガンを羽織っていた。


「あ、お仕事お疲れ様ー」

「あれ?リンさん、服、着替えたんですね」

「アタシも仕事が終わったからさ、さすがに私服が喪服なのもねえ?」


それもそうかとリズは、荷物を置きたいのもあったので、一旦、リンと一緒に自宅に帰る。


ケット・シーに事情を話すと、ケット・シーも一緒に行くと言うので肩に乗せる。若干、嫌な予感はしたが。


「その子がケット・シーかぁ、シオンちゃんが言ってたのはこの子のことね?」

「シオンちゃん?」

「あ、シオンちゃんはアタシの知り合いの、別の街で相談所をやってる魔術師さんよ」

「え、あ、そうなんですか・・・」


向かいのマンションに向かって、歩きながらそこまで聞いて、リズは何か違和感を覚えたが、まぁいいやと気にしないことにした。



  ○o。. ○o。.



家に帰って、リズはテーブルに頬杖をつき、ケット・シーに冷たい視線を送る。


「全く、図々しいにも程があるわ」

「・・・そう言われてもにゃあ」


いくらお礼をしたいと向こうが言ってても、謙遜くらいは必要だと思う。だが、この猫(妖精だけど)は普通に物を要求しやがった。要求したのはカニカマだったけど。


「だって、食べたかったのにゃあ」

「アンタには塩分が多いからダメだと、何度言ったら解るのよ」


ここでケット・シーの我が儘を許す訳にはいかなかったので、リズは丁寧に理由もつけて何もいらないと断った。それがケット・シーは不満ではあったようで。


「リズの意地悪ー、鬼ー、悪魔ー」

「はいはい、勝手に言ってればいいわ・・・ただでさえ、アンタは太ってきてるんだからね?」

「そ、そんなことは・・・にゃいのにゃー」


ケット・シーはリズの言葉を否定するけれど、その一瞬の間はなんだ。絶対に図星じゃないか。何㎏増えたんだか。


「これ以上重くなったら、肩にも乗せてやらないんだからね」

「うにゃあっ?!それはそれで嫌にゃのにゃあー」

「なら、我慢して痩せることね」

「う・・・わかったのにゃあー」


ケット・シーの耳と尻尾がしょんぼりと垂れ下がっているが、リズは無視する。甘やかす気は更々ない。


「さてと、ご飯の準備しなくちゃ」


リビングでふて寝するケット・シーを余所に、リズはキッチンに向かった。

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