炎を纏う猫
リズと遙は新規で来たという、その客の容姿に驚いた。
ショートカットの赤い髪に黒いリボンの飾りがついたカチューシャ。ここまでなら、普通にいそうな女性なのだ。何よりも二人が驚いたのは、彼女の服装が喪服であった事。
「えっと・・・大変聞きづらいんですけど、誰かにご不幸があったんですか?」
「ううん、アタシの身内に不幸はないわ、この服はアタシの仕事着なのよ」
彼女はこの店に来た時に、リンと名乗った。そんなリンの職業(通称?)は『葬儀屋』なのだという。だから彼女は喪服で、ほとんどの時間を過ごしているらしい。
「それで、その葬儀屋がなんでこの店に?」
「この子のシャンプーをお願いしたいのよ、アタシの仕え魔なんだけどさ」
「・・・猫ですか?」
「うん、火車っていう化け猫なんだ、それとこの子の名前は『フォティア』ね」
リンが肩に乗せていた猫。フォティアは煤色の体毛に、燃えるような赤色の眼をしている。そして隠す必要がないのか、尻尾は二本になっている。
リズは、リンにカルテの必要事項を記入してもらいながら話を聞く。
「今は大人しい子だけど、この子はちゃんと喋れるから」
「はあ・・・そうなんですか」
「火と水は相性が悪いって聞くが」
「あぁ、それは魔術とかにおいてはなんだけどね、だからってフォティアも水が嫌いって事はないのよ」
「じゃあ、シャンプーとかは平気なんですね?」
「うん、最近、アタシも家でフォティアを洗ってあげられなくてさ」
「そんなに忙しいんですか?」
「まあね」
そりゃあ毎日のように、誰かしらは産まれて、誰かしらは死んでいくのだから、忙しいのは当たり前だとリンは言う。あと、リンだけが葬儀屋っていう事ではないので、休日はある訳だが。
「まあ今日は仕事までに時間が結構あるから、ちょっとね」
「じゃあ、シャンプーが終わったら連絡ということで?」
「うん、それでお願いします」
カルテを書き終えたリンの肩からフォティアがカウンターに飛び降りる。
「はい、ではお預かりしまーす」
「じゃあね、フォティア、ちゃんとお店の人の言うこと聞くんだよ?」
頷くフォティアに手を振って、リンは店を出ていった。
○o。. ○o。.
早速、リズはフォティアのシャンプーの下準備に取り掛かる。
「えっと・・・フォティアちゃん、爪ってどうする?切る?」
外を出歩く猫は、あまり爪を切らない方がいいとは言うが。
「お願いします、だってご主人様のお仕事のお手伝いで仏様を傷付ける訳にはいきませんから」
「そっか、じゃあ切っちゃうねー」
「はい」
リズはリズムよくフォティアの爪を、あまりヤスリをかけなくてもいいように切っていく。その後は耳掃除をして、シャンプー台にフォティアを連れていく。
その時に台は消毒して拭いておく。
「さて、フォティアちゃんのシャンプーをしましょうかね」
シャワーでフォティアの身体を濡らしていくが、特に苦手そうな様子はない。魔術の相性とは本当に別なんだな。
「本当に平気なんだね」
「一応、ご主人様にも何度か洗っていただいてますからね」
フォティアだけではないが、魔獣の部類の魔物の毛は撥水性が良い。やはり、仕事の補佐などをするのに、早く乾くように出来ているのだろうか。
そんなことを考えながら、リズはフォティアを二度洗いする。
「よし、終わりっと」
バスタオルにフォティアを包み、トリミング台に。あとは普通に乾かすだけ。
フォティアを乾かし終わると、リズはフォティアの耳を拭き、カルテを持って店の方へ顔を出す。
「オーナー、終わりましたー」
「わかった、連絡しとく」
遙にカルテを渡し、リズは再びトリミング室へ戻っていった。
○o。. ○o。.
しばらくして、リンがフォティアを迎えにきた。
「あらぁー、フォティアー♪綺麗になったねぇー」
会計を済ませたのを見計らって、リズがフォティアをリンのところに連れていく。
「大丈夫?この子、暴れたりしなかった?」
「大丈夫ですよ、フォティアちゃん、とてもお利口さんでしたー」
リンは肩にフォティアを乗せ、リズに心配そうに聞く。フォティアに信用がない訳ではないが、やはり普通の人間が相手するのとは違うだろうということらしい。
「まあ、火車が生きた人間を襲うのは、ほとんどないんだけどね」
「そうなんですか?」
「ええ、元々が悪人の死体を餌にしてるような妖怪だからね」
リンは笑顔で説明してくれるが、結構リズ達は引いた。死体を『餌』って。
「それは葬儀屋としては、火車を連れているのはどうなんだ?」
「えー?・・・フォティアは普段はアタシのお手伝いだし、遺体を傷付けることはしないけどね」
「ただ、悪人の葬儀の時に美味しそうとは何度か思ったことは・・・大丈夫です、それは今のところ」
今のところってことは、もしかしたらこれから先は(喰っちゃう事が)あるかもしれないってことか?まあ悪人の死体ならいいか、いやいや、良くはないけど。
「お手伝いする時ってフォティアちゃんはそのままなので?」
「いえ、私も化け猫ですから、ちゃんと変化は出来ますよ」
今は変化する必要がないので、しないだけだと言う。必要な時以外の変化は意外と疲れるのだとか。但しこれは個人差があるとも。
「じゃあ、フォティアちゃんのご飯って?」
「普段は普通の猫と変わらないですよ?」
「フォティアに遺体を喰わせてくれる、悪人の遺族なんか、そうそういないからねぇ」
「そうでもないと、天涯孤独な悪人の死体を探すしか、私には方法がありませんよ」
相手が悪人だったとしても人間は人間だしね、とリンは困ったように笑う。中には絶縁状態になっている場合があるが、それでもフォティアが喰えない場合が多いという。
「まあ、絶縁状態とはいえ『身内の死』に本当に興味を示さない奴なんてほとんどいないし、ましてや喰われるとわかったらねぇ」
「それは不謹慎と言われるんじゃないか?」
「その辺りはアタシ達も調べていくから、特に何もね・・・慣れたわ」
そうでもないと葬儀屋はやってらんないよ、と言ってリンはフォティアを連れて店を出ていった。
「色々と大変なんですね」
「きっと、そういう仕事だから仕方ないと割り切ってるんだろ」
遙は特に何かを思ったとかはないらしく、そのまま自分の仕事を再開させている。リズもそれを考えても仕方ないかとトリミング室に戻った。
○o。. ○o。.
仕事終わりの帰り道。ふと、リズが上を見ると光る(燃えている?)何かが遠くに飛んでいった。ここでは特に珍しい光景ではないので、気にはしなかったが。
「ただいまー」
「おかえりにゃのにゃあ」
「さっきさ、上を見たら何かが遠くに飛んでいったんだけど」
「?」
リズが、リビングで先程見たモノの詳細をケット・シーに話すと、すぐに何か予想が出来たらしい。
「多分それは輪入道とか、火車じゃにゃいかにゃ?」
「火車って猫でしょ?」
「何も、野生の火車がいにゃい訳じゃにゃいのにゃ」
「そういうことかー」
「きっと、どこかで悪人の葬儀でもあったんじゃにゃいかにゃ?多分、この時間だと通夜だとは思うけどにゃ」
ケット・シーの言葉に、リズは思い当たる節がある。今日、店に来た葬儀屋の女性。
「火車が悪人の葬儀に行って遺体を奪うということは、自ずと生前の罪を告白することににゃるから、遺族はこれを恥じるというにゃあ」
「へー、そうなんだ」
さすが猫(の妖精)。同じような猫のことはよく知ってる。
「伊達に我輩も長生きはしてにゃいにゃ」
なんかちょっと偉そうなケット・シーに、リズは若干イラッとしながらも、夕飯の用意をして、食べ始めた。




