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魔獣美容師の日常  作者: 星咲 美夜
四匹目:狐
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必要なモノ

(ゆたか)が狐を拾ってから、数日後のこと。彼女の名前も決まったというので、優がその狐と共に来店した。それも閉店後に。


「その子の名前、決まったんですね」

「うん、おかげ様でね」

「それで、その狐が選んだ名前は?」

「色々と悩んでたみたいなんだけど『出雲』がいいってさ」


優の言葉に出雲がキュウと鳴いて頷く。かなり優に懐いているようだ。


名前の方はなんと言うか、無難なところに収まったなとリズは思うが、出雲本人が選んだので、文句は言えない。こうなってくると、その他の候補もリズは気になる。


「他の名前の候補って、どんなのだったんですか?悩んだってことは、結構可愛いのがあったんですか?」

「他かい?うーんとね、確か『(そそぎ)』とか『清白(すずしろ)』とかだったかな」

「白狐だから白いモノの名前を持ってきたのか、彼女は」


ちなみに清白っていうのは、大根のことらしい。字『だけ』を見たら綺麗だって理由で名前の候補だったようで。


「それでも、その子がその候補の中から『出雲』を選んだんだろう?」

「うん、この子の気に入ったのがあって良かったよ」


遙はカルテに出雲と名前欄に書く。これにはその時に使ったシャンプーなど、色々なことが書かれている。これで次に来ても、使うシャンプーとかがわかる。まぁ、そうそう狐が来ることはないけども。


「それで、優は何しに来たんだ?」

「えっとね、遙に簡単なお手入れとかを教えてもらいたくてね」

「例えば、ブラッシングとかか?」

「うん、そうだね」


だから優は閉店後に来たらしい。さすがにそれでは、遙も仕事中に来られるのは困るだろう。さすが、優。よく解っていらっしゃる。


「まず、使う道具なんだが・・・」

「正直、狐だからどういうのがいいのか、わからないんだよね」

「普段、俺達が仕事で使っているのはこれだな」


遙はリズが持っていたスリッカーをカウンターの上に置く。スリッカーの見た目は、説明すると針金が長方形の剣山のようになっていて、それに持ち手が付いたって感じ。普通にペットショップで色々なサイズが売っている。


リズ達はこれで毛玉を取ったり、乾かす時に使う。ただ、取り残しの毛玉の確認はコームで行い、残っていればまたスリッカーを使う。


「ただ、これを皮膚に平行にしないで使ったり、力を入れすぎると皮膚が赤くなる」

「確かにこれは力が入ったり、刺さると痛いねえ」


優は掌でスリッカーに触れる。ただ、リズのは結構な頻度で使うため、針金の部分が少し曲がっていたり、抜けていたりする。そろそろ買い換えるつもりなのだが。


「そういうのが不安なら、ピンブラシを使った方がいいかもな」

「ふーん、そういうのもあるんだね」

「まあ狐だし、そうそう毛玉が出来るとは思えないから、こっちでもいいとは思う」


そういうと、遙は店に置いているピンブラシ(先が丸くなってるブラシ)を出す。店に置いてあるなら、スリッカーの時から出せよとリズは思うが、言葉をグッと飲み込んだ。


「まぁ、埃を落とすだけなら獣毛ブラシってのもあるんだが」

「ブラシにも色々あるんだねえ」

「優、そういうのも考えないで、出雲を家に置こうとしてたのか?」

「まぁ、なんとかなるかなって思ってさ」

「相変わらずだな、優は」


いつも無愛想な遙だが、こういう風に仕事をする遙がリズにはとても新鮮に映る。っていうか、遙が優に本気で道具を売りにかかってる。そんなに経営難なのか、この店は。


その優は色々と考えているみたいだが、普段通りの穏やかな笑顔でいるので、本当に考えているのかがリズにはわからない。


「とりあえず、遙、二つ目のブラシで」

「ああ、わかった」


そう言ってレジを打ってから一瞬、遙の動きが止まったが、何事もなかったように会計をする。そういえば、さっき遙は精算してたよな、とリズは思い出す。


「遙、もしかして今日の精算終わってた?」

「・・・明日の分に入れておけば別に問題はない、と思う」

「そうか、大丈夫ならいいんだ」


その後、優は遙にブラッシングの力加減とか、色々と話を聞いていた。それは遙に任せて、リズは帰りの支度をして、店を出た。



帰宅したリズは、ハサミなどの道具以外の荷物を部屋の床に置く。


「リズ、お帰りにゃのにゃあー」

「ただいま」


居候しているケット・シーがリズの帰宅に気付き、キッチンから玄関に出てくる。


「リズ、今日は店が忙しかったのにゃあ?」

「まあね、あの狐も名前が決まったし、良かった良かった」

「いいにゃあ、羨ましいにゃ、我輩も早く名前が欲しいのにゃあ」


ため息をついて、ケット・シーは部屋のクッションの上にゴロンと寝転がる。そうは言われても、リズがケット・シーの飼い主ではないので、安易に名前を付ける訳にはいかない。


「そんなこと言ったってさ、まだ行き先が決まってないじゃないの」

「狐の名前ではすぐに連絡来るっていうのに、我輩の行き先の連絡はにゃかにゃか来にゃいのにゃあ」

「だって、そういうのって相性とかがあるんでしょ?それじゃあ、仕方ないじゃない」

「うにゃあー・・・でも、にゃんかモヤモヤするのにゃあ」


キッチンにあったケット・シーが用意してくれた(であろう)夕食を持ってリズはテーブルへ。


「で、これは一人で作ったの?」

「そうにゃ、あ、ちゃんと作る時に手は洗ってるから安心するにゃ」

「あっそう」

「リズの反応が、遙みたいに冷たいのにゃあ」

「あたしを、あんなのと一緒にされても困るわー」


不貞腐れて寝転がるケット・シーを横目に、リズは夕食を食べ始めた。



朝。リズがいつも通りに出勤して、店の前の掃除をしていると、優が出雲と一緒に喫茶店に入っていくのが見えた。


「へえ、出雲ちゃんも一緒に店に来てるんだー」


白い動物は縁起がいいってことで、優は出雲を店に連れてきているのだろう。確かに白い動物は、神々しい気はするけど。実際、白ヘビとかは神様の使いになっていたりするし。


「こっちにも、そういう看板犬みたいなのが来ないかしらね?」

「来たとしても、誰が世話すると思ってんだ」

「うわぁっ!?・・・あ、オーナーか」

「そこまで驚くことか」


ボーッとしていて、遙が外に出てきていたのにリズは気付かなくて、びっくりしてしまった。後ろから声をかけられたので、本当に心臓に悪いったらありゃしない。その驚かれた遙本人は、リズに呆れたような、どこか冷めた表情だが。


「えっと、オーナーは動物のお世話をするのが嫌なんですか?」

「嫌っていうより、今は自分のことだけで精一杯だからな」

「あー・・・そういうことでしたか」


遙の言葉に、なんならあのケット・シーを看板猫にしてもいいんじゃないか、とかリズは思う。まぁケット・シー本人が、それを嫌がるだろうけど。


「えっと、それでオーナーは、急にどうしたんですか?」

「さっき予約が入った、すぐこっちに来るっていうから」

「はい、わかりました」


リズに用件を伝えると、遙はさっさと店内に戻ってしまう。本当に無愛想というか、なんというか。今まで、問題なくいるのが不思議なくらい。まぁ、遙も苦労はしているんだろうけど。


「ま、それをあたしが気にしても仕方ないかー」


箒を片付けて、トリミングの準備をするのに、リズも急いで店内に入っていった。

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