理由
「マヤちゃん、ちょっとチョーカー外すよー」
「大切なモノだし、濡らせないしね」
マヤがつけていた青いリボンのチョーカーを外して、リズがマヤのシャンプーを始める。ある程度乾いたフェンリルは遙に任せている。任せているっていうか、マヤをシャンプーしろと遙に言われたのが正しい。
「さすが仕え魔さん、大人しいねー」
「命の危険がないことはわかってますもの」
どうやらマヤは普段から気を使うらしく、リズがシャンプーをしている間はとてもリラックスしていた。
「マヤちゃんも何か魔法とか使えるの?」
「そこまで大掛かりな魔法は無理ですけど、そこそこは」
「昨日の停電は大変じゃなかった?」
「停電ですか?うーん、そんなに大変だったかしら」
「マヤちゃんのところは停電はしなかったの?」
「してましたけど、うちのご主人達がすぐに復旧させてましたし」
何それ羨ましいと、リズはマヤに言う。一応、この町の復旧も手伝ってくれていたようで。
「結局、マヤちゃん達は何をしてたの?」
「あー、あたし達の仕事に関して、貴女は知らない方が幸せだと思いますよ、精神的にもね」
「ま、そう言うなら無理に聞こうとは思わないけど」
二回目のシャンプーを流して、リズはリンスを手に取る。そして、しっかりと流す。
近くに用意しておいたバスタオルを広げ、マヤに体の水分を飛ばしてもらう。フェンリルとマヤを洗っていて思ったが、この二人(二匹か)の毛は凄く撥水性がいい。
「見た目は普通の猫と変わらないのにねえ」
バスタオルに包んでドライヤーで乾かすけど、普通より乾きが早い。リリでも結構かかるのに。
猫を乾かす時にリズはスリッカーを使わない。というのも、猫の皮膚は犬と違って柔らかいので、スリッカーを使うと傷付けてしまう。
「マヤちゃんは毛が短いから、早く終わるとは思っていたけど」
「これなら営業時間に収まりそうだな」
「ですねー」
隣でフェンリルにコームを通したり、耳を拭いてたりしていた遙が時計を見た。時刻は5:50。営業時間ギリギリである。
トリミング室のドアを開けると、フェンリルは自分から出ていく。マヤはリズに、雷獣は遙に抱かれて。
「お待たせしましたー」
「お、大丈夫だったか?」
「なんとかな」
護は遙から雷獣を受け取り、会計をする。
「あ、遙」
「どうした」
「アイツが『一応、領収書貰ってきてね』って言ってたんだけど」
「彼女の名前でか?っていうか《協会》で落とすつもりなのか」
「アイツ曰く『あくまでも一応』だとさ」
それは出来たらやるという意味だと思うが。多分、護もそう思っているようだ。
「とりあえず、領収書な」
「ああ、悪いな」
来た時と同じように頭にマヤ、隣にフェンリル、脇に雷獣を抱えて護は店を出ていった。
仕事を終えた遙は向かいの喫茶店に入る。相変わらず優は笑顔で遙を迎え入れる。
「いらっしゃい、遙」
「悪いな、呼び出すことになって」
「別に構わない」
ほとんど客はいないが、カウンターの奥に護がいた。足元にはフェンリル。ただ、大きいままでは邪魔になると思ったのだろう、小型犬サイズになっていた。
「護、彼女はいないのか」
「さっきまでアイツもいたんだけど、雷獣を連れて出ていったよ」
「そうか」
のそのそとフェンリルが遙の足元に移動する。かなり疲れた様子だ。そのまま何も言わずに遙の影の中に入っていく。
「護達は一体、何をやってたんだ?」
「雷獣駆除」
「そのおかげで電力が復旧したみたいだけど、どうなんだい?」
「アイツが言うには半分は当たってるらしいけど、どうなんだろうな」
「結局、原因はわからないのか」
「ああ」
どことなく不満そうな表情で、護はコーヒーを飲んでいる。
「で、フェンリルは役に立ったのか?」
「なったっていうか、ほとんどの雷獣がフェンリルに喰われたっていうな」
「はぁ?!」
だからフェンリルに血が付いていたのか。それを不覚にも想像してしまい、遙の背筋が凍る。
「まぁ、フェンリルは狼だしな、おかしいことじゃない」
「そんな凶悪な奴だったのか、こいつ」
「それだってフェンリルの姿の一部だよ、遙」
まあ、今回のそれは彼女の指示での行動だと護は言っていた。とりあえず、フェンリルを遙に返すのにいただけだったようで、護は会計をして店を出ていった。
「護も大変だな」
「そうだね、僕だったら絶対無理だなあ」
「俺でも無理だ」
優が出したコーヒーを飲んで、遙は一息つく。
「そういえば、フェンリルは雷大丈夫だったの?」
「なんだよ、突然」
「いや、犬って雷が嫌いだっていうじゃん?狼もそうなのかなって」
「さあな、フェンリルは外に出してなかったから知らん」
「そっか、昨日はリズちゃんもいたんだね?」
「ああ」
そんなことを話していると、休憩から戻ってきたのだろう、灰色の髪のウサギのウェイトレスのレナが出てきた。
「あ、遙さん来てたんですね」
「どうも、そっちは雷大丈夫だったのか?優」
「なんとかね、出雲もちょっと協力してくれてね」
「遙さん、リズは昨日の雷大丈夫でした?」
レナが心配そうに遙に聞く。そういえばレナはリズの友人だったな、と遙は思い出す。
「リズは雷が苦手みたいだが」
「あぁー、やっぱりダメだったかー」
「何かあったのか?」
「えっと、これは中学生の時なんですけど」
なんでも、リズが中学生の時、リズの通っていた中学校(の避雷針)に雷が落ちたらしい。その時に校舎にいたリズは、それから雷が苦手になったという。
「落ちた時の轟音と震動が凄かったですからねー、苦手になるのもわかりますよね」
確かにそれではトラウマになるし、遙はリズに悪いことをしたかなという気がしてくる。
「まぁ、雷は時間が経てば過ぎ去るんだけどね」
「その間は、地獄の時間なんだろうな」
「でしょうね」
自宅に戻った遙はソファーに座る。
普段なら理由もなくフェンリルが出てくるのに、今日はそれがない。
「相当、疲れたのか」
まあ雷獣を追いかけて走っていたし、本人曰く、年だとも言っているし仕方ないか。
「・・・俺が気にすることではないか」
遙は立ち上がると思い出したようにキッチンに向かった。
帰ってきて早々に、リズはリビングのクッションにダイブする。
「ふえぇー、疲れたー」
「リズ、おかえりにゃのにゃ」
「ご飯まだー?」
「もうすぐ出来るのにゃ」
クッションから顔を上げ、キッチンの方を見るリズに、ケット・シーは淡々と返事をする。もう、この光景が定着しつつある。
「リズは我輩がいにゃくにゃったら、生活が出来るのかにゃ?」
「そもそも、アンタが来る前から生活出来てたし」
「そういうことにしておくにゃ」
「えー、何よー、その言い方はー」
ケット・シーは困った様子を見せるが、リズはお構い無しだ。
「何、行き先でも決まったの?」
「今日『相談所』のお嬢さんに会ったから一応、聞いてみたのにゃ」
「ふーん、で?」
「どうやら、このままリズのところにいた方が良いって言われたのにゃ」
「それがいいってなら、あたしは別にいいけど、アンタはどうしたいの?」
リズの言葉にケット・シーはさらに困ってしまう。
「うにゃあ、でも停電とかがあった時はリズは一人にゃ、だからここにいてもいいかにゃとは思ったのも事実にゃのにゃ」
「それはアンタが決めることだしね?あたしのところにいるなら、それでもいいしね」
「もう少し考えるのにゃ、一応、向こうも引き続き探しておいてくれるらしいにゃ」
「そうなの、でさ、ご飯はー?」
「今、持っていくのにゃ」




