リズから見た遙
──『峰岸 遙』という人間は本当に不思議な人だとリズは思う。
リズが専門学校に入った時の、遙の印象は『なんだかよくわからないけど、恐い先輩』だった。別に見た目が恐いとかではなくて、その雰囲気というか佇まいが。むしろ、遙は見た目だけなら女子に「格好いい」と言われる方だと思う。
遙の『トリマー』としての同級生には、遙を含めて三人の男子が珍しいことにいた。まあ、リズの代はやはり女子しかいないが。
そういうこともあって、実習以外の授業の合間で遙を見かけても、女子と話すよりは、数少ない男子同士で行動をしていたように思う。それでも、遙はどこか他人と一線を引いている気がした。遙が一人でいるのは珍しくなかったし。
実習の授業は、先輩達と一緒にリズ達も授業を受ける。その時に先輩達はお客様の犬を授業の一貫で預かり、何人か一組でトリミングをする。
どういう訳か、この時にはもう、遙は先生でも手を焼く噛み犬とか暴れる犬を実習で回されていた。
「なんでだか理由はわからないんだけどね、峰岸が担当すると大人しくなるんだよね」
別に犬が遙に懐いているという訳でもないらしい。ただ、どういう訳か遙には従順になるのだ。それは遙が専門学校に入った時からそうだったらしい。
「きっと峰岸には『何か』があるんだろうね?普通の人じゃわからない『何か』が」
その理由を遙に聞いても、はぐらかされて答えないというので、先生達も不思議がっていた。それと同時に卒業させるのが勿体ないとも言っていた。
遙はその雰囲気から、あまり他人が近付くことはないが、リズの同級生達の話では、話してみると無愛想ではあるが案外普通だと言われていた。むしろ、そういうのが逆に良いよねという意見もちらほら。
確かに話せばちゃんと返してくれるし、単なる人嫌いという感じでもないようで。だけど遙の方も必要以上に他人に近付くこともしないので、やっぱりリズには遙は変な人だなという感じだった。まぁ、その変な人と今リズは一緒に仕事をしているのだが。
○o。. ○o。.
買ってきた焼きそばをモグモグと食べながら、リズは在学中のことをぼんやりと思い出していた。
「どうした?」
「いえ、先輩は卒業しても何にも変わらないんだなぁって思って」
「二、三年で人の見た目なんか、そうそう変わらないだろ」
「いや、見た目じゃなくて『中身』と言いますか、性格的な事です」
「それこそ今更だろ」
頬杖をついたまま、遙は受け答えをしている。その様子は凄い退屈そう。
確か、遙は卒業してからの一年間はどこかに勤めてたような気がしたけど。それなら、何かしら心境の変化があってもいいと思うのだが、遙は全くといっていいほど、そのままだった。
「つまらないですか?」
「そういう訳じゃない」
どう見ても、つまらなそうで、退屈そうなんですが。
「ごめん、そいつ捕まえてーっ、逃げたー」
「オイ、そっち行ったぞ」
「何やってんだよ」
「気を付けて、そいつ噛むよー」
「なんでちゃんと繋いでおかないんだよ、全く」
なんだか騒がしい。周りの会話から、どうやら犬が逃げたということがわかる。それも噛み犬が。
「え、もしかしてこっち来る?」
「全く、ここも色んなことがあるな」
「え、もしかして行くんですか?危ないですって」
「リズ、リードを誰でもいいから借りてこい」
遙が立ち上がり、騒がしい方へと歩いて行く。慌ててリズも途中で会った後輩からリードを借りて、その跡を追う。
遙がいる場所に、黒い犬が走って行くのが見えた。リズがその一瞬で見たのは、恐らくラブラドールだろう。大きいのに噛み犬とか最悪じゃないか。
「あっ、危ないっ!!」
周りは各々でその場から離れていたので、遙に向かって犬は走っていたのだが。遙の近くまで来た時、その犬は何故か急に大人しくなる。その瞬間に、遙は人指し指を立て「座れ」と号令をかけた。不思議なくらいにその犬は遙に従順だった。周りも何が起きたのかわからないようだ。
「リズ、リード」
「あ、はい」
後から来て、遙の傍らにいたリズからリードを受け取ると、難なく首輪につける。犬を追ってきた生徒が、息を切らしながらこちらに走ってきた。
「すみませーんっ、大丈夫でしたか?噛まれてませんか?」
「俺は大丈夫、もう逃げられるなよ」
「はい・・・あ、ありがとうございました」
リードごと生徒に犬を渡し、遙は先程までいた場所に戻っていく。その生徒はポカンと呆気にとられていた。
「えっと・・・驚かせてごめんね、あの人は前からああいう人で・・・あっ、ちょっと待ってください、先輩!」
何事もなく遙が歩いていってしまうので、リズはその生徒に(何故か)謝り、遙を追いかけていった。
○o。. ○o。.
急いで遙に追い付くと、遙はさっさと帰る支度をしていた。
「あれ?もう帰るんですか?」
「リズがまだここにいるっていうなら、別にそれでも構わないが」
「うーん、話したい人と話したいことはあらかた話したので、一緒に帰っても別にいいんですけど」
「何も、俺と一緒じゃなきゃいけないってことでもないだろ」
それはそうなのだが。でも無理矢理ここに遙を連れてきたのはリズな訳で。
「一緒は嫌なんですか?」
「そうは言ってないだろ」
「じゃあ一緒に帰りましょう、行く方向は同じなんですから」
○o。. ○o。.
遙とリズは並んで歩く。といっても、遙の歩くスピードが速くて、リズはついていくのがやっとなのだが。少しはリズに合わせてくれないものか。
「先輩・・・歩くの早っ」
「そうか?リズが遅いの間違いじゃないのか」
「えぇー・・・?」
そんなに早く家に帰りたいのか、この人は。リズの歩く速さは人並みだとは思う。行く時の遙は、リズの後ろを普通に歩いていたはずだし(渋々だったっていうのもあるか)。
「先輩、前から気になってた事なんですけど」
「なんだ?」
「先輩って人嫌いなんですか?」
「そう見えるか?」
遙の言葉にリズが頷く。そのリズの反応を見て、遙が困ったような、複雑そうな表情をした。
「俺も最初は意図的に他人を避けてるつもりはなかったんだけどな」
「・・・え?」
正直、それは意外だった。遙自身はそうなってしまう原因がわかっているらしく、それはリズに気にすることではないと告げた。
「それは、そのままでいいんですか?」
「そうなることは知った上での事だ」
「・・・そうなんですか」
「なんでリズがそんなに悲しそうにしてるんだよ」
確かにこれは遙のことであって、リズ自身のことではないのだが、なんとなくそれがリズには、悲しいというよりは寂しく感じられた。
「こうなってなかったら、あの時逃げた犬を俺でも止められなかったしな」
「それが何か関係するんですか?」
「関係するから言ってる、だがその詳細をリズが知る必要はない」
「そうですか」
「それと、他人が俺に近付きにくいと感じるのも、それの『副作用』だって事だ」
そういえば、遙には友人が一応、(少ないけど)いる。こうなった経緯も知っているのだろうか。ただ、遙がリズに知る必要がないと言っている以上、余計な詮索はしない方が良さそうだ。元々、詮索する気はリズにはないけど。
「とりあえず、先輩は人嫌いではないのだけれど、人付き合いの悪い人って事なんですかね?」
「なんか色々とおかしい気がするが、そういうことなんだろうな」
そんなことを言いながら歩いていると、いつの間にか店の前まで来ていた。
「あ、着きましたね」
「家まで送るか?」
「いえ、今日、無理矢理外につれ出したのはあたしですし、ここまで来たら家も近いので大丈夫ですよ」
「そうか」
「じゃあ、また明日」
にっこり笑って、リズは遙に背を向け、家路についた。




