不安材料
リズはかなり困っていた。隣にあるトリミング台の上にある、一冊の雑誌が原因。
「うーん、難しいなー」
付箋が付いた一ページ。そのページには可愛くカットされたポメラニアンが載っている。
「こういうのが、一番困るんだけどなー」
雑誌と目の前にいるポメラニアンを見比べ、リズは試行錯誤しながらもハサミを動かしていく。
「大体、雑誌の子は撮影用のカットだっていうのに、ねぇー?」
時折、コームで毛を立て、ハサミを変えながらリズはカットしていく。
「うーん、どうだろう・・・この子は毛質もなー・・・」
カットして、コームで毛を立て、少し離れて遠目からと雑誌の確認の繰り返し。正直な話、カットをある程度『似せる』ことは出来るが、全く『同じ』には出来ない。
「うぅん、わからないわ・・・オーナーに聞いてみよう」
トリミング室のドアを開けると、遙は電話の真っ最中だった。予約の電話なのだろうか。
リズが店に顔を出したのに気付いた遙は鉛筆を持ったまま、右手で「待ってろ」とリズを制止する。そのままそこで待っていても仕方ないので、リズはトリミング室に戻る。
「リズ、どうした?」
しばらくして遙がトリミング室に入ってくる。
「この雑誌の子と同じにって言われたんですけど、どうなんでしょう?」
「いくらなんでも個体差があるから、同じは無理だ」
「ですよねー」
リズから渡された雑誌と目の前の客のポメラニアンを遙は見比べる。
「でも、ここを少しカットすれば、それっぽくはなるんじゃないか?」
雑誌を置いて、遙が少し手直しする。言葉通り、その雑誌の子っぽくなった。あくまでも『それっぽい』。
時々、こうやって雑誌を持ってきて『この雑誌の子のカットにしてほしい』という客がいる。
正直に言うと、それはかなり困ってしまう。というのも、雑誌の犬達はヘアスプレーなどで多少だが毛を固めていたり毛を増量したりと、あくまでも『撮影用』のカットなのだ。
これはドッグショーでも同じ。
「顔の作り、毛質、量と同じ犬種でも個体差がある時点で、全く同じにならないのは当たり前だ」
「この間のも困りましたね、『最近流行りの○○ちゃんと同じようなカットがいいんですけど』って資料もなく言われた時は焦りました」
「最近、ネットで話題だった子か」
「正直、その子をあたしは知らなかったので、カットする時に調べましたよ」
その時もリズは試行錯誤していた。いくら何でも、ペットサロンでは出来ることも限られてくる。
「一応、お客様には『全く同じ』にはならない、とは伝えましたけどね」
「それでクレームが来たら、たまったもんじゃない」
遙の言うことは、最もだ。そんな事でも悪評は広がるのは早いし、客が減る。それは二人にとっては、かなり困る事だ。
○o。. ○o。.
仕事を一通り終え、帰宅したリズは部屋で夕飯を食べながら、テレビをつける。
『──それでは次のニュースです。『○○町』で昨夜未明に、金融会社の『××金融』が何者かに襲撃されるという事件が発生しました』
「うわぁー、この会社はヤミ金だって聞いた事があるけど、結構この辺りと近いし、何か怖いなー」
「それにゃら恨んでる人間はザラにいるだろうにゃ、ここは摘発もされるだろうし、コイツらは自業自得にゃのにゃあ」
不思議な事に、このヤミ金融に不当に取られていた利子は、元の被害者に戻されていたようだ。今回の襲撃は、誰かが金を取り返す為だったのではないかとされている。
「でも襲撃するのはどうなのよ」
「我輩も他にやり方はあるとは思うのにゃ」
死亡者はいないものの、意識不明の重体の人間や、手足の骨折や切断などの怪我を負った者がいるという。
『──尚、犯人は未だ逃走中で、警察は防犯カメラの映像を基に、強盗の疑いで捜査を進めています』
「えー、まだ犯人捕まってないんだ・・・何かあったら怖いなー」
「にゃら、我輩が仕事の行きと帰りに一緒にリズといるか?」
「・・・アンタでも、いないよりはマシね」
ケット・シーを見て、リズは大きなため息をついた。
○o。. ○o。.
そんなこんなで翌日。いつも通りリズは出勤(ケット・シーも同伴だったけど)して、店の前を掃除していると、登校する小学生達も保護者同伴だった。
「やっぱり不安にはなるよね」
その小学生達の集団をリズは遠巻きに見送って、店の中に戻った。
「元々、少ない予約がさらに減らないといいんだけどなー」
「昨日の襲撃事件でか?」
「あ、オーナー」
予約帳を見ていると、ちょうど遙が店に降りてきた。
「オーナーもニュースを観たんですか?」
「一応、それなりには」
「犯人が捕まってないとなると、怖いですよねー」
「それでリズは来る時にケット・シーといたのか」
遙が窓を開けた時にリズがちょうど出勤したらしく、何があったのかと少しは心配したようだ。
「犯人が人間とも限らないしな」
「そうですよね」
「まぁ、今回はヤミ金の連中が被害者だって話だから、別に可哀想とか思わないけどな」
「でもそういう関係の犯人だったら怖いですよ」
とりあえず、それを心配してもリズでは解決出来ないのだから、解決されるのを待つしかないだろうと遙に言われた。
「リズ、お客さん来たぞ」
「あ、本当ですね、おはようございまーす♪」
客が来たのを確認したリズは、カウンターに用意してあったカルテを手に取って、客を迎え入れた。
○o。. ○o。.
腕時計を見ると、1:30。今日は珍しくトリミングとシャンプーが午前中に重なって入っていたので、なかなかリズは休憩に入れなかった。
「お昼、入りまーす」
遙からの返事はないが、多分リズの言葉を聞いているので、そのまま遙の後ろを通り、休憩室に入る。
「ふぅー、今日はあと二件あるのか」
ソファーに座り、買ったメロンパンの袋を開け、食べながらスマートフォンをいじる。
特に事件のことを調べてる訳じゃないが、SNSを見ると強盗とはいえ、ヤミ金の被害者達にお金が戻っていたことで、話題が持ちきりだった。
「ヤミ金被害者の味方、ねぇ」
そうは言っても、強盗は強盗なのである。怪我人も出ているし。
「魔物にも重傷を負わせるって、相当強いのよね」
しばらくすると、店のドアが開く音。遙が呼んだ、迎えが来たらしい。いつもはリズが犬の受け渡しはしているけど、リズが休憩中だったり、手が離せない時は遙がやってくれる。
一応、カットは遙に見てもらうも、たまに飼い主に「ここをもう少し短く」とか言われることがあるので、トリミングの時は飼い主にカットの確認をしてもらう。
「・・・大丈夫だったみたいね」
外の様子を伺うと、普通に会計をしているようなので、問題はないとリズは判断する。
「さて、そろそろ行くか」
迎えの客が帰った事を確認して、リズは休憩室を出た。
○o。. ○o。.
客の犬も全員帰り、掃除を終えたリズはカウンターの横にある棚から、カルテのファイルを予約帳を確認しながら取り出す。一応、犬種とその客の名前で50音順にカルテは整理されている。
「明日は、えーっと・・・この子と、あ、出雲ちゃんも来るのか」
一通りカルテを予約順に出して、トリミング室のバスタオルの入っている棚の上に置く。
「リズ、このカルテを戻してくれるか?」
「はーい」
遙から渡されたファイルの名前と犬種を確認して戻す。仕事が終わると、リズも比較的暇なのでこういう事もしている。
「それ終わったら帰っていいぞ」
「はーい」
「ケット・シーも店の前に来たみたいだしな」
「え、本当ですか?」
店の前を確認すると、遙の言葉通りに、ケット・シーがいた。遙は今日の売り上げの精算をしていて、店の前を確認していないのに、なんでわかったのか。
リズは遙はやっぱり不思議な人だと思った。




