第七依頼 四季の扉 4話
陸達は元の部屋に戻って来た。だが、残念ながら落ち着く暇はないようだ。
「お前みたいな奴はどうせ──」
「うっさい!決め付けんな!大体──」
「こ、これは……」
「大喧嘩、ですわね」
卯月とA子の2人が言い争っていた。馬が合わないのは分かっていたが、まさかここまでとは。
どうしたものかと陸が考えていると、想が足に抱き付いてきた。
「お、お兄ちゃん。よかった、帰ってきてくれた」
「想!大丈夫か?」
「う、うん。僕は平気。お兄ちゃん達がいなくなってから直ぐに2人が喧嘩を始めてね。僕、止めたかったけど、怖くて……ごめんね」
想は今にも泣きそうだ。陸は想の頭を撫でて慰める。その間にメールが喧嘩中の2人に近付いて行く。そして、杖の先で地面を叩いた。その音に卯月もA子もビクッと驚く。
「メール君……帰っていたのか」
「ええ。扉の先のこと、お話してもよろしいかしら?」
「あ、ああ。聞こう」
「……ふん」
A子は卯月やメールから離れ、壁にもたれかかる。報告は聞きたいが、話し合いに参加するつもりはないようだ。
陸も加わり、先程の部屋であったことを簡単に説明する。実際に体験しないと嘘だと言われそうな話だったが、卯月も想も信じてくれた。
「お兄ちゃん達が無事でよかった」
「ああ。2人とも本当にありがとう」
「構いませんわ。それより、台の上はどうなっていますの?」
メールは台を見に行く。台にある4つの溝の内、『桜』だけでなく『太陽』の溝にも玉が嵌っていた。
メールが急かすように陸を呼び寄せる。
「陸、ごらんなさいな。玉が現れているわ」
「本当だ!やっぱりメール様の予想通り、条件を達成したら玉が出てくるんだな」
「ええ、そのようですわね。さあ、そうと分かれば早速次の扉に向かいますわよ」
「はいよ〜」
「えっ、お兄ちゃん達、もう行くの?」
想が慌てて陸に駆け寄ってくる。そして不安そうに震えながらも、「なら、僕も行く」と言い出した。
想はちらりと卯月とA子を見た後、陸の手を握る。
「あ、あのね。もうここで待ってるのは、その……」
ハッキリと言葉にせず言い淀んでいるが、言いたいことは理解できた。卯月とA子がいる空間に残されたくないのだろう。
(正直危険だし、ここにいてほしいけど……仕方ないよな)
「分かった。一緒に行こうぜ」
「う、うん!」
安心したのか、想の表情が明るくなった。陸の手を握ったまま、ニコニコとしている。
メールも断ることはせず想を受け入れ、次に探索する扉の話を始めた。
「次に向かうのは……そうね、『紅葉』の部屋はどうかしら?」
「おう、いいぜ」
「僕も賛成、かな」
「では決まりですわね。行きましょう」
台から離れ、全員で紅葉の扉前まで移動する。陸がドアノブを握り、扉を開ける──前に、卯月に声をかけられた。
「待ってくれ。俺も行くよ」
「え?」
卯月は右足が動かせなかったはずだ。なのに一緒に行く?不思議に思った陸は卯月の方を振り返った。
そこには、傘を杖代わりにして立っている卯月の姿があった。陸達が話している横で、太陽の部屋前にある傘立てから取ってきたようだ。
卯月がぎこちない動きで陸達の方へ歩いて来る。
「あの女と2人きりになりたくないんだ。君達の邪魔はしないから付いて行かせてくれ」
「別に構いませんわよ。ねえ、陸、想」
「う、うん」
「そうだな。木曽さんがそう望むならオレに断る権利はない。でも、無理はしないでくださいね」
「ああ、もちろん。だが、もしもの時は俺を置いて行ってくれ」
「それは絶対嫌です。オレは全員でここから出たいんです」
陸にそう言われ、卯月は困ったように、しかし嬉しそうに微笑む。
こうして紅葉の部屋探索には、A子を除いた全員で挑むことになった。
♢♢♢
中は夜の森になっていた。扉に紅葉の絵が描かれていただけはあり、どの木も葉を赤く染めている。秋を感じられる美しさだがその葉は普通とは違い、淡く光っている。
卯月はキョロキョロと見渡す。
「太陽の部屋は一本道だったと聞いたが、ここには道らしいものはないな」
「そうですね。どう進むべきかな……」
「目印を付けながら進むのどうかしら?何か持っていないの?」
「う〜ん、俺が持っている物の中ならハンカチくらいしかないな」
「陸は?」
「え〜、何かあったかな」
陸がゴソゴソと持ち物を漁り、その横でメールと卯月が意見を出す。そんな話し合いに、想は参加できずにいた。何か喋ろうとしても、自信がないのか黙ったまま俯いてしまう。
何度か同じことを繰り返した後、想は諦めたようだ。適当な木に近付き、観察しながら話し合いが終わるのを待つ。
ボーッと、落ちていく葉をただ眺め続ける。……その油断がよくなかったのだろう。
「ぎゃっ!」
「想!どうした!?」
陸達は慌てて想の方へ駆け寄る。想はうつ伏せに転けていた。
「大丈夫か?」
「う、うん。何かに足を引っ張られて……な、何これ?」
想の足には蔦が巻き付いていた。細く赤い蔦で、木の下に積もっている落ち葉から出てきている。
蔦は想から離れ、落ち葉の中に戻っていった。まるで見られていることに気付いたかのようだ。
陸達が困惑していると、女性の声が聞こえてきた。
「ふっふっふ、驚いているようなのね」
声の主を探し、全員であちこちを見渡す。すると、近くにある木からガサガサという葉が揺れる音がした。
「あっ!見て!あの木の上!」
想が1本の木を指差す。その木の枝の上、葉に隠れるように1人の女性が座っていた。
「あらまあ、見つかっちゃったのよね。ふっふっ」
独特な笑い声とともに、女性がふわりと下りて来る。
黒いとんがり帽子に、手には箒。いかにも“魔女”といった服装の女性は、陸達にお辞儀をした。
「初めてまして、人間。あたくしは紅葉」
「紅葉……お前がさっきの蔓を操っていたのか?」
「ええ、そうなのね。可愛い悪戯でしょう?喜んでくれたのね?」
「全然。転けさせるのは駄目だろ。誰かを傷付ける悪戯は面白くねぇぞ」
「傷付ける〜?」
紅葉がジッと想を見つめる。想は居心地が悪そうだ。やがて紅葉は「ああ」と呟き、指を鳴らした。
ポンッ
軽快な音とともに、想の顔の前に赤い布が現れた。布はヒラヒラとひとりでに動き、想の右膝に巻き付く。
「そういえば人間はこれくらいで怪我をするのだったのね。忘れてた忘れてた。その魔法の布を巻いているのね。そうすれば怪我が悪化することはないわ」
「あ、ありがとう」
「想君、感謝はいらない。彼女は加害者として当然のことをしただけだ」
「加害者だなんて酷い。わざとじゃないのね。あたくしはただ、魔女様の元に貴方達を連れて行きたかっただけ」
「魔女様?」
陸は首を傾げる。服装からして紅葉が魔女に見えるが……。
卯月も同じことを思ったのだろう。紅葉に警戒の目を向けながら疑問を投げかける。
「君が魔女なのではないのかい?」
「まさか!違うのね。最初に言ったでしょう?あたくしは“紅葉”だと」
「え!も、もしかして……お前は紅葉の木そのもの……!?」
「惜しい!あたくしは紅葉の葉なのね。ただの葉っぱ1枚。それを魔女様の力で人間の形に変えているのね」
紅葉は自身の体をギュッと抱きしめる。大事な物を離さないように強く、愛おしい物を抱えるように大切に。
「あたくしは、あたくしに体を与えてくださった魔女様が大好き。魔女様の喜びの為なら何だってするのね」
「あらそう。なら、僕達を魔女の元に連れて行きたかったのもそれが理由?」
「そうなのね!魔女様はお茶会が大好き!『お友達と毎日お茶会をしたい』っていつも言っているのね。……けど、この森にはあたくし達しか住んでいない。お友達は作れない」
「ふ〜ん、それでオレ達に友達になってほしいって?」
「ええ!それにね、これは貴方達にも利があることなの」
紅葉が箒をくるくると頭上で回す。すると、想の時と同様にポンッという音がして、ケーキやクッキーなどのお菓子が現れた。
お菓子は陸達の周りを飛び回る。甘い匂いは空腹を誘い、つい手を伸ばしてしまいそうだ。
「お茶会のお菓子は特別製!食べるとどんな怪我も治るのね。そこの小さい人間の傷も、大きい人間の右足も」
「!治るのか、これが」
「ええ。それに、貴方達が欲しがっている“玉”も手に入るのね。だからお願いなのね」
「!知ってるのか?」
「もちろん。あたくしはこの部屋の外へ出ることができるのね。貴方達の望みは丸分かりなのね」
そう言って笑う紅葉を皆黙って見つめる。紅葉が余裕の態度を崩さないのは理解しているからだ。陸達が参加しているゲームのことを。この“お願い”を断れないことを。
陸が悩みながらメールに視線を向けると、丁度目が合った。メールが小さく頷く。『行くしかない』と、メールもそう思っているようだ。
陸は想と卯月に問いかける。
「魔女に会いに行きませんか?」
「えっ、だ、大丈夫かな?危なくないかな?」
「危険かもしれない。でも、紅葉の言うことを信じるなら行くしかない。……まあ、それに他に行く当てもないしな」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か」
「えっ、怖。急に何を言っているのね貴方」
「うるさい!お前は俺達の話し合いに入ってくるな!」
卯月に怒鳴られ、紅葉は拗ねたようにそっぽを向く。案外子供っぽい性格なのかもしれない。
卯月は深呼吸をし、冷静さを取り戻すと話を戻した。
「すまない。取り乱した。とにかく、俺も行くべきだと思っている」
「僕も賛成ですわ。想、怖いのなら貴方は元の部屋に戻りなさいな」
「や、やだ……僕も行く」
「まあ!皆来てくれるのね。嬉しいのね。なら、気が変わる前に直ぐにでも今にでも行きましょう」
そう言い、紅葉は箒を左右に振る。すると、陸達の体が浮き上がった。紅葉は箒も浮かせ、柄の部分に座る。
「ほら、行くのね」
「え、どうやって?」
「こうやって〜……なのね!」
紅葉が頭上に向かって飛ぶ。それに合わせ、陸達の体も上がっていく──凄いスピードで。
「うわー!?」
「あら」
「わぁー!わぁー!」
「うゎぁぁ!?」
優雅に空の旅を楽しむ余裕なんてない。慌てふためき、叫んでいる間に目的地に着いた。陸達はゆっくりと降ろされる。
陸は深呼吸をして息を整える。そして、連れて来られた場所を確認した。そこは沢山の木に囲まれながらも草すら生えてない地面。森にぽっかりと空いた穴のような所だった。




