第1話 激動の夏休み最終日
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2085年8月31日。
学生にとって最後の夏休みであるこの時期に、日本大手の産業メーカーが占拠されるという事件が起こった。
職員約1500名を人質に立てこもり、国に身の代金を要求するという、まあマンガやドラマなんかで良くありそうな事件なのだか、少々事情が異なった。
――能力者
ある日を境に不可思議な力を秘めた子供が産まれだした。その総称が能力者と呼ばれる者たち。
といっても単に能力者と言っても様々な者がいる。
まず代表的な物に身体強化の能力。これはその名の通り身体能力を大幅に向上させる能力だ。
次に特定物を生成する能力。特定物、例えば炎を生成する能力者ならば何もない空間に炎を生成したり、水を生成する能力者ならば瞬時に水を作り出すことができる。
と言った風に様々者がいるというわけだ。
では本題に戻そう。
現在たてこもり犯――犯罪組織『黒龍の爪』の中にその能力者がいるという情報があったのだ。
一般人では、例え武装していたとしても能力者にはかなわない。
これは偏見でもなんでもなく事実として世間に広まっている常識である。
幾ら警察といえど“普通”の人間が突入すれば死にに行くようなもの。そのため現在も膠着状態が続いている。
だが、そんな緊迫した状況に一つの兆しが見え始めた。
★☆★☆★
「君たち!!ここは危ないから早く離れなさい!!」
現在、身の代金要求によって緊迫したビル周辺の空間の中で三人の男女が警官に呼び止められていた。
一人は短過ぎず長過ぎない黒髪に、気怠そうな顔をした身長約175cm程の少年。
その隣には彼より少し高めだろうか、メガネをかけていかにも真面目といった雰囲気を纏った身長約180cmの少年。
そして最後に、彼らの後ろを歩く、黒髪を腰程まで伸ばし、穏やかな笑みを浮かべた美女と形容するに相応しい、少年たちより頭一つぐらい小さい身長160cm程の少女。
三人ともどこかの制服らしきものを着ている。
彼らは警官が止めに入ったことに眉一つ動かさず、真面目そうなメガネの少年がポケットの中から手帳らしき物を取り出して、それを目の前の警官へと見せた。
「なっ!?これは失礼しました!」
それを見るや否や、途端に態度を変える警官。だが、メガネの少年は気にした素振りも見せずに手帳をしまい、口を開いた。
「いえ、それよりここの責任者のところへ案内して貰えませんか?」
「は、はい!こちらです!」
言うが早いか、三人はこの場の雰囲気など意に介さず、堂々した足取りで警官の後を付いて行った。
★☆★☆★
現場責任者、安達浩平は怪訝な顔つきで目の前の少年少女を見据えていた。
彼の手には一枚の紙切れ。
そこにはこう書かれている。
――――現時刻より、現場の指揮は慧神能力者育成高校二年、梅宮介、咲島明、白崎伶の三名に譲渡する。
内閣総理大臣:竹下紀之
警視庁長官:花村泰造――――
警視庁長官と内閣総理大臣直々の印が押されているその紙を、安達は握りつぶしたい衝動に駆られた。
――現場の指揮をこんなガキどもに譲れだと?ふざけやがってッ!!
そんな安達の心情を読み取ったのか、メガネの少年――梅宮介が声をかける。
「相手は能力者です。普通の警官ではわざわざ死にに行くようなものです」
もっともなことを言われて押し黙る安達。
もちろんそんな常識を彼が知らないはずはない。
だが、わかってはいても長年現場の指揮を務めていたためこんな子供たちに指揮権を譲ることにかなりの抵抗があるのだ。
唇を噛み締める安達を見て、今度は少女が焦ったように口を開いた。
「み、皆さんの安全のためです。どうかここは、私たちに任せて頂け、ないでしょうか……?」
「うっ……」
最後の方は自信なさげな声音になってはいたが、少女――咲島明は上目遣いに問いかけた。一瞬たじろいだ安達だったが、それでもやはりプライドが勝ったのか、なかなか首を縦に振ろうとしない。
明と介はそんな彼の態度に困ったような表情をしながら、どう説得するか考えている。
妙な緊張感に包まれ始めた頃、最後の少年――白崎伶が怠そうな声をあげた。
「なあ。あんたらあいつらに勝てるとでも思ってるわけ?」
やる気の無さそうな声音とは裏腹に、若干の棘を含んだセリフ。
図星をつかれた安達は、再び押し黙ろうとしたが、伶はそれをさせてはくれない。
「俺が言うのもなんだが、黙ってばっかであんた、ガキだな」
「なんだとッ!?」
蔑むように言い放つ伶に対し、言われた本人は怒りを露わにして睨みつける。
そんな光景を見て、二人が慌てないところを見ると、こんなことが日常茶飯事であることが良く解る。
「だいたい、あんたほんとに解ってんのか?ぶっちゃけた話、ここにいる警官が全員で突入すれば一割生きて帰ってこれりゃラッキー、全滅したら仕方がないぐらいの戦力差があるんだぞ?」
「くっ……!」
伶が優勢になり始めた頃、見かねた介はそろそろ話を終わらせることに。
「安達さん、これは国からの要請です。ここであなたが拒んでも関係ないんですよ。大人しく我々の言うことを聞いて頂きたい」
これはお願いでは無く警告だという意を込めたその言葉に、とうとう安達は折れた。
「ッ!…………わかった、好きにしろ……!」
吐き捨てるようにそう呟いた安達に対して、伶たちはしてやったりという顔で微笑みあった。
「では、一つだけでいいのでこれだけは守ってください」
「なんだ?」
だが、すぐに一変。介は真面目な顔で安達と向かい合った。
そして、最重要事項を伝える。
「絶対に中に入らないでください」
★☆★☆★
「なんだ、ありゃ……?」
ビル七階内の警備室。
膨大な数の監視カメラの映像が流れているこの部屋で、数人の男たちが目を光らせていた。
彼らはこのビルに押し入った犯罪組織『黒龍の爪』の能力者たちである。
その中の一人が一つの映像を見て短く唸った。それに気付いたこの場の全員がその監視映像へと視線を向ける。
「……子供?」
映し出されていたのは自動ドアを何やら言い争いながら堂々と自動ドアをくぐり抜けてくる三人の少年少女の姿。
そのあまりにも場違いな光景に、笑うでも無く、ただただ絶句している犯罪組織のメンバーたち。
だが、その中に一人だけ――おそらくリーダー格であろう男だけは青い顔をして目を見開いている。
「おい……三上」
「なんだ、井ノ原?」
リーダー格の男――井ノ原は、三上と呼んだ男に目を向けず問いかける。
そこで全員が井ノ原の異変に気が付いたのだろう。訝しげに二人を見守る。
「お前……自動ドアの電源切ったか?」
「何言ってんだよ。切ったとこお前も…………は!?」
そう言われて全員が再び映像へと目を向ける。
そこには開いたまま一向に閉じようとしない自動ドアがあった。
確かに三上は井ノ原の指示で気休めとばかりにこのビル全てのセキュリティの電源を切った。それは井ノ原もその場に居たためわかっている。だが、それでは先程自動ドアが開いた理由がわからない。
先程の三人はもうその映像には映ってないにも関わらず凝視し続ける。やがて、意を決したように井ノ原は低い声をあげた。
「全員、あのガキどもを始末しろッ!いいか、ガキだからって舐めてかかるなよッ!」
「応!」と応えた能力者たち。もうこの場の全員、伶たちをただの子供として捉えてはいなかった。
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