第一依頼 楽しい遊園地 1話
陸は公園に立っていた。幼い頃によく遊んでいた公園だ。
ぼんやり辺りを見ていると、水溜りに気付く。そこに映っていた陸は、小学生くらいの子供の姿だった。
(あ、これ夢だ。何だっけこういうの……明晰夢?)
夢であると理解しながら夢の世界にいるのは、何とも不思議な感覚だ。
せっかくだから何処かに行こう。そう思って足に力を入れるが、全く動かない。ずっと立ったままの状態だ。
陸ががっかりしていると、急に手を引かれる。見ると、今の陸と同い年くらいの少女が心配そうにしていた。緑色の瞳に、澄んだ海のような綺麗な水色の髪。子供ながらこの世のものとは思えない美しさだ。
(あれ?この子、会ったことがあるような……)
「大丈夫か?ぼーっとしておるぞ?」
変わった口調で話す少女。その特徴的な口調ではっきりと思い出した。
(そうだ!小さい時にこの公園で一回だけ遊んだ子!)
「陸?りーく!むぅ……儂が年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたせいで、疲れさせてしまったかのう」
少女は段々と落ち込んでいく。まずい、ひとまず返事をしなければ。陸が何を言うか考えていると、口が勝手に動いた。
「大丈夫!オレは元気だよ!次は何して遊ぶ?」
「そ、そうか?なら……いや、少し休憩にしよう。儂が疲れておるのじゃ。そこのベンチに座り、ゆっくり語らうのはどうじゃ?」
「そうなの?じゃあ、ちょっと休もっか」
その言葉を聞いた少女はニコッと笑うと、陸の手を掴んだまま歩き出す。陸は引かれるがまま移動し、座った。
どうやら声を出すのも、体を動かすのも自分の意思ではできないらしい。夢というよりは記憶の再現をしているようだ。
数分の間、2人はたわいもない会話をする。陸の話に少女が楽しそうに返す、そんな穏やかな時間が続いた。しかし、急に少女の顔が曇ってしまう。
「どうしたの?何かあった?」
「すまぬ、ただの自己嫌悪じゃ」
「?」
「『この世界が羨ましい』、なんて思った自分が嫌になっておるのじゃ」
少女は少しずつ俯いていく。正直、何を言っているのか分からない。しかし、落ち込んでいる子を放っておくわけにはいかない。陸は思いつく限りの励ましの言葉をかける。
そのおかげか少女は笑ってくれた。だが、まだ元気はないようだ。
「ありがとう、陸。泣き言ばかり言ってられぬな。もっと頑張らねば」
(思い出してきた。何て言ったらいいか分からなくなったオレは、確か……)
「よく分からないけどさ、無理するなよ。オレでよければ力になるから。何でもやるよ、オレ!」
「!」
少女は勢いよく顔を上げる。赤くなったかと思えば、急に頭を左右に振る。一体、何を考えているのだろうか……。もう落ち込んではいないようだが、別の意味で心配になる姿だ。
忙しなく動きながらも、少女は何か言っている。
「な、何でもというのは……い、一心同体になるとか、夫婦になるとかもアリなのか?いやいやダメじゃろそれは。陸はそんなつもりで言っていないぞ、落ち着け儂」
(あ〜オレはバカだったから、この言葉の意味分からなかったんだよな。でも元気になってくれたのが嬉しくて──)
「いいよ!『いっしんどーたい』にも『めおと』にもなる!」
(そうそう、こんなこと言ったな〜……あれ?結構やばいこと言ってね?)
そう思っても関係なく夢は進んでいく。その返答を聞いた少女は、更に赤くなった顔を両手で隠す。しかし、指の隙間から赤い頬が見えているので意味はない。
陸は首を傾げる。そして熱があるのかもと、少女の額に手を伸ばす。だがその手が届くことはなかった。少女の体が透けているのだ。
「え!?何で?どうしよう?」
「!もう終わりか。早い、早過ぎる……陸!」
「な、何?」
「さ、流石に手は出さんぞ!出さんが……どうか、清い魂のままでいてほしい!そうすればもしもの時も安心じゃから!」
段々と薄くなっていく少女。消えてほしくない一心で陸は手を掴もうとするが、すり抜けてしまう。引き留める手段はないようだ。
何が起きているのか、何を言っているのか、幼い陸に理解できることはなかった。それでも一つくらいは疑問を解決しようと声を出す。
「“きよい”って何?何をしたらいいのか、もっと分かりやすく言ってよ〜!」
「いい子でいてね、という意味じゃ。悪いことをしたらダメじゃぞー!」
「なぁんだ。そんなの当然じゃん。いい子にしてたら、また会える?」
少女は辛そうな顔をする。否定はしていないが、再会の可能性は低いのだろう。それでも陸は「またね」と声を掛けた。いつかまた会えることを信じて──
♢♢♢
体が揺さぶられる感覚で夢から覚める。眠気に負けそうになりながら目を開けると、見慣れない天井があった。
「んん……ここは……」
「起きた?おはよう、りっくん」
「!?」
いつからいたのだろう?マミが顔を覗き込んできた。急な登場に陸は驚き、跳ね起きる。幸い、マミは余裕をもった動きで避けた為、衝突することはなかった。
「ちょっ、ノック!部屋に入るならノックをしてほしい!」
「ありゃ、駄目だった?自分の部屋だからいいかなって思って入っちゃった」
「え!?……あ、そうだ。マミに部屋を貸してもらっていたんだった……」
寝ぼけて忘れていたが、ここはマミの部屋。昨日の夜、『私のベッドを使ってほしい』と言ってくれたのだ。もちろん、陸は申し訳なさから断ったが、最終的にじゃんけんでマミに負けたのでこうして寝させてもらっている。
思い出してから改めて布団を触ると、普段使っている物よりふわふわで触り心地がいい。また、自分とは違う甘い匂いもする。
「うわ〜、ごめん。ベッド借りた上に偉そうなこと言ったわ。」
「全然!気にしないで。むしろ、私も気遣いできてなかったよ。ごめんね。次にりっくんを起こす時は気を付ける!」
「あ、起こしてくれてたのか!ありがとう」
「いいよいいよ〜。服を着替えるついでだから」
「着替え?」
驚きが勝り意識していなかったが、マミは部屋着だった。上に着ているのは少し大き目の着ぐるみパーカー。茶褐色で、緩い目をしている謎の生き物のパーカーだ。その下にはショートパンツを履いているが、パーカーが大きいため殆ど隠れてしまっている。
陸は慌てて立ち上がり、謝りながら扉に向かった。
「うわわ、ごめん!直ぐ出る!出ます!」
「あはは、ゆっくりで大丈夫だからね」
マミに手を振られながら陸は部屋を出る。朝から慌ててばかりだ。一旦落ち着こうと、洗面所に顔を洗いに行く。
そこには灯がいた。眠たそうに歯を磨いている。
「灯さんおはよう」
「ん〜おはよう」
「凄ぇ眠そうじゃん」
陸は苦笑いをしながら洗面所に近付く。灯は口をすすぐと、陸と入れ替わるように移動する。
「眠たいよ、本当は後10時間くらい寝ていたい。でも今日くらいはちゃんと起きないとね」
「今日くらい?今日は何か特別な日なの?」
「ああ、言っていなかったね。今日はキミがこの世界で生きるために必要なことをするんだ」
♢♢♢
「って、言ってたから身構えてたのに……」
陸は灯と共にある場所に来ていた。それは地下世界にある怪しい施設──ではない。地上の、どこにでもあるようなショッピングモールだ。家族連れや1人で遊びに来ている者もおり、とても賑わっている。
「ただの買い物だったな」
「日用品は必要だろう?幸いにも今日は事務所も休み。ゆっくり選ぶといいさ」
「灯さん最高!ありがとうございます!」
そんな会話の後、様々な物を買い、予定の半分程は買い終わった。
現在は休憩を取る為、施設内にあるカフェに来ている。カウンター席に座り、陸は買ってもらったジュースを一口飲む。そして、前を歩く人達に目線を移した。
「昨日は地下世界だったから異世界っぽかったけど、地上はオレの世界と変わんねぇな〜。違うのはあの空の目くらい。誰も驚かねぇの?あれ」
「あれはずっと前から存在しているからね。人間にとっては当たり前なのさ。……だから、空ばかり見ていたら怪しまれるよ」
「うっ、気を付けます……」
そう言ったきり陸は黙ってしまった。人混みを眺めつつぼんやりとしている。
灯はケーキを一口食べた後、口を開いた。
「何か不安かい?」
「え!?いや、違っ……わないな。朝の発言的に、手続きとか儀式とか覚悟していたからさ……買い物だけで本当にいいのかなって」
「成程ね。安心しておくれ。知り合いに頼み、そういったことは昨日の内に済ませている」
「マジ!?本人がいなくてもできるの!?」
驚いて顔を上げたことで、灯の表情が暗いことに気付く。先程まで涼しい顔をしていたはずだが、もしかして避けたい話題だったのだろうか?
灯は陸の方を向き、申し訳ないといった様子で続けた。
「うん。ただ、その知り合いに星檻のことを含めキミの事情を話したんだ。勝手にごめんね」
「ああ、別にいいよ。灯さんが話しても大丈夫って思った相手なんだろ?なら平気!むしろ色々やってくれてありがとな!」
そう言って笑う陸。その純粋な信頼が恥ずかしかったのか、灯は目線を下に向け、頬を掻く。そして大袈裟なくらい眩しそうにすると、
「ぐっ……光が強過ぎる!」
とふざけた。きっと照れ隠しなのだろう。
「危なかった……魔術書を持って自首するレベルで浄化されそうだったよ」
「あ、その部分に関してだけはどうかと思ってる。仲間になったら自動的に共犯者にされるの、普通にヤバ過ぎるからな?」
「ははは、正論。……ごめんなさい」
その後も雑談は続き、軽い休憩のつもりが1時間も話し込んでいた。慌てて残りの買い物も済ませる。
事務所のあるビルに戻る頃にはもう夕方になっていた。
「思っていたより遅くなってしまったけれど、必要な物はある程度揃ったね」
「な!マジでありがとう灯さん〜!この恩は働いて返します!」
「ふふ、頼りにしているよ。まあでも、頑張るのは明日からにして今日はもう休もうか」
階段を上る。今日はお互いにとって良い一日になったようだ。
あっという間に2階の事務所前に着いた。買った物で両手が塞がっている陸の代わりに、灯が事務所の扉を開く。すると、直ぐにマミと目が合った。
「あっ、丁度よかった。今、電話をしようと思ってて」
「どうかしたのかい?」
マミは頬を掻くと、申し訳なさそうに伝えてきた。
「依頼者の方がいらっしゃっています」




