置き土産
「えっと・・・これは落とし物なのかな?」
あれから数日後。リズは店の前にあるモノに困惑していた。それは確実に目につき、店に入るのには邪魔なところに置かれていた。
リズがどうしようか考えていた、ちょうど良いタイミングで、頭上で窓が開く音がした。
「オーナー、おはようございまーす」
「あぁ、おはよう・・・って、リズ、それどうしたんだ?」
「わかりません、店に来たらありました」
店の前にぽつんとあったモノ。リズが不思議そうに持っている瓶を見た遙は一旦、部屋に引っ込む。しばらくして遙が店の鍵を開けて外に出てきた。
「この瓶なんですけど、中身って何ですかね?」
「・・・酒?」
何も書いてない一升瓶。遙が封を開けて中身を確認すると、中身は日本酒(っぽい)らしい。
「これって落とし物なんですかね?」
「どうなんだろうな」
どうなんだろうって、遙が封を開けちゃったんですけど?まあ中身の確認の為だけど。仕方ないよね、多分。
「一応、届け出でもしとくか・・・」
「オーナーが封を開けちゃいましたけどね・・・あれ?」
「どうした?リズ」
リズの視線の向こう。遙が振り返ると、店の影に一人の茶色い髪の少女。ただ、耳が隠れてないし、頭に虫食いの葉っぱが乗っている。
「・・・これを置いたのはお前か?」
遙の言葉に少女がコクコクと無言で頷く。激しく頷いているのに頭の葉っぱが落ちないという、不思議。
「落とし物じゃないんだな?」
これにも激しく頷いている。慌てているのか、なんなのかはわからないけど、尻尾もチラッと見えている。
「・・・俺らにくれるってことか?」
さらに少女は頷く。
「そこにいないで、こっちに来ればいいのに」
リズの言葉に、その少女はトタトタと二人の元に来る。素直だ。
「これってどこかで買ったの?」
少女は首を横に振る。その姿で買えたら凄いわな。まあ、魔物の中には見た目は幼女でも人間より永く生きてる者もいるから、一概に子供とは言えないんだけども。
その他にも遙とリズは少女に色々と聞いていく。そこから話を整理すると、この一升瓶(の中身)は少女のモノで、好意で二人にくれたモノ、ということらしい(彼女は何も喋らないので推測だが)。
「どうします?オーナー」
「これを貰うのに心当たりはないが、貰ってほしいみたいだしな」
少女は嬉しそうに笑う。それで気が抜けたのか、ポフンと姿が変わる。
「あ、あの時の豆狸!」
そこにいたのは、頭に葉っぱを乗せた豆狸だった。なんとなく、くれた意味は(ぼんやりと)わかったが、遙もリズも頭を悩ませた。
「とりあえず、そろそろ仕事の準備をしないといけないんじゃないか?」
「あ、そうですね」
遙の言葉に、腕時計を見たリズは慌てて店の中に入って行った。
○o。. ○o。.
遙とリズは何も言えない。というのも、また厄介な客が来たのである。
「忙しくて、トリミングもなかなか行けなくて・・・お手入れもサボってしまっていて」
「毛玉だらけだと、かなり短くするしかないですけど・・・」
「ああ、そうしてください・・・もう家でもどうしようもなくて」
「あと、毛玉料金もかかりますが」
「それは覚悟してます」
飼い主の許可も得られたので、犬が入ったゲージごと預かることにした。
──で、出してみたところ。全身の毛がフェルト状になったポメラニアンが出てきた。毛玉を解すとか、そういう事が出来るレベルじゃない。
「なんか・・・凄く、毛玉なんですけど」
「これは、もうバリカン入れて、顔は柴犬カットにするしかないな」
何をどうやったら、ここまで酷くなるんだろうか。とりあえず、バリカンの刃を3から入れる。もう、スリッカーとかハサミじゃ無理。時間の無駄。
「・・・あれ?入らない」
「少しずつでいい、無理しないで入りそうなところから入れていけ」
今回もリズが相手しているが、遙も犬の様子見にトリミング室にいる。こういう場合、毛玉で皮膚が蒸れて赤くなっていたりするので、そういうことも考慮してだろう。
そして、その毛玉なのだが、バリカンが入ると面白いくらいに進む。でも、途中で入らなく時があるので、その時は別の場所から。
「うはぁー、何これー」
「こう見ると、まるで一枚の毛皮みたいだな」
「ここまで綺麗に刈れると、いっそ清々しいです」
「やっぱり、皮膚が赤くなってるな・・・連絡する時か返す時に飼い主に伝えておこう」
遙の言葉にリズは頷き、バリカンの刃を変え、足裏の毛を刈り始めた。
「これは薬用シャンプーですかね」
「そうだな」
刈り終わった毛玉は、一枚のフェルト生地のように剥がれた。剥がれたっていうか・・・なんというか。これでなんか犬用の服とか作れそう、そんな気がする。
一通り刈り終えたのを見て、遙はトリミング室を出ていった。
なんとか厄介な毛玉との格闘を終え、リズは次の犬をシャンプーして、乾かしていた。
その子も毛玉はあったが、さっきのに比べれば楽だった。
「あ、豆狸と出雲ちゃん」
窓の外に、白狐の出雲と豆狸がいる。狐と狸で仲が悪そうに思えるが、そういう事はないらしい。
「なんか平和だな・・・」
二匹が何を話しているかは、リズはわからないので別にいいが。時々、豆狸の方は変化を出雲に見せているようだった。
○o。. ○o。.
そういえば、事件もいつの間にか解決していた。自然消滅みたいな感覚で。誰が何をしたっていう事でもないらしい。当事者でないリズ達が、それを知る意味はないようで。
遙曰く、豆狸が持ってきた酒はそれ(事件は解決したこと)を意味するのだという。
「誰にそれを聞いたんですか?オーナー」
「知り合いの魔術師」
「いつの間に?」
「休憩時間に決まってるだろ」
「ですよね」
遙もリズも、酒は飲めないことはないが、豆狸が持ってきた酒をどうしようか迷って相談したところ、「飲めなくても、料理とかに使えるじゃない」と返されたのだとか。
ついでに持ってきた意味もその時に聞いたらしい。
「正直、その魔術師はザルだから、持っていこうかとも思ってな」
「へえー、でも拒否られたんですね?」
「・・・やんわりとな」
仕事もトリミング室の掃除も終わって、店の方の掃除をしていたリズは、精算をしている遙に話しかける。返事は凄く迷惑そうだったけど。
「でも、狸のお酒って滅多に飲めないですよねー」
「確かにな」
「強いのかなー・・・」
「少しいるか?」
「さすがに仕事をしてると、飲めないです」
「それもそうだな」
クスリと遙が小さく笑った気がした。
○o。. ○o。.
リズが帰宅すると玄関に見覚えのある一升瓶が置いてあった。あの豆狸はリズのところにも持ってきてたのか。
「ねえ、ちょっと、これどうしたの?」
「ああ、それはあの豆狸が昼間に持ってきたのにゃ」
瓶をキッチンまで持っていき、ケット・シーに尋ねる。答えを聞いて、リズは遙から分けてもらわなくて良かったと思った。
「にゃんでも『お礼』だそうだにゃ」
「そうは言っても、あたしはただ洗っただけよ?」
「それだけでも彼女には、相当な恩だったみたいにゃのにゃ」
その内、あの豆狸は悪い人間に騙されるのではないだろうか。結構、人懐こく素直なので、そうならないといいのだが。
「事件も解決したみたいだしにゃあ」
「ま、くれるモノは貰っておきますか」
「悪いモノ以外にゃら、貰うのは大歓迎にゃのにゃ」
「ふふっ、それはそうね」
一升瓶を日の当たらない場所に置いて、リズは笑った。




