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世界記録のヴァージン  作者: セフィ
アメジスタに明けない夜はない
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第39話 ランニングシューズに込められた魂(5)

「とうとう……、そこまでいったんだね。アスリートに希望すら持てなかったアメジスタで……、こんなことができるだなんて、僕だって嬉しいさ!」

 アルデモードの返事は、予想していた以上に熱がこもっていた。決して強い口調ではなかったが、アメジスタをよく知っている身として、特別の感情を抱いているようなトーンの声だ。

「私も、エクスパフォーマのモデルになってから、アメジスタに行くことが多くなって……、セントリックの時には考えられなかったような気がします」

「それは、君の知名度というか、君の活躍でアメジスタという国に目を向けるようになったってことだよ」

「じゃあ、アルデモードさんも……、今の私の話に協力してくれますか……」

「勿論だとも!知り合いに手紙を出すし、僕の家族にも手伝ってもらうようにするよ。その代わり……」

 そう言うと、アルデモードは一度うなずいて、テーブルの上に置かれたヴァージンの手に一目やった。

「その代わり……、何か私がしてほしいとかですか……」

「いや、あくまでも主役は君だよ。僕は、アメジスタから亡命しただけだし。でも……、僕だってアメジスタのサッカー選手だと今でも思ってるし、エクスパフォーマのサポートを受けてるチームだから、イベントが行われる場所の近くで、こっそりリフティングとかやっちゃ……、ダメかなって」

「それ、いいじゃないですか!アルデモードさん」

 ヴァージンは、思わず手を叩き、大きく目を開いてアルデモードを見つめた。

「まぁ、あくまでも僕の希望だよ……。アメジスタで何かに挑戦する楽しさを教えてあげたいなって」

「ホント、私だってそう思います。アスリートに希望が持てないのは、私たちがどういうことをやっているか、見る機会がないだけじゃないかな、って思うんです!」

「そうときたら、エクスパフォーマに頼み込んでよ。僕の口からは……、ちょっと立場的に言えないからさ」

「分かりました」


 それから数日後、ヴァージンはトレーニングがオフの日に、自らヒルトップにアポイントを取り、エクスパフォーマの本社へと出向いた。新しいシューズの名前が決まったことだけを先に伝えたヴァージンが、本社のエレベーターホールに向かうと、そこにはヒルトップが名前の刻まれていない新しいシューズを持って待っていた。

「お忙しいところ、わざわざ私のわがままに付き合って頂き、ありがとうございます」

 ヴァージンが軽く頭を下げると、ヒルトップは首を数回横に振る。

「いやいや、私どもが難しい問題出してしまって、グランフィールド選手に申し訳ないことをしてしまったような気がしたんですよ……。その中で考えて頂けて、何よりです」

「そうですか……。それでしたら、すごく嬉しいです。で、私の選手モデルの名前ですが……」

 ヴァージンは、バッグから封筒を取り出し、そのままヒルトップに差し出した。

「この中に、私が決めた名前が入っています」

 ヒルトップの手が、ゆっくりと封筒を開き、折りたたんでいたメモ用紙を丁寧に広げる。そして、字の向きに紙を合わせると、思わずはっと息を飲み込んだのだ。


――V-Mode


 驚きの表情を眺める時間が過ぎていく。ヴァージンの目は、一瞬だけ新しいシューズに向けられていた。

「Vモード……。つまり、グランフィールド選手の名前を一字でVにしたということですか」

「はい。私の選手モデルということなので、まず名前から私自身を連想させないといけないと思ったんです。でも、グランフィールドじゃシューズの名前に合わないし、自分で自分のシューズにヴァージンという名前をつけるのも、後から考えたら恥ずかしくなりまして……」

「そうですか。だから、1文字でVということにしたんですね。そして、モードとついていることを考えれば、このシューズを履けばグランフィールド選手のようになれる、ということなんですね」

 ヒルトップは、そう言ってヴァージンの目を見つめる。だが、ヴァージンはそこで首を横に振った。

「それだけではありません。Vという字には、アスリートとしての本能を高めるようないろいろな言葉が詰まっているのです」

 ヴァージンは、バッグからもう一枚、白い封筒を取り出し、今度は自ら中のメモ用紙を取り出した。そして、一度そのメモ用紙を見てから、ヒルトップに手渡した。

「まず、私の名前、VirginのV。勝負を意味するVersusのV。熱気を意味するVoltageのV。躍動を意味するVital。そして、勝利を意味するVictoryのV。この五つの意味が、たった一文字のVに込められています」

「そこまで、深い意味を考えましたか……。他の四つは全くの意外でした。私としても、これですぐにでも決めたいレベルでいい名前だと思います」

「ありがとうございます。でも、この名前や意味は、私とか……、友達の思い付きです……」

「思い付きでも、ものすごくいい思い付きだと思いますよ。ライバルや世界記録に挑もうとするグランフィールド選手の動きを、そのシューズの名前だけで伝わってきます」

 そして、ヒルトップの手がゆっくりと動くと、その手に持っていた新しいシューズがヴァージンの手に触れた。

「えっ……、名前入ってなくていいんですか……?」

「いいんですよ。今日から、『マックスチャレンジャー・Vモード』は誰でもない、グランフィールド選手のものなのですから。すぐに、名前入りのものを作りますし、市販用にも取り掛かれる準備をしようと思います」

「そんなすぐに、取り掛かれる感じなんですね」

「工場の生産ラインも、グランフィールド選手を待っていましたから」

「ありがとうございます!」

 そう言うと、ヴァージンは両手で新しいギア、「Vモード」を握りしめた。手のひらの中で抱きかかえるように握るヴァージンに、早くも自分自身が吹き込んだ命の鼓動が伝わってくるようだ。

(勝負……、熱気……、躍動……、そして勝利……。私は、その中でこのシューズを履き、走り出す……)


 翌日、室内練習場に足を運んだヴァージンの足に、「Vモード」が燃え上がっていた。シューズの底に刻まれた炎の形が、トラックを踏みしめるだけでもヴァージンに力を与えていた。

 5000mタイムトライアルの直前、マゼラウスがヴァージンに低い声で告げる。

「新しいシューズで、初めての挑戦になるな……」

「はい。私にも、パワーが未知数のシューズですが……、私の走りに合わせたという言葉を信じて走ります」

 そう言うと、ヴァージンはシューズに軽く目をやった。そして、パワーを確信した。

「On Your Marks……」

 マゼラウスの声が、普段以上にヴァージンの体に力を与えていく。初めて、その本気を見せようとする新しいシューズが、室内トラックの上でうなりを上げているように思えてきた。

(よし……!)

 号砲とともに、ヴァージンの足が200mトラックへと軽やかに滑り出す。普段から意識する、400m69秒台のスピードまで高めようとするだけで、足の動きに「Vモード」のパワーが付いていく。着地の瞬間、優しく踏み込みながら次の一歩への力を与える、靴底でのダイナミックなメカニズムは、ノーマルの「マックスチャレンジャー」を履いているときには考えられなかったほどだ。

(「マックスチャレンジャー」のような戦闘本能むき出しの走りじゃない……。むしろ、最高のパフォーマンスを作り出すために、常に私と一緒に戦っているような気がする……)

 最初の400mが70秒。次の400mも69秒。トラックの距離が短い分だけスピードを維持するのが難しい室内でも、その足が全く疲れることはない。70秒を切り続ければ少しずつダメージがたまっていく「マックスチャレンジャー」と比べるまでもなく、シューズから解き放たれるパワーが格段に上がっていた。

(これは……、スパートがうまくいって、もしかしたら室内で過去最高のタイムも出せるかも知れない……)

 2000mをおよそ5分47秒で通過したヴァージンには、早くもそのことが頭をよぎった。インドアで維持することが難しい400m69秒のペースも、この「Vモード」なら何ともないほどだった。


 そして、ついにその実力を見せつける時が来た。

(4000m、11分33秒……。「Vモード」がどこまで付いてこれるか、見せるしかない……!)

 次のカーブに差し掛かったとき、ヴァージンはスピードを一気に上げ、トラックにシューズを叩きつける間隔を次々と短くしていく。体がスピードに乗ると、シューズも足と一体になってパワーを上げていく。200mを33秒ほどで走ったときさえも、シューズの底から解き放たれる力が全くとどまるところを見せない。カーブで体を傾ける中で、スピードを上げることは難しくないとでも言っているかのようだ。

(さぁ、何秒で5000mを駆け抜けるか……)

 トップスピードを見せるヴァージンに、次々とパワーを送る「Vモード」。室内過去最高タイムという名の「Victory」を掴むには、十分すぎるスピードだった。


「14分13秒89……!まさか、本当にタイムを一気に縮めるとは思わなかった……」

「13秒……。それ、本当ですか?」

 トレーニングでは、これまで14分14秒台しか叩き出したことのないその足が、信じられないほどのスピードアップを成し遂げていることに、ヴァージンはタイムを見て初めて気が付いた。そして、初めてその力を見せつけたシューズに少しだけ目をやると、「Vモード」はそれでも走り足りないかのように燃え上がっていた。

「本当だ。ここまで来ると、シューズの力じゃない。お前自身で作り上げた、かつてない力だと私は思う」

「私だって……、そう思います!」

 ヴァージンの声が、室内トラックの中で何度もはじけていく。ヴァージンに命を吹き込まれたシューズは、いま新たな記録に挑もうとしていた。

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