第七依頼 四季の扉 2話
中は最初にいた部屋同様、白い部屋だった。特に危険も見つからない。
陸は卯月をゆっくりと下ろし、心配しながら声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫……痛みはないんだ。少し驚いただけさ」
「それでも無理はしないでくださいね。オレ、色々見てきます。ここで休んでてください」
そう言って部屋を調べ始める。まずは後ろ。先程通った扉は既に無くなっていた。来た道は白い壁で塞がっている。
次に辺りを見渡す。左右と正面にはそれぞれ扉があり、中央に四角形の台が置いてあった。メールはその台を見ている。
陸も台の方へ向かった。台には4つの丸い溝があり、その内1つに桃色の玉が嵌っている。
陸は台を眺めながらメールに喋りかけた。
「何だろうな、これ。……ん?溝の近くに絵が描いてるな。『桜』に『太陽』、『紅葉』、『雪だるま』か」
「『桜』の溝には玉が埋まっていますわね。後の絵は……それぞれの扉に描いてある絵と同じものかしら」
「扉?」
そう言われ、今度はしっかりと扉を見てみる。確かに扉には絵が描かれていた。また、太陽の扉の前には傘入れが置いてあるようで、中には何本か傘が入っている。
「本当だ、全部絵が描いてある……けど、この桜の扉だけ見つからねぇな」
「それは先程通った桜並木の部屋だと思いますわ。仮説ですけれど、あの部屋で何か“条件”を達成したから、ここに玉が嵌っているのだと思いますの」
「条件?……あっ!看板!『歩いて桜をお楽しみください』ってやつ!」
「僕もそう思いますわ」
「何かゲームみたいだな」
「ゲーム“みたい”ではなく、ゲームですわよ」
メールは喋りながら紙を1枚差し出してきた。受け取って見てみる。そこには子供の字でこう書かれていた。
『これは一年をめぐるゲームだよ。クリアできたら元の場所に帰してあげる』
紙から目を離さない陸に、メールが一方的に話を続ける。
「それ、この台に貼ってありましたの」
「……じゃあ、黒幕が用意したんだろうな。でも、こんな事して黒幕に何の得が──」
そこまで言いかけて頭の中にリアエルの姿が浮かぶ。そうだ、この世には『楽しいから』で人間を弄ぶ奴がいるのだ。ならば理由を考えても仕方がない。どうせ悩むのなら、全員が生き残る方法に頭を使った方が有意義だ。
急に黙った陸をメールは不思議そうに見ている。だが、深く聞くつもりはないらしい。直ぐに視線を落とし、台にそっと手を置いた。
「まあ、これがゲームだというのなら参加してあげますわ」
「ええ……本気か?」
「もちろん」
メールは楽しそうに笑いながら頷く。
「僕、ゲームが好きですの。ルールを守りながら知恵を絞ってクリアする。とても楽しいではありませんか」
「この状況でもそう言えるなんてお前は凄いな。全然動じないし」
「当然。僕は強いですから」
「メール様カッコいい〜」
「うふふ、そうでしょう?貴方のことも守ってあげるから安心して」
メールは上機嫌で杖を回す。そんな様子を微笑ましく見ながらも、陸は心の中では心配していた。
(強がっているわけではなさそうだけど、コイツはまだ子供。オレが助けてやらねぇと)
そう決意し、メールと共に皆の所に戻る。そして簡単に情報の共有を済ませた。
「成程……3つの扉の中で条件を満たす。そうしたら、そこの台に玉が現れるかもしれない……と」
「あくまで仮説ですわよ?それに、全ての玉が埋まったらからといって、ここから出れるとも限りませんわ」
「で、でも、他に思いつかないし、やってみてもいいかも」
「う〜ん、そうだね。だが、俺はこんな足だし……どうするべきか……」
卯月はチラリとA子を見た。行ってほしいのだろう。しかし、A子は関係ないとばかりにこちらを無視している。
また喧嘩になったら困る。陸は手を上げた。
「ならオレが行ってきますよ。ここで待っていてください」
「なっ、待ってくれ!」
陸は扉に向かって歩き始める。それを卯月は慌てて止めた。当然だろう。卯月からすれば陸はただの高校生。何が起きるか分からない場所を1人で探索させるなんて危険過ぎる。
「危ないだろう!無茶をしてはダメだ!」
「大丈夫です!オレ、実は探偵事務所で働いてるんですよ。こういうのには慣れてますから!」
「何を言っているんだ……。こんな非現実的なことがそう起こるわけないだろう。とにかく1人は駄目だ。せめてもう1人……A子さん、行ってもらえないかい?」
無駄だと思いながらも、卯月はA子に頭を下げながら頼む。だが、A子はプイッと顔を背ける。
「行かない」
「本当に協調性のない奴だな。子供が命懸けで動こうとしているんだぞ?大人である僕達が行動しなくてどうする」
「えっと、本当にオレは大丈夫ですから。あの、A子さん」
「……何?」
陸に呼ばれ、少し気まずそうにするA子。冷たい態度を取っているが、罪悪感はあるらしい。
陸は言葉を続ける。
「さっきの桜の部屋、危ないのに扉を開けて待っててくれましたよね。本当に助かりました。ありがとうございます」
「っ……」
「じゃあ、行ってきます!」
「あら、もう行くの?どの部屋に入るのかしら?」
「太陽の部屋!傘の意味も気になるしな」
そう言って扉に近付く。扉は木でできていた。大分古くなっており、ちゃんと開くか不安だ。
扉の前にある傘立てを見ると、安っぽいビニール傘が人数分入っていた。陸はその内の1本を手に取り、ドアノブに手をかけ、軽く力を入れる。
ギィィ
扉は問題なく開くようだ。陸は覚悟を決めながら、太陽の部屋へと入っていった。
♢♢♢
入って直ぐに陸を襲ったのは──土砂降りの大雨だった。
「わー!?傘!傘!」
急いで傘を開く陸。最初から差していればよかった。幸い、扉から出て直ぐはまるで雨除けがあるようかの雨が当たらない。深呼吸をして落ち着いてから周りを見る。
桜並木の部屋のように、この部屋も中央に道が続いていた。ただし、道の周りは桜ではなく向日葵畑になっている。
晴れていたら綺麗なのだろうが、今は生憎の雨。どの向日葵も項垂れるように下を向いていた。
(空は暗いし、向日葵は今にも枯れそうだし、ちょっと不気味だな……)
ホラー映画の舞台のような光景に若干怖がっていると、隣から声がした。
「あそこ。奥に何か見えませんこと?」
「うぎゃ!?め、めめメール!様!」
「はい。メール様ですわよ」
驚く陸とは対照に、メールは冷静な様子で立っていた。クスッと笑いながら陸を見上げる。
「そんなに怖がって……やっぱり付いて来て正解でしたわね」
「いや、お前が急に現れるから……って違う!危ないからメール様は戻ってろよ!ここはオレが何とかするから」
「気遣いは無用ですわ。従者を守るのも主の務め。貴方は黙って僕に守られていればいいのです」
「あれ?オレいつの間にか従者になってる……」
「間違っていないでしょう?それよりほら、奥を見なさいな。何か建物が見えますわ」
メールが杖を向ける。真っ直ぐ続く道の先には、確かに小さな小屋があった。
「本当だ。なら、ひとまずはあそこを目指すか」
「ええ、そうしましょう」
そう言いながら、メールは当然とばかりに陸の傘に入ってきた。驚いてメールの方を向く。どうやらメールは傘自体持ってきていないようだ。
「……えっと、メール様〜?傘は持ってこなかったのですか?」
「あら、この僕が何故自分で持たないといけませんの?それは従者の役目ですわ。ほらほら早く!」
「はいはい」
これ以上言っても無駄だ。陸は諦め、メールと共に1本の傘に入り歩き出す。
目的の場所には数分で着いた。
「思ったより綺麗だな」
小屋だと思っていたのは東屋だった。公園にあるような一般的なもので、中では1人の男性がタバコを吸っている。
東屋から先にも道は続いているが、ひとまず男性に話を聞こう。傘を畳み、陸達は東屋に入って行く。
「こんにちは〜」
「ごきげんよう」
「ん?おお、誰か来るのは久しぶりだな」
男性の歳は30代後半くらいだろうか。ボサボサの黒い髪に、顔には無精髭が生えている。また、シャツは皺だらけで、着ているベストもボタンを留めていない。何ともだらしのない印象を受ける姿だ。
男性は灰皿にタバコを押し付け火を消した。そして、何故か憐れむ様な目で陸達を見てくる。
「あの、久しぶりってことは、前にも誰か来たことがあったんですか?」
「ん?俺そんなこと言ったか?聞き間違いだろ」
(うっ、分かりやすく誤魔化してくる。話したくないなら無理矢理聞き出すのも難しいか)
メールも同じように思ったのだろう、その話題には触れず別の質問をする。
「僕達、この場所について何も知りませんの。色々と教えていただいても?」
「お〜いいぜ」
「ありがとうございます。では、この場所は何かしら?」
「見ての通りだ。向日葵」
「貴方の存在する意味は?」
「『太陽さま』に仕えるのが俺の仕事だな」
「太陽様?」
首を傾げる陸に、男性はヘラヘラと笑いながら答える。
「太陽さまは太陽さまだよ。見たことない?空にあって、めっちゃ輝いてんの」
「いや、太陽は知ってますけど……でも、ここにはないですよね。曇ってるし、ずっと雨も降ってる」
男性は「あ〜」と小さく呟き、目を泳がせる。この様子、何かやましいことがあるようだ。
それにめざとく気付いたメールが、ニヤニヤと笑いながら男性に話しかける。
「あら?何かお困りごと?不測の事態でも起きているのかしら?」
「不測の事態というか、よくあることというか……いや、何とかしないといけないんだぜ?でもよぉ、働きたくなくてよぉ。このままでもよくね?って気持ちもあってぇ……」
「だ、駄目な大人だ!」
「あのな、坊主。大人は大変なんだよ。仕事は楽しくないし、世界には夢も希望もないものさ」
遠い目をする男性。その姿はまさに疲れた社畜そのものだ。だが、メールが気遣うことはない。パンパンと手を叩き、話を戻す。
「楽しくなくても仕事は仕事。役目は全うしないといけませんわ。それで、その『何とかしないといけないこと』は、太陽が出ていないことであっていまして?」
「あ〜……はい」
「対処の方法はご存知かしら?」
「それは分かってるぜ。太陽さまはやる気がなくてサボっ……休憩されているんだ。つまり、テンションが上がることをして、やる気を出してもらえたらいいのさ」
どうやら仕事をサボっていたのはこの男性だけではなかったようだ。いや、むしろ主人がこれだから仕えている者もこんな性格なのかもしれない。
陸は呆れつつも、情報が得られたことを喜ぶ。後の問題は『やる気の出し方』だ。陸が唸りながら考えていると、男性が「ハハッ」と笑って答えを教えてくれた。
「やる気を出してもらう方法は簡単だよ。太陽さまは美しい女が好きなんだ。目を奪われるくらいの美人がいれば、太陽さまも出てきてくれるさ。その点、お嬢ちゃんは合格だと思うが……どうだ?会ってくか?」
「僕は男ですわ」
「……マジ?あ〜、失礼シマシタ」
「構いませんわ。僕の可愛さは男女の括りを超越していますもの」
「自信が凄い。……けどまあ、それならこの方法しかないか」
男性は奥に続く道を指差す。
「あそこに行ってこい」
男性が指し示した先、この東屋から少し離れた場所に見えるのは──洞窟だった。




