第七依頼 四季の扉 5話
その場所の中心には、1卓の大きな机があった。そして、周りを複数の小さな机が囲んでいる。
机の上には溢れんばかりのお菓子と、紅茶が注がれた5客のティーカップが置かれていた。見ているだけで涎が垂れそうな光景だ。
陸がお菓子に気を取られている間に紅葉は机の奥へと向かう。そして、1体の人形を持って戻って来た。
「お待たせいたしました魔女様。お客様をお連れしました」
「なっ、ソイツが魔女だというのかい?」
「ええ。正真正銘、こちらが魔女様なのね」
紅葉は人形をグッと卯月に近付ける。だが、逆に卯月は逃げるように後ずさった。失礼な態度だが、それは魔女が人形だからではない。人形があまりにも不気味だったからだ。
それはボロボロのビスクドールだった。元はふわふわの金髪だったであろう髪は煤けており、ゴミが絡み付いていて汚い。沢山のリボンがあしらわれた白いドレスには穴が空き、所々赤や茶色のシミができている。
どう見ても大切にされているとは思えない人形を、紅葉は宝物に触れるかのように優しく撫でる。
「はい、はい。ふっふっ、気に入ってくださいましたか。魔女様」
「?その人形、何も言ってなくね?」
「人形?えっと、どこに人形があるのか分からないのね」
「へ?」
誤魔化したり嘘をついたりはしていない。紅葉は本当に人形を“魔女”だと思っているのだ。
紅葉は辺りをキョロキョロと探し、諦めたのか陸達に視線を戻す。
「んー、まあいいのね。それより、魔女様のお言葉をお伝えするのね。魔女様は貴方達とお友達になりたいと仰ったのね」
「構わない。元々そのつもりで来たからな」
「ありがとうなのね!なら、お菓子を食べてお茶を飲んでほしいのね」
「は?何故だ?毒があるかもしれないんだぞ?そんな怪しい物食べられるか」
「失礼な!そんなことしないのね!魔女様が欲しがっておられるのはお茶会友達と言ったはず。お菓子もお茶も要らないのなら、あたくし達も貴方達に興味ないのね」
「はあ?面倒くさいな……」
卯月は苛立ちを抑えるために頭を掻く。このままでは条件の達成ができない。しかし、こんな場所にある物を食べるのは不安でしかなかった。
陸が次の行動を決めかねていると、想がおずおずと手を挙げた。
「あの、僕が食べようか?」
「なっ、駄目だ想!何が入っているのか分からないだぞ?」
「でも、食べないと次に進めないよ?」
「そうだけど……」
「僕も反対ですわ。見るからに罠ですもの。一度帰って、最後の扉を先に調べませんこと?」
想はブンブンと首を左右に振る。この食べ物の匂いに魅了されているのか、それとも役に立ちたいと思っているのか。陸の心配もメールの提案も、今の想には全く届いてない。
陸は悩み、いっそ自分で食べようかとさえ思った時、卯月が前に出た。卯月は机の上のクッキーを1枚掴み、口に入れる。
「ちょっ、卯月さん!?」
「むぐっ、味は悪くない。この紅茶も……うん、美味しいな」
「いやいや、何やってるんですか!急いで吐いてください」
「落ち着いてくれ、陸君。大人は子供を守るもの。君達の誰かに食べさせるくらいなら俺が危険を冒そう。それに、体も何も……ぐっ」
卯月が急に苦しみだす。杖代わりの傘を捨て、蹲った。そして痛みに耐えるように呻き声を上げる。
やがて、落ち着いたのか卯月は立ち上がった。その右足を見て陸は目を見開く。布のようにペラペラだった足が元通りになっていたのだ。
卯月は上機嫌にジャンプをする。
「見てくれ!足が治っている!」
「マジか……凄いな」
「ふっふっふっ。魔女様特製クッキーの効果、喜んでもらえたようで何よりなのね。魔女様もご満足されたようですのね」
「なら……」
「ええ。貴方達の欲していた“玉”は、もう現れていることでしょう。元の部屋に返してあげるのね」
紅葉がパチンッと指を鳴らす。すると、次の瞬間には扉の前まで戻って来ていた。瞬間移動ができるのならば行く時もそうしてほしかったと、陸はそう思ったものの口には出さない。
もう用は終わった。メールを先頭に、卯月達は部屋から出て行く。陸も後に続いて出ようとした。だが、紅葉に呼び止められたてしまった。
「人間」
「ん?どうした?」
「貴方達、特に大きい人間……卯月だったかしら?彼は魔女様のお友達。いつでも歓迎するのね。怪我をしたらお菓子を食べに来るといいのね」
「おう、ありがとう。……なあ、紅葉。お前、記憶はあるのか?」
「記憶?当然あるのね。地面に落ちていたあたくしを魔女様が拾ってくださり、体を与えてくれた。大事な記憶なのね」
「……うん、そっか。そうだな」
紅葉と白田は違う。彼女には元の世界の記憶はない。しかし、みじゅ子同様その方が幸せだろう。
陸はそれ以上話さずに部屋を出る。早くこのゲームを終わらせる、そう決意を抱いて。
♢♢♢
元の部屋に戻ると、メールが台を確認していた。陸に気付き、手招きをする。
「『紅葉』の溝も問題なく埋まっていますわ。条件は達成できたようですわね」
「そうだな。残りは『雪だるま』だけか」
「ええ。もう直ぐでゲームクリアですわね」
陸とメールが話していると、卯月と想もやって来た。
卯月は台を覗き込み、感心したような声を出す。
「凄いな。本当に玉がある」
「よ、よかった。あの、さっきの部屋では僕何にもできなかったから、最後の部屋ではもっと頑張るね!」
「おう、頼りにしてるぜ。じゃあ、時間がもったいないし、サッサっと雪だるまの部屋に行くか!」
陸達は和気藹々としながら、雪だるまの部屋に繋がる扉の前に立つ。すると、意外なことにA子が「待って」と声をかけてきた。
A子はじっと下を……いや、想の足を見ている。心配そうに、少し焦ったように口を開く。
「その子の足、怪我したの?さっきの部屋で?」
「ああそうだ。あの部屋の中で足を引っ張られたんだ」
「そう、やっぱり部屋の中は危険なんだ。なのに……」
A子は数秒目を閉じると、覚悟を決めたように開いた。陸達の方へズンズンと歩いて来て、最後尾に付く。
「アタシも行く」
「えっ!?」
「な、何を言っているんだ急に!?お前は俺達と関わりたくなかったのだろう?」
「関わりたくない。絶対家に帰りたい。ううん、帰らないといけないの。だから危険も冒したくない。……でも、そんな小さい子が危ない目にあってるのに何もしなかったら、例え帰れてもあの子に……」
「あの子?」
「な、何でもない!早く進みなさいよ!」
A子の心変わりの理由は分からないが、手伝ってくれるなら有難い。陸はドアノブを握り、雪だるまの部屋へと入って行くのだった。
♢♢♢
扉を開けた先、目前に広がっていたのは一面の雪景色だった。空から静かに降る雪は幻想的で、ずっと眺めていたくなる。しかし、凍える程ではないにしろ寒いのに変わりない。長居するべきではないだろう。
陸は何かないかと辺りを見渡す。すると、地面に足跡があることに気付いた。足跡は雪が降る中でもはっきりと残っており、まるで雪を弾いているかのようだった。
足跡は真っ直ぐ続いていた。陸は足跡の先を目で追っていく。
(ん?何だあれ?)
陸達から離れた場所に、何か大きな物が見えた。陸はそれを指差しながら皆に伝える。
「おい、あれを見てくれ」
「ん?何だろう。赤っぽい物が見えるな」
「あれは雪だるまですわね。赤いのは頭に乗ってるバケツですわ」
「あんなに離れてるのに分かるのか!メール様は目がいいんだな」
「ふふん、そうでしょう?ほら、行きますわよ」
どんどん進んで行くメールに遅れないよう陸達も歩く。足跡の終わり、辿り着いた場所にあったのはメールの言った通り雪だるまだった。
雪だるまは想像より大きく、陸の胸の高さくらいある。赤いバケツを被り、赤と黒のマフラーと手袋をしている。
この雪だるまに何かすればいいのだろうか?陸がそう悩んでいると、雪だるまから青年の声が聞こえてきた。
「こんにちは、人間さん」
「ひっ、しゃ、喋ったわよこの雪だるま!」
「落ち着け。これくらいで驚いてどうする」
「ごめんね、びっくりさせるつもりはなかったんだ。人間さん達は外の部屋から来たの?」
「おう。お前は台が置いてある部屋のことを知ってるんだな」
「もちろん。人間さん達は玉が欲しいんだよね?じゃあ、この部屋のクリア方法を教えてあげる」
雪だるまの声は穏やかで敵意を感じない。ひとまず疑わずに話を聞いてみよう。
「この部屋の条件は“ここにいること”、だよ」
「ここに?誰かが残ればいいのか?」
「うん。僕はこの部屋から出れなくてね、いつも寂しいんだ。だから、ずっとここにいてくれる相手がほしい。誰かがここにいる間、外の部屋に玉が現れるよ。でも、僕を置いて皆が部屋から出ると消える。誰を残すか話し合って決めてね」
陸達は顔を合わせる。誰を残すか、逆に言えば誰を犠牲にするかを決めろということだ。
もちろん、陸は誰も犠牲にするつもりはない。だが、他の者達……特に、仲の悪いA子と卯月が不安だ。
「おい、A子。君はここまで何の役にも立っていないのだから、ここで残ったらどうだ?」
「嫌。帰りたいって言ったでしょ。アンタが残りなさいよ」
不安は早速的中した。卯月の口調は冗談混じりだが、その目は笑っていない。何かあれば即A子を切り捨てるだろう。
A子は溜息をつき、入って来た扉を指差す。
「一旦戻って考えない?ここ寒いし」
「そ、そうだね。行こっ」
想がA子の手を引っ張る。卯月とA子を引き離そうと必死だ。それから卯月も部屋から出て行き、陸も出ようとした。だが、メールは立ち止まって動かない。
メールが雪だるまに問いかける。
「ねえ、貴方。ここに残るのは誰でもいいのかしら?」
「うん」
「それは僕達じゃなくても?」
「もちろん」
「それが聞ければ十分ですわ。戻りますわよ、陸」
「あっ、おい」
スタスタと戻って行くメールの背中を急いで追いかける。
部屋に戻ると直ぐにメールが宣言した。
「紅葉の部屋に戻りますわよ」




