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世界記録のヴァージン  作者: セフィ
アメジスタに明けない夜はない
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第40話 夢を追い続ける力が敗れた日(1)

 アメジスタのグリンシュタインで、エクスパフォーマの商品のプロモーションを行う日が決まると、そこからの毎日はヴァージンにとって目まぐるしく過ぎていった。以前ドクタール博士に会ったときと同じように、エクスパフォーマ本社のヘリポートから向かうことになるが、それまでの間にもやらなければならないことがあった。

 その一つが、アメジスタの人々に手紙を書くことだった。アルデモードが動いている中で、ヴァージンも時間を見つけて宣伝をしなければならなかった。通常なら、イベントを主催するエクスパフォーマからアメジスタに広告を送るが、アメジスタでのわずかな人脈を頼って、ヴァージンにお願いされたというのもある。

(意外と……、名前と顔が分かりそうな人は、これしかない……)

 まずは、父親のジョージ、姉のフローラと彼女の勤め先の看護師たちの分数名。家族以外では、中等学校の担任4名と校長、最初にウェアを作ってくれた仕立て屋、建築設計のブライトン、それにドクタール博士。それからヴァージンは指を折りながら思い出そうとしたが、それから先はどこに送ればいいのかすら分からなかった。

(グリンシュタインの路地で寝ている人には……、送れないか……)

 ヒルトップと同じタイミングでアメジスタ入りする段階で、事前に街を回ってイベントの告知をすることができない。できるとすれば、今回送ろうとしている「知り合い」がどれだけ広めてくれるか、それにかかっていた。そして、先に現地入りするであろうアルデモードの尽力にも期待できそうだ。

(何とか、人が集まってくれると……、今回のイベントは盛り上がるんだけど……)

 翌日、出した人をはっきりと覚えられるほどの枚数しか手紙を投函しなかったヴァージンの手は、早くも汗がにじみ出ていた。その汗は、彼女の祈るような気持ちに他ならなかった。


「おはようございます。さぁ、アメジスタに向かいますよ」

 アメジスタに飛び立つ日の早朝4時、ヒルトップは前と同じようにエクスパフォーマの本社の通用口からヴァージンをセスナに案内し、荷物スペースに陸上用の商品をいくつも詰め込んだ。

「こ……、こんなにアメジスタに持っていくんですか……」

「そうですよ。このイベントは、新しい『Vモード』だけじゃなく、男子用のシューズやウェア、それにバスケットやフットボールなどのアイテムも紹介するつもりですから」

「そうだったんですか……。まさに、アメジスタの人々にスポーツの楽しさを分かってもらうイベントですね」

 ヴァージンは、シートベルトを締めながらヒルトップに顔を向ける。ヒルトップのほうは、ようやく荷物スペースに積み込みが終わり、セスナに乗り込もうとしていた。

「そう言えば、『エクスパフォーマ・フットボール』からも、ウチの支援している選手が一人行くらしいですね」

「えぇ……。もしかして、グラスベスに所属しているアルデモードさんですか」

 この段階なら、もう名前を出していいだろう。ヴァージンは、軽い気持ちでその名を口にした。だが、ヒルトップは驚いた表情を少しも見せることなく、ヴァージンに告げた。

「やっぱり、何度か一緒にいるのを見かけるカップルなだけありますね。グランフィールド選手からその話があったって、次の日にエクスパフォーマにお願いしたみたいですよ」

「おっしゃる通りです。彼も、国籍は違いますが……、本当はアメジスタ人なんです。だから、アメジスタでプロモーションをやりたいという思いは、人一倍強かったんじゃないかって……思ったんです」

「そうですか……。同じアメジスタ人として、やっぱり今回のイベントを感慨深く思うんでしょうね……」

 ヒルトップがそう口にしたとき、セスナがまだ夜明けの気配のない空へと、やや重い音を立てて舞い上がった。

(絶対……、このイベントで私が世界で戦っていることを知って欲しい……!)


 それから何時間経ったのだろうか。ヴァージンが、眩しい日の光に気が付くと、その光を遮るようにヒルトップの顔がヴァージンの目に飛び込んできた。

「そろそろ着きますよ。グランフィールド選手」

「あ……、はい……。もう……、アメジスタなんですね……」

 ヴァージンは、勢いよく体を起こして、眼下に広がる見慣れた大地を眺める。何度か降り立ったことのあるグリンシュタインの空港が、小さく見えた。

「今回は、グリンシュタインに直接入っていくんですね……」

「そうですね。空港が週1回しか使われませんから、セスナ着陸の使用許可を会社の方で取りましたから」

「なるほど……。それでしたら、移動はそれほど大変じゃないですね。タクシーに何とか積めそうです」

 着陸態勢に入ったようで、体が斜めに傾き始める。オメガセントラルからの定期便では考えられないほどにはっきりと、グリンシュタインの街に吸い込まれていく。ヴァージン・グランフィールドというアスリートを生んだ大地が、優しく包み込もうとしているようにさえ、彼女には思えた。

 近づく大地に好奇心を膨らませながら、セスナのタイヤが滑走路を踏みしめ、そしてしばらく進んだところで止まった。止まった場所のすぐ横が、ちょうど空港のターミナルビルだった。

 だが、この日は定期便が離発着する日ではないのか、誰一人としてロビーで出迎える人が見当たらない。

「やっぱり……、セスナ1機だけですと、私どもを出迎えることはないんですね」

 やや苦笑いをしながら言うヒルトップに、ヴァージンは顔を向けることも忘れ、早くもターミナルビルの駐車場に目をやっていた。定期便の飛び立つ日には1台か2台止まっているタクシーすら、そこにはなかった。

(わたしが来ることを、何人かの人々に知らせたのに……、タクシーには伝わっていなかった……)

 想定外の光景を前に、ヴァージンはすぐにセスナの荷物スペースを開き、中から商品の入ったバッグを次々と下ろしていった。エクスパフォーマの本社を発つときにはヒルトップが台車で積み込んでいたものの、このままではこの場所から大聖堂まで、二人で運ばないといけなくなるからだ。

「グランフィールド選手、さっきタクシーって言ってませんでしたか?」

「すいません……。タクシーが見当たらないようです。私も定期便のない日の空港が初めてで……」

 ヴァージンは、背中に一つバッグを背負い、そして左右両方の手でバッグを一つずつ持ち上げた。右手で持ったバッグは、シューズが入っているのか、容積の割に重く感じた。そして、アメジスタとグリンシュタインの街をよく知る身として、道を案内しなければならなかった。

「広場まで、歩いて2時間ぐらいかかります……。中心部まで10kmぐらいありますから……」

「10kmもあるんですね……。意外と、セスナでは近くに見える街も、遠いところにあるんですか」

 ヴァージンがレースのように走れば30分で行けるはずの距離だが、荷物を抱えたままで走れるはずがない。ヴァージンは、できるだけタクシーの通行がありそうな道に出ることを優先して、前に進むしかなかった。


 しばらく歩くと、ヴァージンの目に一台のタクシーが反対車線を近づいてくるのが飛び込んできた。

「タクシーが近づいてきます!」

 遠目で「空車」になっていることを確かめながら、ヴァージンはタクシーに向かって大きく手を振った。ほとんど車の通っていないアメジスタなので、道路を横切ることは簡単だが、オメガ国で長年過ごしてきたはずのヒルトップを前に無茶はできなかった。それでも、重そうな荷物に気付いたのか、タクシーはヴァージンたちの目の前で止まり、Uターンをしながらドアを開けた。

「お嬢ちゃんたち、すごい重そうだから乗せてってあげるよ」

「ありがとうございます。大聖堂までお願いします」

 タクシーの中から、やや顔の丸い男性がその目を覗かせる。ヴァージンとヒルトップは、すぐにタクシーのトランクに荷物を下ろし、座席に座った。

 だが、この男性もヴァージンの顔を見て何も言う気配がなかった。その代わり、何も知らないような口調で、ヴァージンに向かってこう告げた。

「お嬢ちゃんたち、こんな荒れ果てたグリンシュタインに、何しに向かうつもりなんだい」

「えぇ……、イベントです。私と……、スポーツブランドがアメジスタにやってきて、初めてプロモーションをするんです……!」

 ヴァージンは、得意げになってそう言った。だが、その瞬間に運転士の男性の表情がかすかに曇りだした。

「あぁ、あれね……。いま、そのことで広場が大騒ぎになってるよ」

(大騒ぎ……)

 運転士の低い声に、ヴァージンは嫌な予感すら浮かべずにはいられなかった。そして、ヴァージンの戸惑うような目線の先で、運転士はさらにこう続けたのだった。

「エクスパフォーマという、アメジスタ人をいいように扱うようなブランド。それに、一度亡命したアスリートが揃ったら、そりゃみんな怒り出すでしょうね」

(うそ……)

 ヴァージンは、それ以上言葉を思い浮かべることすらできなかった。そのすぐ横で、ヒルトップが下を向いているのがはっきりと分かった。

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