白い狐
カウンターで受付をするリズと遙は、連れてこられた動物を見て、これはどうしたものかと考えていた。目の前にいる優は、そんな二人の様子をニコニコと見ている。
「優、どこでこんなのを拾ったんだ?」
「それがさ、僕の家の前で段ボールに入ってたんだ」
「捨て猫とかなら、こういう事はよくありますけどね・・・」
「いくらここが動物の美容室でも、さすがに狐が来るのは想定してないぞ」
優が抱えてきた動物は、純白の毛の狐だった。大きさは大体、小型犬ほど。ただ、今はその白い毛が泥とかで汚れている。
「あ、そうそう、この子は妖狐だから、人の言葉は理解してるみたい」
「誰がそれを確認した?」
「従業員のレナちゃんに確認してもらった、だから間違いはないよ」
「それなら、普通は人に化けられるだろ」
「それが、まだこの子は化けられるほどの力は持ってないみたいなんだよね」
優に抱かれる狐はキューと小さく鳴いた。なんだか、しょんぼりしている感じだ。
「優、コイツを飼うつもりなのか?」
「んー・・・もし、この子の行くところがなかったら考えようかな、とは」
「・・・そうか」
「もし迷子でも、この子をそのままにはしておけないしね」
「そうですよね」
「キュゥーン・・・」
とりあえず、一通り狐に怪我などがないかを確認して、リズと遙は優から狐を預かることにした。
「じゃあ、遙、終わった頃にまた来るよ」
「ああ」
「お預かりしまーす」
にっこり笑って、優は店を出ていった。
○o。. ○o。.
優が店を出ていってから、すぐに遙は自分の道具を部屋から取ってきた。
「リズ、今回は俺がやる」
「あ、はい」
遙は狐を抱えて、トリミング室へ入っていった。基本的に遙が相手にするのは、リズでは手に負えないほど暴れる犬だったり、短時間に客が集中する時だ。
今回のように、新規で来る客も遙が相手にすることは稀にあるが。実際、新規で来る犬でも、何があるかわからないからってことで、リズも相手にする時は注意している。
こういう時は他の予約がなければ、リズが店に立つし、予約も取る。予約に関しては、カルテとかを見て遙に相談しながらだけど。
「それにしても、オーナーはあの狐のシャンプーの値段とか、どうするんだろう?」
リズは頬杖をついて、カウンターにあった料金表を見ながら狐用のカルテを書く。狐の体の大きさから、大体の料金をこのくらいかなぁとリズは考えているが、今、シャンプーをしているのは遙だ。
「あたしが考えても仕方ないよね、オーナーに任せよう」
料金表を置いて、リズはカウンターでカルテの整理を始めた。
○o。. ○o。.
「はわわ、凄い真っ白・・・」
「いやぁ、ホントに綺麗になったねえ」
シャンプーを終えた遙が抱えてきた狐を見て、リズと優は思わず感嘆の声をあげる。
「綺麗にしてもらえて良かったな」
優の言葉に、狐は嬉しそうにキュウと鳴く。人の言葉を理解しているのは事実のようだ。
「うわあぁ・・・凄くモフモフ・・・いいわあ・・・うふふ」
「リズ、仕事中なのを忘れてないか?」
「ふぇっ?・・・いや、その・・・つい」
狐をこれでもかと撫でまわしていたリズに、遙が冷たい視線を送る。
「あれ?遙、狐に焼きもち?」
「それは違う、ただ呆れてるんだ」
「でもでも、凄い触り心地が良いんですよ、この子」
また、リズに撫でられていた狐の方も、満更ではなかったようで。目を細めて、リズにされるがままだった。
「まぁそれは置いといて、優」
「なんだい?遙」
「もしも、そいつに名前を付けるなら、優が付けないで誰かに頼んどけ」
「うん・・・わかった」
優は不思議そうにしていたが、遙の言葉に頷いた。そして、優にも仕事があるので、料金を遙に支払い、狐を連れて優は店を出ていった。
「オーナー、なんでマスター、じゃなくって優さんにあんな事を言ったんですか?」
「優のネーミングセンスが、ぶっ飛んでるんだよ」
「・・・例えば?」
「学生の時の話だ、あいつの家にウサギがいたんだ」
遙にしては珍しく、リズに過去の優のことを話しだす。
「白いウサギだったんだが、そのウサギの名前が『砂糖』って書いて『シュガー』だったんだよ」
「・・・うわぁ」
その時は他の友人達が「なんで表記は漢字で読みは英語なんだ」とか「そのままカタカナで『シュガー』でいいじゃん」と優に総ツッコミを入れたらしい。
それを思い出した遙は頭を抱えている。その様子を見たリズは、少しだけそのウサギに同情した。
「他の人はまともなんですか?」
「・・・意外とまともじゃない」
「えーっと・・・これ以上は聞かないことにします」
「そうしてくれ」
若干、狐の名前がどうなるかに不安を覚えつつ、リズはトリミング室に入った。
○o。. ○o。.
仕事を終えて、リズと遙は向かいの喫茶店に入る。
「あぁ、今日は二人で来たんだね、注文はいつものでいいのかな?」
「これは珍しいですね、マスター」
優とレナは、一緒に店に入ってきた二人を見て、何だか嬉しそうだったが、そんなことを気にせずに遙はさっさとカウンターの奥に座る。リズはその隣に座る。
「で、優、あの狐はどうなるんだ?」
「《協会》の方で調べてもらったんだけど、元々誰かのところに居たとか、そういうのではなかったみたいだよ」
つまり、あの狐は捨てられたというよりは、たまたま段ボール箱の中にいただけらしい。そこを優に拾われたようだ。
「じゃあマスター、ここであの子を飼うんですか?」
「うん、狐に限らず、白い動物は縁起がいいって言うからね」
「それで、あの子の名前は?」
「遙に言われて、知り合いに頼んだら『いくつか候補を考えておくので、狐本人に決めてもらってください』だって」
「ちなみに、マスターは何か名前を考えていたりしたんですか?」
リズの質問を聞いて、優とレナは苦笑しているし、遙は余計なことを言うなという表情をする。
「えっと、レナ?どうしたの?」
「いやぁー・・・聞いてよ、リズ」
なんとなくリズと遙には、どんな感じの名前がくるのか大体予測がついているが、レナは話を続ける。
「マスターにね、一個だけ候補を聞いてみたのよ、そしたらさ」
「うん、どんなのがあったの?」
「『絹』って書いて『シルク』だって、でもねー、あの狐は女の子だから、そういうのは、ちょっとどうなのかなって」
「あー・・・そうなんだ」
遙はやっぱりか、という反応を示す。ちなみに、優のそれは狐本人が嫌がったようなので(レナ曰く)、きっと違う名前になるだろう。
「それで、優は名前を誰に頼んだんだ?」
「シオンさんだよ、ただ僕は彼女の連絡先を知らないから、護に代わりに連絡してもらったんだ」
「あぁ、彼女か」
優の返事に遙は小さくため息をつく。まだマシな方かという感じだろう。そして、優は遙とリズの目の前に、それぞれティーカップを出す。
「オーナー、その人って感性は、まともだったりするんですか?」
「俺が知る限りでは、いくらかマシな方だ」
「それでも、いくらかなんですね」
「まぁ、シオンさんの名前の付け方は、ちゃんと由来とかがあったりするし、遙がそんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ」
「確かに、優に名付けられるよりは遥かに良いな」
遙の言葉に優は「そうかな?」と苦笑する。今までの反応を見ていると、どうやら優は(名付け方だけだと思うが)感覚が他人とズレているのを自覚はしていないようだ。それだから余計に質が悪い。
「あの子に可愛い名前が付けばいいですよね、オーナー」
「あぁ、全くだ」
遙は出されたコーヒーを飲んで、ため息をついた。




