リズの苦手なモノ
午前中の予約がなかったので、リズは自宅に居候中のケット・シーのシャンプーを強制的に実行していた。
「あぁーっ、もう、いい加減、少しは大人しくしなさぁーいっ」
「嫌にゃあぁーーーーーーーーーーーっ」
「あ、こら、逃げるなぁーーーーー」
「全く、二人は何をやってるんだ」
あまりにもトリミング室が騒がしいので、遙は様子を見にきた。前回はこんなにうるさかったっけか。
「オーナー、黙って見てないで、何か言ってくださいよー」
「そう俺に言われてもな」
遙には遙の仕事がある訳で。リズには、こういう風に暴れるペット(ケット・シーは元々野生の妖精だけど)にも慣れてほしいのが本音。酷い噛み癖のあるのは別として。
「まあ、頑張れ」
「はーい・・・」
遙は厳しいとは思ったが、黙ってトリミング室を出た。
○o。. ○o。.
午後の仕事を終えて、ケット・シーを肩に乗せ、掃除をしていたリズがふと、窓の外を見ると雨が降っていた。
「うわぁ・・・天気予報では雨が降るって言ってなかったのになー、傘持ってきてないのに」
「なんならリズ、傘、貸すか?」
遙としては、リズに風邪を引かれても困る。リズも遙から傘を借りて帰ることにしたのだが。
掃除や片付けを終えた時には、雨は激しくなっていた。
「雨、酷いなー」
「通り雨なら弱くなるまで店にいるといい」
「え、いいんですか?オーナー」
「ずぶ濡れになって、また明日もケット・シーを洗うのは嫌だろ」
遙の言葉にリズとケット・シーが頷く。そんなに嫌なのか、二人とも。リズとケット・シーは雨が弱まるまで、休憩室でのんびりとしていた。相変わらず遙は今日の売り上げの精算中。
「雨、止まないね」
「止まにゃいにゃあ」
その内にリズはケット・シーの耳がピコピコと動いていることに気付いた。
「遠くで雷が鳴ってるのにゃ」
「うぇ、それ本当に?」
「リズ、どうかしたのにゃ?」
「何でもない」
リズは不安になって店の方へ移動する。その足元をケット・シーも一緒に。
「なかなか止まないな」
「そうですねー」
精算を終えて立ち上がった遙の後ろをリズが通った瞬間、外が一瞬だけ光る。そして、凄まじい轟音が響いた。
「ひゃあっ!?」
その轟音で、思わずリズは遙に抱きついてしまう。
「おい、リズ?」
「・・・っ、す、すみませんっ」
慌ててリズは遙から離れるが、その目は涙目になっている。
「リズは雷が苦手なのか」
「う、今のはただ驚いて・・・って、ひゃんっ!!」
どうやら雷は近付いてきているようで。光と音の間隔がだんだんと短くなっている。
リズの足元ではケット・シーが遙をニヤニヤと見ていた。
「なんだよ」
「いやぁ?にゃんだか遙が嬉しそうにゃ気がしただけにゃ」
「勝手なことを言うな」
「本当は嬉しいんだろう?だって、遙は童t・・・」
ケット・シーの言葉の途中だが、遙はリズに抱きつかれたまま、ケット・シーを蹴り飛ばす。普通の客のペットとかが相手なら絶対にしないが、ケット・シーは妖精なので、そんなに柔じゃないだろう。そして、どこでそんな言葉を覚えてきた。
「い、いきにゃり何て事をするのにゃあっ!!」
「お前は本当に躾てやらないといけないようだな」
「動物虐待は反対にゃのにゃあ!!」
「何が『動物虐待』だ、お前から仕掛けてきたんだろ・・・で、リズはいつまで俺に引っ付いてる」
「ふぇっ?!あっ、本当にすみませんっ」
リズは本当に雷が苦手なようで、休憩室のソファーの隅でうずくまって耳を塞いでいた。
「本当に雷がダメなんだな、リズは」
こればかりは仕方ない。遙は二階の自宅に上がっていった。だが、すぐに遙は休憩室に降りてくる。荷物を置いてきただけらしい。
──フッ
激しい轟音と同時に、辺りが真っ暗になる。どこかに雷が落ちたか。
「ひゃあぁっ?!・・・うあ・・・停電ですかぁ?オーナー」
「そうみたいだな・・・ケット・シー、明かりとかなんとか出来るか?」
「出来るにゃ──《光芒》」
ケット・シーの手のひらに、光の球体が現れ、辺りがほんのり明るくなる。
「こういう時だけは便利だな」
「遙の言葉は辛辣にゃのにゃあ」
明かりに照らされたケット・シーは何とも言えない、複雑そうな表情だった。
○o。. ○o。.
しばらくしても、明かりが点かず、遙が懐中電灯を持って店の外を伺う。懐中電灯はケット・シーが遙の自宅から探してくれた。雨は弱まってきているが、まだ雷は鳴っている。
「まだ、外には出られないか」
「うぅーむ、何かがおかしいにゃ」
「おかしい?何が」
ガラス戸の向こうの空を見ていたケット・シーが首をかしげる。
「普通にゃら、もう停電は復旧しててもいい頃だろう?」
「確かに、ここまでずっと停電するのは珍しいな」
今現在、ラジオ(これもケット・シーが見付けた)をつけているので、どういう状況かは少しだけわかる。だが発電所とかに被害があったという情報はない。
「もしかしたら、どこかに『雷獣』が落ちてきたかもしれにゃいにゃ」
「確か『雷獣』ってあれだろ?ハクビシンみたいな幻獣」
「そうにゃ、放っておくと人畜に被害が出るにゃ」
被害が出るのは困るが、それは遙達の仕事ではない。あくまでも遙達は『トリマー』なのだ。そういう事は専門外。
「どこに行くのにゃ?」
「上から傘を取ってくる」
「まだ雷は鳴ってるのにゃ、きっとリズは我輩じゃ雷が鳴ってる中を動けにゃいのにゃ」
「なら、俺がリズを送っていけばいいだけだろ」
全く、遙は厳しいんだか優しいんだか、わからないとケット・シーは小さくため息をついた。
そして傘を二本持って、遙は休憩室に降りてきた。
「リズ、もう大丈夫だと思うんだが」
「・・・はい」
「送っていくから、帰り仕度出来てないならしとけ」
「・・・すみません」
「誰にでも苦手な事はある、気にするな」
リズの頭に軽く手をやり、遙は休憩室を出ていく。リズは慌てて荷物を持って遙の後を追う。
店を出て、リズと遙は並んで歩く。リズの住むマンションまで来たのだが。
「・・・自動ドアが開かないです、オーナー」
「はぁ・・・非常階段から入れないのか?」
「あ、その手がありましたね」
全く、リズは真顔でボケるから困る。その当の本人はトントンと軽い足音を立てて非常階段を上っていく。
「何かあれば連絡がくるだろ」
非常階段のドアが開いた音を聞いた遙は一人、家路につく。途中で何かが道を横切ったような気がするが、遙は特に気にすることなく歩き続けた。
○o。. ○o。.
部屋に入ってすぐに明かりを点けようとリズがスイッチを押す。
──カチッ
「うーん、やっぱり点かない」
「こればかりは仕方にゃいにゃ──《光芒》」
「本当にこういう時はいると便利ね」
「こうにゃると我輩は魔術師のところより、リズのところにいた方がいい気がするのにゃ」
リズの少し後ろからついてくるケット・シーは小さく呟く。でも、それは行き先を探してくれてる人に悪いのではないかとリズは思う。
「そこはまた相談するしかにゃいのにゃ」
「そうだよね」
ケット・シーの明かりを頼りに、必要な物を探しだし、色々と作業をしている内に夜は更けていった。




