ウサギやら色々
仕事を終えたリズは、久しぶりに向かいの喫茶店に入る。
「いらっしゃい、リズちゃん」
「あら、リズが来るなんて珍しいじゃない」
今日はちょうどリズの友人のレナも、バイトのシフトが入っていたのだろう。他の客の相手をしながらもリズに話しかけてくる。
「たまには良いでしょ?レナ」
「リズちゃんの注文はいつも通り、紅茶かな?」
「はい、お願いしまーす」
リズはカウンターの空いている席に座り、荷物を隣の椅子に置く。
「昨日は遙も大変だったみたいだね、リズちゃん」
「あー、角の生えたウサギの事ですか?そういえば、マスターってウサギを飼ってたって聞いたんですけど?」
「飼ってたのは、学生の時にだけどね」
優は懐かしそうにしている。リズにとってはある意味で、優の衝撃的な事実を知った話ではあるが。
「それにしても珍しいね、僕の事とはいえ、遙が昔の話を他人にするなんて」
「ですよねー、初めて聞きましたよ・・・でもオーナーって、なんであんな他人と距離をおいてるんですかね?」
「うーん・・・僕はその理由を知ってるけど、遙自身がそれを言わないのなら、僕が言う事じゃないよ、はい、紅茶」
「あ、ありがとうございます」
相変わらず優は穏やかに笑っている。まぁ、優の言葉は正論なので、リズはそれ以上は何も聞かない。遙は不思議な人ではあるが、リズは知ってしまったらつまらないだろう、という結論に至る。
「あ、ウサギといえばさ、レナ」
「何よ、突然」
「レナってさ、お風呂入っても大丈夫なの?」
「え?普通のウサギと一緒にしないでくれる?大丈夫に決まってるじゃない」
普通のウサギは体温調節が苦手なので、必要以上のシャンプーはしない方がいいと言われている。なんとなく、リズはそれを思い出したのか、ウサギ(人間にうさ耳と尻尾が生えた感じだが)のレナはどうなのか気になったようだ。
「あたしは動物のウサギとは違うわよ?」
「確かに、レナは肉食系ウサギだもんね」
「えっと・・・リズ?それは、どういう意味なのかなー?」
「え?もちろん、そのままの意味よ」
リズの言葉に、レナは笑顔で問う。だが、あっけらかんとしたリズの反応に、レナはダメだこりゃと頭を抱えた。リズはそのまま紅茶をのんびりと飲んでいるし。
「あれ?レナ、どうしたの?」
「・・・本当にリズって悪意がないから質が悪いわよね」
「へ?何が?」
「そうでなくちゃ、遙とは一緒に仕事が出来ないかもね」
「え?マスターまで何の話ですか?」
リズはリズで違う事を考えていたようだ。話を聞いてなかったので焦っている。そこもリズの良いところだとレナと優は笑った。
喫茶店を出たリズは、まっすぐ家に帰る。寄り道が出来る程の距離ではないが。
「ただいまー」
「おかえりにゃのにゃ、今日は仕事が忙しかったのにゃ?」
「いや?ただ、喫茶店に寄ってただけよ」
「あんまり帰りが遅いと、我輩も心配ににゃるのにゃあ」
「アンタに心配されても嬉しくないかも」
玄関を開けると、ケット・シーがちょこんと座って待っていた。アンタは犬か。
「夕飯は出来てるのにゃ」
「いつもありがとうね」
「我輩は居候させてもらってるんだから、これくらいはやるのにゃ」
トタトタと二足歩行で、ケット・シーはリビングに向かう。リズも靴を脱いで、跡を追う。
「ちょっと冷めちゃったのにゃ」
「うん・・・それは別にいいけど」
そして朝、リズは珍しく寝坊した。それも30分も。幸い、店と家の距離は近いので、ちょっと走ればいつも通りに出勤はできるが。
「うわあぁん、なんで起こしてくれないのよぉーっ」
「我輩はとっくにリズは、起きてると思ってたのにゃあ」
「まさか目覚まし時計の電池が寝てる間に切れてるなんて思わないじゃん」
「そんにゃの知らにゃいのにゃあ」
ドタバタと着替えやら準備を済まし、朝食。朝ごはんはパンと牛乳。
「寝坊してても、朝ごはんはちゃんと食べて行くのにゃね」
「だって、お昼までに絶対にお腹が空くもん」
「そうか・・・それで、電池はどこにあるのにゃ?」
「どっかにあるはずだけど、なかったら買ってきて、単3ね」
「・・・はいにゃ」
ケット・シーはやれやれといった感じだ。朝にやる事はある程度やってたのか、チラシの裏に『電池・単3』とメモしていた。
「ごちそうさま、じゃ、行ってきまーす」
「行ってらっしゃいにゃのにゃあー、気を付けてにゃー」
リズは急いで荷物を持って家を出ていった。
昨日のリズの一言は、よほど応えたのか店に行くと遙がいた。
「ふえぇ・・・なんとかいつもの時間に着いたぁー・・・」
「何があったんだ?」
「いえ、ただの・・・寝坊ですぅー・・・」
「それでリズは走って来たのか」
「うぅー、最近、やけに目覚まし時計の時間がずれるとは思っていたんですよねー」
「多少遅れても、9:00までに来てれば遅刻にはならないんだから、もう少しのんびりでもいいんだぞ?」
「準備と掃除があります、オーナー」
「準備はわかるけど、店の前の掃除なんか、毎日のようにやってるじゃないか」
案外、遙の考えは大雑把なようだ。経営者なんだよね?ただ、リズの場合は朝の準備の時間も大体、店の掃除に費やされているのだが。
遙だって、暇な時は自分でも掃除をしている。その暇な時はほとんど、リズが休みの時だが。
「あんまり気を使いすぎると倒れるぞ」
「あたしは少なくともオーナーよりは健康だと思います」
「・・・そうか」
遙はそういう事にしておくと言って、予約帳を開いた。
今、リズ達の目の前にいるのは、犬。だけど、リズ達の知ってる犬とはかけ離れていた。
「・・・丸いですね」
「確かに丸いな」
「この子の犬種って何でしたっけ?」
「確か・・・パピヨン」
「あたしの知ってるパピヨンと違う」
まず、普通より少しでかい。そして、身体も毛玉になってて丸いのかと思いきや、肉という。想像としては、丸い風船にパピヨンの顔を描いた感じ。パピヨンってもっとスラッとしていて、耳が蝶の羽みたいな感じの犬だったはずなんですけどね、リズ達の記憶の中では。
「どうやったら、ここまで丸くなるんですかね?」
「そんなの俺が知るか」
リズ達は飼い主に犬種を聞き、お出掛け用のゲージごと預かった。その時にリズはそのゲージが異様に重いと感じていた。そしてトリミング台に出した時、新手の珍獣かと思った。
「ダイエットさせないのかしら?」
「それは家の人が決めることだからな、それに、そういう事は獣医にも言われてるだろ」
「でしょうね」
よくテレビなんかで「お家のワンちゃんをダイエットさせよう」って企画があるが、それに出ているような犬達はまだ原型がある。だが、今、目の前にいるのは、明らかにどこから見ても○って感じで、パピヨンだと思えなかった。
「シャンプーだけとは言え、どうしましょうね」
「無理させないようにするしかないだろ」
「ですよねー」
仕事なので仕方ないが、リズはその丸いパピヨンのシャンプー前の下準備を始めた。
そして、なんとかその丸いパピヨンのシャンプーを終え、リズはカルテを持って店の方に顔を出す。
「オーナー、シャンプー終わりましたー」
「ん、わかった、連絡しとく」
リズからカルテを受け取り、遙は電話の子機を取る。その間のリズは床に落ちた毛を掃いたり、メッセージカードを書いたり。
「普通の大人しくていい子なんだけどなー、体型以外は」
メッセージカードを書きながら、リズは大きなため息をついた。




