第9話 じゃれ合い
遅くなってしまい申し訳ありません!!
夏の日差しがジリジリ照りつけてくる中、介、明、飛鳥、美鈴の4人は、中庭のとある木陰の下にシートを広げて座っていた。
なぜ、炎天下の日にこんなところに?と思われるかもしれないが、実はここ、吹き抜ける風が涼しく、意外と過ごしやすいスポットなのだ。
しかし、冷房のついた教室などが一番涼しいことに変わりない。実際に伶などは「教室で食べたい」とボヤいてはいるが、これも仕方のないこと。
なぜなら、それでは問題があるのだ。
というのも、介と明、さらに美鈴も。同年代の生徒の中でも突出したこの3人にお近づきになりたい者たちは相当数いる。飛鳥だって、レベル3で成績も上位。だが、「昼食はみんなで食べたい」という飛鳥と美鈴の意見に満場一致の賛成ということになり、こうしてみんなと食べているのだが、教室でするとかなり問題だ。
――伶。
秀才ばかりいるグループの中に1人だけ彼がいることによって、彼にだけ嫉妬と僻みの視線を一身に受けることになる。
酷い時は本人の前で悪口を言ってくる者もいるし、その度に介がキレかけて抑えるのに苦労するという現状なのだ。
よって、伶の「暑いのは嫌だけど、面倒なのはもっと嫌」という抗議もあり、いつも人の少ない中庭の木陰で昼食を取ることにしているのだが、今はその伶の姿が見受けられない。
「兄さんは?」
そんな疑問の声を上げたのは、伶の従姉であり妹の美鈴。
先程から妙にソワソワしていたのは兄の行方を気にしていたからのようだ。
「伶ならジュース買いに行ってるよー。そろそろ来るんじゃないかな?」
美鈴の問いに答えたのは燃えるような赤毛が特徴の神楽飛鳥。
本当のところ、彼女が買いに行かせたようなものなのだが、彼女自身は理解していない模様。
昼休みも始まったばかり。まだまだ時間はたくさんあるのだが、やはり早く食べてしまわないと悪くなってしまう。そんな思いがあってか、いい加減待ちくたびれていると痺れを切らした飛鳥が話題を振った。
「そういえば、介と明ちゃんと伶は幼なじみだったよね。いつごろから一緒なの?」
「うーん……小学校2年生の頃に伶が転校してきたから、初めて会ったのはその時かな?」
「“会ったのは”?」
答えたのは明。だが、その遠回しな言い方に首を傾げる。
その疑問に答えたのは明ではなく介だった。
「……あいつが転校してきたとき、俺たちはあまりあいつと関わろうとはしなかったんだ」
「え?どうして?」
ますます訳が分からない。
転校生がきたとわかれば、少なからず好奇心を抱くのでは無いだろうか?そうで無くとも、話しかけたりしようとするのでは無いだろうか?
ましてやあの伶だ。幼少期であろうと、本人は自覚していないがあのルックスならば女子たちの人気はかなり高かったように思える。
だが介の答えは、今では考えられないようなことだった。
「アイツは、転校初日から誰かに話かけられても全て無視していた。どこか他人を寄せ付けようとしなかったんだ」
「え、伶が?ウソでしょう?」
口ではそう言っても、介が嘘を吐くような性格では無いことは重々承知している。
けれど問い返してしまったのは、それだけ信じがたいことだと言うことだ。
確かに、今でも伶は余り他人に興味を示そうとしない。が、それは周りの態度が“あれ”だからその影響なのかと思っていた。
周りの蔑みの視線。それもほぼ全校生徒からの物であれば普通人間不信になっても可笑しくはない。それでもなお動じない伶は相当図太い神経をしている。
しかし、今の彼は話しかければ返答してくれるし、手伝ってくれと言われれば自分にできる範囲でやろうとする、極めて接しやすい性格をしているのだ。
現に、初めて飛鳥が話しかけたときも会話が弾んだから今こうして仲良くなっているのである。
「その理由は今でも分からない。聞いても話そうとしなかった。だがな、俺は、いや俺たちはアイツに救われたんだ」
「救われた?」
オウム返しに復唱すると、コクリと頷く介。
「そうだ。俺たちは――――」
――――ゴチン。
言いかけた介の頭に、突如ゲンコツが落ちる。
一瞬ふらついたが、そこはやはり日々の鍛錬の結果なのか、前に傾きそうになる身体をなんとか抑えた。
そのまま、ゲンコツを放った主を見上げる形で睨みつける。
「……伶。痛いぞ」
「そりゃ仕方ない。自業自得だバカヤロー」
見上げた先に映った人影は、若干灰色のような髪色をしている。紛れもなく先程から話題に挙がっていた白崎伶だった。
伶はといえば、眉をピクピク動かしながら右の拳を握りこんでいる。
「バカとはなんだ、バカとは」
「勝手に人の過去を暴露しようとしたやつのことだ。このバカが」
再び拳が振り下ろされる。
だが、流石と言うべきか、介はこの至近距離に於いて右に飛び退いて間一髪避けきった。
そして、抗議の声を上げる。
「お前の過去を話そうとなどしていない。俺は俺の過去を話そうとしただけだ」
「その内容に俺が出てきてる時点で、それは俺の記憶でもあんだよ。このアホ」
「言うに事かいてアホだと!?良いではないか。お前の武勇伝を語られると思えば」
「余計に嫌だわ!!それに、人には言って欲しくないことだってあんだよ!アーホ!!」
まるで子供の喧嘩。いや、じゃれ合いと言った方がしっくりくる。
朝のギクシャクした雰囲気は今の2人の間に感じられない。それに安堵した2名、飛鳥と明は顔を合わせて微笑みあった。
ただ1人、何がなんだかついて行けない美鈴を残して。
結局、介が話そうとしていた話のことなど忘れ、一行の昼休みは過ぎていくのだった。
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