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魔獣美容師の日常  作者: 星咲 美夜
一匹目:猫又
3/48

リリ、逃亡

リリをシャンプーした翌日。午後に突然、リリが店の前に一人で来た。


「あれ?リリちゃん、一人でどうしたんだ?」


ちょうどその時、リズは仕事の真っ只中だった。


「リズ、リリちゃんが一人で店の前にいたんだが」

「えー?今、あたしは手が放せないんですけど?」

「ゲージに入れて、お家に連絡しておくか?」

「どうせ、孫が遊びに来たとか、そんな理由でしょ」


リリを抱っこしてトリミング室に遙が入ってきたが、リズは遙の方を見ることもせずにハサミを動かし、プードルの毛を切っていた。


「とりあえずここに入れておくから」

「はいはい」

「あと、右後肢、少し歪んでる」

「はーい、終わったら直します」


遙が出ていったのを確認して、リリは大きなため息をついた。


「今日はまた、どうしたのよ?」

「君の予想通り、孫達から逃げてきたのよ」


ゲージの中でゴロンと寝転がり、リリはまたため息をついた。今日はリズもリリに構ってもいられないため、仕方ないが。


しばらくリリはリズの仕事を眺めていた。時々、リズに話しかけたりするが、仕事の邪魔にならないようにしているのが、リズにも感じられた。

リリの家に連絡を入れたのか、遙がドアを開けて顔を出す。


「リズの予想が当たってたよ」

「そうですかー」

「『息子夫婦が帰ったら、リリを迎えに行きます』だってさ」

「わかりました、あ、ついでにカット見てもらっても?」


遙はリズの言葉に頷き、ポケットからコームを出して見ていく。


「ん、大丈夫だな」


一通り見た遙がコームをポケットに戻して、その後は部屋を出ていった。


「あの人ってちゃんとカットとか、わかるんだ?」

「まぁ、一応あたしと同じ学校の先輩だし?普段はあたしがカットとかしてるけど、あの人の腕は確かよ」


リズはリリと話しながらもプードルの耳にリボンを付け、切った毛をドライヤーで飛ばす。そしてゲージにバスタオルを敷いてカットを終えたプードルを入れる。


このゲージは縦に三つ部屋があり、リリは今、一番上にいる。この店には同じゲージがもう一つある。そして、このゲージは魔獣達の魔力を封じられる特殊なモノらしい。


「今日は予約が結構あるの?」

「いや?もう、この一匹だけよ」

「あら、後はお迎え待ちだったのね」


床を掃いているリズに、リリはなんとなく嬉しそうだ。


「他にもいるから、珍しく忙しいのかと思ったわ」

「本当に忙しい時は、オーナーもこっちでカットとかしてるし」


遙がこちら側に来る時は、リズの手が回らないくらい客が集中した時か、リズでは本当にどうにもならないペットが来た時だけだ。それ以外は会計とか、そういうのをやっている。


「時々いるのよね、突然、当日に予約を入れる人とかがさ」

「迷惑な話ね」

「暇な日か、シャンプーだけの子ならそれでもいいんだけどね」


集めた毛をゴミ箱に押し込んで、リズは引き出しからメッセージカードを出して書き始める。


「あら、連絡はいいの?」

「そういうのはオーナーがやってくれるから大丈夫」

「あら、ちゃんと役割があるのね」

「だって、ここは二人しかいないんだもん」


ここでは役割を分担しないと仕事がやってられない。もしも、この店にリズがいなかったら、遙が倒れる。もしくは過労死直行コースだろう。


「どうして、ここには人が来ないのかしらねぇ?」

「あー・・・それはオーナーが、ああいう性格だからじゃない?」


遙は技術の腕はあるものの、あまり他人と積極的に関わり合うことをしない。というか苦手なだけ(多分)。それは接客業なのに、致命的なくらい。


だから遙は必要最低限の事しか話さない。リズに対しても、仕事中は仕事以外の事はほとんど話さない。


遙は雰囲気も近寄り難いけど、実際はちゃんと周りを誰よりも見てる。しかも、こうすればもっとトリミングが上手くなるとか、的確な助言もしてくれる。本当はいい人なのだ。

それをリズは知ってるし、遙もリズのことを知っているのでこの店に置いてくれているのだ、と思う。っていうかそう思いたい。


「でも絶対あの人、友達とかいないわね」

「悪かったな」


ポツリとリズが呟いた、ちょうどその時。ドアが開いて遙が顔を出した。なんとまあタイミングが悪いとリズは思う。


「リズ、迎え来たぞ」

「へ?・・・あぁっ、本当だ」


リズは慌てて先程のプードルをゲージから出し、メッセージカードを持って部屋を出ていった。



  ○o。. ○o。.



「それにしても、リリちゃん家、遅いですね?」


シャンプーの補充をしながら、リズは後ろの方で備品の確認をしている遙に言う。時計を確認すると5:30を指している。

ここは個人経営だからか、朝9:00に開店して、夕方6:00には閉店する。


「まさか何かあったってことはないだろうな?」


この世界では、いくら魔物と共存しているからといっても、人間が魔物に襲われる(喰われる)という事件は日常茶飯事だ。


「これが終わったら、もう一度連絡してみよう」

「何もなければいいんですけどね」


チラリとリリの方を見ると、リリも落ち着かないようだった。


遙がトリミング室を出て行ったのを確認して、リリはリズを呼んだ。夕方ともなると外も静かなので、二人とも部屋の外の遙に聞こえないように、小声で話す。


「ねぇ、ここから出してくれない?」

「一応、オーナーが連絡してくれてるんだし、大人しく待ってた方がいいと思うけど」

「それこそ、ご主人達に何かあったら嫌なのよ」


リリは自分の恩人である飼い主の無事が一番なのである。それをリズは知ってるけど、今はリリを自由にさせるつもりはない。


それこそ、リリが飼い主を探して行方不明になる可能性などもある訳で。もしも、魔物とリリが交戦したらなども考えられる。


「とりあえず、オーナーの報告を待とう?」

「うにゃぁ・・・じれったいわ」



  ○o。. ○o。.



閉店間際にリリの飼い主の老夫婦は迎えにきた。どうも、なかなか息子達の家族が帰らなかっただけのようだ。

とりあえず何もなかったので、リズもリリも一安心だ。


「すみませんねぇ、リリがご迷惑をかけたみたいで」

「いえいえ、そんなことはありませんよー」

「よかったらこれ、二人で食べて」

「え?いいんですか?ありがとうございますぅ」


迷惑をかけたからと、リリの飼い主の老夫婦はリズに白い箱を渡す。多分、中身は息子達がお土産に買ってきたお菓子とかだろう。


「じゃあね、リリちゃん」

「にゃあん」


リズに挨拶をして、リリは飼い主と帰っていった。



カウンターの奥の休憩室で遙がお茶を入れていた。


「お疲れ、リズ」

「あ、ありがとうございます」


渡されたマグカップの中身は緑茶。そこはコーヒーとかじゃないんだ、とリズは勤め始めた頃は思ったが、今ではもう慣れた。


「それで、リリちゃん家から何を頂いたんだ?」

「開けてみましょうか?」


リズは貰った白い箱を開ける。やはり中身は洋菓子の詰め合わせだった。


「緑茶に洋菓子・・・どっちかというと紅茶の方が良い気がするんですけど」

「紅茶も緑茶も、元は同じ葉だ」


箱からクッキーを取り、遙はソファーに座る。ここにはソファーが一つしかないので、(仕方なく)リズも遙の隣に座る。


「リズ、リリちゃんって本当に普通の猫なのか?」

「それはあたしの質問だと思うんですけど」

「・・・そうだな」

「事故で賢くなった、とかそういうのじゃないでしょうか?・・・でも、オーナー、リリちゃんが普通の猫じゃなかったら何かあるんですか?」


リズの質問に遙は無言のままだった。自分から話を振ってきた癖に。


「もし、魔獣だったとしても、自分を助けた人間を喰おうと思うんですかね?」

「魔獣は何を考えてるかわからないし、気まぐれだ」

「そうですか」


それでもリズは、遙は考えすぎじゃないかとお茶を飲み終えて、帰る支度をする。


「あたしは帰ります、お疲れ様です」

「送るか?」

「家は近いんで、大丈夫ですよ」

「何かあったらどうする」

「心配性ですね、そんな狭い道を入る訳じゃないんですから」

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