リズとリリ
リリの体も完全に乾き、リズは棚でメッセージカードを書いている。書くことといえば『今日もリリちゃんはお利口にしてました』とか、そういうありきたりなこと。
それを猫又のリリは楽しそうに見ていた。ただ、いつ誰かに見られても大丈夫なように、尻尾は一本にしていたけど。
普通なら、この店でもシャンプーなどを終えたペット達はゲージに入れておくのだが、リリや客としてくる魔獣達は、聞き分けのいい子が多いため、リズは特にゲージに入れておくとかはしていない。
遙はリリ達でも、ゲージに入れていたけど。まぁ、遙はリズと違い、リリが猫又なのを知らない(らしい)ので仕方ない。
そういう人間に飼われている魔獣に関しては、専門学校でもいるということは習ってはいる。
リズも実際にこういう風に飼われてる魔獣を見たのは、この店に就職してからだけど。
「リズ、リリちゃんのお家は『すぐに迎えにくる』ってさ」
「そうですか、ありがとうございます」
トリミング室のドアを開けて、遙が顔を出す。そして、台の上にいたリリを見てから、再びリズに視線を向けた。
「それと、いくらリリちゃんが普通の猫とは思えないほど利口でも、手を放すならゲージに入れとけよ」
「あー・・・でも、あたしも、もうやることないんでー」
リズの言い方にカチンときたのか遙は若干、顔をしかめる。
「リズ」
「わかりましたよ、オーナー・・・リリちゃん、悪いね」
リズがリリを抱き上げゲージに入れると、リリは一言、にゃあと鳴いた。
「何かあったらどうするつもりだ?」
「・・・すみません」
それから遙はカウンターの方に戻って行ったので、リズはそれを確認してから、ため息を軽くついた。
「全く、オーナーは頭が堅いんだから」
「仕方ないわよ、君も、あのオーナーも魔力を持たない普通の無力な人間なんだからさ」
リリの言う通り、リズも遙もいたって普通の人間なのだ。周りには魔法やら魔術やらを使える人間もいるが。
まぁ、自分が使えないモノをどうこう言っても仕方がない。そういうモノなのだから。
○o。. ○o。.
リリの迎えを待っている間に、リズは午後からの予約の確認をしていた。
「あー・・・この子かー・・・」
「どうしたの?」
「いや、少し元気が良すぎるっていうかね」
ファイルを開き、リズが嫌そうな表情を浮かべる。その様子を見ていたリリが興味津々で聞いてくる。
「この子は噛み癖があるから、やりたくないなー・・・」
「まぁ、わたしと違って言葉が話せないんだから、それは仕方ないんじゃないの?」
リリの言葉に「それはそうだけどさ」とリズは頬杖をついて言う。
「リリちゃん、一個、気になったんだけどさ、魔獣ってみんな話せるの?」
「んー・・・話せない子もいるけど、その辺のペット達より頭はいいからねぇ・・・でも、大体の子は話せると思っていいわ」
「言葉を話せない子でも、ちゃんと解るんだ?」
「そりゃあそうよ、だからここに来る魔獣の子は嫌なことがあっても暴れたりはしないはずだし、わたしの周りの子には大人しくするように言ってあるんだけどね?」
どうやら、魔獣には独自のコミュニティがあるらしい。魔獣はその辺の動物達とも言葉が通じるようなので、そういうのはリズ達にはありがたい。
そしてそういうことが出来るリリはこの辺りのコミュニティでは権力を持っていることも言葉から解った。
「でも、その子はわたしも知らないなー、この辺りの子?」
「いや、この子はちょっと遠くから来てる子だね」
カルテに書かれた住所を見て、リズはリリの質問に答える。
「ふーん・・・わたしがその子が来るまで居てあげようか?」
「それはありがたいけど、飼い主さんがリリちゃんの迎えに来る方が早いと思うよ」
「それは残念ね」
リリは退屈そうにしている。が、それも束の間、リリの飼い主である老夫婦が来店した。
「お迎え来たよ、リリちゃん」
「うふふ、また来月ね」
リズはゲージからリリを出して、抱き抱える。
「あ、お待たせ致しましたー♪」
「おぉ、リリ」
「お姉さんに綺麗にしてもらって、良かったわねぇ」
二人の言葉にリリは嬉しそうに、にゃあと鳴く。
カウンターでは、遙が会計をしている。その隣でリズはメッセージカードを渡す。
「それでは次回の予約なんですけど」
「来月はどこが空いてるのかしら?」
「えっとー・・・第二水曜日が空いてますね」
予約帳を開き、リズは飼い主と予約の相談をする。この店は(遙曰く)完全予約制である。だから、帰り際に予約をするか、電話で予約をしてもらっている。
「じゃあ、そこで」
「はいっ、入れておきますね」
予約帳に鉛筆でリリの名前を書き込む。これは、この予約が突然キャンセルになっても消せるように、ということらしい。
「ありがとうね」
「またね、リリちゃん」
老夫婦が店を出ていく時、リリは尻尾を一回だけ揺らし、にゃあと鳴いた。
○o。. ○o。.
時計を見ると11:30。昼食を取るには微妙な時間だった。
午後からの予約が1:00なので、本当にどうしようかと、リズは使ったバスタオルを洗濯機に放り込む。
「洗うにしてもなぁ、一枚だし」
突然でもいいから、暇な時くらいは仕事が入らないかとリズは思う。
基本的には電話での予約は遙が取っているから、こればかりは遙の匙加減に頼るしかないが。
「リズ、少し早いけど・・・お昼行ったら?」
「オーナーは?」
「俺は別に大丈夫、リズはこういう時じゃないと昼食もゆっくりしてられないだろ?」
「そうですね・・・じゃ、行ってきます」
リズは着けていたエプロンを外し、カウンターの奥の部屋に入っていった。
○o。. ○o。.
リズは持参したパンを食べながら思い出す。
リリが猫又であるのをリズが知ったのは、本当に偶然だった。
その時も遙は寝坊していて、リズがリリの爪切りをしていた。
「っ・・・痛」
「あ、ごめん」
リリが暴れた訳ではなかったのだが、爪を切り過ぎてしまったのである。
リリの言葉にとっさにごめんと言った後、リズは一瞬、首をかしげて、止血をしてからリリと向き合った。
「あれ?リリちゃん・・・今、喋った?」
リズの問いかけにリリは無言で首を振ったが、その場にいた人間はリズだけだったので、気のせいかとも思った。
「でも、今、リリちゃん『痛い』って言ったよね?」
リズに疑惑の目を向けられてもなお、リリは何も言わなかった。
「これは、一回オーナーに確認して・・・」
「待って!!」
部屋を出ようとしたリズにリリが焦って呼び止めた。
「やっぱり喋ったー!!」
「お願い、この事は言わないでっ」
リリはこの店の客の魔獣について知っていれば教えるからと、リズには内緒にしてほしいと懇願した。
──リリは元々、野良の猫又だった。
普段から町にいる時は尻尾を隠していたらしく、たまたま道路を渡ろうとした時に、信号を無視した車に跳ねられた。いくら魔物は人間より頑丈とはいえ、走っている車には勝てなかったようで。
それを今の飼い主である老夫婦に助けられたらしい。そして、彼女は『リリ』という名を貰い、猫又であることを隠して老夫婦に飼われている。
本人は二人は恩人なので、喰うことは考えていないという。むしろ、恩返しとして、二人に何かあった時の為に常に側にいるつもりのようだ。
「ふーん・・・それなら、内緒にしてあげてもいいけど」
「本当に?」
「でも、オーナーもリリちゃんのこと知ってるの?」
「今回はたまたま君にはばれたけど、オーナーさんはこの事を知らないはずよ・・・多分」
リリに関しては遙も何も言わなかったので、遙が知らないっていうのは本当だろう。
それからはリリが演じている、普通の猫ではない、ありのままの自分でいられる(遙がいなければ)として、よくリズと話している。
あの老夫婦には子供がいて、とっくに成人して結婚もしていること。今では二人の孫もいるという。
そして、その孫達のリリに対する扱いが、幼い故に乱暴だし雑で困っているともリリは言っていた。
「大変だね、リリちゃん」
「さすがに孫達と遊んでると、わたしが猫又だってばれそうで」
「あー・・・そっちか」
時々リリがこの店の近くを歩いているのは、孫達から逃げているようだ。どこの猫も、それは同じらしい。
リズは魔獣にも、色々あるんだなぁと思った。そして、食べ終わったパンの袋をゴミ箱に捨てた。