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第七依頼 四季の扉 3話

「あの洞窟には1人……いや、1匹のスライムが住んでいるんだ。そのスライムは特殊な力を持っていてな。見本があれば何にでも変身できるんだよ」

「え〜見本がオレ達で大丈夫ですか?オレ達男ですよ?」

「大丈夫大丈夫。問題ないから行ってこい」

「……ここで話していても時間の無駄ですわね。行きますわよ、陸」

「うおっ!分かった、行くから手を引っ張るなって。あの!情報ありがとうございました!行ってきます!」


 陸は男性に軽く頭を下げ、傘を差す。そしてメールと共に洞窟へと向かって行った。

 男性は遠くなっていく陸達の後ろ姿をじっと見つめる。その顔はどこか辛そうだった。


         ♢♢♢


 目的の洞窟には数分で辿り着いた。遠目から見えていたよりも小さく、中も入り口から全体を見渡せるくらい広くない。その為、隠れる場所もないのだが……どこを見ても生物の姿はなかった。


 陸が入り口で首を傾げていると、横からメールが洞窟内へと入っていった。仕方がないので陸も傘を閉じ慎重に中に入る。

 メールはもう奥まで移動していた。どうやら罠はないようだ。陸も奥へと向かいながらメールに声をかけようとした、その時──


ベチャッ


陸の頭に何かが降ってきた。


「うわー!?」

「きゃー!?」


 陸の声に重なるように、女性の悲鳴が洞窟内に響く。陸は慌てて頭の上を触る。冷たく、ぬるぬるとしたなめくじのような物が手に当たった。陸はそれを掴み、顔の前まで持ってくる。


「きゃー!ごめんなさい!助けてください!命だけは勘弁を〜!」


 “それ”は、水のように透き通った綺麗な生物だった。楕円形をしており、中心に白い石が浮いている。口はないが喋れるようで、陸に対して命乞いを繰り返している。何故か分からないが、陸達が自分を殺しに来たと思っているようだ。

 陸は混乱しつつも、地面にそっと生物を下ろす。


「えっと、お互い落ち着こうぜ。まず、オレはお前に何かするつもりはない」

「そ、そうなのですか?」

「おう。オレ達はこの洞窟に住むスライムにお願いがあって来ただけなんだ」

「まあ!なら、私に会いに来たのですね」


 スライムは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねている。誤解は解けたようだ。

 そこにメールがやって来た。メールはスライムを訝しげに見つめる。


「貴方、天井から落ちて来ましたわね。どうしてそんな所にいましたの?もしかして陸に……僕の従者に危害を加えるつもり、だったのかしら?」

「ひっ、ち、違います!急に誰かが入って来てびっくりしたからつい……」

「あら、驚かせてしまったのね。ごめんなさい」

「い、いえ!私も悪いのです。私、ここから出たことがなくて……この世界に自分以外の“生物”がいるなんて思わなかったから」


 スライムの言葉に陸は疑問を覚えた。東屋で会った男性はスライムに詳しかった。その為、スライムと男性は面識があると思っていたのだ。

 メールも同じことが気になったようで、スライムに質問する。


「貴方、黒い髪のだらしないの男性は知らない?」

「?いえ、知りません」

「そうなの?……ふむ」


 スライムに表情はないが、その声から嘘ではないことが伝わってくる。これ以上問いただしても意味はなさそうだ。

 メールが考え込んでいると、今度はスライムから質問をしてきた。


「それで、貴方達は私に何を頼みにきたのですか?」

「ああ、そうでしたわね。実は──」


 男性のことや太陽様のことなど、ここまでの経緯を説明する。その間、スライムは静かに、集中して聞いてくれた。

 話が終わると、スライムは元気に飛び跳ねた。


「そうだったのですね!なら私にお任せください!力になりますよ」

「えっ!?……頼みにきたオレ達が言うのも何だけど、いいのか?お前に得なんてないぜ?」

「構いません!」


 悩むことなく即答する。その声にはやる気が満ちていた。


「初めてお喋りできた貴方達の為ですから!……というのは建前で、実は私、外の世界に興味があったのです。でも、あの大雨で出ることができなくて……。雨が止むなら私も嬉しいですし、外の世界に詳しいお二人と一緒なら不安もありません!むしろ一緒に行かせてください」

「そうか?ならお願いしようかな。あ、そうだ。お礼に外の世界のことを色々教えてやるよ!」

「本当ですか!?嬉しいです!ふふ、今日はいい日ですね!」


 スライムは幸せそうにプルプルと揺れいている。こんな見た目だが、とても感情豊かなようだ。


「では、早速やりましょう!変身は初めてですが、やり方は分かります」


 そう言って動きを止める。すると、スライムの体が段々と変化し始めた。

 縦に伸び、頭ができる。そして、腕や足など人間の部位が次々に形作られていく。最終的に出来上がったのは、美しい女性だった。

 紫と金の髪。緑色をした優しそうな瞳。陸とメールを混ぜたような姿だ。


「どうでしょう?上手くできてますか?」

「おう!完璧!」

「悪くないと思いますわ」

「えへへ、ありがとうございます」


 そう言ってはにかむ姿は、間違いなく人間そのものだった。


 それからしばらくの間、スライムだった女性はクルクル、ぴょんぴょんと動き回り、人間の体を楽しでいた。だが、目的を思い出したのかピタッと止まる。


「す、すみません。遊んでいる場合ではなかったですね」

「別にまだ遊んでていいぜ?」

「いえいえ!早く外に出たいですから!」

「でしたら行きましょうか。傘を準備しなさい、陸」

「は〜いメール様」

「……それ、いいですね」


 ポツリと女性が呟く。何に対しての羨望なのか分からず、陸とメールは女性を見つめるしかできなかった。

 女性はキラキラと目を輝かせている。


「呼び名、羨ましいです!私にはないですから……」

「あ〜そっか。……ならさ、オレがお前に名付けていい?嫌じゃなかったらだけど」

「いいのですか!お願いします!」

「おう!う〜ん、スライム……水饅頭っぽかったし……みじゅう、かな」

「陸、貴方には名付けのセンスがないのね。僕はスラ子がいいと思いますわ!」

「え〜スラ子は安直過ぎないか?」


 陸とメールが意見を出し合い、本格的な話し合いが始まりだした。まずい、これでは時間がかかってしまうと、女性は焦りながら「はい!」と手を挙げた。


「どちらも気に入ったので、合わせてみじゅ子がいいです!」

「そうか?まあ、お前がそれでいいなら」

「構いませんわよ。では改めて……陸、みじゅ子。東屋へと向かいましょう」


 陸が傘を差し、洞窟を出る。1本しかない傘に全員で入っているので窮屈だ。陸は肩を濡らしながら歩いて行く。


 みじゅ子が向日葵に気を取られたので時間はかかったが、東屋へは無事に着くことができた。

 東屋の中にいる男性が陸達に気付く。ベンチに座ったままヒラヒラと手を振ってくる。


「戻りましたよ〜」

「おかり〜。そっちの子が?」

「はい!初めまして、私はみじゅ子です。太陽様にやる気を出してもらいに来ました」

「みじゅ子?名前を付けたのか……ま、いいか。君、こっち来て。濡れるけど大丈夫?」

「えっ、濡れる……ううん、大丈夫です!行きます」


 男性はみじゅ子を連れて東屋から出た。数歩進んだ場所にみじゅ子を立たせ、男性はその少し後ろで止まる。

 寒そうに、でも好奇心でそわそわとしているみじゅ子が振り返った。


「ここでいいですか?」

「ん。じゃあ、楽にしてて……」


 熱意のあるみじゅ子とは裏腹に、男性は相も変わらず気怠げだ。男性はみじゅ子をじっと見つめていたが、やがてゆっくりと目を閉じる。

 男性が呪文を唱え始めた。


『捧げます捧げます 貴方に見合う宝物を 貴方の為にこの地の光を どうかどうか、今一度 その御姿を』


 最後まで呪文が唱えられると、みじゅ子の体が炎に包まれた。


「ぁ、え?」

「みじゅ子!」


 さらさらとしていた髪も、潤いのある白い肌も、全部全部燃えていく。悲鳴なんて上げる時間もない。あれだけ楽しそうに動いていた体も固まり、消えていく。最後に残ったのは灰だけだ。


 いつの間にか雨は止んでいた。ギラギラと輝く太陽が、地面に積もった灰をキラキラ輝かせる。だが、その灰も風に吹かれて直ぐに飛んでいってしまう。結局、みじゅ子が存在していた形跡は何も残らなかった。

 男性が東屋へと入って来る。そして、驚愕で固まっている陸に声をかけてきた。


「おい、終わったぞ」

「お、終わったってこれ……みじゅ子は死んで……」

「大丈夫大丈夫。生き返るから」

「へ?」

「あら、そうなの?」


 男性はズボンのポケットから煙草を取り出し、火をつける。


「せっかくだから教えてやるよ。俺もアイツも、元々は現実で生きていた人間だったんだ。だが……クリアできなかった。お前達が今参加してるこのゲームを」


 淡々と、興味のない本の文字を読み上げるように、無感情に男性は話す。疲れたように煙草を吸い、フーッと息を吐き出しながら続けた。


「ゲームをクリアできなかった者はこの世界に閉じ込められる。そして、黒幕の操り人形として飽きるまでおもちゃにされるんだ」

「で、でも!アイツは……みじゅ子はそんなこと一言も言ってなかったぜ?」


 詰め寄る陸を落ち着かせ、男性は説明する。


「記憶を消されてるんだよ、黒幕に。おっと、可哀想だなんて思うなよ?それがアイツの救いだからな。何度も何度も、ゲームが始まる度に燃やされる役……記憶が残る方が可哀想だって分かるだろ?むしろ、可哀想なのはずっと記憶を消されない俺の方だぜ。前もよぉ……」


 心の中に渦巻いていたものを吐き出すように、男性は喋り続けている。しかし、それを止めるようにメールが口を挟んだ。


「そんなことより質問を。一つ目、貴方はどうして記憶が消されていないのかしら?」

「知らねぇよ。黒幕様に超好かれているか、超嫌われてるかのどっちかだ」

「そう。なら二つ目。黒幕の正体は?」

「言えない。記憶と自我はあるが、俺は黒幕の人形だ。アイツが許可したことしか喋れないんだよ」

「その割にはペラペラと話していましたわね」

「知られても構わない情報なんだろ。とにかく、俺はお前達に核心に迫った話はできない。……だが、アドバイスはできる」


 そう言いながら、男性は煙草を握って火を消す。ジュッという音が聞こえたが、熱さを感じていないようだ。そのまま煙草をその辺に投げ捨てる。


「この世界で出会う奴らに気を許すな。特にそこの坊主」

「オレ?」

「ああ。お前は人がよさそうだからな。いいか?この世界の奴らは皆、黒幕の人形だ。スライムみたいに記憶を消されている奴や、悪意なく罠にかけてくる奴もいるだろう。中には俺みたいな記憶持ちもいるかもしれない。だが、決して信用するな」

「お前みたいな人でも?」

「当然だ。こうして話をしている俺だって、次の瞬間には自我を消され、お前達に襲いかかるかもしれない。だからこそ誰にも気を許すな。情も移すな。現実に帰るつもりなら辛くなるだけだしな」

「わ、分かった……」


 圧に押され、陸は絞り出すように返事をする。男性は満足したようで、ゆっくりと歩いてベンチに座った。

 初めて会った時のようにだらしのない態度で、男性は陸達に手を振る。


「ん、なら俺から言えることはもうないな。お前達がクリアできることを祈っておいてやるよ」

「祈りは必要ありませんが、お礼は言っておきますわ。貴方はどうしますの?」

「どうもしねぇよ。俺はここから出れねぇもん。あ、もしかしたらお前達に情報を流した罰で消されるかも」

「あら、そうなったらいいですわね」

「本当にな。早くここから解放されたいよ」


 諦めたように男性は笑う。その姿に陸は胸を締め付けられる。何か自分にできることはないかと考え、口から出た言葉は──


「なあ、最後に名前を教えてくれ」


というものだった。

 予想外の言葉に、男性は驚いていた様子で「は?名前?」と聞き返す。陸は頷いた。


「記憶があるなら名前も覚えているよな」

「いや、お前……情を移すなって……」

「分かってるよ。でもオレは、ここまで助けてくれたお前のことを少しでも知っておきたい。みじゅ子もお前も、絶対に忘れたくないんだ!……です!」

「全く、本当に人がいい坊主だな。……白田。江菊白田だよ。別に忘れてくれて構わねぇから」

「ありがとう!絶対覚えてるぜ!」

「はいはい。ほら、ご主人様が待ってるぞ。早く行きな〜」

「おう!じゃあなー!」


 メールは既に東屋から出ていた。待ちくたびれ、欠伸をするメールの元へ陸は走って行く。そして、最初に入ってきた扉へ向かって戻って行った。

 その姿を最後まで見届けた後、白田はまた煙草を取り出し吸い始める。


(癖で吸っているだけで、とっくに味も分からなくてなっていたが──はは、珍しい。今日の煙草はうまいな)


 ベンチにもたれかかり、ボーッと東屋の天井を見る。そして、ポツリと呟いた。


「久しぶりにいい日だったな」

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