第八依頼 簡単依頼?落とし物を探せ
本日の依頼者は2人の若い男女だった。派手な……悪く言えばガラの悪そうな見た目の2人は、ふてぶてしい態度でソファに座っている。
「前に〜サークルの皆で遊びに行ったんだけどぉ、そこで大事な物落としちゃってさ。拾って来てほしいわけ」
女性はチラチラと灯の顔を見ながら依頼内容を語る。
「なんと……それは大変ですね。何を落とされたのですか?」
「スマホに付けてたストラップで、熊みたいなぬいぐるみ」
「マジどうでもいいですよね?探偵さん。新しいの買えって俺何回も言ってるんですよ」
「だ〜か〜ら〜!あれは子供の時から大切にしてる物って言ってんじゃん!同じの買ったって意味ないの!」
女性が隣の男性を睨みつける。今にも喧嘩が起きそうだ。灯は「まあまあ」と女性を宥める。
「貴方の気持ち、ボクもよく分かります。思い入れのある大切な物なのですね」
「分かってくれる!?やっぱ顔がいい人は心も綺麗だわ〜」
「チッ……関係ねぇだろ」
「ねね、アタシの依頼受けてくれる?」
「もちろん」
灯がニコリと笑いかけると、女性は照れたように喜ぶ。逆に、男性は面白くなさそうだ。仏頂面のまま口を開く。
「へ〜簡単に言うじゃん。コイツがどこで落としたかも聞いてねぇのに」
男性がそう言うと、女性はばつが悪そうに目を逸らす。
嫌な予感がしつつも、灯は女性に質問する。
「そういえば聞いていませんでしたね。依頼のぬいぐるみはどこで落とされたのですか?」
「……いん」
「……失礼。もう一度、ハッキリとお願いします」
耳のいい灯なら聞き取れたはずだ。それでもわざと聞き返す。
女性は観念したのか、その場にいる全員に聞こえる声で場所を告げる。
「廃病院です……」
♢♢♢
「と、いう訳で、今回の依頼はこの廃病院内から熊のぬいぐるみを探し出すことだ。皆、準備はいいね?」
「「「はい/は〜い」」」
依頼のあった日の夜。陸達は伝えられた場所……町外れにある小さな廃病院の前まで来ていた。
病院の外壁は朽ちて傷んでおり、窓や入り口のガラスも割れている。また、辺りには食べ物のゴミも散乱していた。きっと、依頼者のように遊び半分で肝試しに来る人間が多かったのだろう。
灯は廃病院の入り口へ向かいながら、調べたことを説明する。
「この病院は潰れる前から様々な噂があったらしい。誰もいないのに髪を引っ張られるとか、ベッドの下から手が出てくるとか」
「わ〜そんな噂が……。それは肝試しに来る人間も多いでしょうね」
「好き勝手なことを言って、そのうえ荒らして帰るとは……迷惑な方々です」
「だな。オレ達みたいに許可取らないと不法侵入だし」
「ボク達も許可は取っていないよ?」
「……え?」
陸はピタリと止まり、灯を見つめる。本当に?いや、嘘に決まっている。嘘だと言ってくれ。
「許可、取っていないと言ったんだ。ぬいぐるみ1つ拾うだけの簡単な依頼だよ?わざわざ許可を取るなんて面倒くさいじゃないか」
「え……えー!?」
「何を驚いているんだい。こうして夜に忍び込んでいる時点で察していただろう」
「夜に来たのってそういう理由!?昼間に準備して夜に行動って意味だと……。というか!見つかったらヤバいじゃん!早く中に入ろうぜ!」
そう言って、陸は慌てながら灯の背中を押していく。だが、灯に反省する様子はない。のんびりと辺りを見渡し、病院内に入れる場所を探している。
「ああ、ここから入れそうだね」
灯が指差す先にあったのは玄関ドア。ガラスが割れており、大人でも入れるようになっている。陸達は順番に病院内へ入って行った。
中は外より荒れていなかった。カウンターの上も待合室の椅子も、埃こそ被っているが綺麗なままだ。
全員で床や椅子を調べ、ぬいぐるみが落ちていないかを探す。……どうやらその場には無いようだ。灯は左側へ歩き出す。
「依頼者達はまず左へ向かい、トイレ横の階段から2階へ上がったと言っていたね。行こうか」
灯を先頭に2階へと移動する。
2階は病室が数部屋並んでいた。突き当たりの壁には赤いスプレーで落書きがされており、不気味な雰囲気になっている。
「うわ〜何か出そう。……いや、出たんだっけ」「依頼者が言うにはね。確か、病室の中を手前から見ていき、最後の部屋を調べている最中に──」
「バーン!」
驚かせるようにマミが大声を出した。
「……ってお化けが出たんだよね〜」
「びっっくりした……」
「おやおや、驚かしたら駄目ですよ。マミちゃん」
「あはは、つい〜。ごめんね」
こんな場所でふざけるのは止めてほしい。一気に緊張の糸が切れた陸達は、そのままワイワイと無駄話を始める。
灯がパンパンと手を叩く。
「はい、今は依頼に集中するよ。二手に分かれて調べよう。一旦、陸とフェリが一番手前。ボクとマミがその次の病室でいいね?」
「おう。行こうぜ、フェリさん」
「はい」
「じゃあ、私達はこっちですね〜」
それぞれ分かれて探索を始める。
陸とフェリが入った病室内は、ロビー同様あまり汚れていなかった。肝試しに来る人間が触るからか埃もあまりない。
「よし!やるぞ!」
「はい。頑張りましょう」
陸はぐっと拳を握り気合いを入れると、目に付く場所をあちこちを探し回る。
その途中、ベッドの下を覗いた時に何かが落ちていることに気付いた。依頼の品かと思い拾い上げる。しかし違った。
「ん〜これ……」
「どうしました?ありましたか?」
「いや、ペンダント拾った」
ペンダントをフェリに見せる。銀の丸いチャームが付いているが、長い間落ちていたのか大分汚れていた。
「う〜ん、これも誰かの落とし物でしょうか……」
「ここ、肝試しに来る奴多いみたいだからな〜」
「大事な物なら本人が取りに来るでしょう。そこに置いておきましょう」
「おう」
陸は分かりやすいように机の上にペンダントを置き、ぬいぐるみ探しを再開するのだった。
♢♢♢
一方、灯とマミは既に調べ終わっていた。
「ここには落ちていなかったね。次に行こうか」
「そうですね〜」
病室を出る。そして、隣に移動しようとして灯は立ち止まった。少しの間考え込み、口を開く。
「次に調べるのは最奥の部屋にしないかい?」
「最奥というと……何か出たっていう部屋ですよね」
「うん。“それ”を見た依頼者達はだいぶ取り乱していたみたいだからね。もしかしたら、逃げようとして落としたのかもしれない」
「成程、確かに。行ってみましょう!」
マミは恐れなく進んで行き、目当の病室の扉を開ける。中に異常な点はなく、依頼者達が見たという“お化け”の姿もない。
どこか拍子抜けしながら、マミと灯はぬいぐるみを探す。
「う〜ん、無いですね。熊のぬいぐるみ」
「仕方ない。別の部屋に──」
「あの……」
後方……病室の入り口から女性の声が聞こえてきた。マミは一瞬で大鎌を出し、構える。ここに来るまでに予め魔法を使っていたようだ。
「ま、待ってください!私に敵意はありません!」
そう喋るのは1人の女性だった。だが、その顔の半分は爛れ、一部分は骨が見えている。また、頭も潰れており、どう見ても生きている人間には見えない。
女性は後退ると頭を下げた。
「あの!突然で申し訳ないのですが……助けてください!」
「ふむ。まあ、話は聞こうか」
「あ、ありがとうございます。実は私、3年前にここで死にまして……あっ、恨みがある訳ではないですよ!ただ、未練があって成仏できないんです。あの、この病院内でペンダントを見ませんでしたか?」
「見ていないよ」
灯の言葉に女性は残念そうに肩を落とす。それから、期待を込めた瞳で灯達をチラチラと見てきた。
「あ、あの〜……探す──」
「では、ボク達は忙しいから失礼するよ。早く見つかるといいね。行こう、マミ」
「はーい」
「ま、待ってください!」
灯が女性の隣を通り過ぎようとすると腕を掴まれた。女性はそのまま必死に、何度も頭を下げる。
「私を見ても逃げなかったのは貴方達が初めてなんです!お願いです!一緒に探してください!」
「断る!前世の記憶有り未練持ちの元人間精霊なんて厄介な存在と関わりたくないね!マミ!」
「はいは〜い」
「痛い痛い!私よりも腕を掴む力が強い!いいんですか!?私は貴方達の探している熊のぬいぐるみの場所を知っていますよ!」
「!」
思わず動きを止める。女性は灯達が止まったことに安心し、やっと灯から手を離した。そして、女性の手を掴み続けているマミに視線を向ける。痛いから離せと言いたいのだろう。仕方なくマミも手を離す。
「あ、ありがとうございます……」
「いいよ〜。それより、早く話の続きをしてほしいな」
「は、はい。さっき貴方が言っていた熊のぬいぐるみって、この前に来た女性が落とした物かなって。可愛かったから拾っておいたんです」
「本当にボク達が探している物かな?見せてほしいな」
「嫌です。私のペンダントと交換です」
女性の頑なな態度に灯は溜息をつく。力ずくで聞くよりも、女性のペンダントを探した方が早いかもしれない。そう考え、マミの方を向く。
「マミ。一緒に探してあげよう」
「分かりました。なら、まずはりっくん達に事情を話しましょうか」
「そうだね」
女性を連れて一番手前の病室まで移動する。陸とフェリも病室から出ていた。
陸は灯とマミに気付くと嬉しそうにするが、直ぐに目を見開く。女性の姿を見たのだ。
「あ、灯さん?その人?は?」
「実は……」
女性の話を全て伝える。すると、陸とフェリは驚いたように顔を見合わせた。
「それって……」
「ええ、あれですよね」
「?どうしたんだい?」
「いや、オレ達、そのペンダントを知ってるぜ。そこの部屋にある」
「本当!?」
「おう。待ってろよ」
陸は病室に入り、ペンダントを持って戻ってきた。女性は歓喜の声を上げる。どうやらこのペンダントであっていたようだ。
嬉しそうに飛び跳ねた後、陸に駆け寄る。
「ありがとうございます!それです!」
「よかった。ほい」
「っ、やっと、やっと……!本当に嬉しいです」
「喜んでいるところ悪いが、約束は覚えているね」
「あっ、はい、もちろん。少し待っていてくださいね」
ペンダントを大事そうに握りしめたまま、女性はもう片方の手を口の中に入れる。ぐちゃぐちゃと、まるで泥水を捏ねるかのような音がした後、何かを口内から引っ張り出す。
それは熊のぬいぐるみだった。少し濡れているが、大きな汚れはない。
女性はマスコットを灯達に差し出す。
「はい。こちらであっていますか?」
「うん。依頼者に見せてもらった写真と同じだ。大切な物だから、このハンカチの上に置いてもらっていいかな」
「分かりました」
「ありがとう。それではボク達はこれで」
女性に背を向け歩き出す。一刻も早くここから出たいと思っているかのようだ。そんな灯の態度に、陸は不思議そうに声をかけた。
「何をそんなに急いでるんだよ?依頼の物も見つかったし、慌てる必要はないだろ?」
「後で話すよ。今は早くここから──」
「あああ!」
陸達の背後で女性が叫ぶ。振り返って見てみると、女性は血走った目でペンダントを凝視していた。
「無い!写真が無い!」
「は?写真?」
「中には大事なあの人の写真があるはずなの!あれが無いならこんなの意味ないの!何で無いの!?貴方達が取ったの!?」
「知らねぇよ……勘違いとか、どこかに落ちてるとかじゃね?」
「嘘つくな!嘘つき!嘘!嘘!う、うぅぅ」
女性はペンダントを投げ捨てると、痛そうに頭を押さえる。すると、女性の潰れた頭がボコボコと泡立ち始めた。まるで沸騰したお湯のようだ。
急な女性の変化に陸は慌てているが、灯達は動じていない。むしろ分かっていたかのように呆れている。
「あ〜あ。やっぱりこうなりましたか」
「手間が増えましたね」
「全く、これだから弱い精霊は……。陸、星檻の準備をしてくれ」
「ちょっ、えっ何だよその反応!」
陸は女性を指差す。こうしている間にも女性の姿はどんどん変わっている。どう見ても異常な状況だ。
「おかしいだろ!さっきまで普通だったんだぜ!?」
「普通?まさか。あれは、壊れかけの橋の上で立ち止まっているようなものだったんだ。少しでも刺激を与えようものなら、正気という名の橋は簡単に崩壊する。前にも後ろにも動けなくなった厄介な存在、それが先程までの彼女だ」
「刺激……」
『写真が無い』という女性の言葉を思い出す。そんな簡単なことでここまで変貌するとは……。陸が困惑していると、灯が「陸」と再度呼びかけてくる。
「この狭い場所でマミやフェリが戦うより、キミが星檻で閉じ込めた方が建物を壊さずに済む。お願いできるかい?」
「〜っ!ぬいぐるみ1つ拾うだけの、簡単な依頼じゃなかったのかよー!」
陸は叫ぶ。“こんなはずではなかった”という思いを込めて。
その後、依頼者の女性にぬいぐるみを返す際、陸だけが疲れた顔をしていたことは言うまでもない。




