第2話 動き出した状況
「めんどくさい……」
そう唐突に伶が呟いた。
場所は現在、犯罪組織『黒龍の爪』が籠城している大手産業メーカービルの目の前。自動ドアまで後数歩といったところでこの発言。
些か場違いではあるとはいえ、隣に立つ介と明は苦笑しながらも何も言わない。
おそらく伶のこんな態度はいつものことなようである。
気怠そうな顔つきでため息を吐く伶は、ビルの全体を見渡す。
およそ15階ぐらいは軽くあるだろうか。頑丈そうな建物で、さすが大手といったところだ。
「でけービルだなー」と、これから乗り込むとは思えない他人ごとのようなセリフを吐いて、伶は一歩踏み出す。と同時に右手を自動ドアへ向けて翳した。
それを横に振ると、閉まっていたはずのドアが開きだす。
その有り得ないような光景を見ても、横にいる二人は別段気にするでもなく、ただ伶に付いて行く。
「あーあ、せっかく夏休みも今日までだってのに……」
愚痴をこぼしながら歩く伶に、介はメガネの位置を正して口を開く。
「仕方あるまい。学校側に政府の要請があったのだ。たまたま俺たちが呼ばれたにすぎん」
「いや、それが嫌なんだよ……」
さらに落ち込みだした伶を慰めるように、今度は明が言葉を発する。
「で、でもね?ほら、単位は貰えるよ?」
「どーせレベル2の俺には校内で10人しかいないレベル4のお二方のおこぼれ程度しか貰えませんよ……」
余計に落ち込んだ伶を見て、おどおどしだす明。そんな光景に介はため息を吐いた。
「それはお前が真実を隠すからだな。自業自得というものだ」
「いや、嘘は吐いてないだろ。それに人には言えないことの1つや2つ……」
「なら、諦めろ」
「うっ……!」
がっくりと肩を落として落ち込む伶。
それが落ち込むフリだと解るぐらいには、この三人は長い間付き合い続けている。
そんなやりとりをしていると、気づけば自動ドアをくぐって、ロビーに入っていた。
まるで高級ホテルのようなこの空間に不自然なほど人がいる気配がない。所々床が抉れているところを見ると、確かに能力者がいると思って間違いないだろう。
数はまだ不明であるが、1人や2人程度では無いはず。
どこから来るかわからない状況ではあるが、三人は至って変わらずただ歩いているだけだ。
「エレベーター使うか?」
伶はエレベーターを指差して問いかける。しかし、介は首を横に振った。
「いや、どうせ止められているはずだ。階段で――――」
「動くなッ!」
上へと続く階段を見つけ、そちらへ向かう意を伝えようとすると、いきなり介の声を遮って後ろから怒声が響いてきた。
「見つかった……」
怠そうな顔をよりいっそう歪ませて、伶がそう呟いた。
それを皮切りに三人は後ろを振り向く。
後ろにいたのは険しい顔をした6人の男たち。その手に銃を握っているところを見ると――いや、見なくても解るがここを襲った犯人たちの一味らしい。
「どうする?」
「どうしよっか?」
「どうすっかな……」
介が明に尋ね、更に明が伶に尋ねる。最後に尋ねられた伶は、この場をどう収めようか考えて――――止めた。
「――レベル1、“身体強化”発動」
呟く声が聞こえた次の瞬間には伶がその場から消え、犯人たちの後ろへと現れていた。
それはさながら瞬間移動でもしたように。
そのまま近くに居た2人の首に手刀を入れ、意識を刈り取る。
ドスッ、という鈍い音に気が付いた残り4人がこちらへ振り向く。だが、その前に伶は4丁全ての銃を蹴り飛ばしていた。
その余りの速さに呆然とする暇すら与えず、今度は手ぶらになった4人全員に回し蹴りを放つ。
たかが高校生の蹴り。にも関わらず大の大人、それも男4人は壁まで吹き飛ばされ、激突と同時に意識を失った。
能力を発動してここまででおよそ二秒。
恐ろしい早業だが、能力者ならばそれができて当然。
能力にはレベルというものが存在する。能力者も皆最初はレベル1。
レベル1は能力の発現。
つまり、一つの能力を発現させ、扱えるだけの値。
レベル2は能力の発展。
レベル1で発現した能力から、その派生系のような能力が発現する。基本的にこの派生系は一つだけしか発現しないのだが、稀に複数の能力を発現させるものもいる。
レベル3は能力の進化。
レベル2までに発現した能力から、自身にあった能力を発現させる段階。自身にあった能力であるため、ただの一つとして同じ能力が存在しない。
そしてレベル4は能力の具現化。
具現化といっても“生成”の能力では無く、自身の本質を具現化すると言われている。あるものは剣を具現化したり、またあるものは槍を具現化したり。他にもレベル4にはいくつか特殊なことがあるが、それはまた別の機会に。
現在、能力のレベルはレベル4までしか確認されていない。つまり、現在レベル4が最高峰の能力者であると言っていい。
今伶が使ったのはレベル1の能力。身体強化で自身の身体能力を大幅に上げ、相手の背後へ移動し、ただ蹴りを放っただけなのだ。
で、結果がこの通り。
武装した大人が6人がかりだったというのに、怪我一つしておらず、息すら上がっていない。
ただ淡々とやることをやったというような雰囲気を醸し出させて、伶は介たちと共に階段を上っていった。
★☆★☆★
「能力者ッ……!」
警備室。
伶に仲間をあっさりやられたことを監視映像でばっちり見ていた『黒龍の爪』のメンバー1人が憎々しげに呟いた。
おそらく声に出さずとも、全員この男と同じような心境だろう。
監視映像には欠伸をしながら階段を上る伶と、それに続くように介と明の姿が映っている。
その余裕そうな態度がどう映ったのか、『黒龍の爪』のメンバーの怒りが爆発した。
「クソッ!政府の犬っころが!」
「自分たちの金を要求されたらこれかよッ!」
「ふざけやがってッ!」
自分たちがやっていることを棚に上げた罵倒の数々。
「黙れッ」
そんな中、重苦しい井ノ原の声が響いた。その声を聞いた瞬間、全員が口をつぐむ。まるで恐怖しているかのように。
場に静寂が落ちたことを確認し、井ノ原は再び声を発した。
「さっき言っただろ。『ガキだからって舐めてかかるな』って。このタイミングで出てきたんだ。普通のガキなはずないだろうが」
さすがリーダー格といったところか。あれほど荒れ狂っていた『黒龍の爪』のメンバーをすぐに落ち着かせるこの統率力。これだけの能力者たちが彼の下に付くというのも頷ける。
「全員、6階のロビーへ急げ。奴らは必ずそこを通るはずだ」
井ノ原の指示に瞬時に頷くメンバーたち。続々と警備室を出て行くのを見守り、もう一度監視カメラへ目を向ける。
そこにはいかにも怠そうな顔をした伶たち三人が映し出されている。
「……数で押さえ込めればいいのだが」
初めて漏らす弱音が、警備室に虚しく響いた。
★☆★☆★
2階へと続く階段にて。
伶は忘れていたとばかりに口を開いた。
「そういや何階に人質がいんの?」
「「…………」」
ごく自然に湧いた疑問だったのだが、返ってきたのは沈黙だった。
「……はッ!?おいおい、こんなくそでかいビルを片っ端から探し回るってのか!?勘弁してくれよ!!」
「ど、どうしよう!?」
伶に便乗して明までもが混乱しだした。そんな2人を見て、介は呆れたようなため息を吐いた。
「明、“周辺探知”使え」
「あ、そっか!」
今思い出したと言わんばかりに明は手をポン、と叩く。そして、そっと目を閉じた。
「――“周辺探知”発動」
呟くと同時に目を開く。今の明の瞳に伶たちは映っていない。多分、目の前で手を振っても気づかないだろう。
明のレベル1能力、それが“周辺探知”。
およそ2キロまでの範囲内にいる建物や人を、まるでその場にいるように知覚できる能力である。
明は今、この建物内にいる全ての人間を把握しようとしている。膨大な情報量を処理し続けなければならないため、彼女の視覚は完全にシャットアウトされているのだ。
その分、伶と介の2人に絶対的な信頼を寄せているため、こうして身を任せることができる。
「――――見つけた」
「本当か!?」
急に明の瞳の焦点が定まった。どうやら人質を見つけたようである。
「場所は?」
「7階。でも、向こうは6階のロビーで迎え撃つみたい」
「ロビー?このまま階段で上がっていけば鉢合わせせずに済むんじゃないのか?」
打開策を見つけたつもりの介だったが、明は首を横に振った。
「それは無理だよ。この階段は6階までしか繋がってないの。それより上に行くにはロビーを通らないとダメみたい」
「なんでそんなめんどくさい作りなんだよ……」
「同感だな」
明の説明に、伶があからさまにめんどくさそうな顔をする。それに介も深く頷く。
「はあ、なんにしても動かなきゃ始まんないか……」
目指すは7階。途中で戦闘を避けれないのならば返り討ちにしてやればいい。
そんな楽観的な考えで伶たちは再び歩みを進めた。
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