第七依頼 四季の扉 7話
急に現れた桜並木の部屋。その部屋の中、入り口付近に看板が立っていた。看板には『ゲームクリア!おめでとう』と書かれている。
陸と卯月は目に見えて喜び、メールも上機嫌な様子だ。A子だけはまだ辛そうだが、先程よりも表情が柔らかい。
「よし!それじゃあ出ようぜ!」
「ああ。最後まで気を抜かずに──」
喋っている途中で卯月は固まった。不思議に思い、陸が声をかけようとすると腕を掴まれた。加減をしていない本気の強い力だ。陸は痛みに顔を歪める。
離してもらおうと卯月の顔を見る。そしてその顔を見た瞬間、何も言えなくなってしまった。
白目を剥き、口を半分開けて涎を垂らしている。正気とは思えない。
「う、卯月さん?どうしたんですか?」
「話しかけても無駄だよ、お兄ちゃん」
「!……想?」
想はゆっくり歩いて桜並木の部屋の前まで行く。そして部屋に手をかざした。するとどうだろう、また壁が動き出し、その部屋を塞いでしまったではないか。
大声を上げて想は笑う。
「あはは!残念だったね。もうこの部屋からは出れないよ、お兄ちゃん。おい、そのまま腕を折れ」
「……」
卯月の力が更に強くなる。このままでは本当に折られてしまう。何とか引き離そうと、陸が卯月の腕を掴んだその時、緊張感のない間延びした声が聞こえてきた。
「え〜い、ですわ〜」
次に耳に届いたのはガンッという衝撃音。陸が状況を飲み込めずにいると、卯月の手が離れた。
卯月はよたよたした足取りで後ろに退がる。その原因は直ぐに分かった。卯月の頭が半分潰れているのだ。そのまま卯月は仰向けに倒れ、動かなくなった。
「危なかったですわね」
「メ、メール……様。メール様が助けてくれたのか?」
「ええ。僕の杖でえいっとさせてもらいましたわ」
「つ、杖で?えっと、ありがとう?」
「構いませんわ。貴方は僕の従者ですもの」
こんな状況でも変わらないメールのおかけで陸も落ち着いてきた。それが面白くなかったのだろう、想が舌打ちする。
「チッ。お前のことは女……A子が捕まえに行ったはずだが?」
「ああ、A子は急に抱き付いてこられましたので、軽く殴らせていただきましたわ。今は卯月さん同様、地面で眠っておられますわね」
「役立たずめ……」
「それよりお答えを。貴方が今回の黒幕、このゲームのゲームマスターですのね?」
「……うん、そうだよ!驚いたぁ?」
想は意地の悪い笑みを浮かべる。先程まで一緒にいた想とは別人としか思えない。
「僕はね、何十年も前にこの地に生まれた精霊……と言ってもお兄ちゃん達には分からないか。まあ、お化けみたいな存在だよ。これでも最初は人間達を見守ってあげてたんだけどね、飽きちゃって」
「飽きたって……まさかそんな理由でこんなことをしたのか?」
「うん!最高の暇つぶしでしょ?」
「っ……そうかよ」
そう言った陸の声は低く、怒りを感じさせる。けれど、想に動じた様子はない。むしろ、陸のそんな態度も面白いようだ。
と、そんな険悪な空気の中、メールが一歩前に出た。
「理由なんて何でもいいですわ。どうせ忘れますもの。それより聞きたいのはゲームのことです。僕達はクリア条件を満たしていなかったのかしら?それとも、貴方と戦うこともクリアの条件?」
「まさか!お兄ちゃん達はちゃんとクリアまでいったよ!だから僕も帰してあげようと思ってたんだけど……陸お兄ちゃんと離れたくなくてやめたの」
「オ、オレ?」
「うん!僕ね、お兄ちゃんみたいな優しい人間大好きなんだ。ゲーム中も行動の一つ一つがほんっとに最高で……」
うっとりとした表情で語る想。だが直ぐに真顔になり、メールを見た。
「あ、でもお前は要らないから帰ってもいいよ」
「失礼な方ですのね。……はあ、何だかどうでもよくなりましたわ。早く帰りましょうか、陸」
「お兄ちゃんは帰さないって言ったでしょ。もういいや、先にお前からね」
想が手をメールに向けると、卯月が動き出す。ゆらゆらと揺れながら立ち上がり、潰れた頭を持ち上げ、メールを見る。
このままでは危ないと、陸はメールを背中に隠す。
「メール、想の狙いはオレだ。ここはオレが何とかするから、お前は自分の身を──ちょっ」
しかし、メールは気にせず陸の背中から出る。くるくると杖を回しながら、卯月の正面に立った。メールの鼻歌が聞こえてくる。表情は分からないが、余裕があることだけは伝わってきた。
「主人を守ろうとするとは、中々できた従者ですわね。けれど、僕が貴方に求めるのはそんなことではございません。貴方は僕の側にいればいい。一番の特等席で、この僕……地神メールの活躍を見せてさしあげますわ」
「ち、地神!?」
メールがトンッと杖で地面を突く。すると、杖が地面に飲み込まれていった。これでは先程のように杖で殴ることもできない。
卯月がメールに向かって走ってくる。元々距離が近かったこともあり、もうメールの頭に手が届きそうだ。……だが、最後の一歩は踏み出せなかった。
『俺の命令だ 止まれ』
メールの声が辺りに響く。彼らしくない粗暴な言葉に陸が耳を疑っていると、メールはパンッと手を叩いた。
「はいっ!そのまま自分の頭に手を置いて〜ぐるーん」
メールのかけ声に合わせ、卯月も自身の頭を掴む。そして、力の限り頭を回した。どれだけの力がこもっていたのか、卯月の首は捻れ、千切れてしまった。
地面を転がる卯月の頭を蹴り飛ばし、メールは想に手を振る。
「よっ、想君!お前の力はこれくらいか〜?」
「……何それ、急にキャラ変えて。僕のマネっ子?ウザいなぁ。それなら……これでどう?」
想が右側に手を向ける。
ズル……ズル……
何かが這いずる音が、想が手を向けている壁から聞こえる。陸がそちらを見ると同時に、壁を突き破って大きな“手”が出てきた。
手は壁をバリバリと破り、破壊し、大きな穴を開ける。穴から出てきたのは巨大なビスクドールだった。ボロボロの“それ”を陸達は知っている。紅葉が大事にしていた人形だ。
「あはは!僕の結界内で調子に乗った罰だよ!ペチャンコになっちゃえ!」
人形が陸達に向けて手を振り上げる。
陸は慌ててメールの手を引く。そして逃げようとするが、メールはその場から離れなかった。ニヤニヤと笑いながら、自身に振り落とされる手を見上げている。
「おい!メール!メール様!早く逃げねぇと!」
「落ち着け、陸。面白ぇ物を見せてやるから騒ぐな」
「面白い物?」
陸が疑問に思っていると、人形の手が勢いよく破裂した。その中からポンッポンッと、まるでポップコーンがはじけるように様々なお菓子が溢れてくる。
想が呆気に取られている間に、頭、体と順番に人形の体は破裂していく。やがて人形の姿は完全になくなった。
メールは地面に転がるお菓子の中からキャンディを拾うと、包装紙を開け、中身を口に入れる。
「ん〜まっずいな〜」
「な、何で……い、いやまだだ!ここは僕の結界!何体でも作れば!……あ、あれ?何で出てこないんだ?」
「そんなの、この結界の支配権を俺が奪ったからに決まってるじゃん」
「う、嘘を言うな!そんなことできるなら最初からしていたはずだ!」
「はは、随分と合理的に考えるんだな。単純にゲームを楽しみたかったから、それだけだよ。お前がルールを破らなかったら、こうして結界を奪われることもなかったのによぉ、可哀想にな〜」
想はダラダラと汗を流しながら膝をつく。きっと彼は自分より強い存在に出会ったことがなかったのだろう。純粋に、単純に、自分だけが周りを蹂躙できると信じていたのだ。
メールが大声を上げて笑う。
「あっははは!その顔最高!俺さぁ、ルールを守ってゲームするのも好きだけど、圧倒的な力でルールガン無視、めちゃくちゃしまくりでゲームを作った奴を絶望させるのも大好きなんだぁ」
「っ……」
想はいよいよ泣き出してしまった。これではどちらが悪役か分からない。陸は苦笑いしながらも、心の中で安堵する。
(まさかメールが地神だとはな。星檻を使わなくてよかったぜ。……というか、今のメールは本当にメールなのか……?)
そんな陸の考えなんて気付かず、メールは変わらず大笑いをしている。完全に想の心は折れた。それは陸の目から見ても明らかだった。
しかし、想は立ち上がる。涙を溜めた目でメールを睨んだ。
「やってやる……殺される前に、僕が殺してやる……!」
「おっと命乞いはなしか。まあ、それはそれで面白い。遊んでやるから来いよ」
「コイツ……!後悔させてやるからな!」
『皮は剥がれ肉は落ちる! 仮初の体を今捨てよう 刮目せよ、この地に生まれし僕の姿を!』
想の体が黒く染まっていく。足や腕が伸びていき、背中には翼が生える。真っ黒な化物に姿を変えた想は、獣のような咆哮を上げる。
「陸、お前は後ろに行ってろ」
「え、だ、大丈夫なのか?」
「いいから言うことを聞け。ご主人様からの命令だぞ」
「わ、分かった」
メールに言われた通り陸は後ろに退がる。すると直ぐに、想がメールの方へ突っ込んで来た。だが、メールはひらりとよける。そして、自分より大きい想の腕を簡単に掴んだ。
「はは、魔法は使わないのか?ああ、すまん。弱過ぎて戦える魔法がないんだな。結界の支配権を取られたくらいでこの様とは……やっぱり大したことねぇな、お前」
「うるさい!離せ!」
「おいおい、こんなに可愛い俺様に触ってもらえてるんだぜ?喜べよっと」
メールは腕を握ったままぐるぐるとその場を回る。それに合わせ、想の体は浮き上がった。メールの力で振り回され、逃げることができない。
ある程度回り、スピードが出たところでメールが手を離した。想の体は重力に逆らうことができず飛んで行き、壁に激突した。
衝撃により崩れた壁から想はふらつきながら出て来る。何とか立ちあがろうと膝をつき、そして敵を……メールを見据えようと正面を見て固まった。そこには陸の姿しかなかった。
どこに消えたと、辺りを見渡そうとした瞬間……横から声が聞こえた。
「こっちだよ」
「っ、いつの間、に……」
想がメールの姿を目にすることはなかった。
顔面を硬い何かに殴られたからだ。黒い液体を撒き散らしながら地面を転がる。
横たわった状態で顔を上げる。メールは杖を持ち、馬鹿にしたように想を見ていた。
「おいおい、お前に合わせて俺も魔法を使ってないんだぜ?もっと頑張れよ」
「くそっ、なら見せてやるよ……!」
想の体がボコボコと泡立ち、零れ落ちていく。落ちた体の一部はまるで意思を持っているかのように動き、形を変え、元の黒い化物と同じ姿になった。
メールの手にも乗るくらい小さい化物。それが何十、何百、何千体も形成されいていく。化物の群れは、まるで一つの生き物のように固まり、メールへと向かって来た。
「あっはは!そうこなくちゃあな!……よし、せっかくだ。俺の魔法を見せてやるよ!」
メールが杖を真上に向ける。
『夢の雲 淡く甘くそこにある 微睡から生まれし海は 現実に現る』
メールの目の前に、ふわふわとした綿が現れる。薄らと紫がかっており、中にはハートや星の飾りが沢山入っている可愛らしい物だ。
綿はどんどん増えていき、小さな想達を押し流していく。やがて綿は部屋中を、いや、壊れた壁の向こうまでもを埋め尽くしてしまった。
想達が綿の中で蠢き、メールに襲いかかろうと暴れる。だが、不思議なことに動けば動く程綿は絡み付いて離れたくなってしまう。
身動きが封じられた想達に、メールは杖を向ける。
『さぁ、餌の時間だ!俺の敵を喰らいつくせ、ルカン!』
その呪文を合図に、綿の中から1匹の鮫が飛び出した。紫と水色のメルヘンチックな鮫だが、大きく開けた口からは恐ろしく鋭い歯が見える。
鮫は小さな想達を飲み込むように飛び込む。想達は悲鳴を上げ逃げようとするが、綿が絡み付くばかりだった。
そんな綿だが、陸は綿に動きを封じられることなくメールの元まで行くことができた。そのままメールの隣に並ぶ。
「あの、メール……様?」
「おっ、陸か。後ろにいろって言ったのにどうした?ご主人様が恋しくなったか?」
「違っ……いや、もうそれでいいや。それよりこの綿とかあの鮫とか、色々教えてもらっていいか?」
「あ〜人間に一から説明するのは大変なんだよな〜。そうだなぁ、この綿は俺達を守り、敵を捕まえる便利な物だと思えばいい。あの鮫も敵しか狙わない。敵がどんなに多くても1匹残らず喰い殺してくれるぜ。もう直ぐ……おっ、終わったな」
「え!?もう!?」
メールが杖を左右に振る。すると、綿は瞬く間に消えていった。何も残っていない部屋の中に陸とメールだけが立っている。
メールがグッと伸びをした。
「呆気なく終わったな〜。……ん?どうした陸?まだ何か聞きたいのか?」
「いや、えっと、何か性格……変わってないか?」
「何だそんなことか。安心しろよ、俺もちゃ〜んとメールだ。戦いになるとテンションが上がってよ、いつもこうなるんだ。まあ、気分ももう落ち着いてきたし、そろそろ僕の方に戻るだろうな。ふあ〜」
大きな欠伸を手で隠そうともしない。今まで共にいたメールと違い過ぎて、説明を聞いてもまだ半信半疑だった。
そんな陸の気持ちが表情に出ていたのだろう。メールが陸の顔を覗き込み、ニヤリと笑う。
「納得いってません、って顔だな。こんな俺は嫌いか?陸お兄ちゃん」
「嫌いじゃない。ただ、驚きが大き過ぎてさ……」
「まっ、普通に生きてきた人間ならそんなもんさ。別に、俺、も……」
「メール様?」
「……」
メールが喋らなくなってしまった。眠っているかのように目を閉じている。心配になった陸は、肩を揺さぶろうと触れようとした──だが、次の瞬間メールは蹲った。そして大声で叫ぶ。
「は、恥ずかしいですわ〜!」
「へ?」
「こんな、こんなはしたない姿を見せてしまうなんて……今回こそは大丈夫だと思いましたのに!」
「あの、メール様?」
「陸!今の姿は見なかったことにしなさい!命令ですわよ!」
「わ、分かった」
陸の返事に満足したメールはやっと立ち上がった。一瞬だけ目を閉じ、何かを確認したように「成程」と一言呟く。
「やはり、ここに囚われていた魂を生き返らせることは不可能ですわね。せめて安らかな眠りに就かせてあげましょう」
「そっか……うん、オレもそれがいいと思う」
「そう悲しそうな顔をしないでくださいまし。過去の魂は救えませんが、僕達は生きて帰れますわ。陸、屈みなさい」
「屈む?こう?」
陸がメールの前に屈むと、トンッと軽く額を突かれた。痛みはないが、何故こんなことを?陸が疑問を口にしようとした時、視界がぐにゃりと歪んだ。
「嫌なことは忘れた方が楽ですわ。元の日常に戻りなさい」
「ま、待ってくれメール……オレはそんなこと……」
♢♢♢
「あれ?オレ、何してたんだっけ?」
陸はショッピングモールの通路で意識を取り戻した。首を傾げながら記憶を辿る。
「えっと、確か買い物に来て……あ!そうだそうだ。次に行く所を考えてたんだった!ん〜、何かゲームがしたい気分だし、ゲーセンでも行くか〜」
陸は歩きながら目的地へ向かう。その途中、紫と水音の髪をした子供が、大人2人を怒ってる現場に出くわした。
「もう!どこに行っていましたの!」
「も、申し訳ありません〜メール様。私共が離れてしまったばかりにお時間をとらせてしまって……」
「メール様、僕は何回も言いましたよね?何故いつも勝手な行動をするのですか。僕達は貴方様から賜った『買い物をする』という命令を遂行する為、常に──」
「ええい!うるさいですわよ!」
(わ〜貴族っぽい子供がメイドと執事を怒ってる。漫画の世界みて〜。……話している内容的に、あの子が迷子だったんだろな。見つかってよかったな)
そんなことを思いながら、陸は横を通り過ぎて行く。……その背中を、優しい瞳で見つめるメールに気付かずに。




