第8話 2つの視線
遅くなってすみません!((汗
「前担任の石橋先生が妊娠中のため、しばらく休職することになった。で、変わりに今日から担任になった西城徹だ」
そう言うと、朝介の暴走を止めた教師――西城先生は黒板に名前を書き始める。
怠そうな目をより一層怠そうにしながら、カッカッと書いていくその姿は、寝起きのオッサンのようでなんとも心許ない。
こんな担任で大丈夫なのか?と思う伶だったが、楽ならなんでもいいや、と開き直ることに。
書き終えた西城は出席を取り始めるが、その声も「だりー」とでも言いたげな声音で、出席簿からまったく顔を上げようとしない。
「白崎伶」
「はいっす」
呼ばれたので取り敢えず返事をする。だが、
(……ん?)
一瞬こちらを見たような気がした。再び西城を見るも、その目は出席簿に読み上げている。
出席確認は淡々と進められていく。だが、その間も西城は顔を上げようとしない。
(気のせいか……)
そう結論づけ、興味を失った伶は机に突っ伏す。
そのまま微睡みの中に意識を預け、深い眠りに落ちていくのだった。
西城が“また”こちらを見ていたことにも気付かず。
★☆★☆★
梅宮介は新しい担任を鋭い目つきで見ていた。(というより睨みつけていた)
それに気付いているのかいないのか、西城はただ黙々と出席簿を読み上げていく。
既に介は自分の名前を読み上げられているのだが、その時は何の反応も見られなかった。
しかし、
(あの教師……今伶を……)
伶の名前が呼ばれた瞬間。一瞬だけとは言え、あの教師は伶のことを見ていた。
肝心の伶はというと、気付いたようだったがそのまま机に突っ伏したらしい。
「……ねぇ、介。あの先生今――」
「ああ」
後ろの明もどうやら気がついたらしい。小さな声で話しかけてくる。
小さく頷くと、2人は伶へと目を向ける。
その伶は隣の席に座っている飛鳥が起こそうと揺さぶっているがまったく起きる様子は無い。(席は介が窓側の列の前から3段目。明がその後ろ。伶は廊下側から2列目の後ろから2段目。飛鳥はその隣の廊下側の列)
伶が起きないのはいつものこと。それでも一生懸命に起こそうとする飛鳥を密かに同情しながら、再び西城に目を向ける。
その後、いくつか連絡事項を伝え、何事も無かったように西城は教室を出て行った。
その一瞬だけ、介を一瞥したことに授業の準備をしていた本人は気づかなかった。
★☆★☆★
「……い。伶」
「ふにゃ?」
誰かに呼ばれたような気がして、伶は目を覚まして机から顔を上げた。
横を見れば困ったような表情の飛鳥。
「『ふにゃ?』じゃないよ、ほんとに」
「あれ、飛鳥?もう飯?」
「残念だけど後30分あるよ」
「前」と言って指を指す飛鳥に、何となく嫌な予感がしながら目を向けると、教卓の上で仁王立ちしている教師の姿があった。
「……あれ、俺指名された?」
「それ以外ないんじゃないかな?」
「ほら、ここ」と、なんだかんだ言って世話を焼いてくれる飛鳥はいいやつだ。世話を焼かせている方もどうかとは思うが。
そんな感慨に浸りながら、起立して飛鳥が指さしているところを見る。
「……ルート3π」
「……正解だ」
クラス中にどよめきが走る。それはそうだろう。伶が問題を見てから答えるまで2秒かからなかったのだから。
何事もなかったように座る伶。隣から肘でつつかれる。
「いやー、こんな難しいのよくそんなに速く解けるね」
「算数なんて見れば解る」
「……せめて数学と呼ぼうよ」
「同じようなもんだ」
「まあそうなんだけどね……」
素直な賛辞を述べる飛鳥に、驕っているわけでもなく、冷めたように返す伶。
そんな彼の態度に慣れているのか、飛鳥は別段気にしたふうでもなく、それ以上は何も言わなくなった。
伶は伶で、再び机に突っ伏して、30分ばかしの短い睡眠を堪能するために目を閉じた。
「れーい。ご飯だぞぉ」
「ごふぅ!?」
背中に走った衝撃に、一瞬にして意識が覚醒する。
顔だけ後ろに向けると、背中に赤い物体が抱きついていた。
「何しやがる、飛鳥!!」
「うーん、スキンシップ?」
「なんで疑問系!?」
赤い物体、もとい飛鳥はニコニコとした笑みを浮かべて密着してくる。そのため、押し付けられるように柔らかいものが背中越しに当たっている。
「ッ!!当たってるぞ!?」
「あははー、知ってるよ」
「おい!なら離れろよッ!」
「嫌だー」
「嫌じゃありません!!」
「お母さん?」と悪戯っぽく笑う飛鳥をなんとか引き剥がし、自制心が保てたことを自分自身で誉めながら、欠伸を1つして席を立つ。
「あれ?どこいくの?」
「便所」
素直に応える伶に、飛鳥は顔を赤面させた。
「もう!なんで女の子に堂々とそんなこと言うの!?」
「いや、聞かれたからだけど?」
「そうじゃなくて!!」
さっきのことを棚に上げ、プンプンンと文句を言い続ける飛鳥。
いったい何がいけなかったのだろうか?
自問しても答えなど返ってくるはずもなく、頭を掻きながらどう宥めるか考えを巡らせる。
「だいたい、伶はデリカシーが――」
「あー、もうわかったわかった!ついでにジュース買ってきてやる」
「ほんと!?じゃあねぇ――」
「どーせイチゴオレだろ?」
前言撤回。
考えるまでも無かった。
たかがジュースを奢ると言っただけで目の色を変えた飛鳥に呆れながら、伶は歩き出す。
背中に「うん!それで」という元気な声が掛けられてことで、この後の予定が組み込まれた。
「んじゃ、明たちといつものとこに行っといてくれ」
「りょーかーい。早く来てねぇ」
「あいよ」
教室を出る間際、取り敢えず先に行くように呼び掛け、了承の返事が聞こえたところで再び歩みを進める。
「――あ」
歩き出して数歩のところ、ようやく伶はあることに気がついた。
「てことは介も来るんじゃね?」
いつもの場所で食べると言うことは当然介も来ると言うことだ。朝のこともあるので、少々気まずい雰囲気に名ってしまうかも知れない。
「はぁ……まあなるようになるか」
いつも自身に言い聞かせる慰め――いや、逃避の言葉。
今日はそれが、妙に心許なく感じられた。
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