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世界記録のヴァージン  作者: セフィ
エクスパフォーマの走る広告塔
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第31話 私はアメジスタの恥なんですか(4)

「使うところが……、現れなかった……というわけですか」

 ヴァージンは、ドクタール博士の悲痛な叫びに、頭をややうつむきかけた。すると、ドクタール博士はほとんど間を開けることなく、ヴァージンにこう告げた。

「君は、たぶんアメジスタ人だ……。だから、分かるじゃろう……。ここから先を……作れない理由が……」

「分かります……。せっかく砂という素材はあって、機械もあって、液体にするところまではできても、それを外に運ぶ手段がない……、ということじゃないですか」

 ヴァージンがそう推測すると、すぐにヒルトップが首を横に振った。

「手段がないということですが、ポリエステルの形にしたら、軽く運べるじゃないですか。空港まで持っていき、週に一度の飛行機で世界中にその繊維を輸出すればいいような気がします」

「それは……、わしも何度も思ったことなんじゃが……、繊維の形にするには……、何千度までこのドラム缶の中を……燃やさないといけない……。それが……、手に入らないと言われ……、製品化を断念したんじゃ……」

 そこまで言うと、ドクタール博士は小屋の奥まで二人を案内し、壁に貼られた1枚の布を差し出した。

「これが、さっきから……話になっておる……、超軽量ポリエステルじゃ……」

「ちゃんとした製品になってるじゃないですか……」

 ヴァージンは、やや戸惑いながらもドクタール博士から差し出された布に触った。

(軽い……。なんか……、この前エクスパフォーマで着たやつとも全然違う……)

 ヴァージンは、その布を触ったりつまんだりして、感触を確かめた。通常陸上選手が着るウェアの素材から見れば、明らかに軽かった。そして、それがドクタール博士の作った「製品」だと信じて疑わなかった。

「これは、今から30年以上前……、ある繊維メーカーに……、お願いして……、試作化してもらったものじゃ……。じゃがな……、そこまでの工程が……、全てわしにしか作れないと聞いて……、追い返されたんじゃ……」

「つまり、アメジスタで仕上げようとしても燃料がなくて……、よその国で仕上げだけ持って行っても、あまりにも製法が特殊すぎて、メーカーが見向きもしない……、ということですか?」

 ヴァージンは、ドクタール博士にゆっくりと尋ねた。すぐに返事が返ってきた。

「そうじゃ……。この現実を見ても……、そなたは……、わしを買おうとしてるのかの……」

「そうですね……」

 ドクタール博士の真顔に、ヒルトップも一歩後ずさりしてしまった。そうかと言って、例えばエクスパフォーマがこの場所に超軽量ポリエステルの製造工場を作り、博士の技術を使うこともまた、提案しづらい話だった。

 しばらく返事を渋ったのち、ヒルトップはようやく重い口を開いた。

「たしかに、この布は……、すばらしい技術です。その技術を、できればうちで生かして欲しいのです……。ここにあるドラム缶の輸送コストがかかってしまうのは難しい話でしょうけど……、それはもしかしたら、石と液体で分ければこちらで何とかできる話かもしれません」

「いや……、それは厳しい。石自体が酸化してしまう……。だからわしは、さっき急いで液体に入れたんじゃ」

(そうだった……)

 ヴァージンは、ドクタール博士に見えないように、右手で額を軽く叩いた。たとえ原料だけを持ち運んだとしても、そこにはまた大きな壁があった。ヒルトップが、同じ壁にぶち当たって、悩んでいるようだった。

 しかし、その時ヴァージンの頭の中で一つの言葉が思い浮かんだ。

「できないできないって言ってたら、できるものもできなくなると思うのです」

「そりゃ……、そうじゃが……」

 ドクタール博士の低い声が、ヴァージンの耳に痛いほど聞こえる。それでもヴァージンは続けた。

「私は……、紹介が遅れましたが……、アメジスタからアスリートになりました。今は、このヒルトップさんの会社の製品を着て、ライバルたちと一緒に競い合ってるんです。でも、私が最初アメジスタを出る時、みんなが私にこう言ったんです。無理だ、と」

「そうじゃろうな……。それもまた、わしがメーカーに……言われたことじゃ……」

「あの、どういったことを言われたんですか……?」

「アメジスタに……、超軽量ポリエステルが必要な……、アスリートなんていないじゃろ……、って……」

(30年前には、既にアメジスタは世界から見放されていた……)

 突きつけられた現実に、ヴァージンは唇を軽くかみしめた。アメジスタ人はアスリートになれない、という壁を打ち砕いた身として、その前のことがあまりに哀れに思えて仕方なかった。

 そして、その哀れさに寄り添うように、ヴァージンは言った。

「私がついてます。たとえ周りに認めらなかったとしても、私は博士の作った……、素晴らしい素材で戦い続けますから。だから……、せっかくのこの機会を……、手放さないでください。諦めないでください」


(アメジスタで暮らす、博士にしか、この超軽量ポリエステルは作れないんです!)


「やっぱり……、グランフィールド選手は……、夢を追い続ける人間なんでしょうね……」

 ヴァージンのすぐ横で、ヒルトップが軽く笑っているのが、ヴァージンの目にはっきりと分かった。先程まで重苦しい表情を浮かべていたのとは対照的だった。

「そうですか……。ちょっと、アメジスタ人として本気になっちゃったような気がします……」

「いやいや、それがグランフィールド選手の夢を与える姿だと思いますよ」

 ヒルトップは、ヴァージンに優しい口調で言葉を返した。その時、しばらく二人の様子を伺っていたドクタール博士が、軽くうなずいて、ヒルトップに手を差し伸べた。

「もし……、わしを……買ってくださると言うのなら……、このドラム缶を……、布に変える……技術を教えて頂ければ……、このアスリートの夢は……、かなえられると思うんじゃ……」

「つまり、アメジスタでポリエステルの完成まで仕上げるということですね」

 ヒルトップがそう言うと、ドクタール博士はやや間を置いてうなずいた。

「そうじゃ……。小屋には……、まだまだ置くスペースがある……。日が当たらないから……、ここで住まなくなったからの……。スペースはいっぱいある……」

「分かりました……。私どものほうで、試作品のメーカーを当たってみて、どのような装置を使ったか見てきます。限られた場所にはなりますが、私どもはドクタール博士をできる限り支援しますよ」

「ありがとう……」


 こうして、液体から繊維素材へと変化させる装置もアメジスタに設置することになった。そして、完成品をグリンシュタインの空港に運び、週に1便の飛行機でオメガに届ける。そこから先は、その繊維を使って最終的に製品のウェアまで仕上げていく。そのような段取りが、ここで正式に決まったのだ。

 さらに、超軽量ポリエステルの製造量が増えれば、エクスパフォーマが自前で貨物船を借りて、アメジスタ周辺の地域にある製造工場まで運ぶということにもなった。かくして、ここにエクスパフォーマがアメジスタでしか採ることのできない素材をウェアに使用することとなったのだ。


「グランフィールド選手には助けられましたよ……。通訳以上の素晴らしい働きをしてくれたと思います」

 ヒルトップは、ヴァージンと一緒に博士の小屋を出て、笑いながらヴァージンに言った。

「それはないと思います。あれはあくまで、同じアメジスタ人として諦めてほしくなかったからです」

「なるほど……。そういう見方もありますね……」

 そう言って、ヒルトップはセスナの着地したほうへ草を分けようとした。その後ろ姿に、ヴァージンは言う。

「ヒルトップさん。私、アメジスタにあと数日残ります」

「本当ですか?グランフィールド選手のご実家は、かなり離れていると思いますよ」

(そうだった……。たしか300kmはあるんだったっけ……)

 300kmと言えば、5000m走に直せば60回のタイムトライアルをしなければならない。走ることが本職のヴァージンであっても、不可能な話だった。

「それに、去年の混乱で、首都はどうなっているか分かりませんから……」

「ヒルトップさん。そこは、たぶん……」

 その時、小屋のドアが勢いよく開いた。ドクタール博士が、その会話を全て聞いていたかのように、ヴァージンの横で止まり、横から顔を覗かせた。

「おそらく……、人材が必要になるからの……。今からわしが……、車でグリンシュタインに行くのだが……、乗っていくか……」

「ありがとうございます。グリンシュタインまで行けば……、家はすぐですので……!」

 ヴァージンは突然の展開にうなずき、状況を飲み込んだヒルトップに大きく手を振った。

(もうすぐ……、グリンシュタインの人々に、私の成長が報告できる……!)

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