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世界記録のヴァージン  作者: セフィ
アメジスタに明けない夜はない
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第41話 伝えたい アスリートの鼓動を(3)

 ヴァージンがアメジスタからオメガに戻ると、マゼラウスのもとで室内競技場を中心にトレーニングをする日々が始まった。次のレースであるアムスブルグ室内選手権まで、残された時間はそれほどなかった。

 ヴァージンが「Vモード」を履いてトレーニングをするようになってから出すタイムは、確実に室内世界記録を狙えるものであることが、トレーニングでもこれまで感じたことのない安心感をヴァージンに与える。

(14分16秒98……。ウォーレットさんが出した記録を、少しでも大きく塗り替える……)

 室内練習場に響く、シューズが軽く叩きつける音は、この日もヴァージンに力を与えていた。


 ヴァージンがアメジスタで抱いていた想いを感づかれたのは、その日のトレーニングが終える直前だった。14分15秒39で室内トラックを5000m駆け抜けた後、マゼラウスがタイムのことを振らずに、話を切り出した。

「最近、またレースが楽しみというような顔をしているな」

「はい……。次のレースが、とても楽しみです。タイムも大きく伸びてきてますし……」

「お前のタイムが伸びているのは、よく分かる。ただ、顔がそうではない理由でニコニコしている気がする」

 マゼラウスがそうヴァージンに告げたとき、ヴァージンはすぐに顔の表情を引き締めた。だが、これまで8年以上付き添ったマゼラウスにはお見通しだった。

「おそらく、アメジスタに帰ったときに、何か自分にやる気を与えてくれるものに出会ったのだと思う」

「えぇ……。実は、アメジスタにいる私の父が……、私のフォトブックを作ってくれることになったんです」

 ヴァージンが、止めていた言葉を口にすると、マゼラウスがやや身を乗り出して食らいつく。

「写真集か……。お前の走っている姿をアメジスタに紹介するんだな」

「はい。やっぱり、私が勝負している姿を見てもらうことが大事だと思うんです」

「つまり、レースの画像をメインで撮影するんだな。陸上の雑誌にお願いすれば、もしかしたら画像をアメジスタのために貸してくれると思うんだが……」

(そうだった……。アルデモードさんにお願いしなくても、オメガだと普通に雑誌を出してるんだった……)

 ヴァージンは、マゼラウスに見えないように息を呑み、室内競技場の天井に目をやった。

「お前は、その中でもたしか『ワールド・ウィメンズ・アスリート』を結構読んでいたはずだな。今こそ、代理人のガルディエールに頼んで、お前の画像を使ってもらうようお願いしてみたらどうだ」

「そうですね。おそらく、私の昔の画像もありますから……、ガルディエールさんにお願いしましょう」

 画像を集める時間を相当長いものと想定していたヴァージンの目論見は崩れたものの、過去の画像を借りることができれば、すぐにでもアメジスタにいるジョージに画像を届けることができる。ヴァージンは、すぐにフォトブック発行までのプランを書き換えた。


「今まで、何故君のフォトブックが出ていなかったんだと思ったよ」

 その夜、代理人ガルディエールに電話したヴァージンは、二言目にその返事を聞き、口元をすぐに緩めた。

「もしかして、有名なアスリートはフォトブックを1冊は出している感じなんですか」

「メドゥやグラティシモといった、5000mでは君の先輩に当たるような選手は、陸上雑誌を作っている出版社が何かしらの形で本を出している。君に関して、そういう本を出すという話が今までにないのが珍しいくらいだ」

「ファンブックとかじゃなくて、本当にトラックで走る姿を伝える写真集なんですか」

「勿論。だからこそ、私はその提案をした親御さんにはよくやったと言いたい」

 ガルディエールの声が完全に乗り気であるように、ヴァージンには聞こえた。その強気の声に負けないように、ヴァージンは頼み込んだ。

「それで、ガルディエールさんにお話をして欲しいんですが……、私が昔からずっと読み続けている『ワールド・ウィメンズ・アスリート』の編集部に、昔の画像を使うことができないか……、聞いて下さい」

「それは勿論、必要になってくるだろう。『ワールド・ウィメンズ・アスリート』の編集長に、私から声を掛けてみるよ。画像使用料は、君に負担してもらうことになるけど」「

「大丈夫です。アメジスタに対する投資だと思いますから」

「それと、一度は私と一緒に編集部に行くことになると思う。向こうがたくさん画像を持っていると思うけど、その中からどの画像を借りるか、選ぶのは君だから」

「分かりました。具体的にその日取りが決まったら教えて下さい。お願いします」

 ヴァージンは、電話の向こう側からガルディエールが見ているわけでもないのに、大きくうなずいた。


 それから数日の間、フォトブックのことを深く考えないようにしたヴァージンだったが、翌日にはそれが崩れた。トレーニングから高層マンションに戻ってくるのを見計らったように、ガルディエールから電話が入った。ヴァージンは、ある程度の状況を察しながら、軽く息をついて電話を取った。

「どうでしたか、ガルディエールさん」

「バッチリだ。君がアメジスタの人々に伝えたいのなら、アメジスタの中で売ることを前提に使っていいということになったよ」

「ありがとうございます……。ガルディエールさんが、すぐに動いてくれてびっくりしました……」

「まぁ、私はヴァージン・グランフィールドの代理人だから、それが仕事だと思ってる」

 そう言って、ガルディエールはヴァージンに小さく笑ってみせた。そして、軽く息を呑んだような間を置いた後に、すぐにヴァージンにこう切り出した。

「それと、編集部に行ってもらうという話はなくなった。『ワールド・ウィメンズ・アスリート』の編集部として、挑戦を続けるアスリートに、あまり余計な時間を取らせたくないようだからな」

「そうですか……。そうなると……、画像はどのようにして選ぶんですか」

「明日、画像を圧縮したファイルをメールで送ってくるみたいだ。君が何番の画像を借りるか、返信に書くだけで、その画像をプリントアウトしたものを、君の家に送ってくれるそうだ」

「分かりました」


 ガルディエールから言われたとおり、翌日ヴァージンのメールボックスに編集部から画像が送られてきた。やや重いファイルを開いた瞬間、ヴァージンは思わず口を右手で押さえた。

(こんな素晴らしい画像が残っているなんて……!)

 ヴァージンは、時折パソコンに食い入るように近づき、トラックの上で活躍を見せる自分自身をじっと見つめた。ほぼ毎月目を通すようにしている「ワールド・ウィメンズ・アスリート」で見たことがないような画像がほとんどで、その中には雑誌に載ったもの以上にヴァージンの力強さが際立っているものもあった。

 メドゥに勝負を挑み、今まさに追い越そうとしている姿。ラストスパートのようなストライドで、グラティシモを引き離す姿。「WR」の表示をバックに、無意識に喜びの表情を見せる姿。そして、不甲斐ない結果で終わったヴァージンが、新たな決意を見せる姿もあった。

(なんだろう……。オメガに来て9年目なのに、その全てがメールに凝縮されている……。まるで、私の成長記録を見ているような気がする……)

 ヴァージンにとって、ほとんどその目で確かめることができない画像はどれも新鮮で、選べと言われても何を選んでいいか分からないものばかりだった。一通り画像を見終わったヴァージンは、近づけすぎた目を離し、パソコンの前に座りながら腕を組んだ。

(何百枚も使いたい画像があるけど……、それを全部リクエストしたら向こうも困るし、父さんだってその画像をどうしたらいいか分からなくなってしまう……)

 ヴァージンは、最初の画像に戻って、そこから一つ一つ「本当にアメジスタ人に分かってもらえる」という視点で、自身の映っている画像を選び始めた。そこからの作業が1日で終わるはずがなく、結局返信まで1週間近くかかってしまった。

(でも、なんだろう……。選んでいくうちに、トレーニングの疲れがどこかに消えていくような気がする……)

 返信ボタンを押した後、そのままヴァージンはジョージに手紙を書いた。そこには、ヴァージンの成長の足跡と言える画像を山ほど見たこと、アスリートとしてのヴァージン自身の成長が現れている画像と、成果を残したレースでの画像を中心にリクエストしたこと、そして想定していたものよりもはるかに短い期間で画像を送ることができるということを、短い文章で書いた。

「よし……、っと」

 ヴァージンは、ジョージへの手紙を封に入れて。封筒を目の高さまで持ち上げた。そして、編集部からプリントアウトされる画像を思い浮かべながら、どのようなフォトブックになるかイメージした。

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