妖精と精霊
遙の友人は仕事だったらしく、仕事が終わってから店に来るとのことだった。
「オーナー、それまでこの子どうしましょう?」
「仕方ない、とりあえずゲージにでも入れとけ」
リズは遙の指示通り、ケット・シーをゲージの中に入れる。
「それにしても、本当にあの子は妖精なのでしょうかね?」
「本人がそういうならそうなんだろ」
「普通の猫じゃないのはわかるんですけど、妖精って言われても、いまいちピンとこなくて」
ゲージで大人しく座るケット・シーを見ていたリズは、首をかしげている。
「妖精って魔術師が魔法とかを使う時に喚ぶんですよね?」
「それは精霊の方な、妖精と精霊は違うぞ」
「え?そうなんですか?」
ボケた訳ではなく、本気でリズは間違っていたらしい。遙は小さくため息をついた。
「リズ、まさかとは思うが、妖精と精霊は違うことを知らないとかじゃないよな?」
「いくらあたしが馬鹿でも、そこまでじゃないですよー」
遙の言葉にリズは堂々と言うが、それは堂々と言うことじゃないだろうと、再びため息が出る。
「でも、妖精と精霊の違いって、一体なんなのでしょうね?」
「それこそ魔術師にでも聞いた方がいいだろ」
そういうと遙はトリミング室を出ていった。
○o。. ○o。.
今日の仕事を終えたというのに、リズはまだ店にいた。遙は今日の分の売り上げの精算をしている。
「リズ、別に仕事は終わっているんだから、帰ってもいいんだぞ?」
「いや、オーナーの友達って誰かなって思って」
「この間来ただろ、あいつだよ」
「あぁー、あの人でしたかー」
手をポンッと叩き、リズは思い出す。リズは何を期待していたのかと、精算を終えた遙は、カウンターに頬杖をつく。
その時、店のドアが開いて、栗色の髪の青年、護が入ってきた。
「よぉ、悪いな、閉店時間過ぎた」
「護の仕事中に突然呼んだのはこっちだ、別に構わない」
そう言って遙が立ち上がると同時に、リズがトリミング室に入って、ケット・シーを連れてくる。
「へぇ、そいつが遙が言ってたケット・シーか」
「ああ、今朝、店の前で寝ていやがったんだ」
「すまにゃいにゃあ」
リズに抱かれたケット・シーが、申し訳無さそうに遙と護を見る。
「護は忙しかったみたいだが、彼女には言ってあるのか?」
「一応、俺の手が空いた時にアイツに連絡はしたけど『ここは『相談所』であって『ハローワーク』ではないのですよ?』って言われたぜ」
「彼女にも迷惑をかけるな、すまない」
「全くだ」
やれやれといった感じで、護がリズからケット・シーを預かる。
「あのー」
「ん?なんだ、えっと・・・」
「リズです」
「あぁ、リズさんか、どうしたんだ?」
護がリズに視線を移す。少しだけ、リズの顔が赤くなった気がするが、遙は特に気にはしない。
「えっと、魔術とかそういうのに詳しいんですか?」
「うーん・・・俺はそんなに詳しい訳じゃないが、どうしたんだ?」
「多分、リズは妖精と精霊の違いを、護に聞きたかったんじゃないか?」
「へ?なんで、オーナーはそれを」
「図星か」
なんとなくだが、リズの考えは遙にはわかっていた。まぁ、それは遙も少し気になっていたが。
「なら、アイツにメールしてみるか?そういうのは俺よりアイツのが知ってるから」
「悪いな、護」
「アイツって、もしかして彼女さんですか?」
「んー・・・別にアイツは彼女じゃない、って遙、その子にまで何を吹き込んでんだよ」
「この間まで、俺は護が『彼女持ち』だと思ってたからな」
遙の言葉に苦笑しながら、ポケットからスマートフォンを取りだし、護は操作する。すると、すぐに返事がきたようで。
「それで、護、彼女はなんだって?」
「なんか、こんなのが送られてきた」
護がスマートフォンを遙とリズに見せてくれる。件名には『妖精と精霊の違い』とある。
『まず『精霊』っていうのは、自然や物といった森羅万象に宿る『魂』とか『力』などの、不可視かつ実体がないモノが具現したモノ、その辺の霊とかと大体一緒のモノ
『妖精』っていうのは、自然にある物や現象が擬人化したモノ、こちらは妖怪に近いモノ』
「何て言うか、ここまで短く説明する方が難しい気がしますね」
「これ以上は、さすがに彼女も簡単に説明は出来ないんじゃないか?」
「一応、簡潔に教えてくれって言ったからな、ちゃんと違いは書いてあるし」
護はスマートフォンをポケットに戻し、長居は遙達と、今から会いに行く彼女に迷惑だろうと、ケット・シーを連れて店を出ていった。
「彼女じゃないけど、その人とは仲がいいんですねー」
「あの娘とは幼馴染みらしいからな、一時期はいつも一緒に登校してたくらいだから、誰だってそれを見たら絶対に彼女だと思うだろ」
帳簿などをまとめて、遙はカウンターの奥の休憩室の方にいってしまう。リズも帰りの支度をして、店を出た。
○o。. ○o。.
朝。リズがいつも通りに出勤すると、店の前にはあのケット・シーがいた。ただ、昨日のような大きな猫の姿ではなく、普通の猫の大きさだった。
「あれ?どうしたの?『相談所』に行ったんじゃないの?」
「それがにゃあ・・・その『相談所』のお嬢さんに『ただ魔術師を紹介するだけなら簡単だけど、相性もあるだろう』って言われたのにゃ」
「ふーん、それで?」
「我輩と相性の良い魔術師が見付かるまで、どこかにお世話になってくれとのことらしいにゃ」
「そっか、でもそういうことは、あたしじゃなくて、オーナーに言った方がいいと思うよ」
店の上を見ると、窓とカーテンは閉まっている。遙はまだ寝ているようだ。リズは店の鍵を開けて、中にさっさと入る。リズの足元をスルッと抜けて、ケット・シーも店に入ってきた。
○o。. ○o。.
「リズ、なんでそいつがいる」
「なんでも『相談所』の人に、いい人が見付かるまで、どこかに行っててってことらしいです」
「その、見付かるまでの間だけでいいのにゃ、我輩をここに置いてほしいのにゃあ」
店に降りてきた遙は、リズの肩に乗っているケット・シーを見て、不機嫌そうな表情をする。そして、リズがケット・シーから聞いた話をすると、その表情がますます不機嫌になる。
「あの娘の家じゃダメだったのか?」
「いやぁ、あのお嬢さんのところは、恐れ多くて我輩の精神が持たにゃいにゃ」
「ん?どういうこと?」
「それだけ、あのお嬢さんの魔力が強いってことにゃのにゃ」
リズの肩の上で、ケット・シーはやれやれといった感じだ。
「今まで我輩は、あのお嬢さんほどの強い魔力を持つ魔術師は見たことがにゃいにゃ」
「へー、そんなに『相談所』の人は凄い魔術師さんなんだー」
リズはどこか感心したようだが、遙は特にそうは思っていなかった。何度か会って話したことはあるが、いたって普通の娘だったと思う。
「それで、オーナー」
「ん?」
「この子、どうしましょう?」
「店に置いとくっていってもな・・・」
「うにゃあ、頼むにゃあ、我輩には人間の知り合いは、いにゃいのにゃあ」
「それなら、あたしの家にいる?」
「え?いいのかにゃ?」
リズの言葉に、ケット・シーは目をキラキラと輝かせる。それはそれで、遙は困るのだが。下手にリズのところに置いて、フェンリルのことをばらされるのだけは避けたいのだ。
「リズ、いきなりそいつが家に行っても、世話できるのか?」
「え?・・・あ、そっか、色々と必要な物がありますよね」
「仕方ない、かなり不本意だが、今日だけでいいなら店に置いてやってもいい」
「本当かにゃあ?それでもいいにゃ、ありがとうにゃのにゃあ」
「但し、仕事の邪魔はするなよ」
遙の言葉に、ケット・シーは嬉しそうに頷いた。




