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世界記録のヴァージン  作者: セフィ
突然の別れは奇跡の出会いの始まり
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第26話 アカデミーの危機はすぐそこに(2)

 ヴァージンにとって22回目の誕生日は、無事に迎えることができた。その日もフューマティック室内選手権に向けたトレーニングや、体の重心を意識する器械トレーニングなどを行いつつ、いつものワンルームマンションへと戻っていった。その郵便受けに、最近にしては珍しく手紙が入っていた。

(アルデモードさん……)

 ヴァージンは、差出人の筆跡を見た瞬間に、それがアルデモードの出したものだとすぐに分かった。それと同時に、昨年の誕生日に起きてしまった出来事が、わずかながら蘇ってくる。

 ヴァージンは、急いで部屋に戻り、手紙を手に持ったまま数秒立ち止まった。そして、その中身を見た。


 ~アメジスタのスーパースター ヴァージン・グランフィールド~

  すごく久しぶりに手紙を出すよ。誕生日おめでとう。元気かい?

  去年、君にはものすごく辛い想いをさせてしまったけど、僕は何とか体を元に戻した。

  今は、ミラーニのフォワードとして、控えだけど今シーズンも何試合か試合に出ているよ。

  アメジスタが債務を返済し、君の活躍が見られるようになって、僕は本当に幸せ。

  フューマティック室内選手権に出ると聞いて、今度こそ僕はスタジアムに向かおうと思う。

  君が本気で走る姿を見て、僕もまだまだ負けちゃいけないって奮い立たせる。

  もし会場で僕を見つけたら、声じゃなく、元気な顔だけ、見せて欲しいな。

                        フェリシオ・アルデモード


「アルデモードさん……」

 ヴァージンは、手紙を力強く握りしめた。故郷アメジスタを離れて、同じアスリートとして夢を現実にしているアルデモードの言葉が、普段以上に心の中に突き刺さる。この一年、ヴァージン自身のことで手一杯になって、アルデモードの見舞いにも行けなかったことを、この時ヴァージンは申し訳なく思った。

(そう言えば……、ミラーニって、今年の成績どうなんだろう……)

 普段、サッカーのことは気にしないヴァージンが、この時珍しく他の競技のことを思い浮かべかけた。アルデモードが加入してから、少なくともリーグ優勝は果たしていなかったはずだ。夜眠る間も、何度かそのことが気になり、翌日大学での休み時間で、ついにそのことを調べた。

「うそ……」

 ヴァージンは、ネットのニュースに思わず口を塞いだ。ヴァージンの目がじっと見つめるその先には、やや赤く太い字で書かれた16位の文字が映っていた。

(ミラーニ、リーグオメガ最下位……。しかも、まだ今シーズン一つも勝っていない……)

 13試合が終わり、勝ち点0と下位のチームの中でも突き放された感のある順位表が、その全てを物語っていた。昨シーズン、そしてその前のシーズンも降格ギリギリのところで持ちこたえてきたチームも、今年は誰が見ても絶望的な状況に立たされているのだった。アルデモードも、補欠ながら2得点を叩き出しているにも関わらず、それがチーム全体の勝利には結びつかない。

 アメジスタで最初に出会った頃、アルデモードの言っていたあの言葉が、ヴァージンの脳裏に鋭く蘇る。

(個人が凄くても、チームプレーじゃ試合に勝てない……。一人じゃ支えられない……)

 陸上競技と違い、一人で支えられないことの難しさを、改めてヴァージンは思い知った。そして、努力が結果に結びついて欲しい、という手紙の返信の言葉を、真っ先に思い浮かべるのだった。


 1月、フューマティックの街は、オメガ国内にあるにも関わらず、小さな雪が待っていた。普段なら路面を気にすることなく早足で歩くヴァージンも、この時ばかりは足下を意識せざるを得なかった。

 だが、ヴァージンにはもう一つ、脳裏で絶えず気にしていることがあった。

(14分31秒27……。ウォーレットさんの持つインドア世界記録……)

 一昨年のオメガセントラル室内選手権で、ウォーレットに目の前で出されてしまった、室内世界記録。アウトドアよりも20秒ほど遅いとは言え、今やヴァージン自身をはじめとして、女子長距離走のレベルが上がっている。そのため、この新しくピカピカのスタジアムで誰がインドア記録を叩き出すのか、全てが注目するのだった。

 ヴァージンは、一昨年と同じようにオメガセントラルの室内競技場でトレーニングを何度か行ったが、そこでのタイムは限りなく室内記録に迫ってきていた。あとは、ウォーレットの当日の出来である。

(ウォーレットさんが、どんなフォームで突き放そうと、私は追いついてみせるから!)

 ヴァージンは心の中でそう言って、黒のシルクハットのような外観が目印の、フューマティック・インドアスタジアムへと足を踏み入れた。オープンしてわずか1ヵ月となる会場には、まだまだ新しい建物独特の匂いが残っており、通路の壁のデザインも躍動感のある斬新なモノだった。

 通路を少し進んだところで、ヴァージンは選手受付を見つけ、そこでエントリーをする。その女子5000mの出場者一覧を見て、ヴァージンは思わずペンの動きを止めた。

(メリアムさんがいる……。今まで室内で顔を合わせたこと、あったっけ……)

 ヴァージンが思い出そうとしたが、すぐに後ろにライバルの気配を感じ、振り返った。眩しく白い電球の光に照らされた紫色の髪が、ヴァージンの目に飛び込んでくる。

「やっぱり、フューマティック室内選手権は、とてもハイレベルな争いになりそうね」

「メリアムさん……。やっぱりここに出るんですね」

「当然よ。オメガ国内で最新のスタジアムに、私たちが飛びつかないわけがないじゃない」

 メリアムがかすかに笑うと、ヴァージンも思わず表情を緩ませた。

「私もです。今日、ものすごく本気でレースができそうだって思いました!」

「そう言ってくれてありがとう、グランフィールド。でも、今日勝つのは私だから」

 メリアムがそう言うと、選手受付のテーブルに体を向けた。ほぼ同時に受付したため、ロッカーでも顔を合わせたが、そこではメリアムがヴァージンに何かを言うことはなかった。

(メリアムさん……。そう言えば、去年最高タイムを出したのはメリアムさんだった……)

 ヴァージンは、メリアムの姿をちらちらと見つめながら、右手にグッと力を入れた。


 軽くウォーミングアップを行い、集合時間が迫るとヴァージンはトラック脇の集合場所に向かった。そこで初めて、ヴァージンはフューマティック・インドアスタジアムのトラックを見た。普段から走り慣れた薄い青のトラックも、何か宝石でも散りばめられているかのように眩しく、また見た目もこれまでより多少弾みそうな素材をしているかのようだった。

(これはまさに、私たちのために生まれた、タイムの出やすい競技場なのかも知れない……)

 ヴァージンは、一歩、また一歩と新しいスタジアムを踏みしめた。シューズがちょうどいい深さで反発する。


 そして、勝負の時は来た。ウォーレットやメリアムと言った、普段アウトドアで勝負するライバルたちと並び、スタートの合図を待つ。ウォーレットとメリアムが、同時にその目をヴァージンに向けたように思えた。

「On Your Marks……」

 号砲が鳴った。普段よりも軽やかに、ヴァージンの足が新しいスタジアムを駆ける。

(二人は、確実に前に出てくるはず……)

 ヴァージンは、最初のコーナーを駆け抜け、すぐに真横を見た。ほぼ同じ位置に、ウォーレットが並んでいるのが見えた。メリアムも、ウォーレットのやや後ろでペースを伺っている。それ以外のライバルも懸命に食らいつこうとするが、次の直線で早くもふるい落とされてしまいそうな勢いだった。

(やっぱり、最初から3人の勝負になる……。ここで引き離されてはいけない……)

 その時、昨年のネルス選手権のように、ウォーレットが重心を前に傾けながらヴァージンの前に出た。さらにメリアムも、ウォーレットと同じようなフォームでヴァージンの横に並び、200mトラックの3周目でヴァージンより体二つ分前に出た。

(たしかに、コーチに言われた通り、すごく傾いている……)

 ヴァージンも、トレーニングで試してきたように、これまでよりもやや重心を前寄りに傾けようとしたが、ウォーレットもメリアムも、それ以上に傾いているのだった。

(でも、あそこまで傾けて力が続くはずがない、とも言っていた……)

 ヴァージンは、決してそのマネをしなかった。逆に、ペースを維持しているときは重心を元に戻し、ややスピードが落ちかけてきた頃に体の重心を少しだけ前に傾けつつ、スピードを戻していった。アウトドアの400mトラックに比べ、レース中のコーナーの数が多いインドア競技で、重心のコントロールを絶えず行わなければならない難しさもあり、ヴァージンはその戦略で序盤の勝負に挑むことにした。


 そして、10周、2000mが過ぎた。ここでメリアムの体が大きく動いたように、ヴァージンには見えた。

(メリアムさんが、勝負をかける……!)

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