第七依頼 四季の扉 1話
ある日の昼下がり。陸は1人でショッピングモールまで買い物に来ていた。色々な店舗をぶらぶらと見て回り、既に1時間は経っただろう。次はどこに行こうかと考えながら歩いていると、子供の泣き声が聞こえてきた。
声のする方へ行くと、道の隅で小学生くらいの男の子が蹲っていた。
「うっ、ぐすっ……お母さん……」
「どうした?迷子か?」
「ひっ……お兄さん、誰?」
急に声をかけられ、男の子はビクッと体を震わせる。陸は屈み、男の子とできるだけ目線を合わせながら続けた。
「オレは陸!お前の名前は?」
「……想、です」
「想か!よろしくな!なあ、想。もしかしてお前って迷子?」
想はこくんと頷く。その目はまだ潤んでいるが、もう涙は止まっていた。
陸は立ち上がり、想に向けて手を差し出す。
「なら迷子センターに連れて行ってやるよ」
「えっ、い、いいの?」
「おう!放っておけねぇもん!陸お兄ちゃんに付いて来い!」
「あらあら、うふふ。頼りになりますのね。これなら僕も安心ですわ」
「へ?……うわっ!?誰!?」
振り返ると、そこにも1人の子供が立っていた。よく手入れされた紫と水色のツートンの髪、黒を基調とした品の良い服。手には高価そうな黒い杖が握られている。まるで物語に出てくる貴族のようだ。
子供は品のある笑みを浮かべながら、驚く陸に自己紹介をする。
「僕はメール。気軽にメール様と呼んでくれて構いませんわ」
「め、メール?外国の子なのか?」
「メール“様”、ですわよ」
「メ、メール様……」
「よろしい。今から貴方に仕事を与えます。僕をその子供と同じ場所に連れて行きなさい」
「同じ場所って……迷子センター?何?メール様も迷子なの?」
「失礼ね。違いますわ」
メールは不機嫌そうに口を尖らせ、杖の先を陸に向けた。そしてハッキリと、自信を持って告げる。
「僕が迷子なのではなく、僕と一緒に来た従者達が迷子になったのですわ!」
「成程な〜。それは困ったな」
「ええ、そうでしょう?荷物は杖以外全部渡していますし、これでは何も買えません。……ですので、貴方に僕を助ける権利を差し上げようかと。迷子センターなる所まで僕をエスコートしなさいな」
「りょーかいです。ありがたき幸せ」
「うふふ、従順な子は好きよ。頼みましたわよ陸“お兄ちゃん”」
そう言うと、メールは陸に近付き無理矢理手を握ってくる。この状態で連れて行けということだろう。陸も振り解くことなく受け入れた。
そのまま陸は想の方を向く。想はメールの登場に呆気に取られていたようで、口をポカンと開けて立っていた。
そんな想に、陸は改めて手を差し出す。
「待たせてごめんな。ほら、一緒に行こうぜ」
「そ、その子も一緒に行くの?」
「おう。困っているみたいだからな」
「不満かしら?」
「う、ううん、大丈夫。行こっか」
メールの傲慢な態度が怖いのだろう。想は怯えながら陸の手を取った。
「よし!じゃあ、しゅっぱ〜つ!」
元気よくそう言ったものの、陸の足が前に進むことはなかった。何故なら──
「……は?え、何だよ、この部屋……?」
「あらまあ」
「えっ、えっ?」
一瞬で、見覚えのない真っ白な部屋に移動していたからだ。
♢♢♢
陸は困惑しながら部屋を見渡す。そこは小さい部屋で、四方は扉もない白い壁。部屋の中には自分達以外にも2人の人間がいた。男性が1人、女性が1人だ。
「また新しい人間が来たな……こんにちは」
男性が話しかけてくる。短く切られた髪に、人のよさそうな印象を受ける垂れ目。まだ暑さも残る季節なのに厚めのコートを着ている。
言葉が通じることに安心し、陸は挨拶を返す。
「こ、こんにちは〜。あの、ここはどこですか?」
「それが俺達も分からなくてね。気付くとここにいたんだ。スマホの電源も入らないから助けも呼べない」
「えっ!」
陸は慌てて自分のスマホを確認する。男性の言う通り電源が入らない。メールと想はスマホを持っていないようだが、例え持っていたとしても結果は同じだろう。
助けが呼べないという事実に肩を落とす陸。そんな陸を気遣うように、男性がまた話しかけてきた。
「大丈夫かい?その様子だと君のスマホも駄目だったようだね」
「はい。でも落ち込んでばかりではいられませんよね。ここがどこか分からねぇけど、出る方法を考えないと」
「ああ、そうだね。皆で協力してここから出よう」
男性はやる気のこもった瞳をしながら、グッと胸の前で拳を握る。そして、そのまま全員に聞こえるように大声で自己紹介を始めた。
「俺は木曾卯月だ。小学校で教師をしている」
「オレは八崎陸です。よろしくお願いします」
「メールですわ。気軽にメール様と呼んでくださいな」
「そ、想です……」
「うん、皆よろしく」
こうして陸達は挨拶をしたが、最後の1人、部屋の隅にいる女性は黙ったままだった。
女性は20代後半くらいだろうか。化粧っけがなく、茶色の髪はちゃんと手入れしていないのか酷く荒れている。
卯月はずっと黙っている女性に目を向けた。
「そこの君も自己紹介をしてくれないか?」
「やだ」
「は?」
「アンタが勝手に始めただけじゃん。アタシはやるって言ってないのにさ」
「な、何を言っているんだ?協力を──」
「うるさい。この中にアタシ達を連れて来た奴がいて、後ろから刺されるかもしんないのに仲良くする訳ないじゃん」
「は……はあ!?自分勝手が過ぎるだろ!」
女性はプイッとそっぽを向き無視する。卯月は明らかに怒っており、空気が一気に悪くなった。
そんな様子をメールは面倒くさそうに見つめた後、「構いませんわ」と喋り出した。
「そちらの方にも、ご自身なりの考えがあるでしょう。僕達も協力を乞うことはいたしません。僕達は僕達で脱出方法を探しましょう?」
「……そうだな。取り乱してすまない」
「あら、謝る必要はなくてよ。貴方の意見も間違っておりませんもの。……でも、そうね。呼び名がないのは困りますわ。ひとまず、貴方のことはA子と読んでいいかしら?」
「……別に、好きに呼べば?」
「ええ。そうさせてもらいますわ」
何とか喧嘩は収まったようだ。しかし、だからといって一息つく暇はない。何故なら陸の後方から重い物が動く音がしたからだ。
陸が振り返ると、壁の一面がゆっくりと下がっていた。そうして現れたのは──
「桜並木……?」
♢♢♢
新しく現れた部屋の中は、春の陽射しが差し込む美しい桜並木になっていた。
「うお……何だこれ……」
「どうなっているんだ?何故急に部屋が?」
「さあ……分かりませんわ」
「で、でも、危険はなさそうだよ。変な人も、お化けもいない」
桜並木の部屋を覗いている想に続いて、陸も中を見に行く。
頭だけを部屋に入れると、突然桜の匂いがし始めた。ずっと嗅いでいたくなる程とてもいい匂いだ。
部屋の入り口には看板があった。看板には『歩いて桜をお楽しみください』と書いてある。中央には道があり、真っ直ぐ進んだ先に扉が浮いているのが見えた。
左右を見渡せば桜が永遠と並んでおり、終わりは見えない。また、陽射しはあるが空に太陽はなく、ただ青空が広がっていた。
陸は想と共に皆の元へ戻り、先ほど見たことを話した。その上で話し合いを始める。
「オレとしてはあの奥の扉を目指したいんだけど、皆はどうだ?」
「ええ。僕もそれがよいかと」
「お、お兄ちゃん達が行くなら僕も行く」
「危険ではあるが……うん、先に進もう」
「分かった。じゃあ、目的は決まったな。……えっと、A子さんはどうします?」
A子は少し考えた後、嫌そうな顔で「行く」と言った。
「ここにいたって出れなさそうだし。でも、アンタ達に何かあっても助けないから」
「はい。それでいいですよ」
「なら、全員扉に向かうということだな。念の為、看板に書いてある通り歩いて渡ろうか」
「そうですね。逆らうと何があるか分かんねぇし」
全員で桜並木の部屋の入り口に向かう。
中の道自体はそこまで長くない。歩いても直ぐに扉まで着くだろう。
陸を先頭に立ち、部屋に入って行く。部屋の中に一歩足を踏み入れただけで、先程と同様に桜の匂いが強くし始める。暖かい陽射しと落ち着く匂い、綺麗な景色に警戒心が薄れてしまいそうだ。
「うう……」
「想?どうした?」
「何か、ちょっとぼーっとする……」
「えっ!?大丈夫か!?」
想は眠たげにふらふらとしている。と、メールが話しかけてきた。
「きっとこの匂いが原因ですわね。この感じ……催眠か誘惑か、そういった類のものですわ。僕には効きませんが、貴方達には毒でしょう。あまり嗅がないことをオススメしますわ」
「う、うん。……お兄ちゃんは大丈夫?」
「おう。オレも何ともないな」
(オレが平気なのは、やっぱりアーティマの半身だからだよなぁ)
心の中でアーティマに感謝する。これなら簡単にこの部屋を抜けられそうだ。
陸は想の身を案じながら、他の2人は問題ないか振り返った。まず、A子は自分達の後ろにいた。少し眠たそうだが、意識はあるようだ。そして、その後ろに卯月が……いない。卯月の姿が見えない。
どこに行ったのかと辺りを見渡す。いた。桜の木の近くだ。意識が朦朧としているのかふらふらと歩いており、もう木に触れそうなくらいの距離にいる。
「卯月さん!!」
声を張り上げながら卯月の元へ向かう。幸い、陸の声で卯月も意識が戻ったらしい。立ち止まってくれた。
しかし、もう遅かったようだ。
「うわっ!何だ!?」
地面から木の根が伸びてきて、卯月の右足に絡みついた。バランスが崩れた卯月は尻餅をついてしまう。木の根はぐいぐいと足を引っ張り、少しづつ地面へと引きずり込んでいく。
「くっそ、抜けねぇ!」
「大丈夫ですか卯月さん!」
やっと追い付いた陸は、卯月の体をしっかり掴みグッと力を入れる。すると、案外簡単に木の根は外れ、卯月を助け出すことができた。これで一安心だ。後は扉に向かうだけ……とはならなかった。
「あっ、あぁあぁあ!!??足、俺の足が!」
卯月の右足のズボンは膝下まで溶けており、皮膚が見えていた……“厚み”のない皮膚が。
肉や骨など、中身があるようには感じられない。ペラペラで皺のある皮膚。まるで、アイロンかけをしていない布のようだ。
驚きと恐怖で暴れる卯月を何とか立たせ、肩を貸して歩き出す。早く進みたいが、看板の『歩いて桜をお楽しみください』の文字を思い出し、もどかしいが歩いて進んでいく。
扉の前に辿り着くと、驚くことにA子が立っていた。中に入らず、扉を開けて待っていてくれたようだ。陸達が入った後にA子も急いで入り扉を閉める。
誰もいなくなった部屋で桜の花が風に揺れる。何もなかったかのように、綺麗に、静かに。




