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世界記録のヴァージン  作者: セフィ
アメジスタに明けない夜はない
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第41話 伝えたい アスリートの鼓動を(6)

「アルデモードさん……、本当にすごいです……!」

 カフェの中で、二人向かい合わせに座りながら、ヴァージンは、アルデモードが持っていたデジカメに次々写し出される画像を見て、その1枚1枚に驚きを隠せなかった。これまで、オメガにやって来て何度かデジカメを手に取っているが、ここまで間近にヴァージン自身が映っている姿を見ることは、一度もなかった。

「どういうところが、すごいと思ったんだい?」

「そうですね……。私の腕の動きや足の動き……、完全にピントが合っていて、雑誌で見るよりも美しいです」

「美しいって……、言われるのは驚きだね。そこまで、撮影の技術がいいわけじゃないのに」

 照れを隠せないアルデモードに、ヴァージンは思わず笑いすら見せた。

「これ、もしかして、アルデモードさんの動体視力が画像に生かされてるのかもしれませんね……」

「まぁ、それは言えるかも知れない。僕だって、サッカーばかりやってきたんだから。少なくとも、君のような陸上選手よりは動体視力はいいはずだし、シャッターチャンスを見破る能力はあると言えばあるね」

 アルデモードは、そう言って席を立ちヴァージンの隣に場所を移した。そして、デジカメに写る画像に、右の人差し指を近づけた。

「いま、君が見ている画像、さっきのレースのなんだけど、どのシーンか分かる?僕の自信作だけどさ」

「分からないです。インドアの5000mは、同じトラックを25周もするので……」

 そう言いながらも、ヴァージンはデジカメに写っている画像に見入った。これまで何度かマゼラウスにフォームを見てもらっているが、ストライドがその時よりも多少長めに取られていた。

「もしかして……、私がラストスパートを見せているときですか」

「当たり。だって、それが君の走りの代名詞と言えるようなものだもの」

「たしかにそうですね……。でも、5000mでこのフォームの選手がほとんどいないって、私たちには分かっても。たぶんフォトブックを読む人には分からないような気がします」

 アルデモードに自信作と言われる中で、ヴァージンは言葉を選ぶしかなかった。アメジスタ人は、ヴァージンがどこで何をしているかすらほとんど分かっていない。陸上選手がトラックで戦う姿を、その画像を含めて一度も見たことがない、という人が大多数に違いない。

 それでも、アルデモードはデジカメに写された画像に軽くうなずき、指を離して腕組みをした。

「いや、それだからこそ、僕はこの画像をアメジスタのみんなに見せようと思ってるんだ。フォームがおかしいとか、そんなことを考えてなんかないよ。もっと純粋に、絵を見るような目で、これを見てごらん」

 そう言うと、アルデモードはデジカメを少しずつヴァージンから遠ざけ、ヴァージンの腕の距離まで離した。その位置から同じ画像を俯瞰したとき、ヴァージンの目で今にもレースの瞬間が動き出しそうだった。

(なんだろう……。フォームに注目せずに見ると、この姿にものすごいパワーを感じるような気がする……)

 ヴァージンは、隣でデジカメを持つアルデモードを見上げた。

「たぶん、知らない人が私を見ると、強いって感じがします……」

「そうだね。僕も、この画像を見て、自分でそう思ったんだ。強いとか、本気だとか……」

「ラストスパートということは、あの時の私はものすごくワクワクしてたんです。『Vモード』でどれだけのタイムを出せるんだろうって、体全体がそういう雰囲気になっていたような気がするんです……」

「なるほどね……」

 アルデモードは、そこまで言うと、持っていたデジカメを再びヴァージンに近づけ、軽くうなずいた。

「だから、僕はこの画像をフォトブックの目立つところに持っていきたいくらいだよ。『WR』と書かれたタイマーのところで喜ぶ姿が、一番君に似合っているけど、その記録に向かってハイスピードで勝負をする姿も、僕はまた美しいと思うんだ」

「私だって……。本気のスピードを出している瞬間が、一番楽しいです」

「だからさ、この気持ちをアメジスタのみんなに伝えてごらん。そうしたら、君がアメジスタの外でやっていることを、誰一人としてバカになんかできないと思うよ」

 カフェの明るいライトに照らされるアルデモードの表情は、彼の生まれ故郷を見つめていた。


 アルデモードのデジカメに入っていた画像には、何年も前のものもあった。アメジスタから亡命し、初めてヴァージンの走る姿を見たときのことや、その後何回か顔を合わせたときのヴァージンの素顔など、一緒にいた時間がほぼ全て記録されていた。たしかに、一番強そうに見えたのはその日のレースのスパートだったが、ヴァージンは、雑誌から送られた画像よりもはるかにいい出来栄えの画像が多いことを薄々気付いていた。

「できれば、君のお父さんのところに画像ごとメールしたいくらいだけど、アメジスタにはデジカメもパソコンもないから……、明日には一度君のところにこの画像を郵送するよ」

「分かりました。アルデモードさんがアメジスタに伝えたいもの、できれば全て送ってください」


(父さんへ……)

 数日後、ヴァージンは机に向かい、一枚の手紙を書いていた。「ワールド・ウィメンズ・アスリート」からの画像と、アルデモードからの画像を揃え、写真に書き添える手紙の文言を考えるが、手が止まっていた。

 その代わり、ヴァージンは届いた画像をもう一度手に取った。一つの本に凝縮してしまうにはもったいないくらいの数の画像が、ヴァージンの手の中で踊りだしていた。

(この中にあるどの画像も、アメジスタのみんなに希望を与えるはずのもの……。一人のアメジスタ人が、本気で世界のライバルと戦い、勝利と……、まだ見たことのない記録を、世界中のみんなと一緒に喜ぶ。そして、私のように速く走りたいと目指して、人々を駆り立てていく。アスリートじゃなければ、たぶんこんなことはできないって……、そういうことを、みんなに伝えたい……)

 ヴァージンは、頭の中でそこまで言葉がつながっていた。それを、手紙の上に一つ一つ書きだしていき、最後に「これが私の、これらの写真に寄せる想いです」と書き添え、手紙を封筒にしまった。

(私の想いが……、私の夢や希望が……、今度こそアメジスタに伝わりますように……)


 クリタニアの首都ジェナで4月にエントリーしている10000mレースに向け、ヴァージンは、まだ外の空気が冷たいうちからエクスパフォーマのトレーニングセンターでトレーニングを始めた。

「30分03秒87。やっぱり、シューズを変えたことで、お前の本気について行ってるような気がするな」

 ゆっくりと近づいてくるマゼラウスの表情に、笑みがこぼれていた。ヴァージンはその表情を見て、体で感じたタイムと実際に走り終えたタイムにほとんど差がないことを実感した。

「03秒……。もしかしたら、またトレーニングで世界記録を超えてしまうかもしれませんね」

「そうだな。気の緩みは禁物だが、ヴァージンは本当に力がある。明日も、10000mでもっといいタイムを出せるよう、私は期待しているからな。今日は、ここまでだ」

「ありがとうございました」

 そう言って、ヴァージンはマゼラウスに頭を下げてロッカールームに戻ろうとした。その時、数歩歩きだしたヴァージンを、マゼラウスの落ち着いた声が止めた。

「それと、お前の親が作ってくれたフォトブック、朝家を出る前に読んだからな。あれは、素晴らしかった」

(えっ……?)

 ヴァージンは、「フォトブック」という言葉を耳にしたとき、思わず立ち止まった。ジョージに画像を送って1ヵ月しか経っていないにもかかわらず、マゼラウスのもとに完成品が届いたのだ。しかも、今は亡きセントリック・アカデミーしか連絡先を知らないはずなので、そこから転送されたことを考えればアメジスタで本が完成したのはさらに1週間ほど前になるはずだ。

「フォトブック。あれは……、アメジスタのみんなに私の全てを伝えたくて、作ったんです。素晴らしいって言ってもらえて何よりです」

「そうか……。アメジスタでは中継もないから、こういう形でもアメジスタの人々にお前の努力が伝わるっていうのはいいことだ。あとは、アメジスタ人の見る目が変わるかだ」

「きっと、変わると思います。少しだけでも、私に希望を見出してくれるような気がするんです……!」

 ヴァージンは、マゼラウスに笑顔を代弁するような声でそう伝えた。そして、ポストに数日は眠っているだろう自分のぶんのフォトブックを早く手に取るために、いそいそとトレーニングセンターを後にした。


 オメガから空が続いているアメジスタの方角を、眩しい日の光が照らしていた。ヴァージンの目には、それが希望の光であるかのように映った。

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