ウサギと酒
家に帰った遙はソファーに座り、スマートフォンをいじる。
『今日は突然、俺の友人がすまなかったな』
『いえいえ、今日はわたしも比較的暇でしたし、気にしなくていいですよ』
『こっちに来てたみたいだが、どうしたんだ?』
『たまには出掛けるのも良いでしょう?わたしだって、いつも引き込もって仕事をしてはいられませんものね』
『なんか色々と大変そうなんだな』
『あら、そんなことはありませんよ』
メールの相手は比較的こういう事が突然くる事に慣れているらしい。むしろ、いつもの仕事の方が酷いようです。
『まだそれに比べたら、峰岸くん達の持ってくる案件は楽ですよ』
『そっちも苦労してるんだな』
『気苦労って意味ならば、峰岸くん程ではないと思いますけどね?』
「・・・なんで見抜かれてんのかな」
遙にはそれが不思議だった。やはり彼女は普通じゃないようだ。
○o。. ○o。.
翌日。朝早くから家のインターホンが鳴る。ソファーで寝ていた遙はそれで目を覚ますが、しばらく無視をする。
「・・・朝早くから誰だよ、全く」
時計を見ると6:00。リズでも、こんな朝早くには家に来ないし、出勤もしない。しかも、何度もインターホンを鳴らしている。こういう事をする奴は、遙の知る限りでは一人しかいない。
インターホンから外を確認すると鉛色の髪が見えたので、友人だった。
「やっぱり健か」
渋々、遙は着替えやら色々と支度を済ませて、玄関の方へ向かう。
「あ、遙、おはよー」
「健、こんな朝早くから何の用だ」
「今日さー、取ってた授業が休講になって暇になったから遊びに来た」
「あのな、俺は今日も仕事なんだが?」
「マジかよー、それは悪かったな・・・まぁいいや、お邪魔しまーす」
全然、悪びれる様子もなく、健は家の中に入ってくる。入っていいと遙は言ってないのだが。
「で、結局あのウサギはどうなったんだ?」
「ああ、あれはあの娘が知り合いの魔術師に連絡して、一旦保護してもらえることになった」
「じゃあ何もなければ野生に帰されるのか」
「そういう事らしいな」
健は勝手にソファーに座ってテレビをつける。まるで自分の家にいるような感覚のようだ。
遙は仕方なく、キッチンにある冷蔵庫を開け、何か飲み物があったか探す。さすがに、向かいの喫茶店もまだ開いてないだろう。開いてたら優に相手をしてもらいたかったのだが。
「健、何か飲むか?」
「何がある?」
「お茶、水・・・あと酒」
「朝から酒は無理だなー、とりあえずお茶で」
何も朝から健に酒を飲めとは、遙は一言も言ってない。ただ視界にあっただけの話。
「で、健は俺が仕事中はどうする気だ?」
「んー?その時は帰る」
「俺としては今からでも帰ってほしいんだけどな」
「えー、それはひでぇ」
遙は特に何も言わないが、健がいなければ寝れるのにと言いたいらしい。だが健は、そういう事には疎いというか、図太いというか。言わないと全く気付かない。
「なんだ遙、調子悪いのか?」
「誰のせいだと思ってるんだ」
朝早くから健に起こされて、遙は不機嫌だし、体調も(若干)よろしくない。全員が全員、朝に強い訳じゃないんだぞ。
ソファーは健に占領されてしまったので、仕方なく遙は健の目の前のテーブルにお茶を置き、寝室のドアを開ける。
「・・・あ、しまった」
相変わらずではあるが、遙の家の寝室は物で溢れていた。床が見えない。自分の家の事ではあったが、寝室がこの状態なのを遙は忘れていた。
「どうしたー?・・・って相変わらず、遙の寝室は汚ねーな」
「・・・悪かったな」
寝室のドアを開けて固まってた遙の後ろから健が覗き込む。
「仕方ねーな、遙、ちょっと待ってろ」
「は?」
「多分、時々は優とか護が片付けてくれてんだろうけどさ」
健が遙の横から寝室に入り込み、片付け始めた。その間の遙は空いたソファーで二度寝。
「遙ー?・・・って寝てるし」
片付けをしていた健が寝室から顔を出すと、遙は爆睡している。こうなると遙はちょっとやそっとの事では中々起きない。
「まぁオレも勝手に上がっちゃったから、掃除くらいはちゃんとやっておくか」
仕方ないとは思いつつ、健は寝室の片付けを続けた。
○o。. ○o。.
リズが出勤すると、ちょうど健は帰るところだったらしい。
「あれ?オーナーのお友達の」
「あ、遙のところの」
「リズです、えっと、どうしたんですか?」
「リズさんか、いや、ちょっと取ってた授業が休講になってな」
「へー、そうだったんですか」
リズは健を意外そうに見る。大学に行ってたんだと言いたそう。
「あ、そうそう、遙さ、今寝てるんだ」
「え?」
「いやぁー、オレ、二時間くらい前にこっち来てさ」
「・・・非常識極まりないですね」
「まぁ、なんやかんややってたらさ、遙が二度寝しちゃってて」
「そうですか、じゃあ、あたしは仕事の準備があるんで」
リズは健の話を聞き流しつつ、店の鍵を開けて中に。正直な話、健に構ってる暇はない。
「まぁ、午前中の予約の子が終わるまでには起きるでしょ」
そんなことを思いながら、リズは準備を始めた。
○o。. ○o。.
遙が再び目を覚ますと、時計は9:50。慌てて飛び起きた。
「うわ・・・寝過ぎた」
着替えはとっくに済ませてあったので、必要なものを持って急いで階段をかけ降りた。
「あ、オーナー、おはようございます」
「あぁ、おはよう」
トリミング室に入ると、リズはとっくに仕事を始めている。
「相変わらずオーナーは朝弱いですね」
「一回は起きた(起こされた)んだけど」
「二度寝して寝坊しちゃったら、結局は変わらないじゃないですか」
「・・・う」
遙には言い返す言葉が見付かりません。リズの言っているのも事実だし。
「そういえば、オーナーのお友達が来てたみたいですけど」
「ああ、リズはあいつに会ったのか」
「こっち来た時に、ちょうど」
「そうか」
遙はそのまま、トリミング室を出た。
○o。. ○o。.
仕事の休憩中、遙はスマートフォンをいじっていた。
『あのウサギってやっぱり野生に帰すのか?』
『あ、もしかして気になってました?峰岸くんに伝えようか、わたしも迷ってはいたのですが』
『今朝、友人に少し聞いてたんだけどさ』
『あら、そうでしたか
そうそう、ジャッカロープを保護している魔術師から、こんな写真が送られてきたので、報告の代わりに送っておきますね♪』
「って・・・おいおい、これは」
その後に送られてきた写真を見た遙は、思わず笑ってしまった。
○o。. ○o。.
遙が休憩から戻ると店にリズがいる。いつも遙が座っている椅子に座って。
「あれ?オーナー何かあったんですか?」
「いや?特に何もないが」
「なんか珍しく楽しそうです」
「そうか?」
何かあったかと言われても、思い当たるのは、休憩中のメールのやり取りぐらいだけどなと遙は言う。
「どんなメールですか?」
「見るか?このメールなんだが」
遙がスマートフォンを操作して、リズに見せた。件名には『ウサギとお酒』とある。本文はない。
「あはっ、何これー、可愛いー」
そのメールにはジャッカロープがウイスキーのビンを抱えて寝ている写真が添付されていた。それにしても、よくこんな写真が撮れたな。
いくらジャッカロープはウイスキーが好物とはいえ、なんと言うか凄くおっさん臭い。
「何とも言えない感じが良いですねー、これ」
「何もなければ、こいつは野生に帰されるらしいぞ」
「そうなんですかー、それは良かったですね」
ちょうどその時、午後の予約の客が来たので、遙はスマートフォンを仕舞い、リズはカルテを持って応対を始めた。




