第六依頼 精霊の涙 7話
男性がいた位置に泡がぶくぶくと立ち始める。数秒で泡は消え、中から可愛らしい少女が現れた。
純白の美しい髪、宝石のように輝く青い瞳、白でまとめられた服装、慈愛に満ちた笑み。物語に出てくる天使のような子だ。
見るからに無害そうな少女に陸は若干警戒を解くが、マミは違った。即座に魔法で大鎌を作る。
しかし、マミが何かをするより早く少女が口を開いた。
『いさな りむね るすいれいめ』
「っ!これ、は……」
「あらら……まずい、ですね……」
少女の呪文を聞いた瞬間、フェリとダシェリーはふらつきだし、そのまま意識を失った。スイバの魔法のおかげか沈んでいないが、戦闘は不可能だろう。
しかし、陸は何ともなかった。
「え、どうしたんだよ?あ、マミは?」
慌ててマミを見ると、彼女も意識を失いかけていた。マミは重くなる瞼を必死に開き、少女を睨む。
「この強さ……やっぱり……天、神」
「そう怖い顔をしないでください。流石の僕も、地神の眷属と、声望声関係者に危害を加えたりしないです。皆さんには少し寝てもらうだけですよ。安心でしょう?」
「ふざけ……」
そこでマミも限界がきたのか、そのまま眠ってしまった。
静かになった海中で少女は陸に向かって挨拶をする。
「初めましてなのです、少年」
「……誰だよお前」
「リアエルです。今はこんな見た目ですが、天神ですよ」
そう名乗りながら陸に近付いて行く。だが、それを阻止するように立ち塞がる者がいた。灯だ。
リアエルは一瞬驚くが、直ぐに困ったように笑みを浮かべる。
「まさか僕の魔法が効かないなんて……凄いですね。ですが、ごめんなさい。僕が話をしたいのはそこの少年だけなのです」
「何故だい?」
「そんなの、彼の魔法が特別だからに決まっているですよ」
陸は息を飲む。どうやら、鮫と戦っているところを見られていたようだ。
天神が、星檻のことを知ったうえで関わってきた。しかも、仲間のほとんどは無力化されている。最悪の状況と言っていいだろう。
先程まで天使のように見えていた少女が、今では悪魔のように恐怖を覚える存在に変わってしまった。
(星檻を使うか?けど、鍵はダシェリーが見えた時に仕舞っちまった……。呪文唱えて出してる間に攻撃されたり逃げられたりするかも……)
そんなことを考え、悩んでいる陸の様子に気付いているのか、もしくは興味がないのか、リアエルは変わらず笑っている。
「ですので、貴方には興味がありません。どいて……ん?あれ、僕達どこかで会いました?」
「……さあね」
「いーや、微かにですが、貴方から感じるこの魔力。絶対会ったことがあるのです。ん〜どこかしら……あ!思い出した!」
少女が灯に顔をグッと近付ける。
「貴方、僕が殺した地神ですよね!夢使いの霧くん!」
予想外の言葉に陸は驚愕し、灯に視線を向けた。だが、話したくないのか灯は無言だ。
「あれ?忘れてしまったですか?僕ですよ、戦争時代に戦ったじゃないですか〜。貴方が僕の仲間を2柱殺して、そして僕が貴方を──」
少女が言い終わる前に、灯が彼女の顔面を掴む。そして心底嫌そうに自分から引き離した。
少女は抵抗せず、灯と陸から距離を取る。
「よく動く口だね。煩くて不快だ」
「あの、灯さん?殺したって……地神って……どういうことなんだ?」
「ごめん。隠していたわけではないんだ」
灯は陸に背を向けている為、陸からは灯の表情が分からない。それでも、本当に申し訳ないと思っていることが声から伝わってくる。
「ボクの前世は地神でね。コレが言った通り、天神が侵略してきた時に戦って死に、精霊として生まれ変わったのさ」
話を聞き、陸は驚きつつも納得していた。灯とウィクシーの仲がいいこと、今朝ダアトと会った時の重い空気。それらは全て、元地神だったからだ。
灯は話しながらリアエルに冷たい目を向ける。
「だから、ボクはある程度コレのことを知っている。コレはとんでもなく利己的で快楽主義で、世に言う“天使”とは真逆の存在だよ」
「む〜別に、僕から天使って名乗ってるわけではないですよ?人間の望みを叶えてあげたら、何故かみ〜んな口を揃えてそう呼んでくるのです」
「『願いを叶える』、か」
呆れたように灯は続ける。
「よく言うね。以前にも『天使に力を貰った』と言う人間がいたが、先程の人間同様、酷い最後だった。願いを叶えているとは到底思えないな」
「んん〜?どれのことか分からないです。それに、確かに僕は人間で遊ぶのが楽しくて好きですが、無理強いはしていません。『望みを叶えてくれ』と願われたから、魔法をかけてあげただけ。その結果が予想と違って困ったり、分不相応な魔法を使おうとして異形化したりするのは、その人間の問題です。僕のせいではないのです」
「はあ、わざとやっているくせに……。それでよく協定内容に違反しないものだ」
「……ふふ」
リアエルの笑みが意地悪く歪む。悪戯っ子のような可愛らしいものだが、その笑みからは悪意しか感じない。陸は冷や汗をかきながらもリアエルから目を離せず、彼女の次の言葉を待つ。
「簡単ですよ。そこの少年」
「オ、オレか?」
「はい。貴方に質問です。人間が包丁で誰かを刺した時、罰せられるのは〜?」
「そりゃあ、刺した奴だろ」
「ですよね!僕もそうなのです」
少女は嬉しそうにしているが、陸には言っている意味が分からない。
「僕も包丁と同じ、道具でしかないのです。人間が望みを叶える為に使う道具。使った者が罰せられても、道具が罰せられることはない、ですよね」
「屁理屈だね」
「いいえ、理屈として認められているですよ。僕に星檻の罰が下っていないことがその証明です。……さて、無駄話は終わり」
リアエルが手をパンッと叩く。すると、その場からリアエルの姿が消えた。慌てて陸が探していると、肩を叩かれた。
振り返ろうとすると、頬を誰かの指に突かれる。
「えへへ、引っかかった〜なのです」
「リアエル!?」
「っ!陸!」
灯が陸の元に急ぐ。けれど、少し距離があった為、リアエルを止められない。
リアエルが両手で陸の頬を包む。そして額に口付けをした。
「えっ……えぇ!?」
額を押さえ、リアエルから離れる陸。それを面白そうに見ながら、リアエルは質問する。
「少年。僕のことは好きですか?」
「いや、別に」
「ん〜、やっぱり効きませんか。流石は星檻を操れるだけはあるですね」
そこでやっと灯が追い付く。灯は陸の腕を引き自分の方に寄せると、リアエルに嫌悪の眼差しを向ける。
「それ以上うちの陸に触れないでもらえるかな」
「きゃ〜怖〜い!怖過ぎて僕泣いちゃうです!……なので今日は帰るですね。『せばと をしたわ にちむぞの』」
「え、ちょっ」
「ばいば〜い!です!」
リアエルの体が足先からどんどん泡になっていく。陸にずっと手を振りながら。だが、消える間際に「あっ」と声を出す。
「少年へのプレゼントを用意しているのです。後で砂浜に行ってくださいね〜!」
それだけ言い残し、完全に消えてしまった。すると、眠っていたマミ達も直ぐに目を覚まし始めた。陸は安堵の溜息をつく。
「アイツ、何がしたかったんだろう」
「さあね。あんなのの考えることは分からないし、分かりたくもないよ。マミ達が起きたのならテケルに合図を送り、早くここから移動しよう」
「そう、だな。アイツが戻って来ても嫌だし」
合図を灯に任せ、陸はマミ達の方へ向かう。そして、まだ意識がはっきりしていないマミ達に声をかけていく。
厄介な相手に目を付けられたが、悪いことばかり考えても仕方がない。今は依頼を達成できたことを喜ぼう。陸はそう考え、スイバが出て来るのを待つのだった。
♢♢♢
「ご苦労だった!」
スイバとテケルを呼んだ後、場所を変えて話そうということになり、スイバの結界内にある家の中に移動していた。ただし、陸とマミはその中にはいない。陸が地上に用事があるようで、付き添いとしてマミを連れて行ったのだ。
陸達を待つ間、灯が中心となってスイバ達に説明をした。黒幕のことや天神のことなど、何が起きたかを詳しく話していき、そしてやっと今、情報共有が終わったところだ。
「正直ダメ元で頼んだのだが、まさか本当に解決するとはな!約束通り俺の涙を渡してやろう」
「ありがとう。助かるよ」
「何を言う、助かるのは俺の方だ。これで安心してアイツを待てる」
スイバ嬉しそうにそう言うが、逆に灯の表情は曇る。
「スイバ。先程も言ったが、キミが約束した人間は……」
「死んだって話か?ふん、馬鹿らしい。口では何とでも言える。俺は信じないぞ」
「……そうか、そうだね。ところで、キミはここで何年待っているんだい?」
「ん〜正確に覚えてはいないが、80年くらい前か?」
「……そうかい」
(たとえ生きていてもここに来る可能性は低いだろう。でも……)
隠れながらただ生きていただけのスイバにとって、この約束が心の支えになっているのかもしれない。ならば、これ以上何も言わない方が彼女の為なのでは?そんな考えが頭に浮かび、灯は何も言えなくなってしまう。
そんな時、玄関の扉が開く音がした。
「「ただいまー!/たっただいま〜!」
陸とマミが戻って来たようだ。陸は片手に古いノートを持っている。
「おや、そのノートは……」
「黒幕が持っていたノートだ。天神の言っていた“プレゼント”はこれだった。はい」
「え、お、俺にか?」
「他に渡す奴いないだろ。ちなみに、オレ達も中は見てないからな。何を書いてるか分からないぞ」
スイバはノートを受け取ったものの、中々開こうとしなかった。『信じない』と言っていたが、やはり不安なのだろう。だが、長考した末、覚悟を決めたようで読み始める。
ゆっくりとページを捲り、一文字一文字を大切に読み進めていく。途中で頭を抱えたり、顔を覆ったりすることもあった。だが、読むのを止めることない。
最後まで読み切ったスイバは、晴れやかな顔をしていた。「成程な」と呟きながらノートを置き、陸達の方を向く。
「まず、これは間違いなくアイツの日記だ。俺達しか知らないことも書いてあった。……ただ、毎日書いていたのではなく、思い出した時に書いていたようでな、最後のページにいくまでに2年もかかっていた」
「お、おお。よく途中で止めなかったな」
「はは、本当にな。だが、おかげで理解できた。もう、アイツを待っても意味がないことを」
「!それって……」
スイバはそっとノートを撫でる。
「アイツが俺のことを書いていたのは最初の数ページだけ。2週間もすれば忘れていたな」
「む、スイバ殿はずっと待っていたのに……中々に薄情な奴だな」
「だろう!せめて約束は守ってほしいよな!全くアイツは……」
そんな悪態をつきながらも顔は笑っており、あまりショックを受けているようには見えない。
「スイバ殿、無理はしていないか?」
「は、無理?してないしてない!本当に平気だ!」
スイバは慌てて顔の前で手を振り、否定する。それから少し考え、続けた。
「確かに、約束を忘れられた怒りも、もう会えない悲しさもある。だが、何というか……拍子抜け、したんだ」
「拍子抜け?」
「ああ。正直な、毎日不安だったんだよ。『人間ではない俺を嫌いになったのだろうか?』『危険に巻き込まれるかもしれないと、怖くなったのだろうか?』とな。それがなんだ、忘れていただけだと!本当に仕方がない奴だ」
強がったり嘘をついたりしている様子はない。憑き物が落ちたような清々しい顔をしている。
心配そうにしていたテケルも安心したらしい。それ以上は何も言わなかった。
スイバは嬉しそうに続ける。
「アイツにとって俺は、『最古の精霊』でも『特別な力を持つ者』でもない。他の者達と同じ、ただの友だったのだな」
目を瞑り、しばらく思い出に耽った後、スイバは動き出す。別の部屋に移動し、直ぐに小瓶を持って戻ってきた。
ガラスで作られた美しい小瓶。その中には、真珠のようにキラキラと輝く白い球が何粒も入っていた。
スイバは小瓶を灯に手渡す。
「ほれ、報酬だ」
「おや、こんなにいいのかい?」
「構わん。お前達はそれだけの働きをした。さあ、帰れ」
「急だね〜」
「お互いにもう用はないだろう」
「それもそうだ。なら、大人しく帰らせてもらおうか。バイバイ、最古の精霊スイバ」
別れの挨拶を済ませ、灯はさっさと家から出て行く。それに続き、他の面々も一言二言スイバと話をした後、地上に向かって動き始める。
そして、残っているのは陸とスイバだけになった。しかし、陸は動かない。何か考え事をしているようだ。
スイバが急かすように陸に話しかける。
「おい、何をしているんだ?もうお前だけだぞ」
「へ?うわっ、ごめん!直ぐ出て行く!でも、その前に1つ聞いていいか?」
「何だ?」
「スイバはさ、これからどうするんだ?」
「これから?」
そのまま黙り込んでしまう。待ち続けることに慣れてしまった彼女は、その先にどうするかを考えていなかった。……いや、違う。『もしかしたら会えないかも』と思っていたからこそ、無意識に未来のことを考えないようにしていたのだ。
陸はそんなスイバに手を伸ばし、握手を求める。
「もし気が向いたら、オレ達の事務所に遊びに来ないか?スイバがオレのことをどう思っているか分からないけど、オレはスイバのこと友達だと思ってるからさ!もっとゆっくり話したいんだ」
「……」
「あ、でも隠れないとやばいんだっけ?」
「そうだな。俺を狙う者は多いから、堂々と生きることはできない」
「だよな……」
「しかし!」
陸が残念そうに戻しかけた手を掴み、スイバはニッと笑う。
「今回の件で色々と思うことがあってな。危険を冒してでも、もっと世界を見る必要があると判断した」
「それって──」
「ああ!旅に出て、様々な物や生き物を見ようと思う。その途中で、いつかお前達の事務所にも行ってやる!」
「マジで!?嬉しい!待ってるぜ!」
陸達がそんな会話をしていると、「りっくん〜?」とマミが戻って来た。陸が遅いから呼びに来たようだ。
陸はスイバに別れを告げ、マミと共に家を出て行く。スイバも家の外まで出て、陸達を見送った。
全員が帰った後、スイバはポツリと呟く。
「またな、新しい友よ」
♢♢♢
陸がマミと海から出ると、砂浜で灯とテケルが今後の話し合いをしていた。
陸に気付いたテケルが話しかけてくる。
「おお!貴殿達も出てきたか。ちょうどよかった。今、探偵殿と話をしていてな。私達の方で涙を届ける故、ここで別れることになったのだ」
「え!?もう?」
「ボクがダアトに会いたくないからね。彼女達に任せた方が気が楽なんだ」
「不思議ですよね〜。ダアト様はあんなにもお優しいのに」
「ダシェリーから見れば皆優しいだろう。私は上司でなければ関わりたくないタイプだ」
テケルはやれやれと呆れた様子で溜息をついた後、軽く別れの挨拶だけして直ぐに行ってしまった。
逆にダシェリーは帰るつもりがないのか、ずっと陸達に話しかけ続けていた。だが、戻って来たテケルに蹴られ、蹲ったところで首根っこを掴まれて引きずられて行く。その間も「またお会いしましょう〜!」と喋り続けており騒がしかったが、それもやがて聞こえなくなる。
辺りには探偵事務所メンバーだけになった。灯はグッと背伸びをする。
「さあ、仕事は終わりだ。帰ろう」
歩き出した灯の後に続き、陸達も進み出す。皆で雑談をしながら、陸は心の中でスイバのことを思い出していた。
(考えてなかったけど、もしオレが元の世界に帰れるってなったら、スイバとその友達みたいにもう皆と会えなくなるんだよな。……嫌だな。せっかくスイバとも約束したのに。元の世界に帰った後も皆と会える方法はないのかな)
陸は歩く。元の世界に帰りたいという気持ちと、この世界に残りたいという相反した望みを胸に。




