保護のちシャンプー
翌日の朝になっても、この町の電力は復旧していなかった。日が射してるとは言え、部屋は若干薄暗い。
「これは困りましたね、オーナー」
「さすがにケット・シーに頼る訳にもいかないしな」
火や水は使えるものの、停電していてはドライヤーなどの道具が使えない。
「こういう時はどうするか・・・」
「ケット・シーに風の魔法を使ってもらって乾かすとかでしょうか?」
「それならケット・シーに原因を調べさせる方が早いだろ」
それもそうかとリズはポンッと手を打つ。遙はやれやれと二階の自宅に上がっていってしまう。
「えっと、オーナー?」
「ちょっと下で待ってろ」
リズを店に残して遙は一人、リビングを通り玄関に行く。
「フェンリル」
「はいよ、この停電の原因を儂が調べればいいんだろう?」
「わかってるなら、さっさと行ってこい」
「全く、狼使いが荒いな」
玄関からフェンリルが颯爽とどこかに駆けていったのを見て、遙は静かに玄関のドアを閉めた。
「オーナー、何をしに行ってたんですか?」
「別にリズが気にすることじゃない」
「はあ、そうですか」
二階から降りてきた遙を、リズは不思議そうに見て首をかしげている。
「オーナーって稀にですけど、雰囲気が変わってません?」
「気のせいだろ、俺自身は何も変わってないぞ」
「本当に不思議な人ですよね、オーナーって」
そう言ってリズはトリミング室に入っていった。どことなくリズは勘がいい気がする。
○o。. ○o。.
しばらくすると、店の明かりが点く。ラジオからも電力が回復したと情報があった。
「あ、復旧したみたいですね」
「なんとか午後からは仕事が出来そうか?」
「ですね、良かったー」
これで安心して仕事が出来ると、リズは笑っていたが、遙としてはそうもいかず。
「結局、原因は何だったんだか」
ぼんやりとそんな事を考えながら、遙は店に立っていた。
○o。. ○o。.
台の上で白い猫はリズに話かける。
「大変だったわね、停電」
「もしあのままだったら、リリちゃんの予約もずらさないといけなかったよ」
「嫌だわ、月に一度の楽しみなのに・・・ねえ、知ってる?なんでも昨日の雷で、雷獣が落ちてきたみたいよ?」
「それ、誰に聞いたの?リリちゃん」
リズの質問に、リリは知り合いの仕え魔と答え、大人しく爪を切られている。いつもならリリが自分で切っているが、今日は他にも客がいるので自重していた。
「相当、捕獲に時間がかかったみたいね」
「それで、ずっと停電だったのね」
なんでも雷獣は毒気を発しているらしく、その毒に当てられた人がいるという。それも復旧が遅れた原因らしい。
ふと、ガラスの向こうを見たとき、灰色の鼬か何かはわからないが動物が、黒猫と狼に追われていたのが見えた。
「ん?どうしたんだろ」
「あら、あれはマヤにフェンリルくんじゃない」
「リリちゃん、知り合いなの?」
「そうよ、きっと仕事中なのね」
リズは怪我をしなければいいけどと、鉗子にコットンを巻き付けて、リリの耳掃除を始めた。
「今日は声を出すのは我慢しないとね」
「ふふっ、オーナーにばれちゃうもんね?」
リズがリリを洗っていると、トリミング室のドアが開き、遙が顔を出す。
「リズ、迎えって、リリちゃんを洗ってたのか」
遙はリズの様子を見て、棚から預かった首輪などを取り出し、ゲージから犬を出して連れていった。
○o。. ○o。.
しばらくして、店に護が来た。頭に黒猫、隣にフェンリル、脇には灰色の生物を抱えていた。よく見るとフェンリルの毛には所々に血が付いている。
「なんでこうも、俺の周りはペット以外の動物を連れて来るんだ」
「あー、うん、遙の言いたい事はわかるんだけどさ」
「で?」
「こいつら全員なんだけどさ、飛び込みで出来ないか?」
「多分、営業時間を越えるぞ、それ」
遙と護が話していると、リズがトリミング室から顔を出す。
「オーナー、リリちゃんのシャンプー終わりましたー・・・ってあれ?」
「わかった、連絡はしておく、それと今からシャンプーとか出来るか?」
「はい、頑張ってみます」
遙にカルテを渡し、リズは腕時計を確認する。
「あ、マヤちゃんは後回しでもいいってアイツから言われてる」
「そうか、ならフェンリル達からでいいな」
そして遙は護が抱えている生物に視線を向けた。
「護、その脇に抱えているのは何だ?」
「雷獣、アイツが言うには、昨日落ちてきた中で一番大人しい奴だとさ」
「相変わらず、あの娘はそういうのに懐かれるな」
「ただ、コイツは慣れてないから暴れるかもとは言ってた」
遙はフェンリルに付いている血は、雷獣が暴れた時に付いたのかと判断する。
「フェンリルちゃん、血が付いてますけど、どこかに怪我を?」
「ああ、それはフェンリルのじゃない」
「え?そうなんですか?」
「ちょっとリズさんが知るには刺激が強いかな」
護の言葉から、これは表に出せない事である事を遙は悟る。護はそういう事に関わる仕事をしている。
「とりあえず、全員怪我はないんだな?」
「ああ、アイツが見たから確実だ」
「まずは一番厄介そうなその雷獣からだな、リズ、悪いが俺の道具を上から持ってきてくれ」
「はいっ」
護から雷獣を遙が預かり、リズに指示を出す。遙は黙ってシャンプー台に直行。フェンリルの上にマヤが乗り、遙の後をついてくる。
「全く、こういう奴のシャンプーするところじゃないんだがな」
雷獣を濡らしながら、遙は大きくため息をついた。
○o。. ○o。.
遙はどうしていいかわからないので、とりあえず、薬用シャンプーを使う。
野生のっていうこともあるし。
大型犬用の台では、リズがフェンリルの足裏の毛をバリカンで刈っている。
「フェンリルちゃん、爪どうします?」
「長いか?」
「そんな伸びてないかと」
「ならヤスリだけかけとけ」
その後もフェンリルはリズにされるがままの状態で、リズはシャンプー前にやる工程を終わらせた。
「あ、リリちゃんお迎えきたよ」
「にゃあん」
「じゃあね、リリ」
「あれ?マヤちゃん、喋ってる?!」
「ああ、言い忘れてたが、マヤちゃんは俺の知り合いの魔術師の仕え魔だ」
「へー、そうだったんですかー」
リリをゲージから出して、リズはトリミング室を出ていく。その間に、遙は雷獣のシャンプーを終わらせた。
「ふふっ、貴方には迷惑かけますね」
「全く、君の主人といい、護達といい、ここを何だと思ってるんだ」
「ペットサロン」
「っ・・・確かにそうだけど、そうなんだけど」
雷獣を乾かしながら、隣の台に乗っているマヤを見る。マヤは遙とフェンリルのシャンプーをしているリズの様子を楽しそうに見ている。
「何事も経験ですよ」
「こんな経験はいらん」
「いいじゃないですか、オーナー、仕事が無いよりはあった方が」
「ほら、可愛い彼女も言ってるじゃないですか」
この黒猫といい、リズといい、遙は本当に頭が痛くなってくる。ただでさえ、雷獣だってシャンプーするのは初めてだ。まだ、どうするかを聞ける相手がいるだけマシだが。
「マヤちゃん、コイツは爪とかは切った方がいいのか?」
「別にいいと思うわ、だってその子は他の魔術師さんのところに行きますし」
「あの娘の言葉を借りるなら『保護』か?」
「そうなりますねぇ」
乾かし終わった雷獣を、新しいタオルと一緒にゲージに入れ、遙はマヤに取りかかる。
「マヤちゃん、爪はどうする?」
「すぐ伸びるし、お願いします」
「了解」
フェンリルのシャンプーが終わると同時に、マヤのシャンプー前の工程が終わる。
「マヤちゃん悪い、少し待っててくれ」
「ふふっ、いいですよ」




