旋風
「オーナー、テレビいいですか?」
滅多に店の上に来ないリズが、慌てた様子でリビングに来た。突然のことに遙は驚き、ソファーに座りなおす。
「・・・うわあ、酷い事になっていますね」
「突然、上に来て何があったんだ」
「竜巻だそうです」
今回は気象的な要因らしい。店に被害はないのだが、遙の休憩中にリズがトリミングをしていた犬の飼い主の家の近くで竜巻が発生したのだという。
「さっき店に連絡があって」
「そうだったのか」
「で、オーナーは寝てたんですか?」
「・・・少し」
なんとなく、だるい気がして遙は横になっていただけなのだが。リズは何か複雑そうな表情だ。
「体調悪いんですか?オーナー」
「気のせいだとは思うんだが」
「大丈夫ですか?倒れる前に病院行って下さいね?」
「ああ、わかってる」
リズはただ竜巻の被害状況を知りたかっただけらしい。もし、迎えに来られないと大変だということで。
「うーん、向こうは交通が遮断されてるのかぁ・・・」
「そこは店と方向逆の道だぞ、リズ」
「え?そうなんですか?」
テレビの前に律儀に正座して観ているリズの後ろから、遙も確認する。多分、迎えは大丈夫だと思うが、少し心配である。
「で、リズ」
「あ、カットも終わっています」
「そうか」
遙はリズを置いて、そのまま下に降りていった。
○o。. ○o。.
リズが次の犬のシャンプーを終えて乾かしていた時、遙が電話をしていた。きっと迎えの確認だろう。
「リズ、迎えは別の人が来るらしい」
「あ、やっぱりそうなりました?」
「今は色々と周りが騒々しいだろうし、仕方ないだろうな」
しばらく待っていると、店に来たのはツバサだった。
「すみません、代理でチョコちゃんを引き取りに来たのですが・・・」
「え?代理ってツバサさん?何で?」
「ふふっ、実は先程の竜巻の事を調べていたら、ちょうどチョコちゃんのお家の方から依頼されまして」
リズはツバサが店に来たのにも驚いたが、それ以上に竜巻の調査をしていたということにも驚いていた。
「アタシの本業は配達員なんですけど、たまにこういう依頼も受けるんですよ」
「そうだったんですかー」
配達員という職業柄、こういう自然災害などで『何か』を運ぶことは多いようで、ツバサは慣れているらしい。それに、ツバサは傘一つで空を飛んで移動が出来るので、緊急事態の時はよく動員されるのだという。
「ツバサさん、今日は風ちゃんと一緒じゃないんですか?」
「ええ、今日はお留守番してますよ」
「一人で、ですか?」
「いえ、アタシの家にはあと二体仕え魔がいまして」
話を聞くと、ツバサには『嵐』と『凪』という名の仕え魔がいるらしい。ただし、風のような鎌鼬ではないとのこと。
「それでは、こちらがお家の方から預かったトリミングの代金です」
ツバサがリズから犬を預かり、会計を済ませて店を出る。やっぱりこんな時でも傘で空を移動していた。
○o。. ○o。.
ツバサが店を出てからしばらくして、先程の犬の飼い主から連絡があった。
何でも、ツバサには次回の予約を伝え忘れたという。そういえば、予約取ってなかったとリズは思い出す。
「はい、来月の・・・はい、空いてますよ」
遙は予約帳を確認しながら、予約を入れている。こういう時だけ、遙は愛想良く対応出来てる。いつもはまぁ、無愛想なのに。不思議だ。
「では、来月もよろしくお願いします・・・はい、失礼します」
通話を終えた遙がリズに気付く。
「どうした?」
「あ、シャンプー終わったのでお家に連絡を、と」
「ああ、わかった」
リズからカルテを受け取って、遙は再び電話をする。犬達の迎えが来るまでリズにはもう仕事がないので、トリミング室の掃除と片付け。
床を掃いたり、ドライヤーのフィルターに結構、毛が付くので、洗う。
「リズ、迎え来たぞ」
「はーい」
ドアから遙が顔を出す。リズは預かったリードとゲージから犬を出して、トリミング室を出た。
○o。. ○o。.
犬達も全員帰り、片付けを終え、リズは帰り支度をする。時々、お客様からお茶菓子を戴くので休憩室でお茶。
「リズ、お疲れ」
「やっぱりあたしは洋菓子には紅茶が合うと思うんですけどねー」
「それは仕方ないだろ」
「今度、紅茶買って持ってこようかなー?」
マグカップの中身に文句を言いつつ、リズはソファーに座り、クッキーを食べている。
「別に持って来ても構わないが」
「え?いいんですか?」
「それはリズの自由だ」
「じゃあ、今度の休みにでも買ってこようかな」
別に緑茶でないといけない訳ではないし、そこまでリズを縛るつもりは遙にはない。ただ、たまたま置いてあったのが緑茶だけだったっていうだけで。
「あ、別にオーナーが緑茶好きっていうことじゃないんですね」
「いつ俺がそういうことを言った?」
「言われたことはありませんけど、マグカップに緑茶って、やっぱりオーナーはどこか変なんだなとは」
「リズは俺をそういう風に見てたのか」
遙の言葉に、リズは慌てて首を横に振った。
○o。. ○o。.
リズの家は店からそんなに遠くはない。だが、人通りが多いわけでもない。だから、日が暮れてからはあまり出歩くことはしないのだが。
「あ、どうしよう・・・お店にハサミ忘れてきちゃった・・・」
「リズ、もう日が沈んでるにゃ、出歩くのは危険だにゃ」
「うぅー、仕方ない・・・オーナーに電話するかぁー」
どうやらリズはハサミを店に置いてきてしまったらしい。ハサミなどの道具のお手入れがリズの日課なのはケット・シーも知っているが。
「出るかなー・・・」
「そんにゃに遙は他人と関わるのを避けるのか?」
「なんで接客業をやってるのか不思議なくらいね、あ、オーナー?」
リズの言葉と様子から遙が電話に出たみたいなので、ケット・シーは大人しくリズを見ていた。
「あの、実はハサミを店に忘れてしまいまして・・・あー、やっぱり・・・取りに行こうかとも思ったんですけど・・・はい、わかりましたー」
通話を終えたリズに、ケット・シーは首をかしげる。リズはなんか少し納得がいかないって感じだ。
「それで、遙はにゃんだって?」
「んー・・・ハサミはオーナーが預かっててくれるって」
「それは良かったじゃにゃいか」
「本当なら取りに行っても良かったんだけどさー」
床にゴロンとリズが寝転がり、顔をクッションに乗せる。まるで、いつものケット・シーのように。
「遙に止められたんだにゃ?」
「女の子が、一人で夜道を出歩くのは危ないってさ、別に店からここはそんな遠くないっていうのに」
「リズはあの店の唯一の従業員にゃ、何かあったら遙が大変だろう?それに、リズくらいにゃら魔物に一瞬で喰われて終わりだもんにゃ、今日は諦めるのにゃ」
「うー・・・それならアンタも付いてきてくれればいいじゃない」
床に突っ伏しながらリズはケット・シーを見る。ケット・シーは苦笑している。
「我輩はリズの仕え魔じゃにゃいのにゃ、それに、そこまで強い魔術も行使出来にゃいのにゃよ?」
「いないよりはマシじゃない」
「あぁー・・・つまり、我輩を盾にして逃げるのかー」
困ったような、呆れたような、そんな複雑な表情をケット・シーはする。まあ、ハサミは遙が預かってくれるというので、もういいのだが。
「いつもやってる事をやらないと、落ち着かないわ」
「それは我輩でも、どうすることも出来にゃいのにゃあ」
それはそうだなとリズは、大きなため息をついた。




