のんびり、まったり
「うにゃーあ・・・もう、朝にゃのね」
床で寝ていたケット・シーはカーテンの隙間から洩れる光で、目を覚ます。
大きく伸びてから、チラリとソファーの方を見ると、遙が寝ている。
「遙ー、朝だにゃー、起きるにゃあー」
ソファーの近くまで行って遙を呼ぶが、なかなか起きない。仕方なく、ケット・シーはカーテンを開ける。
「遙ー、朝だにゃあー」
「・・・朝から騒がしいと思ったら、お前さんか」
遙の影の中から、のそのそとフェンリルが出てくる。ケット・シーは意外そうだったが。
「ありゃ・・・狼の方が起きたのにゃ、おはようにゃのにゃ」
「遙を起こすのは諦めろ、こいつは筋金入りの夜型人間だからな、あと儂には『フェンリル』という名がある」
「そうか、それは失礼したにゃ・・・だが、遙がそうにゃってるのはフェンリルの影響ではにゃいのかにゃ?」
ケット・シーの言葉にフェンリルは遙に視線を移す。まだ遙が起きる様子はない。
「その可能性は否めない」
「そもそも、にゃんでフェンリルは遙の影の中にいるのにゃ?」
「今はこれで儂の命を繋いでる(らしい)からな」
「それは遙には負担が大きすぎるのにゃ、今は遙がにゃんともにゃさそうでも、そのうち遙は衰弱していくにゃ・・・誰も気付かにゃいうちに、少しずつ」
ケット・シーの言葉はフェンリルに突き刺さる。妖精とは言え、ケット・シーは魔術を扱えるだけあって、そういうことはわかるらしい。
「そうならないように、儂の名付け親が時々だが、儂に魔力と命を分けてくれている」
「本当にゃらば、それは遙も立ち会うべきではにゃいのか?遙の様子を見にゃがらやることではにゃいか?彼女の魔力による影響がにゃいとは限らにゃいのだろう?」
「遙が言うには、お互いに予定が合っていないんだそうだ」
ケット・シーはそれ以降は何も言わなかったが、それは遙もフェンリルも痛いほどよく解っている。
「・・・ん」
「ん?もう起きたのか、なら儂は戻るとしよう、儂が勝手に外に出てると怒るからな」
「ふーん、そうにゃのか」
出てきた時と違い、フェンリルは素早く遙の影の中に戻っていった。
「あ、遙、おはようにゃのにゃー」
「あぁ、もう朝か」
ケット・シーはソファーの肘掛けに飛び乗り、窓からの光で眩しそうにしている遙の顔を覗き込む。
「・・・7:30か」
起き上がって、遙は時計を見る。その後、あと30分は寝られたなと呟いた。
「遙、体調悪いのにゃ?」
「いつものことだ、気にするな」
「気を付けないと、そのまま遙は弱っていくにゃ、狼に全部持っていかれるにゃよ?」
「今度の休みに彼女に会いに行くつもりだ、連絡はしてある」
窓を開け、部屋の明かりを点ける遙に、ケット・シーは少しだけ心配そうにしている。
「それでも、その魔術師は、医者ではにゃいのだろう?」
「その娘の知り合いに医者がいる」
「ふーん、それにゃらば、もう我輩は何も言わにゃいのにゃ」
ケット・シーはソファーから飛び降り、遙から寝るときに借りたバスタオルを畳む。
「本来にゃらば、こういうことは魔力の影響が出にくい人間に頼むべきにゃんだけどにゃあ?」
遙に聞こえないようにケット・シーは呟いて、首をかしげた。
○o。. ○o。.
今日の午前中は予約がなかった。暇だったので、リズは遙のいるカウンターに出てきた。
「どうした、リズ」
「オーナー、この子をシャンプーしてもいいでしょうか?」
「別に構わないが」
「にゃっ?!」
リズはカウンターの上にいたケット・シーを抱き上げて、遙に確認する。あまりにあっさり遙がケット・シーのシャンプーを承諾したので、ケット・シー本人は驚いていた。
「み、水は嫌いにゃのにゃあっ」
「大丈夫、大丈夫」
「嫌にゃあぁーーーっ」
「ちゃんと大人しくしてたら大丈夫だって、そのまま、あたしの家に来るつもり?」
笑顔でリズは嫌がるケット・シーをトリミング室へ強制連行する。その様子を見た遙は、やれやれと小さくため息をついた。
──一時間後。トリミング室からフラフラと出てきたケット・シーは、休憩室のソファーの上で、ぐったりと伸びていた。さすがの遙もケット・シーのその様子は気になったようだ。
「うにゃあー・・・」
「そんなに嫌だったのか」
「一度、川で溺れかけたことがあるにゃあ、それに大体、森の中にいたら綺麗にしたところで意味にゃいのにゃ」
「ここは森じゃないからな、諦めろ」
遙の言葉に、ケット・シーは弱々しく、「薄情者ー」とうめく。遙はそのまま気にすることなく、仕事に戻る。
「・・・人間って色々と面倒くさいモノにゃのにゃぁー」
ケット・シーは一人、大きくため息をついた。
○o。. ○o。.
仕事を終えたリズは、唐突に遙に質問を投げかける。
「オーナー、ケット・シーって何を食べるんですかね?」
「本人に聞け、そんなの」
「ですよねー」
帰りの支度をして、リズはケット・シーを肩に乗せる。
「じゃ、お疲れ様でーす」
「ああ、お疲れ」
店を出て、リズは家とは逆の方向を歩く。
「にゃあ、どこ行くのにゃ?」
「ご飯とかを買いに行くのよ、食べたいモノとかってある?」
「うーん、お嬢さんに任せるのにゃ」
「お嬢さん、じゃなくてリズでいいよ、その方が呼びやすいでしょ?」
リズの言葉にケット・シーはわかったと頷く。少し歩くとスーパーに着く。
ここは魔物もいるからか、抱っこしていれば動物も入れる、特殊な店だ。今回、リズはケット・シーを肩に乗せているが、問題はない。
「うーん・・・明日、あたしは休みだしなー・・・今日は夕食と朝のだけ買おうか」
色々と見ていくと、カゴの中を見たケット・シーが意外そうにしていた。
「・・・リズは少食にゃのにゃ?」
「え?これが普通だと思うんだけど」
「そうにゃのか」
「え、どうしたの?」
いきなりのことで驚いたが、ケット・シーには何か理由があったみたいだ。
「遙の食べる量が多かったから」
「そういえば、オーナーって結構食べるけど、痩せてる方よね」
今のリズは仕事での運動量が多いのか、それなりに食べてても痩せている方だと思う。だが、遙はリズの仕事と比べるとデスクワークがほとんどだ。
「食べても太らないとか、女子としてはそっちのが羨ましいなー」
「リズだって痩せてるにゃ、気にするにゃよ」
「猫に言われてもなー」
「人間は、ちょっとふくよかな方が美味しいにゃ」
ケット・シーの言葉に、リズの動きが止まる。こいつはリズを喰う対象だと思っているのか。っていうか、妖精も人を喰うのか?
「・・・あたしを食べないでね?」
「そんにゃことはしにゃいにゃー、だって遙からの報復が怖いからにゃ」
店の前で寝ていた時に、遙に何をされたのかはリズにはわからないし知らないが、ケット・シーは相当怖い思いをしたらしい。
「さて、あたしの分はこれでいいとして・・・猫缶でいい?」
「食べられればにゃんでもいいにゃ」
それが一番、困るんだけどなあとリズは一番安い猫缶を二つカゴに入れる。
「あれ?リズじゃん」
「ん?あら、レナも買い物?」
突然、後ろから声をかけてきたのはレナだった。いつものウェイトレスの格好じゃないので、バイトの帰りか休みだったようだ。
「やっぱりレナはウサギだから、野菜ばかりだね」
「えー?でも野菜だけしか食べない訳じゃないよ、ちゃんとお肉も食べるし」
「それって人間じゃないよね?」
「まさかぁ、そんな訳ないじゃない」
そうだよねと笑うリズに、同じく笑顔でレナはこう続ける。
「だって、人間は人目につかないところで襲って、そのまま食べるものだしね」
「・・・」
「もぅ、冗談よ、それにリズは大切な友人だし食べないって」
「レナ、冗談に聞こえないんだけど」
笑顔のレナに、リズは少しだけ命の危険を感じた。
「それと、いつの間にリズは仕え魔を?」
「この子はあたしのじゃないわ、行くところがないからってことで、行き先が決まるまでね」
「そうなの、早く主人が見付かると良いわね」
「そうね」
今日はレナの家に友人が来ていると言うのでレナとは別れ、リズは買い物を終えて店を出た。




