出雲の一日
朝。出雲はカーテンから洩れる朝日に目を細める。
「キュウー・・・」
出雲はカゴから出て、大きく伸び、自分の主人である優の寝ている寝室へと向かう。
寝室のドアはしっかりと閉められているが、出雲は妖狐である。少しなら神通力は使える。
「・・・キュウ?」
開かない。
「・・・!!」
まさかと思っていたらカチャッと鍵が開く音。どうやら、今日は鍵をかけていたようだ。ドアを開け、勢いをつけてベッドで寝ている優の上に飛び乗る。
「キュウゥーッ♪」
「うぐぅっ!?」
着地は見事、優の鳩尾だった。なんにせよ、優が起きたので出雲はそれでいいらしい。
「キュウン♪」
「おはよう、出雲・・・また手荒い起こし方をするねぇ」
頭を掻きながら、優が起き上がる。出雲は優の隣にちょこんと座り、優を見る。
「・・・あ、もしかしてご飯?」
「キュウ」
優の言葉に、出雲は頷く。出雲は優の言葉は解るけど、優は出雲の言葉が解らないので、出雲は行動で色々と要求をしなくてはならない。
早く変化する方法を会得したいとは思うけど、狐の知り合いがいる訳ではないので、悩んでいたりする。
「着替えてからでいいかい?」
「キュウ」
優が着替えている間に、出雲はぐしゃぐしゃになったベッドを出来る限り整える。
正直、なんで優が出雲を拾って世話をしようと思ったのかは、出雲自身も解らない。ただ出雲は食べ物を探して段ボールの中に入ったはいいが、出られなくなってどうしようかと思っていただけだったのだが。
まあ、今は食べ物に困らないし、優に飼われるのもいいかと思う。せっかく『出雲』という名前ももらったし、普通の人間だけど優が主人で良かった。ただ、ネーミングセンスだけが残念だけど。
「出雲、ご飯にしようか」
「キュウン♪」
優の着替えが終わったので、出雲はベッドから飛び降りた。
○o。. ○o。.
朝食を終え、軽く出雲をブラッシングして優が出勤の支度をする。出雲も一緒に喫茶店についていく。
「さて、行こうか」
「キュウ」
優の職場である喫茶店は、出雲でも歩いて行ける距離だ。それでもまだ出雲は小さいからと、優の肩に乗って移動している。
「にゃあん」
「やぁ、リリちゃん、おはよう」
「キュウン」
ちょうど道路を渡って、白い猫又がやってくる。この辺りに住んでる(飼われてる)リリだ。
優の肩から飛び降りて、リリと挨拶をする。リリは人の言葉は話せるが、普通の猫を演じている為、ほとんど人前では話すことはない。
「にゃあぁーん」
「キュウ」
「なぁあーん?」
「キュウーン?」
「にゃあん・・・」
「キュウン」
しばらく話していると、優は困ったようにこちらを見ている。優はリリが人の言葉を理解しているのを知らないので、仕方ない。
「にゃあん」
「キュウン」
リリと別れて、出雲は再び優の肩に乗る。
「なかなか楽しそうだね、出雲」
「キュウ」
まあ大したことは話してないが。ただ、出雲は変身の方法を教えてもらえそうな、魔物の知り合いがいないか聞いただけだ。リリ自身は心当たりはないようだった。
○o。. ○o。.
優が仕事をしている間、出雲はドア近くにあるカゴの中で大人しくしている。ただ出雲にはやることがなくて暇。
時々、客が撫でてくれるけど。
「キュウー・・・」
本当に暇。少し、散歩してこようか。のそのそとカゴから出て、優のズボンの裾をくわえる。
「出雲、外に行くのかい?」
「キュウ?」
「ほとんど人もいないし、行っておいで」
優がドアを開けてくれたので、出雲は少し外で遊ぶことにした。だって暇なんだもん。
道路を渡るとペットサロンがある。ここで出雲は泥だらけだったのを綺麗にしてもらった。ガラス越しに見ると、今日はリズがカットしている。出雲に気付いたリズが笑顔で手を振ってくれた。
出雲はしばらく、リズの仕事を眺めていた。迎えにきた客達はガラスの向こうを眺めている出雲を「カワイイ」とか言ってくれる。ついでに撫でてもくれる。
「出雲、優のところから出てきたのか」
「キュウン」
店から遙が出てくる。出雲がいるのが、迷惑だったのだろうか。
「中入るか?」
「キュゥウン」
「今日はリズのことを観察してたいのか」
「キュウ」
「そうか」
どうも、出雲がずっと外にいるのが、遙には気になったようだ。今日のリズは仕事が忙しいらしい。見ているだけだが、何もないよりはいい。リズは暇だと店の掃除をしているから、その時は邪魔にならない程度に構ってもらっているが。
さて、ずっと見ているのもリズには迷惑だろう。出雲はそろそろ喫茶店に戻ろうか考える。戻ったところで暇なのだが。
あまり出雲は遠くへ行くことはしない。ここは来たばかりで、帰り道がわからないし。迷子になっても別に出雲は構わないのだが、優が心配する。
「出雲ちゃん」
リズはお昼休憩するらしく、出雲がまだ店先にいた為に、外に出てきたらしい。
「喫茶店に戻らなくていいの?」
「キュウー・・・」
「一緒に喫茶店に行く?」
「キュウ」
リズが行くと言うならと、出雲は戻ることにした。
「いらっしゃい、リズちゃん」
「こんにちは、マスター」
「出雲もおかえり」
「キュウン」
リズは向かいが見える席に座る。ここがリズのお気に入りの場所なのだと優が言っていた。リズの休日に遙がトリミングをしていると、よくここで遙のことを見ているのだとか。リズはストーカーかと出雲は言いたくなった。今は言えないけども。
「リズちゃん、今日はどうしたんだい?」
「いやぁー、お昼ご飯忘れちゃって」
「そうなのか、てっきり僕は給料日前でお昼を抜いてるのかと」
「マスターも穏やかに笑いながら、結構キツいこと言いますね」
「あはは、ごめんごめん」
稀に、優の言葉には棘がある。まあ、優は周り(特に遙)に苦労をかけられているし、たまにはいいと思う。
「実際、給料日前なのは否定が出来ないんですけどねー」
「まあ、それなりに生活出来てるんだろう?」
「少しですけど、貯金もありますし」
「遙と違って、食費はかかってないだろうしね」
優の言葉にリズは「確かに、そうですね」と苦笑する。そして、ついでに注文をした。
○o。. ○o。.
リズも戻り、出雲は再び暇になる。
「出雲、果物だけど何か食べる?」
「キュウ♪」
小さな器に優が苺やバナナを切って入れる。少し余ったのだろう。だが、出雲はそれを気にすることなく食べる。ごちそうさまです。
そんな様子を優は笑って見ている。どこか嬉しそうだ。こっちはおこぼれでも、食べられる物なら何でも嬉しいです。
○o。. ○o。.
この喫茶店は22:00まで営業している。人がいれば少し愛想を振り撒いていれば、多少は構ってもらえるのだが。閉店間際ともなると、来客は少なくなってくる。
アルバイトの子もちらほらと掃除を始めている。出雲は掃除の邪魔にならないように、カゴの中で大人しくしている。暇なので手伝いたいのだけど、多分「ごめんね」とか「大人しくしてて」とか言われる。
「キュウー・・・」
人が完全にいなくなり、そろそろ閉店時間かと、出雲は大きく伸びをする。アルバイトの子達も帰り支度をしているのが見えた。
行きと同じように優の肩に乗って帰宅する。足を優に拭いてもらって家に上がる。
「今日もお疲れ様、出雲」
「キュウー」
お疲れ様は優の方だと思うのだが。だって、出雲は何もしていない。ただ暇なので、客に構ってもらっているだけなのだから。いつか話せるようになったら、言ってやろうかな。
夕食は人がいない時に優は店で食べている。出雲の夕食は人がいてもいなくても優がくれるけど。
だから優が帰っても家でするのは洗濯物を取り込んだりとか、そういうの。
出雲に関しては寝るだけ。
一人でいるのも少し寂しいので、出雲は家事をする優について歩く。特に優の邪魔をしたい訳ではないのだが。
「出雲、何も家の中でついてくる必要はないんだよ?」
「キュウウ・・・」
「あはは、そんなにしょんぼりしなくても」
家事を終えた優と離れ、出雲は自分の寝床にしているカゴに入る。クッションに頭を乗せていると、だんだん眠くなってくる。野生では絶対にこんなことは出来ないな。
「クスッ、熟睡じゃないか」
カゴの中で寝る出雲に、優は小さく笑う。
「おやすみ、出雲」
リビングの明かりを消して、優も静かに寝室へと入っていった。




