第六依頼 精霊の涙 3話
「俺の住処に行こう。そこで詳しく話す」
スイバは両手を前に向ける。
『空より産まれ、地を生き海に眠る 永き時に安らぎを 穢されることなき世界を』
目の前の空間が歪んでいく。歪みはじわりじわりと広がっていき、最後には大きな球体になった。球体の中も海水に満たされており、家や小さな花々が浮いている。
スイバが球体を指差す。
「これが俺の結界だ」
「え、結界ってこんな目に見える感じなのか?別の奴の結界に入ったことがあるけど、違ったような……」
そんな陸の疑問に答えたのはテケルだった。
「何だ、結界魔法には詳しくないのか?ならば教えてやろう」
……………
『結界魔法』とはいうが、実際は異空間を作る魔法だ。
異空間を支配している者は『結界主』と呼ばれ、結界主の技量や魔力量が高い程、思い通りの異空間……つまり、結界が作れる。
結界内では『結界主の能力向上』や、『魔法を使う為に魔力を消費しない』『呪文を唱えなくていい』など、結界主にとって有利なことが多いんだ。
そして結界は基本、文字通り異なる空間──別の次元に作られる。だが、今回のように現実で作ることもできるんだ。もちろん、それぞれにメリットとデメリットがある。
別次元に作る結界で一番のメリットは、『結界に入れる者、出す者を選択できる』だな。
逆にデメリットは、『呼び込んだ相手が圧倒的に格上だと支配権を奪われる』こと。最初に言った通り、結界魔法は異空間を作るだけだからな。
それに対し、現実に結界を作ると支配権を奪われなくなる。これは、異空間と現実空間が重なり……まあ、難しい話はやめよう。
支配権を維持したまま、自分が有利なフィールドを保つことができるのがメリットだな。
ただし、この結界は出入りする者を選べない。進入者も逃亡者も止めることができないんだ。
……………
「更に、現実に作っているから天神との協定も守らないといけない。だからこの方法をとる者は少ないな」
「成程。じゃあ、スイバは何でこの方法にしたんだ?」
「ダアトの関係者がいるからな。支配権を奪われ、閉じ込められ、永遠に素材にされる……そんな地獄はごめんだ」
どうやら全く信用されていないようだ。一体何をしたらここまで警戒されるのか……。テケルは心の中でダアトを恨む。
そんな中、ダシェリーが話に割り込んできた。
「ご安心をスイバ様!そんな酷いことはいたしませんとも!それに、貴方様は最古の精霊。ぼくとテケル様よりお強いでしょう?」
「舐めるなよ、俺の弱さを。多少バフをかけられたところで雑魚のままよ。分かったらそれ以上近付くな」
「あら〜悲しいですね」
スイバはダシェリーを無視して結界に入っていく。これ以上ここで会話をする気はないらしい。陸達も後に続き、中へ入る。
スイバは真っ直ぐ家に入っていった。陸達も直ぐに家に向かい、扉を開ける。
「おお〜!」
室内は明るかった。クリーム色の壁紙や木製の家具など、落ち着いた雰囲気でまとめられている。
また、室内には水が入っておらず、扉を開けているが外から入ってくることもない。
陸達は床に着地する。先程まで海中にいたのに全員濡れていない。部屋の中を見渡しながら歩いてるとスイバに呼ばれた。
「こっちに座れ」
促されるまま椅子に座る。全員が揃ってからスイバは喋り出した。
「では、改めて依頼の内容を話そう。お前達に頼みたいのは『海の異変』の解決だ」
「ふむ、あの赤い水と鮫か」
「ああ。あれは1週間程前だろうか。突如海の一部が赤く染まった。原因は不明で、人間も調査をしようとしたていたが、あの鮫が邪魔で手を出せないらしい。立ち入りを禁止し、被害を増やさないことしかできていない」
スイバは苛立ちながら頭を掻く。
「困ったものだろう?これでは地上に行きづらい。……俺の目的も叶わないじゃないか」
最後の言葉は、うっかり声に出してしまったような小声だった。しかし、それを灯が聞き逃すわけがない。
「目的?」
「!わ、忘れろ。関係ないことだ」
「キミがそう言うのなら、聞いていないフリをしてもいいのだけれど……」
灯はスイバの目を真っ直ぐに見る。
「本当にいいのかい?」
「……」
スイバは無言だ。触れてほしくない話題なのかもしれない。だが、構わずに灯は続ける。
「ボクは最初、キミがここに留まっている理由は、異変が起きているからだと思っていたんだ。人間も誰も近寄らず安心だからね。けれど、キミは異変が邪魔だと言う。ここに留まり、危険を冒してでも地上に行く程の理由……どうせ依頼をするのなら、そちらの方がいいのではないかな?」
「……確かに、俺がこの場所に拘る理由はある。だが、これは依頼をするようなことではない」
首を左右に振り、スイバは遠い目をする。愛おしい記憶を思い出すかのように、寂しい気持ちを押し込めるかのように。
「昔、約束をしたんだ」
「約束?」
「ああ。俺には1人、人間の友がいる。俺の事情を知っても態度を変えなかった面白い奴でな、毎日遊んでいたんだ」
そう語る声音は優しく、表情も柔らかい。彼女にとって大切な思い出だということが分かる。
「ある日、アイツは言った。『家の事情で遠くに行くことになった。だが、必ず帰って来る。何年経っても絶対に。だから待っていてくれ。約束だ』と」
「へえ、それを信じて待っているのかい?」
「当然だ。アイツは嘘を付くような奴じゃない。アイツがいつ来てもいいように、俺は毎日地上に行く必要がある。だから、あの鮫が邪魔なんだ。『閉鎖中』にされているのが困るんだ」
スイバの言葉に灯は納得したようだ。
「成程ね、分かった。それなら、ボク達は異変の解決だけに尽力させてもらおう」
「恩に着る。報酬の涙は用意しておこう」
「ああ。頼むよ」
これからの目標は決まった。次は解決に向けて何をするかだ。
テケルが手を上げる。
「では、早速スイバ殿に質問をさせていただきたい」
「何だ?」
「貴殿は異変についてどこまで知っているのだろうか?『突如』とは言っていたが、本当に前兆はなかったのか?何か怪しい場所に検討は?」
「い、一気に聞くな!一つ一つ質問しろ!はあ、全く最近の若い奴はせっかちだな……残念だが、俺は本当に何も知らない。前兆は一切なかったし、怪しい場所も……いや、待てよ?」
スイバは記憶を辿りながら続ける。
「砂浜を抜けた先、あまり人の寄り付かない場所に小さな建物があるんだ。暗くて静かで落ち着く場所なんだが、去年からそこに人間達が入って行くようになったな」
「ほう?」
「夏が終わり秋になり冬が来ても、ソイツらは小屋にずっと通い続けていてな、今回の異変があっても変わらずに来ているようだぞ」
「何人くらいだ?」
「時々見に行く程度だが……5人くらいいたと思う」
「ふむ……」
今回の件と関わりがあるかは分からないが、怪しいことには違いない。話を聞いていたマミが声を出す。
「私、そこに行って来ようか?何か情報があるかもしれないし」
「何があるか分かりません。僕も行きます」
「行ってくれるなら助かるが……」
テケルは少し考えた後、ダシェリーに声をかける。
「ダシェリー。お前も行ってこい」
「ぼくですか?構いませんが、構わないのですか?」
「構わないから言っている。お前は何をしでかすか分からないからな。スイバ殿の近くにはおいておけない」
「あらら〜ぼく程、理解し易い男はいないでしょうに!ですが、はい。承知いたしました!」
こうして地上探索組と海中探索組に分かれて行動をすることになった。
地上探索組のマミ、フェリ、ダシェリーは結界を出る。警戒していたが、鮫に追われることもなく赤い水域を抜け、地上に出ることができた。
先程いた人間はもうどこかに行ったようだ。
「えっと、海を出たら看板を右に……」
スイバに教えてもらった道を進んで行く。すると、あっという間に目的の建物まで辿り着いた。
木々に隠れるように建っているその建物は、薄汚れているものの放置されてる様子はなく、建物周辺も綺麗に整備されている。
マミ達は木の影に隠れながら、侵入する方法を話し合う。
「どうやって入る?」
「そうですね……窓から……は、流石に鍵がかかっているでしょうし、ひとまず周りに入れそうな場所がないか探してみませんか?」
「いいね!シェリくんもそれで……シェリくん?」
ダシェリーの姿が見えない。キョロキョロと辺りを見渡していると……いた。建物の入り口に立っている。
まさか……いや、“そんなこと”をするはず──
「こんにちはー!」
「うわーー!?」
「おや」
やってしまった。建物の扉を思い切り開け、大声で挨拶をしている。
「だ、誰だお前!?」
「うわーー!!」
見つかった。一瞬だった。
マミは走って建物に近付き、中にいた男性に向かって飛び蹴りをする。
「ぐっ……」
男性は呻き声とともに後方に転がって行った。どうやら気絶したようだ。男性が動くことはない。
マミはダシェリーに詰め寄る。
「シェリくん!?何をしているのかな!?」
「あららら。駄目でした?質問するのが一番早いかと思ったのですが」
「う〜ん、正直に答えてくれないと思うな〜!」
「そうなのですか?」
ダシェリーはいまいち理解していないようた。悪意なく勝手な行動をするこの様子、成程、テケルの言っていたことがよく分かる。
そうしていると、フェリも追いついて来た。フェリは建物の入り口から中を見る。マミが気絶させた男性以外は誰もいないようだ。
フェリは、コントのような会話を続けるマミ達に声をかけた。
「マミちゃん、ダシェリーさん。せっかくですし、このまま中を調べませんか?」
「へ?……そうですね、こうなったらそれがいいかも」
「ええ!ぼくも賛成にございます!どこから調べましょうか〜」
ダシェリーはズンズンと中へと進んで行く。彼の頭の中には警戒心という言葉は存在しないのだろう。マミとフェリもダシェリーに続いて建物の中に入って行った。
小さい建物ということもあり、廊下は狭く、部屋も3つしかない。部屋は奥と左右にあり、扉はよくある木製のものだ。
「どこから入る?」
「奥に行きましょう!」
ダシェリーはマミ達の意見を聞かず奥の扉に近寄り、ドアノブを握り、捻る。だが、鍵がかかっているようで扉は閉じたままだ。
「あら、開きませんね」
「鍵がかかっているのかな」
「でしたらこの鍵では開きませんか?」
そう言うフェリの手には銀色の鍵があった。
「わっ、フェリさん凄い!どこで見つけたんですか?」
「そちらの、マミちゃんが気絶させた男性が持っていました」
フェリは鍵を鍵穴にさして回す。すると、ガチャッという音がした。この鍵であっていたようだ。
フェリはドアノブを握る。
(もしかしたら中に敵がいるかもしれない。もしもの時は、僕が盾にならないと)
そうして、警戒しながらも扉を開けるのだった。




