第六依頼 精霊の涙 6話
男性が去った後の地下通路。そこは地獄のような場所になっていた。しかし、それはマミ達にとってではない。男性の仲間達にとってだ。
1人の男性が走っている。だが、何かに躓いて転んでしまった。一体何だと足元を見る。男性が転んだ原因は……炭のように真っ黒になった1体の焼死体だった。
男性にダシェリーが近付く。
「どうですか?“私”の手品ショー。楽しんでいただいておりますでしょうか〜?」
「ひっ!く、来るな!もうやめてくれ!」
「そう遠慮しないで!次もとっておきの手品をお見せしますから!」
逃げる相手を壁際まで追い詰め、ダシェリーは指を鳴らす。すると──
「ひっ、何だこれ!?」
「驚きましたか?炎の首輪です!」
「は、外して──」
「おっと、ご安心を!もちろん、これだけではありませんよ。今から貴方に更なる驚きを差し上げましょう」
ダシェリーからは全くの悪意を感じない。だからこそ命乞いが通じなくて怖いのだ。
ウィンクをしながらダシェリーが続ける。
「では一緒にカウントダウンをしましょう!3!2!……」
「嫌だ嫌だ嫌だいや──」
「1!ボンッ!」
合図とともに炎の勢いが強くなり、頭を包む。それでも直ぐに死ぬことはない。男性は火を消そうと首を振り暴れ回る。
ようやく死んだ頃には頭だけでなく、手や体中も傷だらけだった。
「あっはっは!どうですか?タネも仕掛けもない私の手品、楽しんでもらえましたか?もらえましたよね!ああ、沢山練習した甲斐がありました!」
ダシェリーは上機嫌で最後の1人を探しに行く。
その様子をフェリは遠くから眺める。フェリの横にはモグラの化物が血を流して死んでいた。
マミがフェリに近寄る。
「お待たせしました〜。こちらも終わりましたよ」
「お疲れ様です、マミちゃん」
「これでこっちは片付きましたね。人間の方は……わ〜、シェリ君、派手にやってますね〜」
「そうですね」
「……フェリさん、引いてます?」
マミはフェリを見つめる。フェリの声色も、瓶の中の液体の色も普段通りだが、それでも違和感を覚えたのだろう。
フェリは数秒おいて「少し」と返した。
「彼の行動が理解できません。何故わざわざ苦しめるような真似を?」
「あ〜……シェリ君の行動というか、思考回路は私も分かりません。けど、行動原理なら分かりますよ。それは──」
「来ないでくれ!」
ダシェリーがいた方向から声が聞こえてくる。見ると、1人の男性がダシェリーと向き合っていた。どうやら最後の1人が見つかったようだ。
男性は震える声でダシェリーに問いかける。
「な、何でこんな……そんなに俺達を苦しめるのが楽しいのか!」
「えー!?それは勘違いにございます!私は人間の皆様と、ただ友達になりたいだけなのです!」
(友達……?)
フェリは驚く。マミが言っていた“行動原理”とはこのことだったのか。
マミはダシェリー達から目を逸らさず、先程の続きを話し始める。
「今言っていた通りですよ。人間と友達になりたい、それだけなんです。手品を始めた理由も『人間の皆様に喜んでもらえたら、友達になってもらえるかもしれません!』ってことらしいですし」
「……あれは手品ではないし、友人をつくりたいなら逆効果でしょう」
「あはは、ですよね〜。でも、考え方や倫理観が変わっているだけで悪い子ではないんです」
「マミちゃんがそう言うのなら……」
そうしてフェリが納得していると、男性がダシェリーに手を差し出した。
「じ、じゃあ、友達になろう!俺と!な?」
「へ?今ですか?」
「そうそうそう!実はさ、最初にお前を見た時から仲良くなれそうだと思っていたんだ!」
話を聞いているだけのフェリでも呆れてしまう提案だ。こんな見え透いた嘘をついたところで誰が信じるというのか。
ダシェリーが無言で手を伸ばす。
「あ、シェリくん。できれば殺すのは──」
マミが止めようと声をかける。だが、予想外なことにダシェリーは手を握っただけで、男性に危害を加えなかった。その状態でキラキラと目を輝かせて男性を見つめる。
「本当ですか!?ああ、嬉しい!」
その声は高く、心の底から喜んでいることが伝わってくる。ダシェリーは男性の手を両手で掴み、ブンブンと上下に振る。
「ぼく達、これからは友達ですよね?仲良しですよね?夢のようです!」
「お、おう……はは。そうだろ?俺達は友達。友達だから……」
男性は苦笑いをしながら手を無理矢理離す。そしてダシェリーを……いや、ダシェリーの背後に視線を向ける。
「何をしても許してくれるよな?」
「あっ」
ダシェリーの背後からモグラの化物が現れた。油断していたダシェリーは対応できない。化物に足を捕まれ、持ち上げられる。そして丸呑みにされてしまった。化物が咀嚼するたびに、ボキボキと骨が折れる嫌な音がする。
「はは、は!馬鹿め!誰がお前みたいな奴と仲良くするかよ!ぎゃはははは!」
男性の下卑た笑いに、フェリは不快感を覚えながら斧を持つ。
「まだ1体残っていたとは……彼には申し訳ないことをしましたね。ですが、あのような嘘を信じるとは驚きました」
「シェリ君は純粋なんですよ〜。何でも信じますし、ポジティブに捉えるんです。……あれ?フェリさん何してるですか?」
フェリがマミの方を向くと、彼女は不思議そうな顔をしていた。だが、フェリからしたらマミの反応の方が理解できない。こうなってしまっては、マミかフェリのどちらかが戦うしかないだろう。
「あれを殺しに行きます。ダシェリーさんは死んでしまいましたから」
「……あ、ごめんなさい!言っていませんでしたね。シェリ君は──」
マミが喋っている途中で、男性が悲鳴を上げた。フェリは急いでそちらを見る。
先程までダシェリーを食べていた化物、その頭が、体が、全身が燃えていた。
マミはニコニコと、この状況に不釣り合いな程、呑気に笑いながら言う。
「あんなのじゃ死にませんよ」
黒く、ボロボロになった化物の体が崩れていく。その中からあの明るい声が聞こえてきた。
「大成功〜!でございますね!」
両手を上げたダシェリーが立っている。その体には傷一つなく、服には穴が空くどころか汚れてすらいない。
ダシェリーが男性に目を向ける。男性は腰が抜けたのか、その場に座り込んで動かない。
「あ、あぁ……」
「友よ!まさか貴方も手品を嗜んでいたとは!驚きましたが嬉しいです!同じ趣味を持つ者同士、きっと、とてもとてもとっても仲良くなれますよね?ね?」
「ひっ、あ、化物……」
「あら!渾名を付けてくださったのですか?嬉しいです!これ程までに好意的に接してくれる人間は貴方が初めてだ……ぼく、もっと貴方と親しくなりたいです!だから、とっておきの手品をお見せしますね!」
男性は後悔した。『友達になる』と言ったことを。初めに逃げなかったことを。そして何より、ダシェリーと会話ができると思っていたことを。目の前にいるのは悪意がないだけの悪魔だ。もう助かる手段はない。
ダシェリーを見上げ、口をパクパクと動かし、声にならない声を上げ続けている。
そんな男性を救ったのは、まさかのマミだった。
「はい、シェリ君ストーップ」
マミがダシェリーと男性の間に割って入る。
「あらら?マミ様?どうなさいました?」
「この人間に聞きたいことがあるんだ」
「お、俺に?」
「うん。貴方が知っていることを全部教えて欲しいの。私の質問に答えてくれるなら殺さないよ。どうする?」
「こ、答える!全て話す!」
「うん、いい子だね。シェリ君、友達と遊ぶのはお終いだよ。ここに来た目的を思い出して」
「あらあら、そうでした!今はお仕事中でしたね!」
どうやら忘れていたようだ。フェリがダシェリーを呼び、男性から距離を取らせる。
マミは大鎌を作り、手に持つ。
「それ、は……」
「気にしないで!貴方が素直なら使わずに済むから!……じゃあ、黒幕のことでも何でもいいから話してくれるかな?」
「あ、ああ」
男性はチラチラとマミの様子を伺いながら話し始める。
……………
さっきスイバの元へ行った男、アイツと俺は幼馴染だ。といっても、大人になってからはお互い忙しくてな、何年も会えていなかった。
そんなある日、アイツが俺の家に押しかけてきたんだ。アイツは怖いくらい目を爛々と輝かせ、興奮気味にこう話した。
「人類を救う素晴らしい方法を見つけた!天使様に教えてもらった!お前も手伝ってくれ!」
ってな。
異常な様子だったよ。昔のアイツは真面目で落ち着いた性格だったが、その時のアイツは別人みたいだった。いや、その時だけじゃないな。今もだ。宇宙人に脳みそを弄られたのかってくらい、頭のおかしい奴になっちまった。
俺はアイツが怖くて、でも同時に心配で……今回の件が終われば、アイツが正気に戻ると信じて手伝うことにしたんだ。
……………
「俺はスイバなんてどうでもいい。アイツさえ元に戻せれば……」
「あ、そういう嘘はいいよ。貴方は友達が心配なんじゃなくて、富と名声が目当てだよね」
「……」
図星だったようだ。男性は黙り込む。
「それより、黒幕の言っていた天使様って誰?」
「それは……俺も分からない」
「ん〜、そっか〜」
男性は冷や汗を流す。『使えないと思われたら殺される』、その可能性が頭を埋め尽くしていく。何か、何かを喋らないと……。
「ま、待ってくれ!えぇと……そう!アイツが使う魔法は天使から与えられたらしい!」
「魔法を与える?」
「ああ!俺が知っているのは、『怪物の召喚』『空間移動』『水中活動』の魔法だ。後、切り札とも言える程に危険な魔法も使えると言っていた」
(切り札か〜。りっくんがいるから大丈夫だと思うけど、念の為に急いだ方がいいかな)
マミは軽く頷き、男性に笑いかける。その笑みの優しさに男性が安心していると──
「えいっ」
「ぐぇ!?」
頭を大鎌で殴られた。強い衝撃で男性は気絶してしまう。マミは大鎌の形を紐に変えながら屈む。そして、男性を強く縛り上げた。
男性を肩に担ぎ、振り返る。
「お待たせ〜。行こっか!」
♢♢♢
「と、いう訳で!残っているのは貴方1人だよ!」
「くっ……!」
男性が忌々しげに唇を噛む。
話が本当ならば、もう男性に加勢が来ることはない。こちらは全員無傷。スイバの居場所も隠し通せた。
“切り札”の魔法とやらが気にはなるが、追い詰めたと言ってもいいだろう。
「おい、聞いただろ。諦めて大人しくしろ」
「ふっ、ふふ」
「?何を笑って──」
「うるさい!黙れ!」
男性が声を荒げる。その顔にはもう余裕はない。焦りを誤魔化すように、早口でまくし立てる。
「役立たず共め!アイツらの力なんて必要ない!私には切り札がある!天使様から頂いたこの力でお前達を殺してやる!」
男性が手を上に向け、呪文を唱え始めた。……その直後、可愛らしい少女の声が、男性の声をかき消すように辺りに響く。
「あっ、もういいのです。貴方には飽きましたですから」
謎の声がそう言い終わると同時に、男性の体や頭が膨れ始める。
男性は困惑と恐怖で辺りを見渡した。
「こ、この声は天使様!?どこですか?や、止めてください!やめ──あっ」
パンッ
膨れ続けた体は、空気を入れ過ぎた風船のように勢いよく破裂した。しかし、血や臓器などは飛び散っていない。まるで最初から男性なんていなかったかのように、海は綺麗な青色のままだ。
また、あの声が聞こえる。
「ごきげんよう、皆さん」




