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世界記録のヴァージン  作者: セフィ
エクスパフォーマの走る広告塔
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第30話 異次元のランニングシューズ(2)

 フィッティングルームに集められた4人の陸上選手に、ヒルトップは再び着席するように告げた。フィッティングの前にオリエンテーションが行われるようだ。

(これからいったい、何が始まるんだろう……。すぐに着替えが行われる感じでもないみたいだし……)

 ヴァージンがほんの少しだけ首を縦に振ると、ヒルトップは部屋の奥に見えるように右手を上げた。その合図で、それまで奥のほうで取扱製品を丁寧に確かめている様子だった一人の男性が、4人に向かって迫る。ヒルトップもスーツ姿だが、この男性もスーツ姿で、その堂々とした表情からヒルトップの上司のように見える。

「紹介しよう。この方は、エクスパフォーマCEO、マーク・ランドスケープだ」

(ランドスケープさん……。いや、ランドスケープ社長……!私、カタログで見たことある人だ……)

 エクスパフォーマとの専属契約の話があってから、ヴァージンは何度も会社のWebカタログを見ていた。その時に、必ず巻頭に出てくるのが、このランドスケープCEOだったのだ。

 ランドスケープは、4人の前に立って、深く頭を下げる。そして、少し間をおいて話し始めた。

「今日はお忙しい中、我がエクスパフォーマのフィッティングにお越しいただきまして、ありがとうございます。私は、ここのCEOをしております、マーク・ランドスケープと申します」

 ランドスケープがそう言った瞬間、オルブライトが数回手を叩き、CEOを後押しする。4人の中では筋肉が最もむき出しているせいか、数回手を叩いただけでも部屋全体に大きく広がる。それから遅れること数秒で、ヴァージンは他の選手たちに混じって、拍手を送ったのだった。

「さて、ここに集まった4人は、陸上ファン、いや世界じゅうの人々から、こう思われていると思います。超人と。レースのウェアを着た瞬間、誰もがみんなにパワーと期待を感じることができることでしょう。その超人が、これから私どもが新しく立ち上げるブランドのウェアを身にまとい、そしてシューズを履いて、エクスパフォーマの契約選手として頑張ってもらうわけです」

 ヴァージンは、そのような当たり前のことにも小さくうなずいた。これまで、シューズとウェアで異なるメーカーと契約している上、レースに出る時は今でもアメジスタの仕立屋がこしらえた特製のユニフォームで臨むことがある。だが、これからはエクスパフォーマに全てを捧げ、レースではそのブランドを着ることになる。

 ランドスケープは、さらに言葉を続けた。

「これは、言い換えれば皆さんがこれから、エクスパフォーマの『動く広告塔』として、ブランドを目一杯宣伝してもらうということです。ただ宣伝と言っても、そんな難しく考える必要はありません。今まで通り、いや今までを超えていくようなパフォーマンスを、本番で発揮するだけなのです」

 ヴァージンの目に、ランドスケープの真剣そうな表情がはっきりと浮かんでくる。その目は、カタログの巻頭にあるような、ブランドを気にしてくれた全ての人々に語り掛けるような目に他ならなかった。今こうしてランドスケープの表情を見ると、改めてブランドを本気で伝えようとしているのが分かった。

「皆さんが、最高のパフォーマンスを見せたとき、それを間近で、あるいはテレビがネットで見てくれる人々は、皆さんの動きを見て、こう思うはずです。何を着ているのだろう。そして何を履いているのだろう。そして、人間だけではなく、モノにまで集中してみると、そこにこのXの文字がある。エクスパフォーマだ、と」

 その時、ヒルトップがランドスケープに1枚のランニングシャツを渡す。ランドスケープはそれを受け取ると、すぐに選手たちに分かるように大きく広げて、胸のところに刻まれた力強いXの文字を指差した。

「逆に言えば、このブランドのために何かをやらないといけないって変に気負いすぎて、力が出せなくなってしまうと、ブランドは誰も見てくれなくなります。トラック競技は、多くても同じ競技で3回走るぐらいだけど、フィールド競技、特に跳躍競技は、決勝が進めば進むほど画面に映る回数が増えていきます。ブランドを宣伝するチャンスが、トップの選手ほど多くあるわけですから」

「はい」

 今度は、ジョンソンが真っ先に返事をした。ジョンソン以外の3人も、すぐ後に続いた。

「そういうわけで、専属契約になったということは、ブランドを背負って普段通り戦うということなのです。でも、まだその言葉に気負ってしまう人もいるかも知れません。そんな時は、私たちに相談しても構いません。今まで慣れ親しんだコーチや代理人、それに家族だっていいかも知れませんが、私たちはブランドを運営する身として、これから皆さんを全力で支えていきます」


 その後、ランドスケープは4人に様々な「特典」を告げた。一つ目は、エクスパフォーマの工場に併設した運動場を、契約を結ぶ選手であれば優先的に利用できることだった。これは、専属契約のみならず、スポンサー契約を結んでいる選手も、場所に空きがあれば使うことができた。

 二つ目は、「エクスパフォーマ・トラック&フィールド」の商品であれば、専属契約を結んでいると無料で入手できることだった。新商品を発表するときには、プロモーション撮影に出向くが、撮影が終わればそのシューズはその選手のものとなった。

 さらに、これが最も大きな特典であるようにヴァージンには思えたが、専属契約を結ぶ選手には、別に選手モデルが作られることだった。ショップで展開する商品ではそれぞれの足の形などに合わないこともあり、それぞれの体に応じ、世界にただ一つだけの製品を提供する。もし、そのモデルの需要が高まれば、多少性能を落とすものの、その選手モデルが市販されることもある。

 以前ヒルトップから提示された契約金と言い、ここまで手厚い特典と言い、こうして有名ブランドのモデルアスリートとなることそのものが、ヴァージンには夢のような世界だった。

(もちろん、エクスパフォーマにとって、ここからが本当の勝負になる……)


 話が終わると、ランドスケープは4人に頭を下げ、ヒルトップの後ろに立った。するとヒルトップは、何やら小さい箱のようなものを取り出し、4人にその箱の六つの面を見せながら箱をゆっくりと開いた。

(これ……、なんかものすごく軽そうなシューズかも知れない……!)

 ヴァージンは、少しずつ見えてくる箱の中身に、思わず目が釘付けになった。その箱の中からは、紐とエクスパフォーマのロゴだけ黒である以外は、真っ白に彩られたシューズが出てきたのだ。

「これが、これまで様々な協議を手掛けてきたエクスパフォーマの、陸上競技に向けて作ったモデルです。今度のイベントで商品名を発表しますが、『マックスチャレンジャー』というシリーズになります」

(マックスチャレンジャー……。つまり、挑戦する人ということ……)

 ヴァージンは、一人うなずきながらそう悟った。ヴァージンが試すことになるであろう新しいシューズに、10秒経っても、20秒経っても、ヴァージンはずっと釘付けになったままだった。

「これは、短い時間でグランフィールド選手のような長距離選手になるとまた話は違ってくるかもしれませんが、たいていの陸上の種目は、全力を出す時間はそれほど長くありません。逆に言うと、パワーを発揮するわずかの時間に、シューズのパワーもそれにリンクしていないといけないわけです。なので……」

 そう言うと、ヒルトップは部屋の電気を消して、背後の予め用意してあったスクリーンに1枚の映像を映し出した。シューズをトラックの土につけたときの反発実験の様子が、スローモーションで映し出されていた。

「この『マックスチャレンジャー』が注目したのは、高い反発力です。研究チームは、他のスポーツブランドのシューズを研究し、これよりも上がいないほど高い反発力を持ったシューズを開発することに成功しました」

(すごい……。そこまで本気に、シューズのことを研究しているメーカーだとは思わなかった……)

 ヴァージンは、ヒルトップの表情をじっと見つめながら、すぐにこのブランドの「本気」を感じた。セントリックでは、アカデミーにセントリック製の商品が持ち込まれているが、ヴァージンのようにスポンサー契約でも結ばない限り、特に製品の中身についての情報はもらわなかった。実際にトレーニングで履いてみて合えば、次の日も使うというアカデミー生が本当に多かったのだ。


 ところが、ヴァージンが余韻に浸っているのもつかの間、そこまでヒルトップが言い終わると、すぐにフィッティングが始まった。

「4人とも、部屋の前のほうに出てきてください。向かって左から、ジョンソン選手、オルブライト選手、グランフィールド選手、カルキュレイム選手の順で、事前に確認したデータに基づき、個人別に試作品を作っています」

 そうヒルトップが言い終わるが早いか、ヴァージンは新しいシューズの目の前に立ち、履いていたシューズを脱いだ。世界記録を樹立する前からずっと世話になっており、今回の新しい専属契約をもって契約を解消する、イクリプスのシューズだった。

(どっちが、私には似合っているのだろう……)

 そう頭に思い浮かべて、ヴァージンは右足に新しいシューズを履き、前かがみになって紐を結んだ。

 すぐにヴァージンは、足の裏側のパワーがあふれ出すのを感じた。

(なにこの……、すさまじいほど走りたくなる力は……)

 ヴァージンは、いい意味で違和感を覚えた。それこそが、トップブランド・エクスパフォーマの研究の証だった。

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