必要なモノ
優が狐を拾ってから、数日後のこと。彼女の名前も決まったというので、優がその狐と共に来店した。それも閉店後に。
「その子の名前、決まったんですね」
「うん、おかげ様でね」
「それで、その狐が選んだ名前は?」
「色々と悩んでたみたいなんだけど『出雲』がいいってさ」
優の言葉に出雲がキュウと鳴いて頷く。かなり優に懐いているようだ。
名前の方はなんと言うか、無難なところに収まったなとリズは思うが、出雲本人が選んだので、文句は言えない。こうなってくると、その他の候補もリズは気になる。
「他の名前の候補って、どんなのだったんですか?悩んだってことは、結構可愛いのがあったんですか?」
「他かい?うーんとね、確か『雪』とか『清白』とかだったかな」
「白狐だから白いモノの名前を持ってきたのか、彼女は」
ちなみに清白っていうのは、大根のことらしい。字『だけ』を見たら綺麗だって理由で名前の候補だったようで。
「それでも、その子がその候補の中から『出雲』を選んだんだろう?」
「うん、この子の気に入ったのがあって良かったよ」
遙はカルテに出雲と名前欄に書く。これにはその時に使ったシャンプーなど、色々なことが書かれている。これで次に来ても、使うシャンプーとかがわかる。まぁ、そうそう狐が来ることはないけども。
「それで、優は何しに来たんだ?」
「えっとね、遙に簡単なお手入れとかを教えてもらいたくてね」
「例えば、ブラッシングとかか?」
「うん、そうだね」
だから優は閉店後に来たらしい。さすがにそれでは、遙も仕事中に来られるのは困るだろう。さすが、優。よく解っていらっしゃる。
「まず、使う道具なんだが・・・」
「正直、狐だからどういうのがいいのか、わからないんだよね」
「普段、俺達が仕事で使っているのはこれだな」
遙はリズが持っていたスリッカーをカウンターの上に置く。スリッカーの見た目は、説明すると針金が長方形の剣山のようになっていて、それに持ち手が付いたって感じ。普通にペットショップで色々なサイズが売っている。
リズ達はこれで毛玉を取ったり、乾かす時に使う。ただ、取り残しの毛玉の確認はコームで行い、残っていればまたスリッカーを使う。
「ただ、これを皮膚に平行にしないで使ったり、力を入れすぎると皮膚が赤くなる」
「確かにこれは力が入ったり、刺さると痛いねえ」
優は掌でスリッカーに触れる。ただ、リズのは結構な頻度で使うため、針金の部分が少し曲がっていたり、抜けていたりする。そろそろ買い換えるつもりなのだが。
「そういうのが不安なら、ピンブラシを使った方がいいかもな」
「ふーん、そういうのもあるんだね」
「まあ狐だし、そうそう毛玉が出来るとは思えないから、こっちでもいいとは思う」
そういうと、遙は店に置いているピンブラシ(先が丸くなってるブラシ)を出す。店に置いてあるなら、スリッカーの時から出せよとリズは思うが、言葉をグッと飲み込んだ。
「まぁ、埃を落とすだけなら獣毛ブラシってのもあるんだが」
「ブラシにも色々あるんだねえ」
「優、そういうのも考えないで、出雲を家に置こうとしてたのか?」
「まぁ、なんとかなるかなって思ってさ」
「相変わらずだな、優は」
いつも無愛想な遙だが、こういう風に仕事をする遙がリズにはとても新鮮に映る。っていうか、遙が優に本気で道具を売りにかかってる。そんなに経営難なのか、この店は。
その優は色々と考えているみたいだが、普段通りの穏やかな笑顔でいるので、本当に考えているのかがリズにはわからない。
「とりあえず、遙、二つ目のブラシで」
「ああ、わかった」
そう言ってレジを打ってから一瞬、遙の動きが止まったが、何事もなかったように会計をする。そういえば、さっき遙は精算してたよな、とリズは思い出す。
「遙、もしかして今日の精算終わってた?」
「・・・明日の分に入れておけば別に問題はない、と思う」
「そうか、大丈夫ならいいんだ」
その後、優は遙にブラッシングの力加減とか、色々と話を聞いていた。それは遙に任せて、リズは帰りの支度をして、店を出た。
帰宅したリズは、ハサミなどの道具以外の荷物を部屋の床に置く。
「リズ、お帰りにゃのにゃあー」
「ただいま」
居候しているケット・シーがリズの帰宅に気付き、キッチンから玄関に出てくる。
「リズ、今日は店が忙しかったのにゃあ?」
「まあね、あの狐も名前が決まったし、良かった良かった」
「いいにゃあ、羨ましいにゃ、我輩も早く名前が欲しいのにゃあ」
ため息をついて、ケット・シーは部屋のクッションの上にゴロンと寝転がる。そうは言われても、リズがケット・シーの飼い主ではないので、安易に名前を付ける訳にはいかない。
「そんなこと言ったってさ、まだ行き先が決まってないじゃないの」
「狐の名前ではすぐに連絡来るっていうのに、我輩の行き先の連絡はにゃかにゃか来にゃいのにゃあ」
「だって、そういうのって相性とかがあるんでしょ?それじゃあ、仕方ないじゃない」
「うにゃあー・・・でも、にゃんかモヤモヤするのにゃあ」
キッチンにあったケット・シーが用意してくれた(であろう)夕食を持ってリズはテーブルへ。
「で、これは一人で作ったの?」
「そうにゃ、あ、ちゃんと作る時に手は洗ってるから安心するにゃ」
「あっそう」
「リズの反応が、遙みたいに冷たいのにゃあ」
「あたしを、あんなのと一緒にされても困るわー」
不貞腐れて寝転がるケット・シーを横目に、リズは夕食を食べ始めた。
朝。リズがいつも通りに出勤して、店の前の掃除をしていると、優が出雲と一緒に喫茶店に入っていくのが見えた。
「へえ、出雲ちゃんも一緒に店に来てるんだー」
白い動物は縁起がいいってことで、優は出雲を店に連れてきているのだろう。確かに白い動物は、神々しい気はするけど。実際、白ヘビとかは神様の使いになっていたりするし。
「こっちにも、そういう看板犬みたいなのが来ないかしらね?」
「来たとしても、誰が世話すると思ってんだ」
「うわぁっ!?・・・あ、オーナーか」
「そこまで驚くことか」
ボーッとしていて、遙が外に出てきていたのにリズは気付かなくて、びっくりしてしまった。後ろから声をかけられたので、本当に心臓に悪いったらありゃしない。その驚かれた遙本人は、リズに呆れたような、どこか冷めた表情だが。
「えっと、オーナーは動物のお世話をするのが嫌なんですか?」
「嫌っていうより、今は自分のことだけで精一杯だからな」
「あー・・・そういうことでしたか」
遙の言葉に、なんならあのケット・シーを看板猫にしてもいいんじゃないか、とかリズは思う。まぁケット・シー本人が、それを嫌がるだろうけど。
「えっと、それでオーナーは、急にどうしたんですか?」
「さっき予約が入った、すぐこっちに来るっていうから」
「はい、わかりました」
リズに用件を伝えると、遙はさっさと店内に戻ってしまう。本当に無愛想というか、なんというか。今まで、問題なくいるのが不思議なくらい。まぁ、遙も苦労はしているんだろうけど。
「ま、それをあたしが気にしても仕方ないかー」
箒を片付けて、トリミングの準備をするのに、リズも急いで店内に入っていった。




