発火→消火
遙は店を閉め、向かいの喫茶店へ。いつものように中に入ると、カウンターには煤色の猫を連れた一人の女性がいた。足元にいるその猫は、何か出雲と話をしているようだ。
「あらあら、向かいのオーナーさんじゃない」
「あれ?遙、知り合いなのかい?」
先客のリンの反応を不思議そうにしながらも、相変わらず優は穏やかな笑顔だ。
「この間、その猫のシャンプーに来たんだ」
「ふーん、そうだったんだね」
「その節はどうも、あ、隣どうぞ」
にっこりと微笑んでリンは遙を隣の席に勧めた。遙は敢えて椅子を一つ空けて座る。
「遙はやっぱり、いつものかい?」
「ああ、頼む」
「二人は仲が良いのねえ」
遙と優のやり取りを見ていたリンは、どこか羨ましそうだった。別に、リンに友達がいないって訳ではないのだろうけど。
「仲が良いというか、僕達は学生の時からの付き合いですからね」
「学生の時の付き合いか、シオンちゃんと護くんもそんなこと言ってたなー」
「え、その二人を知ってるのか」
「知ってるも何も、お仕事で会うことが多くてね」
やっぱりそういう関係の人間だったのかと、遙と優は思うが口には出さない。どこまで交友関係があるのかは疑問に思うことはあるが。
「その二人のおかげでフォティアのご飯は困らないかな」
「・・・え、そういうこと?」
「えっと、どういうことだい?遙」
優はどういうことかが理解出来ないようだ。遙はリンの言葉の意味を知っているのだが、優にそれを言っていいのかが判断出来ない。
「ここでアタシの言葉の意味を言うのはやめておいた方が良いよ、他にお客さんもいるしね」
「ただ、二人のその反応で『そういう事』なんだなって事だけは解ったよ」
意外と優も察しがいい。普段の穏やかな感じからは全く想像もつかないが。どこぞの鉄砲玉にも、その空気を読む能力を分けてくれないものか。
「あはは、鉄砲玉って健のことかい?」
「それ以外に誰がいるんだよ」
「健はああいう奴だからいいんだよ、遙、はい、コーヒー」
「時々、健も厄介なのを持ち込むから困る」
優と遙の会話を楽しそうにリンは聞いていた。だが、時計を見て足元にいるフォティアに目線を移す。
「さて、フォティア、そろそろ行こうか」
「これから仕事ですか?」
「ふふっ、まあね」
「それは葬儀屋の仕事なのか?」
「それとはまた別のよ、ここ最近、火事が多いでしょう?だから、その調査を依頼されてるの」
会計を済ませ、遙達ににっこり笑ってリンはフォティアと店を出ていった。
「喪服だからそういう仕事かとは思ったんだけど、どうも違ったみたいだね」
「あれは彼女の仕事着であると同時に、戦闘服なんだろうな」
「きっとそういう事なんだろうね」
遙は出されたコーヒーを飲んで、退屈そうに頬杖をついた。
○o。. ○o。.
家に戻った遙はテレビをつける。特に何かを知りたいとか、そんな事ではないのだが。
「珍しいな、お前さんが何かに興味を持つなんて」
「別に興味がある訳じゃない、それと俺はお前を喚んだ覚えはないんだが」
いつの間にか遙の足元にフェンリルがいた。相変わらず、小型犬サイズの縮小版で。
「なんで出てきた、フェンリル」
「もしかしたら喚ばれそうな気がして」
何を根拠にフェンリルはそう思ったのか遙にはわからない。だが、最近の火事について何か思うところがフェンリルにはあるのだろうか。
「・・・別に俺がお前を喚ぶ理由はないが、なんでそう思った」
「葬儀屋のお嬢さんに会ったみたいだから、そう思っただけだ」
特にそれで何かはないとフェンリルは判断したようで、そのまま遙の影の中に戻っていった。
「全く、何がしたかったんだか」
遙は呆れて、小さくため息をついた。
○o。. ○o。.
翌日、リズがカットを遙に見てもらっていると、通りの向こうを歩くリンの姿を見た。
「やっぱり最近、火事が多いのって放火とかなんですかね?」
「俺達がそれを気にしたところで、解決するのを待つしかないだろ」
淡々と遙は目の前のプードルにコームを通していく。言ってる事は正論ではあるが。
「それに、そういう事は俺達の仕事じゃないだろ」
「それはそうですけど」
「・・・右前肢、少し太いな」
「え、あ、はい」
遙はコームをリズに返し、トリミング室を出ていく。
「気にしても仕方ないけど、どうしても気になるのよねぇ」
遙に指摘された場所を直しながら、リズはため息をつく。遙が『知る事』に対して否定をしているのではないというのは、リズもわかっているけども。
「それが誰かの邪魔になったら、ダメって事なんだよね」
ハサミを動かしながら、リズは一人、どこか納得したようだ。
「よし、これで大丈夫かな?」
直したところを確認して、リズは再び遙を呼んだ。
「オーナー、カット直しましたー」
「リボンつけて待ってろ、すぐ行く」
遙の言葉に、リズはリボンとカラーペーパーを用意して、プードルにリボンをつけた。
○o。. ○o。.
仕事と片付けを終え、リズは店を出る。若干、日が落ちるのが早くなってる気がする。
「少し、寒くなってきたかな・・・?」
帰り道は人が全くいないという訳ではないが、人通りは少ない。リズの住んでるところは、ある程度だが住宅は密集しているけど。
「ただいまー」
自分の部屋の鍵を開ける。いつも部屋にケット・シーがいるとはいえ、何かあったら大変である。
「リズ、おかえりにゃのにゃあー」
「今日は何かあった?」
「今日も特に何もにゃいのにゃあ」
玄関からリビングへ行き、リズはテレビをつける。相変わらず、ニュースは同じ話題ばかり。
その中でも、火災のニュースでは、一連の放火については犯人が特定されたらしく、目撃情報を基に警察が捜しているようだ。
「へー、犯人が判ったんだね」
「やっぱり、魔術師だったらしいにゃ」
「もしかすると、リンさんは今日は犯人を捜してたのかな?」
「もし、高位の魔術師にゃら、犯人の魔力の感知とかは出来るだろうしにゃ」
そんな事が出来る魔術師がいるのかと、リズは感心する。
「アンタはそういうの出来るの?」
「出来るけど、あんまり正確じゃにゃいのにゃ」
「それじゃあダメじゃん」
リズのツッコミに、ケット・シーも笑うしかない。言い返したいみたいけど、残念ながらそれは事実だ。
そんなことをのんびりと話していると、近くで何か叫び声が聞こえた。
「えっ?何?」
何があったのかとリズはベランダに出ると、向かいのマンションの一室が燃えている。
「え・・・また火事?」
突然のことではあるが、すでに下には人だかり。燃えている部屋のベランダには取り残された男性がいる。
「ねぇ、アンタでなんとか出来ないの?」
「今、この姿でここからじゃ、ちょっと遠いのにゃ」
「大きくなるなりしていいから、急いでよ」
「わかったにゃあー」
ケット・シーは、大きさはいつもの普通の猫の大きさから、人が一人乗せられるくらいになる。
そしてケット・シーは植木などを使って軽々と向かいのマンションまで行き、男性を背に乗せてベランダから飛び降りた。
「おおー」
人だかりから驚きの声と歓声が上がる。ケット・シーはその男性を降ろして、そのままリズのところに戻ってくる。そして大きさはいつもの普通の猫を大きさに戻っていた。
「あとはあの炎だけど」
「魔法にゃらここからでも届くのにゃ」
「出来るの?」
「弱い水魔法くらいにゃらにゃ」
風呂場から水を張った洗面器を持ってきてベランダの手すりで、ケット・シーが口を開く。
「オンディーヌ!出てくるのにゃ」
洗面器の水が人の姿をとる。それはまるで小人のよう。
「我輩に力を貸してほしいのにゃ」
燃える部屋をケット・シーが指差すとオンディーヌは黙って頷いた。そもそも、精霊が喋れるのかはわからないけど。
ケット・シーは何やら詠唱を始めたけど、詠唱ちゃんと出来るのか?大体、いつも喋る時は『な』が『にゃ』になってるってのに。
そんなリズの考えを余所に、ケット・シーから燃える部屋に向かって大量の水の塊が放たれた。




