第七依頼 四季の扉 6話
「何故だい?紅葉の部屋にはもう用はないだろう?」
雪だるまとの会話を知らない卯月が当然の疑問をぶつけてくる。メールは偉そうに胸を張り、さもクイズの正解を述べるかのように自分の考えを喋りだした。
「僕、雪だるまに質問しましたの。そうして分かったのですが、あの部屋に残るのは僕達以外でも構わないそうですわ」
「ああ、成程。それで紅葉に来てもらうのか」
「紅葉?誰それ」
「あ、A子さんには言ってなかったですね。紅葉の部屋にいた女性です」
「彼女に頼み、僕達が脱出するまで部屋にいてもらう。そうすれば誰も犠牲にせずに済むでしょう?」
「天才かよ!早速頼みに行こうぜ!」
善は急げと、陸は紅葉の部屋に駆けて行く。メール達も扉の前まで来てくれた。だが、いざ入ろうとドアノブを握ったところで卯月が「待ってくれ」止めてきた。
卯月はA子の方を向く。
「君はこの部屋に残ってくれ」
「は?何、一緒に行ったら駄目なの?」
「個人的には来てほしくない。君といると苛々するんだ。説得の前に喧嘩したくない」
「……何それ、アンタの方がよっぽど自分勝手じゃん」
卯月を睨みながらA子は扉から離れた。せっかく協力すると言ったのにこんな態度を取られたら嫌にもなるだろう。
陸はA子のことを心配しながらも扉を開け、紅葉の部屋に入った。
部屋の中に足を踏み入れると、直ぐに紅葉が近付いて来た。その腕の中には人形……もとい魔女が抱かれている。
メールが雪だるまの言葉と、自分達の願いを伝える。
「成程成程。あたくしにその部屋に行けと……オッケーなのね!と、言いたいところだけれど、ごめんなさい。あたくしはあまり魔女様から離れたくないのね。別の部屋まで行くのはちょっと……」
「魔女も連れて行ったらいいじゃないか」
「無理なのね。魔女様はこの部屋から出れない」
紅葉は首を左右に振り、否定する。
「あのね、それぞれの部屋には魔女様みたいな『管理者』がいるのね。管理者は自分が管理している部屋から出れない決まりなのね。だから、あたくしが出て行けば魔女様は独りぼっち。寂しい思いをさせてしまうのね。そんなの駄目でしょう?」
「そっか。それなら仕方ねぇな」
「力になれなくて本当にごめんなさいなのね」
紅葉は申し訳なさそうに頭を下げる。陸達としても無理強いをするつもりはない。紅葉には気にしないように告げた。
しかし、こうなれば違う方法を考える必要があるだろう。陸達が扉の前で頭を捻られせていると──
ガチャ
「痛っ!」
「あ、ごめん」
部屋の外にいたA子が扉を開けた。扉は直ぐ近くにいた卯月に当たってしまい、卯月は痛そうに蹲る。
「遅いから来ちゃった。アタシは早くここから出たいの。急いでくれない?」
「お前はこっちの都合も知らないで!」
「は?ウザ。アンタが来るなって言ったんだから知るわけないじゃない。責任転嫁しないで」
「お……さ……?」
「は?ああ、アンタがコイツらの言ってた紅葉って子?」
「へ?は、はい。そう、ですのね」
紅葉は目に見えて困惑している。チラチラとA子の様子を伺い、何か聞きたそうだ。それに気付いたA子が「何?」とぶっきらぼうに質問をする。
紅葉はおずおずと、A子の様子を伺いながら口を開いた。
「あの、あたくし達、どこかで会ったことがあるのね?」
「え?いや、初対面だと思うけど」
「え、ええ、そう。そうよね、そのはずなのね。でも、貴方を見ていると懐かしいような、何かを思い出せそうな……これは、あたしは……」
紅葉が目を閉じ長考していると、腕の中の人形がカタカタと揺れ出した。紅葉は慌てて人形に話しかける。
「ど、どうしました魔女様?え?は、はい、はい。そうですか?分かりました。……人間の皆さん」
話が終わったのか、紅葉が陸達を見る。その表情は先程より柔らかい。
「あたくし、貴方達に付いて行くのね」
「いいのか?」
「ええ。魔女様からのお願いなのね。魔女様のお菓子を持って行き、その雪だるまもお友達にしてほしいと」
「いいと思いますわ。雪だるまは寂しいと言っていましたもの。喜んで友達になってくれると思いますわよ」
「それなら安心なのね。あたくしは準備して行くから、先に行っててほしいのね」
「おう、分かった」
そう言われ、陸達は部屋に戻った。待っていると、数分で紅葉はやって来た。その手にはカップケーキが入った袋が握られている。紅葉はやる気に溢れており、早く行こうと陸達を急かす。
そんな紅葉を仲間に加え、陸達は雪だるまの元へと向かった。雪だるまは同じ場所にいた。陸達に気付くと、最初と変わらない穏やかな声で挨拶をしてくる。
「やあ、待っていたよ。誰が残るか決まったかな?」
「ええ。この方が貴女といてくれますわよ」
「こんにちはなのね。あたくしは紅葉。貴方と魔女様をお友達にする為に来たのね」
「お友達?嬉しいなぁ。そんなこと言ってもらえたのは初めてだ」
紅葉は雪だるまの前まで歩いて行き、袋からカップケーキを取り出した。それを手に持ち、雪だるまの口元、枝がある付近に運ぶ。そして……躊躇いなく中に入れた。
「これ、友達の証なのね。美味しい?」
紅葉は雪だるまから手を引き抜きつつ質問する。悪意はないのだろう、いい笑顔をしている。
雪だるまは怒ることなく「美味しいよ」と返した。紅葉が空けた穴もひとりでに修復されていき、直ぐに元通りになった。
「ありがとう、嬉しいよ」
「ふふ、よかったのね。あたくしの用事は終わりなのね」
「ああ、そうかい?なら、今一度確認を。キミがここに残ってくれるという認識で合っているね?」
「ええ、卯月達が帰るまでだけれど。でも、貴方が望むならしばらくいてあげるのね。貴方は魔女様の友達だもの」
「ありがとう。けどね、しばらくじゃないよ。ここに残る人は永遠にここから出れなくなるんだ」
「え?何を言って──」
ボトッ
何かが地面に落ちる音がした。紅葉は不思議そうにそちらを見る。そして気付いた。自身の左腕がないのだ。
「えっ、えっ、何これ」
紅葉が狼狽えていると、右腕の袖から何かが落ちた。雪だ。何故袖から?そう思い右手を見て、目を見開く。右手がなくなっていたのだ。
「何で、腕が……」
「君の体は雪になっているんだよ」
「へ、え?」
「動ける体があると、皆どこかに行ってしまう。そんなの嫌だ。だからね、僕は残ってくれる人は全員雪にするって決めているんだ」
「そ、そんなの聞いてない!止めて!やだ!」
紅葉は逃げようと足を動かし、そのまま勢いよく転ける。もう両足も雪になっていたのだ。
紅葉は涙を浮かべて陸達の方を向く。顔の半分はもう雪になっていた。もう助からなと分かる姿だ。紅葉は手を伸ばす。
「助け……」
言い切ることはできず、紅葉の全てが雪になる。伸ばしていた手は腕から崩れていき、ドサっと音を立てて地面に落ちた。残ったのは魔女のような服だけだ。
あまりの光景に陸達は立ち尽くすしかできない。そんな中、真っ先に動き出したのはA子だった。
A子は紅葉だった雪に駆け寄り、雪だるまを睨む。
「酷い!最低!こんなこと聞いてないんだけど!」
「質問されてないから」
「だからって!」
「何を怒っているんだい?君はこれで帰れるんだよ?よかったじゃないか」
「そういう話じゃない!」
「お、落ち着くんだ、A子」
今にも殴りかかりそうなA子を卯月が宥める。そこで陸もやっと我に返り、卯月と共にA子の元へ行き、後ろから羽交締めした。
「A子さん待って!」
「離して!アイツのせいであの子は死んだのよ!?」
「A子、メール君から聞いただろう。彼女達は俺達と違う。ここから脱出できなかった存在。黒幕の力で何度でも生き返れるんだ」
「だからって、今あの子が苦しかったことには変わりないじゃん!」
「あら、僕が思っていたよりもA子はお優しい方でしたのね」
メールはA子の正面まで移動し、わざとらしくそう言った。そのまま続ける。
「やっと帰れるのにこの慌てよう……もしかして、絶対に家に帰らないといけない理由は大したことなかったのかしら?」
「そっ!……そんなこと、ない、わ。アタシは帰れるなら……家にいるあの子の為ならどんな犠牲だって……」
「では進みましょう?貴方の中で、紅葉よりも大切な物があるのなら」
「……分かった」
「だ、大丈夫?A子さん。あんな酷い光景見ちゃったら仕方ないよ」
慰めてくれる想にA子は「ありがと」と感謝を告げ、さっさと扉に向かって行ってしまう。1秒たりともこの部屋にいたくないのだろう。陸達もA子の後を追うようにして部屋から出た。
部屋に戻った瞬間、陸は直ぐに変化に気付いた。それぞれの部屋に繋がる扉が全て消えていたのだ。中心にあった台も消えており、部屋の中には何もない。まるで、真っ白い紙で作られた箱に閉じ込められたかのようだ。
ここからどうしたらいいのか。陸が途方に暮れていたら、前方から重い物が動く音が聞こえてきた。この音を陸は知っている。最初の部屋で聞いた、壁が動く音だ。
「この音は……壁が下がってる!」
そうして出てきたのは、あの時と同じ桜並木の部屋だった。




