第6話 格差
部屋を出た伶たちは、そのまま廊下の端にあるエレベーターを使い、1階へと移動する。
この寮に関わらず、慧神学園の寮棟は全て7階建てで階ごとに10部屋という具合に別れている。そのため、エレベーターを完備しているのだが、その予算は勿論国から、もっと言えば国民の税金から成り立っているため、何となく使うことを躊躇われるような気がする。
まあ、結局は便利なので使うのだが。
ボタンを押し、それ程待つこともなく1階へと到着。
だが、ホールを抜けて外を出ようとしたところで伶は足を止めた。
「よっ」
「おはよう、二人とも」
伶の視線の先、自動ドアの手前に気さくに手を挙げる介と、鞄を両手に持って微笑みを浮かべている明の姿があった。
「おはよー」
「おはようございます。介さん、明さん」
こちらも軽く済ませる伶と、ぺこりと会釈する美鈴。
毎度のことながら、この義兄妹はどうしてこんなに態度が違うのだろうか。他ならぬ伶自身はそんなことを思いながら介たちを加えて学園へと向かった。
★☆★☆★
第1寮棟から慧神学園までは徒歩で10分程の距離しかない。
慧神学園は中高一貫校であり、高等部と中等部の校舎は真横にあるため、伶たちが歩いていると中学生と高校生の姿が大体同じぐらい見受けられた。
登校中の並木道、そんな中やはりと言うべきか、どの生徒も同じようにこちらをチラチラ見てくる。
それもその筈。
俺と一緒にいるこの3人は学園内でも中高問わず有名人であるためだ。
介と明、この2人は学園内でも10人しかいないレベル4能力者であり、容姿も優れているために良い意味で目立ちまくっている。
そして義妹である美鈴は高等部1年でありながら、既にレベル3能力を発現させている秀才。こちらも容姿は比較的優れているため、言い寄ってくる異性は数知れず。
そんな3人に囲まれているのだ。伶も異常な程目立つ。もちろん悪い意味で。
『なんであんな奴があの3人と……!』
『“普通”のクセに』
『レベル2風情が』
『ああ、介様……』
最後のは放っておくとして、要するに彼らの心を代弁すると、
『何故“普通”の人間があの3人と仲良しこよしやっている?』
ということである。
介たち3人に集まる視線が「憧れ」ならば、伶に集まるのは「嫉妬、憎悪、羨望」のような負の視線。
レベル3ならまだしも、レベル2である伶が憧れの対象である介たちに接触しているのが許せない。周りの視線はそう語っている。
「兄さん……」
気がつくとツンツンと袖を引っ張られていた。心配そうに見上げてくる美鈴の頭頭を撫でる伶。
周りの嘲りの声に明は悔しそうに唇を噛み締め、介などは拳を握り締めていた。
対する伶は友人たちのその態度に嬉しさを感じつつも、こればかりはどうしようもないと苦笑する。
「気にすんなって、な?」
余計な心配をさせじと何でもないように振る舞うが、3人はそれでも態度を変えようとしない。
重苦しい空気に堪えかねた伶は先導するように学園への道筋を辿る。
そんな時だった。
『あんなやつ、戦場に行けば直ぐに死ぬ捨て駒だってのに』
背後から聞こえてきたその言葉で、この場の空気が一気に爆発した。
唐突に伶の背後で何かが弾ける音がする。
「ガッ!?」
かと思うと、次の瞬間には背後から奇声が上がった。
慌てて振り向くと、そこには同学年だろう男の首を掴んでいる介の姿があった。
「介ッ!!」
「――取り消せ」
伶が叫ぶも、介はその手を離さない。地獄から響いてくるような声が彼の口から発せられた、蒼白になった男子生徒がもがき苦しむ。
「か、あ……!」
「さっき言った言葉を取り消せと言っているッ!」
「やめろ!!介ッ!!」
止めるも虚しく、介は掴んだ男子生徒の腹を殴りつける。殴りつけられた生徒はそのまま吹き飛ばされ、木に激しく打ちつけられた。周りに居た女子生徒の叫びが木霊する。
激しく咳き込む男子生徒。
胃の中の内容物を吐き出し、もがき続けるにも関わらず、介はその生徒へと近付いていく。
一歩。また一歩。
その行く手を阻むように、伶は介の前に立ち塞がった。
「そこをどけ、伶。そいつには前言を撤回して貰う必要がある」
「別に俺は気にしてないって言ってんだろうが!バカなのか?てかバカだろ!このバカ!!」
冷徹な瞳が男子生徒を貫かんとばかりに細められる。
今の介なら殺しかねない。
それがわかったのだろう。男子生徒は「ヒッ!!」と呻き声をあげ、ガクガクと震えている。
そんな介の目の前に立った伶は、別段物怖じすることもなく、介の瞳を睨みつける。
「お前たち、何をしている!!」
両者の睨み合いが暫く続いた後、怒鳴り声と共に複数の教師が駆け寄ってきた。恐らく、誰かが連絡したのだろう。
教師たちが現場に到着すると、状況を見始める。
集まっていた野次馬たちはそれを見てその場から少し後ろへと下がった。
自然と伶たちを中心とする円が出来上がった。
「……一応聞くが、誰がやった?」
教師の1人がこの場の全員へと向けて言い放った。
気怠そうなその瞳とは裏腹に、その声にはかなりの重圧込められている。
だが、そんな教師にも物怖じせずに介は一歩前へ出て、
「自分が――――」
「俺がやりました」
そんな介の言葉に被せるように伶は言い放った。
野次馬たちは驚いたような顔をしたが、敢えて真実を言おうとする者はいなかった。
ただ、何も驚いたのは野次馬たちだけではない。
「伶!何を言って――」
「そこに転がってるやつがいきなり罵倒してきたんで、つい。こいつは止めに入っただけです」
倒れ伏している生徒に指を向け、その後に介を指差して表現する伶。もはや介の言葉など聞いていないかのように淡々と言葉を紡ぐ。
「白崎!!またお前かッ!!今年で一体いくつ問題を起こせば気が済む!?」
すると今度は別の教師が怒鳴り声を上げた。キレイに禿げ上がったその頭を見て、伶はニィ、と口元を吊り上げた。
「あははは!確か今日で3回目でしたっけ?」
「5回目だ馬鹿者!!」
「細かいことを一々気にしてるからそんな頭になるんですよ。禿山先生」
「き、貴様ぁ!!」
禿山こと山田俊光先生は、憤怒の形相で伶を怒鳴りつけてくる。
この山田先生には、伶も毎回“お世話”になっているため、色々と扱いやすくて助かっている。
「話は生徒指導室で聞いてやる!!さっさと来い!!」
「へーい」
愚痴りながらズカズカ歩いていく山田先生の後ろを伶は付いていく。それを合図に教師陣も撤収していくのを見て、介は慌てて追いかける。
「ま、待ってください!伶は何も――――」
「解ってるから安心しろ」
追いかけようとする介の腕を掴んだのは、先程の怠そうな目つきをした教師だった。
その言葉に驚きつつ、「では何故!?」と怒鳴る介に、その教師は淡々と言葉を連ねる。
「レベル4が他の生徒に暴力行為をしたなんて知れれば色々めんどくせーんだよ。今回は向こうにも落ち度があるだろうし、レベル2ならよくある喧嘩程度にしか思われない。まあ、厳重注意程度で済むだろう」
「じゃあな」と身を翻す教師を見ながら、それ以上介は動くことができなかった。
庇われた。
その事実がどうしようもなく辛く、どうしようもない無力感に苛まれる。
「クソッ!」
近くにあった木を殴りつけながら、自分自身の不甲斐なさを嘆く介。
「レベルが一体なんだと言うんだ……!」
身体強化も何もしていなかった拳から血が滲み出る、が、そんなこと構わずに唇を噛み締めた。
「白崎伶に、梅宮介……か」
そのため、去り際のあの教師の言葉は、介の耳には届かなかった。
次回予告!!
「ういーっす」
「伶……」
「お前もやっぱり美鈴と同じことを聞くんだな……」
「ほんとだよ。たまには可愛い僕をデートに誘ってくれればよかったのにね?」
「……へ?」
次回 第7話【謝罪】
「いや!!それはシャレになってないって!!」