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世界記録のヴァージン  作者: セフィ
届け 神の領域に
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第75話 記録に立ち向かうための力(2)

――当機は、間もなくアメジスタ・グリンシュタイン国際空港に着陸いたします。

(久しぶりに、この場所に戻ってきた)

 トップアスリート、ヴァージン・グランフィールドの帰るべき大地が、彼女の眼下に大きく広がる。もう何度聞いたか分からないアナウンスに、ヴァージンは改めて気持ちを引き締める。

(少なくとも、ここ数年はアメジスタが大きく動き出している……。ヤグ熱以来、アメジスタで悪い話を聞かないし、逆にトレーニングスポットとして薦められたりしている……。今のアメジスタ、どうなっているのだろう)

 グリンシュタインへの着陸は、昔からそびえ立つ大聖堂や、マンション開発の著しい中心部の真上を通らず、郊外から一直線に滑走路に降りる。それでも、窓からは斜め前方にグリンシュタインの中心部が見え、そこで何が行われているか、上から確認することができる。この日もヴァージンは、その目に徐々に近づく中心部を見るために、あえて窓際の席を取ったのだった。

(あっ……、ここまで建設が進んでいるんだ……!)

 彼女は、大聖堂の奥に大きなスタジアムを見つけた。その大きさは、2年前と比べると大きくなっていたが、塗装関係の工事をやっているのか、スタジアムの全体に覆いが被せられ、ヴァージンの目でその全体像を確認することはできなかった。

(完成は、いつになるんだろう……。できれば、このスタジアムで……、みんなの前で走りたい……)

 やがて、彼女の目に数秒だけ見えたスタジアムは、聖堂の尖塔や高層マンションに隠れて見えなくなり、それからほどなくして滑走路に着陸する音がした。ボーディングブリッジこそヴァージンが一昨年来たときには既にあったものの、空港の外見にいかにも外から来る人々を出迎えているような雰囲気を、彼女は感じたのだった。

(そう言えば、バレーボールチームは、この後どうするのだろう……)

 セイルボートとの約束まで、まだ5時間近くあり、グリンシュタインで時間を潰すことはできる。ヴァージンは、なるべく遠く離れたところから、オメガよりやって来たバレーボール選手たちの動きを追うことにした。

(本当に、アメジスタにトレーニングに来ているのだろうか……)

 ヴァージンとほぼ同じタイミングで入国審査を受けたバレーボール選手たちが、空港の到着ロビーからまっすぐ出口に向かい、自動ドアの先に止まっていたバスに乗り込む。アメジスタでバス自体を見たことのなかったヴァージンは、他の国でよく見かける光景に息を飲み込み、一人隣の自動ドアから出て一般車の乗降場で止まった。ここでヴァージンは、迎えを待つふりをして、バスの正面か横に書いてある「彼らがアメジスタにやって来た目的」を見ようとしたのだった。

(バスに乗り込む人がいなくなった。そろそろ動き出す……)

 他の国から輸入してきたはずなのに、どことなく新し目に見えるバスは、数十人の選手を乗せてゆっくりと動き出した。ヴァージンは、動き出したタイミングで目を細め、彼女の動体視力を駆使して入口の横に貼ってあったボードの字を読んだ。

(オメガ男子バレーボールチーム……アメジスタ強化合宿。場所、フレアリー国際合宿所……。そう見える)

 アメジスタ国内であるにも関わらず、アメジスタ語がボードの下に小さく書いていること。それは、ヴァージンがまず驚いたことだった。選手たちが長年接してきたオメガ語が大きく書かれており、ヴァージンのように普段から多数の言語に接しているアメジスタ人でなければ、まず気に留めないように作られていたのだった。

 そして、それ以上に気になったのが「フレアリー国際合宿所」という文字だった。

(北の方にある片田舎に、国際体育館ができている……)

 ヴァージンの記憶が間違っていなければ、フレアリーの人口は10万人も行っておらず、少し前までスラム街が点在していたグリンシュタインよりも、数段レベルの落ちる人口密集地帯だった。ヴァージンの通っていた中等学校に、フレアリーからの転校生が来て、それで実情を知るだけだった。

(もしかして、グリンシュタインのような混みごみとしているところではなく、ある程度人がいて、土地も余っているフレアリーにバレーボールの合宿スポットがあるのだろうか……)

 ヴァージンは、これまでレースに出るためにいくつもの国を訪れたが、国によっては競技場からそれほど離れていないところに合宿所が置かれていることもあった。今回、バレーボールチームが訪れるのであれば、まずバレーボールができる体育館とコート、トレーニング施設、ランニング用のトラックか500m、600mといったきりのいい数字の外周走路が必要となる。さらに、数人の選手が一組で過ごすための宿泊施設かホテル、アスリートの栄養を意識した飲食施設なども必要だ。勿論、その他に用具や万一の時の医療体制などが必要になる。

(アメジスタのみんなが、アメジスタの施設を利用するのとは全く違う……。私が、右も左も分からないままオメガでの生活を始めたときと、オメガのバレーボールチームは、全く同じ雰囲気を味わっているはず……)

 アメジスタという、「貧しい」という言葉でしか見向きもされなかった国が、トレーニングに最適な空気、そして場所へと変わっていく。その瞬間を、わずかな時間見たボードで、一人のアメジスタ人は理解したのだった。


「あ、ヴァージン・グランフィールド選手がいる!」

 次の瞬間、ヴァージンは自らの名を呼ぶ声にはっとした。後ろを振り返ると、そこにはちょうど出迎えに来たアメジスタ人が、自家用車から身を乗り出して手を振っていた。それまで、オメガから合宿に来たことばかり気にしていたヴァージンは、この場所がアメジスタだと改めて気付くのだった。

 彼女は、表情を整えてから自家用車に向かって手を振った。すると、それに合わせて、近くにいた数名のアメジスタ人もヴァージンに向かって手を振り、そのうちの一人は色紙とペンを片手に足早に近づくのだった。

(スタジアムの外でサインを求められることはよくあるけど……、やっぱりアメジスタが一番私のファンが多いような気がする……。10年ぐらい前は、帰ってくるたび吐き捨てられてきたけど、私のレースをテレビで見るようになってから、本当にアメジスタ人の見方が変わった……)

 ヴァージンは、一人一人に手を振りながら、小さくうなずいた。

(アメジスタが、アスリートの国に変わろうとしているのは……、私がこの場所で生まれ、私がアメジスタを背負い続けてきた……。それだけは間違いない……)


 メールでセイルボートから案内されたプールは、グリンシュタインの北東50kmほどのところにある、ヴァージンも聞いたことのないような集落にある。幸い、その場所は集落センターから歩いて数分だったため、空港から乗り込んだタクシーに集落センターを案内してもらうことにした。

(グリンシュタインからだいぶ離れたのに、家や公園が開発され始めている……)

 ヴァージンは、タクシーの車窓から見える風景を1秒ごとに目に焼き付ける。グリンシュタインから離れれば離れるほど「何もない」場所だというイメージがあった彼女は、変わりつつある景色に驚きを隠せなかった。

(しかも、この公園……、トラックが造成され始めている。それも、私が400mトラックだ……。それに、テニスコートも作られている……)

 かつては「そんなものはいらない」と行政に捨てられてしまったものが、今このように見直されていることに、ヴァージンは気付いた。荒れ果てた陸上競技場を目にした14歳の頃を、彼女は思い出すのだった。

(違う……。アメジスタが、いい面で変わり始めている……。アメジスタに帰ってきて、ここまで驚くこと、たぶん今までなかったような気がする……)

 その後も、タクシーは整備された道を進んでいく。オメガに比べると車の数が少ない分、彼女は窓に映る景色を遠くまで眺めることができた。


 そして、タクシーはケルリアという小さな集落の中心で止まり、ヴァージンが戻ってくるまで、1時間ほどそこで待機する。作りたての道路はアスファルトというより、ヴァージンが毎日のように走っているトラックと同じような柔らかな材質でできている。木曜日の午後だというのに、集落を歩いている人が多く、彼女の目にはそれが半ばウォーキングをしているように見えた。

(たしか、こっちだったような……)

 集落センターの入口を背にして、斜めに続く道を歩くヴァージンは、地図と景色を交互に見ながら進んでいく。そして、「この角を曲がってください」とセイルボートから指示された場所で、彼女は思わず足を止めた。

(大きい室内プール……!セイルボートさん、ここでトレーニングしているんだ)

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