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世界記録のヴァージン  作者: セフィ
突然の別れは奇跡の出会いの始まり
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第26話 アカデミーの危機はすぐそこに(6)

 その場を離れようとしないヴァージンに、マネーロックはさらに言葉を続けた。

「で、私に何が聞きたい?それとも、私に何が言いたい?」

「確かめたいんです。アメジスタがデフォルトになったから……、私に対して預金封鎖が行われたわけですよね」

「そりゃそうさ」

 ヴァージンの訴えに、マネーロックは軽くそう答える。ヴァージンは、まだ目を細めていた。

「それが理由なら、私は納得できます。オメガ国に生きる、数少ないアメジスタ人として、受け入れなければならないと思っています。でも、それが他の理由だったら……」

 その時、フェルナンドがヴァージンを睨み付けるのが分かり、ヴァージンは言葉を止めた。

「君は、いったい何を知っているんだい?知らなくてもよかった話を」

「フェルナンドさん……。私は何も知らないです。けれど、今の一言で、何となく分かりました」

「はぁ?」

 ついに本性が出た。ヴァージンには、フェルナンドの表情でそれがはっきりと分かった。

「フェルナンドさんから、財務省長官に働きかけを行ったんですか?」

 ヴァージンは、彼らに対する疑いを、ここできっぱりと言い切った。その瞬間、マネーロックが舌打ちした。

「その通り。私はフェルナンドから話を持ちかけられた。お前を叩き落とすという作戦をな」

「やっぱり、そうだったんですね……。今の話を聞いてて、嫌な予感がしたんです……」

 ヴァージンは、預金封鎖のニュースが流れてからのことを必死に思い出そうとしていた。夢や希望を失いかけ、トレーニングに熱が入らなくなり、タイムも落ち、けれどその中で必死に支えてくれた数多くの人々のことを。だが、それらの根底にあるのが、全てアカデミーのライバル生のコーチによって仕組まれたものだと分かった今、ヴァージンは首を激しく横に振って悔しがるしかなかった。

(私は、ただフェルナンドさんに裏切られただけ……。裏切られただけだったの……!)

 その時、ヴァージンとマネーロックの間に、フェルナンドが割って入り、ヴァージンの目をじっと見つめた。

「ここまでバレてしまった以上、君は全てを話さなきゃいけない。ただし、これを誰かに口外したら、もうアカデミーの敷地内に入ることはできないと思っていいからな」

「はい」

「私は、ずっとグラティシモを女子5000mのエースにしたかった。それなのに、同じアカデミーにいる君が世界記録を出し続けるから、邪魔で仕方がなかった。どんなことをしてでも、君をこの世界から引退させたかった」


 フェルナンドの口から、次々と真実が明かされる。ヴァージンに対して行ったことは、預金封鎖だけではなかった。セントリック本社に対して、オメガ国財務省から法外の課徴金を課し、利益を吹き飛ばしたこと。セントリックのトレーニングウェアに棘を差した架空の欠陥品をマネーロックに送らせ、セントリックのイメージを悪化させていること。そして、ゆくゆくはセントリックとアカデミーを潰し、マネーロックの友人をトップとした新しいトレーニングセンターを作り、そこにグラティシモだけを加入させること。

 諸政策の見返りとして、グラティシモの賞金の半額をマネーロックに献金していることも、明らかにした。そして、今年に入ってセントリック上層部の疑惑の目が、フェルナンドに向かっていることも……。


「あんまりです、そんなの……。話が、私だけの問題じゃ済まなくなっているじゃないですか……!」

「勿論さ。セントリック・アカデミーなんて、本当は滅んでしまえばいい」

「フェルナンドさんは……、そんな気持ちでグラティシモさんのコーチをしているんですか……?」

 ヴァージンは、言葉に力を強めようとしたが、先細りの言葉しか出てこなかった。全てを知ってしまった今、怒りすら表情に出せなかった。それどころか、半分泣きたいとさえ思っていた。

「セントリック・アカデミーは、私たちがトレーニングのできるこの上ない環境だったのに……、フェルナンドさんはそれを潰そうとしているじゃないですか……。みんなの、挑戦したいって気持ちはどうなるんですか?」

「私は、気持ちまで消すなんて言葉は、言っていない……」

 その言葉と同時に、フェルナンドの左手が、ヴァージンのウォーミングアップシャツの袖を強く掴んだ。

「フェルナンドさん……、何をするんですか……!」

 ヴァージンはもがくが、首のあたりを捕まれて何もできない。そのままヴァージンは、スタジアム入口付近の人目に付かない壁際に連れて行かれ、コンクリートの壁に強く叩きつけられた。

「……っ!」

「全てを教えてもまだ抵抗し続ける以上、君を最悪の方法で消すしかないようだ」

 フェルナンドの手が、未だヴァージンのシャツを掴んでいる。ヴァージンは、懸命に振りほどこうとするが、ついにヴァージンはフェルナンドの目の前にたぐり寄せられてしまった。

「どうして……そんなことするんですか……!私たちが戦うのは、トラックの上のはずです……!」

「記録を持ってるくせに、うるさい!」

 フェルナンドが右手の拳を丸め、その拳でヴァージンの顔面を叩きつけようとしている。その拳が近づいた瞬間、ヴァージンは思わず目をつぶった。

 その時だった。


「フェルナンド、目を覚ませ!」

 フェルナンドの右手の拳が、ヴァージンの目の前で止まった。ヴァージンが目を開き、思わず目を上げると、フェルナンドの後ろにマゼラウスが立ち、フェルナンドの首筋を掴んでいた。マゼラウスに思わず顔を向けたフェルナンドの表情は、悔しさがにじみ出ているようだった。

「マゼラウス……。どうしてここが分かった……!」

「もう5年以上もヴァージンを見続けていれば、どんな小さい声でも、私は分かる!」

 マゼラウスの目は、これまでほとんど見たことないほど怒りに満ちていた。ヴァージンがマゼラウスに本気で殴られた、最初の世界競技会の後に匹敵するほどだ。

「とにかく、ヴァージンに手を出すことだけはやめろ!」

「……ったよ!でもな、マゼラウス。最初に私のことを聞いたのは、奴の方だ!奴は、私と財務庁長官の賄賂の話までしっかり聞いてた!だから私は、奴に全部を話すしかなかった!」

 フェルナンドが、マゼラウスに叫び、必死に抵抗する。だが、マゼラウスは動じない。

「コーチたちの間で出回っている噂を、全て話してしまったのか!」

「あぁ、話したさ……。話し……、た……」

 ここでフェルナンドが首を垂れ、力なく崩れ落ちた。小さく、すいません、とだけ言って、マゼラウスに向けて頭を垂れる。マゼラウスが、中腰になってフェルナンドを見つめた。

「フェルナンド。お前は、絶対にやってはいけないことを、この1年以上し続けてきた。分かってるのか」

「それは……、分かってたけどさ……、グラティシモを勝たせるには……、これしか方法が……」

 フェルナンドは、途切れ途切れにそう言い連ねる。時折、首を横に振りながら涙をこぼす。ヴァージンは、女子中距離走の二人のコーチを、はるかに高い位置から見るしかなかった。

「フェルナンド。それは、作戦なんかじゃない。ただのズルだ。犯罪だ!」

「分かってたけど、バレなきゃ……、よかったんだよ……!」

 やや下を向きながら、フェルナンドは小さくそう言う。

 数秒の間が開くとともに、マゼラウスはその口に力を溜めた。そして、ついにその口が開いた。


「そんな気持ちじゃダメだ、フェルナンド!お前は指導者だろ!……指導者だろうが!」


(マゼラウスさんが、強い……)

 かつてないほど、力強い言葉はマゼラウスの口から次々と解き放たれる。その言葉一つ一つに、フェルナンドは小さくうなずき、その度に小粒の涙をスタジアムの床へとこぼしていく。

「グラティシモだって、お前の悪い噂が立って、気が気でなかったはずだ。いや、もうグラティシモは、お前を見限っているのかも知れない……。お前は、そんな最悪の指導者だってこと、いい加減に気が付け!」

「すいませんでした……」

 フェルナンドが静かにそう謝ると、マゼラウスは立ち上がり、崩れたままのフェルナンドに人差し指を真っ直ぐ向けた。そのまま数秒間フェルナンドがじっと見つめ、ヴァージンに体を向け、小さく息をつきながらヴァージンにゆっくり近づく。その表情は、まだ和らいでいなかった。


 ――パァン!


「……っ!」

 マゼラウスの右手が、勢いよくヴァージンの頬を叩きつけた。ヴァージンは、叩かれた頬を右手で押さえながら、マゼラウスを見つめた。

 だが、かつてマゼラウスがヴァージンを殴ったときと違い、マゼラウスはすぐに腕を組み、ヴァージンを見つめている。それ以上手を出すようなことはなさそうだ。

 その代わり、マゼラウスはやや強い口調でこう言った。

「アスリートが、レースの外で争いをするな!」

「はい……」

 ヴァージンの目に映るマゼラウスの顔は、その時どこか落胆しているように見えた。それは声にこそ現れてこないが、次第に元気を失っていく目がそれをはっきりと見せていた。

「いいか。大人には、知ってはいけないことがある。踏み込んじゃいけないことだってある。ここは、お前が出てくる場面じゃない!」

 そう言うと、マゼラウスはヴァージンに背を向けながら手招きした。ヴァージンは、わずかにうなだれ、すぐにマゼラウスの後に付いて行った。

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