第六依頼 精霊の涙 4話
中は資料庫のようだった。沢山のファイルが並べられた棚、書類の束が置かれている机など、様々な物がある。
「狭いね〜。足元にも書類がいっぱい」
「そうですね。これは……何かの研究資料?随分と埃を被っていますね」
フェリとマミは机の上の書類を何枚か見ていく。その隣で、ダシェリーだけは別の物を見ていた。
「ん?シェリくん何を見てるの?」
「壁です」
「壁?」
ダシェリーの向いている方向をマミとフェリも見る。何の変哲もないただの白い壁に見えるが……。
「よ〜くよ〜く目を凝らしてください!この部分だけ色が違いませんか?」
「!」
「本当ですね」
言われないと気付けない程度だが、確かに壁の一部の色が濃くなっていた。
「何でここだけ……あっ、もしかして隠し部屋だったり!?」
「隠し部屋!それは素晴らしいですね!もしそうなら手品のタネのように、どこかに仕掛けがあるはずです!探しましょう!」
マミとダシェリーがあちこちを調べ始める。だが、フェリだけは真っ直ぐ壁に向かって行った。
フェリは壁の正面に立つ。
「この先に部屋があるのかどうか、それが分かればいいのですよね?」
「そうですね〜。……あれ?フェリさん?何をするんですか?」
返事の代わりにフェリが口にした言葉、それは呪文だった。
『映り移る心の在処 望まれぬ生が望む死を』
フェリが何も無い空間をノックする。すると空間にヒビが入った。ヒビはどんどん広がっていく。そしてパキッという音ともに割れ、穴が空いた。
『俺は否定しよう お前達の存在を』
フェリはその空間に手を入れ、斧を取り出す。
「危ないので近寄らないでくださいね」
そう言うとフェリは斧を振り上げる。そして力を込め、壁に振り下ろした。壁が脆いのかフェリの力が強いのか、斧は簡単に壁を貫く。フェリは何度かその行為を繰り返す。少し経った頃には、壁には大きな穴が空いていた。
穴の奥には地下に続く階段がある。
「隠し通路ですね」
「フェリさん……壁を破壊するなんて……」
マミは驚いたようにフェリを見る。急な破壊行動を注意するのだろうか?
「流石です!確かにこの方法が一番早いですね!」
そんなわけがなかった。彼らに常識を期待するだけ無駄である。
「ぼくは少し残念です……どんな仕掛けか気になったのですが……」
「すみません。今回は諦めてください」
「はい……」
残念そうにしているダシェリーをフェリが宥める。その間にマミは呪文を唱え、大鎌を手に持った。そして、隠し通路を覗く。
階段の先は暗闇で何も見えなかった。この階段が長いのか短いのかも、先には何があるのかも何も分からない。だが、進む以外の道はないのだ。
マミが階段の1段目に足をかけると、ギシッという木の軋む音がする。だいぶ古くなっているようだが、気を付けて下りれば壊れることはないだろう。
「うん、大丈夫そう。……フェリさん、シェリくん、行くよ〜!」
「「はい/は〜い」」
一列に階段を下りていく。進むに連れて段々と明るくなっていった。最後の一段まで下りきる。
辿り着いた先は大きな通路だった。あの小さな建物からは想像ができない程に広かった。何らかの作業に使っていたのか、大きな物の運搬用だったのだろうか。
マミ達が辺りを見渡していると、奥から声が聞こえてきた。男性の声だ。
「ふむ。先程スイバと一緒にいた奴らか。まさかここまで来るとはな」
奥から4人の男性が歩いてくる。一番前にいる白衣の男性がこちらを見て笑った。
「初めてまして、侵入者の皆さん。聞きたいことがあるのだろう?私は今機嫌がいい、ある程度なら答えてあげよう」
「……じゃあ、質問させてもらおうかな。貴方が海の異変を起こしてる犯人であってる?」
「ああ、そうだよ」
「そっか。それが分かればいいよ」
マミは大鎌を男性に向ける。だが、男性は余裕を崩さない。
「全く、血の気が多いな。他に質問はないのか?私の目的に興味は?」
「ないかな〜。どうせスイバでしょ?貴方、スイバのこと知っているみたいだし」
「ふふ、それはそうだな。いや、すまない。やっと夢が叶うと思ったら、柄にもなく気分が高揚してしまってね」
「夢が叶う?」
その質問を待っていたかのように、男性は嬉々としてマミの問いに答える。
「私はね、鮫を使ってスイバを捕まえようとしていたんだ。だが、いつも結界に逃げてしまうから手を出せなかった。……しかし、今日は違う。スイバの結界が目の前にある。スイバが手に届く場所にいる!全部君達のおかげだ」
「あっ、確かに今日の結界は……」
「ん〜?ですがですがお待ちを!鮫は赤い水の範囲にしか行けないのでは?」
ダシェリーの疑問に、男性は嘲笑で返す。
「はっ、そんなの油断させる為に行けない“フリ”をしていたに決まっているだろう。今頃、私の鮫が君達の仲間を喰い殺し、スイバを捕まえているところだろう」
「何と!それは大変です!」
男性は馬鹿を見るような目をダシェリーに向け、指を鳴らした。すると、マミ達の背後から音が聞こえてくる。振り返ると、地面の土が不自然に盛り上がっていた。
地面がボコボコと動き出し、2体の化物が出て来た。化物はマミ達よりも巨大で、沢山の穴が空いたモグラのような姿をしている。
男性の後ろにいた3人が前に出る。
「おい、1人は人質として生かしておけよ」
「はい」
「なっ、どこに行くの!?」
「スイバに会いに行くんだよ。私は赤い水がある所に自由に移動できるんだ。この日の為に水中で活動できる力も得た。準備は万端さ。……では、さらばだ侵入者諸君」
それだけ言い残し、男性は姿を消す。
まずい状況になった。早く陸達のところに行きたいが、出口は2体の化物に塞がれている。目の前にいる3人も何をしてくるか分からない。
マミは深呼吸をする。
(大丈夫、向こうにはりっくんがいる。私はこの子達を倒すことだけを考よう)
大鎌を強く握り、敵との戦いに集中するのだった。
♢♢♢
一方、陸達海中探索組は──城の庭園にいた。
「な、何が起きたんだ?」
「分からん……確か、俺の結界内まで鮫が入ってきて、それからテケルが『結界を閉じろ』と……」
「急ですまない。他の者の結界内では新しく結界を作ることができないからな」
「ということは──」
「ああ、ここは私の結界内だ。ひとまず安心してもらって構わない」
「ふむ、結界ね……」
灯は周囲を見渡す。
晴れ渡った気持ちのいい青空。物語に出てくるような荘厳な城。灯達が立っている庭園もよく手入れされており、目の前にはお茶会の準備までされている。平和を具現化したような温かい場所だ。
しかし、スイバは怯えたようにテケルを見る。
「お、お前も結界魔法が使えるのか……!くそっ、ダアトの仲間の結界に入るなんて……俺はここまでなのか……」
「落ち着け。私にその意思はない。それに、この結界は特殊なんだ。見ていろ」
テケルはそう言うとスイバに殴りかかる。だが、その拳がスイバに届くことはなかった。触れる直前に、透明な壁のような何かで弾かれたのだ。
「このように、私の結界では一切の暴力行為が禁止されている。例え私でもこのルールには逆らえん」
「え、お前が結界主なのに?」
陸の質問にテケルは頷く。
「うむ。だが、その代わりに支配権を奪われることは絶対にないのだ」
「え、凄いじゃん!」
「うん、本当にそうだね。流石はあのダアトの部下……いや、魔術書の“受肉体”だ」
「へ?」
「は?」
「ほお、知っていたか。私達のことを知っている者は少ないのだがな」
陸とスイバは何も分からず、ただただテケルと灯の顔を交互に見続ける。その様子にテケルは少し笑いながら説明を始めた。
「ははは。いや、すまない。わざわざ言う必要がないと判断しただけで、隠すつもりはなかったのだ。……探偵殿が言っていた通り、私達は魔術書の受肉体。より正確に言えば、魔術書に宿る魂を、自殺した人間の死体に移したものだな」
「は、自殺……?」
「ああ。自殺という行為を、『儀式のために自らを生贄に捧げた』と解釈し使用するんだ」
何でもないことのように言う姿に、陸は絶句する。しかし、スイバは納得したようだ。うんうんと頷いている。
「成程な。理屈は理解できた。だが、自殺か……。俺は昔から自殺する者の考えは理解できなくてな。というか、お前の仲間のあの派手男。アイツ程自殺と縁遠い存在はいないだろ」
「いや、今のダシェリーを見て判断することはできないぞ。何故なら、彼には生前の記憶も人格も残っていないからな」
「!」
「へえ……」
これは灯も知らなかったらしい。興味深そうにテケルの話を聞いている。
「魔術書に宿る魂、これは……そうだな、例えるなら常に眠った状態なんだ。この魂が目を覚ますことなく受肉すれば、私のように過去の記憶と精神を引き継いで目覚める。だが……」
「その過程で目覚めたら、魔術書の魂に上書きされる、ということだね」
「そうだ」
陸は思わず顔をしかめる。上書き……それはつまり、元の体の人格が完全に消えるということ。もう死んだ人間とはいえ、勝手に体を使われ、この世から完全に消されるなんて許されるはずがない。
そんな陸の考えを察したのか、テケルは陸の方を向く。とても真剣な表情だ。
「陸殿、貴殿が心を痛める必要はない。記憶も人格もない方がよい場合もあるからな」
「……どういう意味だよ?」
「私達は、あくまで魔術書の魂だけを持ってきた存在。その為、本体の魔術書が傷付かない限り死ぬことがないんだ」
「それって……」
「ああ、“自分の意思では絶対に死ねない”ということだ。魔術書はダアトが保管している為、自分の手で破くこともできない。生前、死にたい程苦しかったのに、死後もまた永遠という苦しみを味わう……それならむしろ人格がない方が幸せだろう」
テケルの言っている意味は理解できる。だが、その言葉通りなら……。
「じゃあさ、お前はどうなんだ?記憶も人格も残ってるんだろ?」
「私か?私はこの姿になって長いからな。最初は様々なことを考えたが、せっかくの第二の生だ。今では前向きに捉えているよ」
穏やかな笑みだ。強がりではなく、本当に今の状態を受け入れていることが分かる。ならば、部外者の陸がこれ以上騒ぐべきではない。陸は「そっか」とだけ返事をする。
「さて、関係のない話はここまでにしよう。早くあの鮫の対処をしなくてはな」
「それもそうだね。戦力として数えられるのは……」
「俺は弱いぞ!」
「知っている。テケルも結界魔法でスイバを守らないといけないから、戦うとしたらボク達か」
「そうなるな。頼めるか?」
「おう。任せとけ!」
陸の元気な返事にテケルは満足そうだ。
「うむ、任せた。では、貴殿達を外に……出す前に、どちらでもいい、手を出してくれないか」
「ならボクが」
灯が手を差し出すと、テケルはその手を両手で包む。数秒後、ゆっくり手を離した。
灯は自身の手を見る。彼の手の甲には、薔薇の紋章が浮かんでいた。
「あまり遠くに行かれてしまっては状況が分からなくなる。だから貴殿達に判断してもらいたいのだ。安全だと思ったら紋章に魔力を流してくれ。それを合図に私も結界を解く」
「成程ね。了解」
「頼んだぞ。……では改めて、貴殿達を外に出す。鮫がどこに潜んでいるか分からない。気を付けてくれ」
陸と灯の足元が光り出す。そして、ゆっくりと全身を包んでいった。陸は驚きと若干の恐怖で目を瞑る。
少しして恐る恐る開く。目の前にはどこまでも広がる青。間違いない、海中だ。




