表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界記録のヴァージン  作者: セフィ
アメジスタのレコードブレイカー ラストラン
494/503

第80話 女王凱旋(1)

――当機は、間もなくアメジスタ・グリンシュタイン国際空港に着陸いたします。

 世界最速を駆け続けたトップアスリート、ヴァージン・グランフィールドが帰る場所、アメジスタの大地が飛行機の外に広がっている。

「今日もグリンシュタインは、すごく晴れている……。山の方で雨が降って、その水が川を伝わって、国全体に潤いを届けているし、ほぼ1年じゅう過ごしやすい気候になっている。それが、アメジスタという国――」

「やっぱり、自分の国のこと、本当によく分かってますね」

「そうね……。学校のテストは悪かったけど、ずっとアメジスタを背負い続けているうちに、そういうことも自然と意識するようになったの」

 ヴァージンは、イリスの表情を見ながら言った。すると、イリスが大きく口を開けた。

「これが、僕たちの戦う舞台、グリンシュタインのスタジアムですね……。すっごく立派です!」

 その声に合図されるように、ヴァージンも窓から外を見下ろした。

(何これ……!すごい……!私が今まで戦ってきた、どのスタジアムよりも大きいし……、デザインがいい……)

 ヴァージンがよくレースに出ている、ネルスやスタインといった、国際大会を何度も開いているようなスタジアムと比べても、全体的に一回り大きいサイズの競技場が、ヴァージンの真下に広がっていた。翼をイメージした白い屋根が、その巨大なスタジアムを持ち上げ、空を飛んでいきそうだ。そして外観も、スタジアムに足を踏み入れる前から気持ちを落ち着かせる薄い緑色の壁が広がっている。

 グリンシュタインの中心に、古くからそびえ立つ大聖堂の真横に完成した、アメジスタの新しいシンボル。空から見つめると二つのどちらが荘厳か分からなくなるほどだった。

(これが……、私と……、アメジスタのみんなで作り上げていった、世界に一つだけのスタジアム……。私が、最後にアメジスタのみんなの前で走る、二度とない機会が……、いま、ものすごく楽しみになってきた!)


 飛行機が着陸すると、イリスが先にホテルに向かった。ヴァージンは、空港ロビーで待っていた、アメジスタ文化省の職員に案内され、車で世界競技会の壮行式に向かった。

(去年の今ぐらいに、オリンピックの壮行式をやったことがあるけど……、世界競技会は今まで私一人だったから、最初で最後の壮行会かも知れない……)

 ヴァージンは、事前にメドゥから「アメジスタから6人出場する」と告げられていた。昨年のスタインオリンピックでは、陸上だけで二人だったことを考えれば、国別の参加人数の制限がない大会で、それも開催国であるとは言え、相当の進歩を遂げているように思えた。

(どれだけのアスリートが、私の国から生まれたんだろう……。今日、その全てが分かる……)

 やがて、車は大聖堂にほど近い、壮行会会場の裏手で止まり、ヴァージンは控室代わりのテントに荷物を置くと、他の出場選手の後ろに並ぶ。薄々感づいてはいたものの、最後にヴァージンが舞台に上がる段取りのようだ。


 やがて、壮行会が始まった。司会を務めるグローバルキャス・アメジスタのアナウンサーが、自分もアメジスタの出身だと告げただけで、会場が大いに盛り上がるのを、ヴァージンは感じた。

(それだけ、アメジスタのスポーツ文化が大きくなったという証拠なのかも知れない……)

 それから、ステージ上に選手が一人一人呼ばれる。

「それでは、地元アメジスタの世界競技会に出場する選手を紹介しましょう。まずは、スタインオリンピックで、予選を突破したスプリンター、男子100m、ジャン・フェリアーノ!」

 やや赤みがかった髪を揺らしながら、1年前にオリンピックで爪痕を残した一人の男子がステージ上に上がっていった。先程のアナウンサーの言葉とは比べ物にならないほどに、歓声が上がっていた。

(どれくらい集まっているのだろう……。声を聞いた感じは、1000人くらい集まっているような気がするけれど)

 そう思ったヴァージンは、ふと下を見た。そこは、20年前に自らも想いを告げた「夢語りの広場」だった。1日限りの特設ステージなので、毎週開催されている「夢語りの広場」には影響しないものの、ここで世界競技会に向けた決意を言うことに、ヴァージンは特別な想いを感じ始めた。

(ここは、夢を叶える場所。そして、夢を形にする場所だ……)

 その後、二人の女子選手が立て続けに上がっていく。棒高跳びに出場する銀髪のリナ・ブラッカと、金髪のアマンディ・ガロンだ。ともに、一昨年中等学校を卒業したばかりの18歳で、卒業後も家の農業の傍ら、近くの小さな競技場で数少ない貸し切りの日に集まる、「永遠のライバルと決めた友達」とのことだ。二人とも、一度だけ参加したアメジスタ国内の中等学校大会で、世界競技会の参加標準記録4m40cmをギリギリ超えているものの、トレーニングではより高く飛べたとのことだ。

(なんか聞いていると、将来伸びそうな気がする……。できれば、二人とも、ここを踏み台にして欲しい……)

 それから、二人の選手がステージに上がる。黒髪を揺らす男子110mハードルのハンス・ハネルソンと、男子5000mのガブリル・ディヌスだ。ディヌスのほうは、登壇早々「ヴァージンに憧れて長距離選手になった」と高らかに叫び、その声を聞いたヴァージンは、控え場所の中で声を上げそうになった。

 すると、そこに文化省の副長官で、実行委員会や国際陸上機構とともに世界競技会の運営を進めてきた、ジョーン・テラリスがヴァージンのところにやって来て、耳打ちを始めた。

「実は今回、アメジスタ人もチケットを買って入場しますが、無料なんですよ。グランフィールド選手がおっしゃっていた通り、アメジスタ人に世界レベルの競技を見て欲しい、と無料にしたのですが……」

「……もしかして、9日間とも全部売れているんですか」

「それが……、逆なんですよ……」

「えっ……」

 ヴァージンは、告げられた現実に息を飲み込む。テラリスの表情から察するに、予約が埋まっていないようだ。

「この数週間で、キャンセルが大量に出たのです。まず1日目ですが、アメジスタ人もその名前を知っているほどのナイトライダー選手が突然引退して、国外からのチケットがゴッソリ消えました」

「1日目って、フェリアーノさんが出るし……、世界記録を持つイリスさんも出ます……。注目されるのに……」

 ほとんどの世界競技会は、1日目に男子100mの予選から決勝まで終わらせることが多く、初日から「人類最速の男を決める戦い」とメディアで紹介されるほどの熱狂を見せる。この1日目に空きがあると、この先の大会運営が思いやられると言っても過言ではない。

(アメジスタで世界レベルの選手を見られると言っても、アメジスタのみんなの間で有名にならないと、人は集まらない……?)

 ヴァージンの脳裏が、次第に嫌な予感に包まれた時、テラリスはさらに告げる。

「あとは、7日目。グランフィールド選手はご存じかと思いますが、今回女子5000mの出場選手が少なく、予選がなくなってしまったのです。なので、7日目も大半がキャンセルされました」

「まさか、私の予選がなくなるとは思わなかったです。ただ、ここ数ヵ月で、5000mから離れると言ってきた選手は結構いるので、仕方がないことだと思っています……」

 メドゥから、「ラス2」となる予選はないと連れられたのは、この1ヵ月前、6月下旬だったが、その時はなかなか現実を受け入れられなかった。しかし、だからこそ出場した全員と一緒に最後のトラックに立てると思った時、すぐに気持ちを切り替えたのだった。

「他の日は、アメジスタの選手が出ても、国際大会での活躍もさほどないので、それほど売れていません。アメジスタの選手が出ない日は、より悲惨です。他の場所での世界競技会と比べれば、完全にガラガラです……」

「そうですか……」

 他のスタジアムより一回り大きいとは言え、そのスタジアムがガラガラでは、今後のスタジアム利用に大きな影響が出ることは間違いがない。それでも、ヴァージンは声に出さずして、一つの確信を思い浮かべた。

(でも、アメジスタのみんなが、少しでも世界の実力を知って、この選手が好きだとか、この選手のようになりたいとか思ってくれたら……、今までスポーツに見向きもしなかったアメジスタが、少しだけ動き出すと思う)

 それが、雑誌以外に何もないところから世界に憧れ、夢を形にしたヴァージンだからこその想いだった。そして、その想いに一人浸っている中で、ヴァージンは最も肝心な言葉を聞き逃すのだった。


「ただ、最終日の9日目だけは、アメジスタ国内先行販売だけで即完売です。何と言っても、グランフィールド選手のラストランですから……」


 それからほどなくして、ヴァージンは何事もなかったかのようにステージ上に立った。ヴァージンを迎える歓声は、他のどの選手よりも大きかった。

 全てを出し切ることを誓って、彼女は最終日の最後に待っている「特別な時間」に臨むのだった。

 アメジスタが熱狂に包まれ、新たな時代へと動き出す、グリンシュタイン世界競技会が、静かに始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ